第41話 証拠集め
バタン、と扉が重たい音を響かせて閉まる。
外の気配を意識していると、山田さんが変わらぬ口調で、
「どうぞお掛けになって下さい」
そういって部屋の真ん中で向かい合わせになっているソファの片方を示した。
さっきまでは不安そうな声色が見え隠れしていたのに、今は少し安定している。
「ありがとうございます。でも、ボクは別に客でも何でも無いので、気を遣わないで下さいね」
なるべく落ち着いた状態を維持させるように柔らかく話しかけ、オレはソファの方へ歩み寄る。
真ん中の机に持ってきた資料を置き、簡単に腰を下ろす。その様子を見て、山田さんもオレと正面に向き合う形で座る。
ここは『応接室』と呼ばれる、社長室から少し離れたところにある部屋。
オレが座ったソファは、社長室にあったそれと似ているので、この部屋もかなり重宝されていることが分かる。
部屋にある窓からは、東京のビル群の夜景が一望できる。16階という高さなだけあって、かなり遠くまで見えてきそうだ。窓の傍に行けばもっと迫力があるのだろうが、1度下ろしてしまった腰はなかなかに重い。
さっきまで敵を前にして立っていたのだから、仕方無い事なのだろうが。
「……やはり、一息つけると落ち着きますね」
ふと、山田さんはか細い声でそう呟いた。
この人に至っては、身体も拘束されていたからな。体が強張ってしまうのも無理ない。
少し今回の話をしてから、6年前の事件の話をしよう。
「あの犯人たちは、いつごろ現れたか覚えてますか?」
「ええと、確か例の爆発が起きる前だったから……16時半過ぎじゃないでしょうか」
「例の爆発……?」
「あれ?17時丁度に爆発が起きたのですが、ご存知ないですか?」
17時丁度といえば、大きく建物自体が揺れた時だ。あれは爆発だったのか。
「でも、どこで爆発をしたんですか?」
「屋上です。西村さん……ああ、さっき社長室にいた男が、屋上でヘリを爆破した、と言ってました」
つまり、あの時窓の外に見えた瓦礫の山は、ヘリの残骸ということか。
恐らくヘリを使って屋上から侵入した敵は、警察などの外部にテロであることを示すために屋上でヘリを爆破した。そして、ビル内部にも同時に恐怖を煽ることで人質に抵抗させなくした。
とても良く出来た制圧の流れだ。予期することも、直前で防ぐことも不可能に近い。
頭の中で事件のきっかけを組み上げたオレは、危うくスルーしそうになった疑問を指摘する。
「今、あの武装男のことを『西村さん』と呼びましたね?もしかして知り合いなんですか?」
オレの鋭い質問を受けた山田さんは、一瞬顔をしかめてから、
「……はい。私、あの人とほぼ同期でして、彼も私も7年前に入社しました。6年前、綿貫君の事件が起きるまでは私も彼もまだ1人の社員に過ぎなかったんですが、あの事件のあと、社長からの推薦が掛かって問答無用で秘書になりまして」
そういえばアイツ、自分で『元社員』みたいなこと言ってたな。
そりゃ知り合っていてもおかしくないか。
「……気になったのは、その推薦とやらが6年前——つまり、例の事件とほぼ同時期だということです。一見、関連性があるとは思えないのですが、何か心当たりはありませんか?」
「関連、ですか……」
顎に手を当てて、真剣に考える素振りを見せるが、その顔はイマイチ曇っていた。
「……もしかしたら、もしかしたらですよ?」
突如、か細い声と共にゆっくり視線をこちらへ向ける。
「私、実は綿貫君と仲が良くて、よく2人で出掛けたりしていたんです。別に付き合っているわけでは無いんですけどね」
少し頬を赤らめて呟くその様子から、彼女の綿貫さんに対する気持ちは大体分かった。
「でもある日、彼のミスが発覚しまして、彼の会社内での立場が揺らぎました。私はもちろん、他の社員たちもその失敗を疑って仕方ありませんでした。しかし、綿貫君は会社を去ることになりました・・。その直後だったんです、私が社長の秘書として働くことになったのは……。だから、もしかしたら……」
「直後……ということは、6年前の事件には社長が関与しているとお考えなのですか?」
「……何とも言えません。私は綿貫君が悪いことをしたとは思いたくありません。ですが、もしあの失敗が事実だとしたら、彼が悪いという判断は必然。その時は、会社の判断は間違っていませんから」
彼女の言っていることは正しいだろうけど、全体を見ている感じ、社長に何かありそうな気がする。
社長のことはこの後で本人に直接問い詰めればいい。
それより、可能なら綿貫さんのことを調べるか。
そう思いスマホを出そうとポケットに手を伸ばしたところで手が止まる。
そういえば、圏外だった……。
「いや、ここならサイバー制御室に近いし、もしかしたら繋がるかも……」
再び腕を伸ばして、ポケットからスマホを取り出す。
「ど、どうしました?」
「少し確認したいことがありまして」
そう言いながら俺はスマホを起動させ、パスワードを入力する。
「でも、この建物内はもう圏外では……?」
「5階でその確認はしたのですが、もしかしたらここではいけるのではと……ん?」
待ち受け画面から設定表示を開くと、そこにはさっきと変わらず『圏外』と示されていた。
グッと歯噛みすると同時に、現状の厳しさを理解し、心の中で息を呑む。
つまり、6年前の事件を解くための手がかりは目の前に広がる資料、そして社長や秘書や犯人たちの証言だけということになる。決して証拠が無いわけではないものの、それでも随分足りな過ぎるだろう。
第一、いつもなら探偵部の仲間に頼むことも今回は自分でやらないといけない。
……骨が折れそうだな。
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