第37話 社長

 資料にある程度目を通したものの、事件の概要はさっきそこの武装男が言ったままだった。

 こいつらの思い通りになるのは釈然としないが、現状で存在する打開策は犯人を見つける他にない。

「 当時の社長と、今の社長は同じ人か?」

「ああ、変わってない」

 そうなると、綿貫さんがミスをしたという資料のことや、その時の人間関係を少しでも耳にしている可能性が高いだろう。

 当時は今よりずっと小さかったらしいし、社長でも深く繋がっていたかもしれない。

「じゃあ早速その幸村社長と話をしたいのだが……って、そもそもここって社長室だろ?社長はどこにいるんだ?」

「そこ」

 たった2文字で返事した武装男が、2つあるソファのうち1つを指差す。

 その言葉の意味が分からず、俺はただソファに近づく。するとソファの裏に、


「……ん?んん!?んん〜〜!」


「しゃ、社長!?」

 ソファで死角になっており、全く見えない位置で横になっていた社長と目が合った。まさかこんなところにいたとは。

 テレビで見たことがあるその顔は、前より少しふくよかになっている気がする。

 口には猿轡さるぐつわを噛まされ、両手首と両足首は紐でしっかり縛られている。

 何故今まで静かにしていたのか不思議だが、今は喉を必死に震えさせている。

「苦しいんだろ、外してやりな」

 武装男は慈悲を掛けるような言い草だが、どちらかといえば高圧的な口調な気がする。

「良いのか?どうせあんたらが縛ったんだろ?」

「事件解決のためにはそいつが必要だろうしな」

 そう言ってもらえるのであればありがたい。

 オレは躊躇いなく紐をほどくと、幸村社長は弱った声で、

「あ、ありがとう、少年。彼女も解放してやってくれ」

「彼女?」

 社長は言うと同時にもう1つのソファを指差す。

 まさか、と思いながら覗き込むと、そこにはさっきの社長と同じような状態の女性がいた。

 ピッタリとした紺のスーツに黒いヒールを履いている彼女は、声を出してないもののオレに目線だけ送ってくる。艶かしいその視線は、大人の女性らしい整った顔立ちと合わせて息を呑むものだった。

 社長と同じように自由にしていくと、女性は埃を払う仕草で立ち上がる。

「ありがとう、助かったわ。私はもう大丈夫」

 手首と足首に薄く赤い痕が残されているが、表情はかなり落ち着いている。

 凛とした雰囲気を醸し出す彼女は、自分よりも社長の心配をしているみたいだ。

「あなたは一体?」

「私は幸村社長の秘書をしております、山田やまだ さきと申します。そしてそちらが、社長の幸村 正和です」

 慣れた口調で紹介してくれた彼女は、しかし状況には全く似合っていない。

「それで?探偵はこれからどうしたいんだ?」

 存在感を消していた武装男は、投げやりな様子で問いかけてきた。

 オレとしては社長にすぐ聴取したいが、体制がキツかったのか疲労が顔に出ている。

 今したところで正確な情報が得られないかもな。

「まずは秘書の山田さんと話をさせてくれ。10分で済ます。その後、すぐに幸村社長からも話を聞きたいから、ソファで回復させといてやってくれ」

「構わないが……話ってのは、ここでするのか?」

「まさか、別室で1対1でやらせてくれ。あんたの目の前だと緊張して頭が回らないからなぁ」

 少し挑発気味にボヤくと、男も反抗するように笑みを浮かべ、

「ふん、言うと思ったさ。きちんと談話室は確保してある。度会、連れていけ」

 すると、入り口の扉でずっと黙って立っていた度会が、「了解」と返事をし、振り返って扉を開けると俺の方を少し見て、

「2人とも、着いてこい」

 オレは山田さんを向き、目を合わせると1度頷いた。

「行きましょう。怖いのは分かりますが、今は素直に従うのが懸命です」

「そ、そうですか……分かりました」


 オレは、本格的に捜査へ動きだすのを肌で感じた。




 ※※※




 作業服を着ているその男は、肩のトランシーバーに意識を常に注ぎつつ、周りに人がいないことを確認しながら着々と廊下を歩んでいた。腰に吊り下げてある黒いなまりが歩くたびに金属音を響かせる中、その男は遠くからの気配に足を止める。

 側の柱に身を翻し、気配の方向から自分を確認できない状態にしたまま、左目だけ意図的にはみ出して正体を確認しようとして—


「あれは——高校生、か?」


 3人の女子高生を見て、眉間に深いしわを刻んだ。

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