第36話 テロのきっかけ

 今回のテロ、その全容が少しだけ見えた気がする。犯人たちはある事件を解決してほしいという。

 6年前に起きたというその事件は、実に単調なものだった。


「俺たちはこの『株式会社ユキムラ』の社員だった。当時はまだ建物もこんなに大きくなかった」

 武装男は事件に関わる資料を俺に渡し、その詳細を教えてくれた。

「きっかけは事件が起きる1ヶ月前に遡る。社員の綿貫 竜也という男が資料の打ち込みミスをして、会社に大きな不利益を与えてしまった」

 綿貫、といえば、オレたち探偵部に依頼した人の名前だ。さっき度会は『私たちが依頼人の綿貫 竜也です』って言った。

 つまり、その綿貫さんの名前を使ってオレたちと接触したわけだ。

「真面目で誠実な男だったから、俺たちも驚いたさ。あいつがあんな大きな失敗するなんて考えてもいなかった。その後、あいつへの措置が決定した。簡単に言えば『解雇』だった……」

 男は俯くと、ふーっ、と静かに息を抜いた。

 資料に綿貫さんの略歴が載っているが、確かに最後は『解雇』の2文字で終わっている。

「職歴のないお前には分からないだろうが、その判断は実に不当なものだった。あいつと仲が良かった俺や同僚たちは必死に上司へ抗議した。でも、間に合わなかった」

 握られた拳が、その怒りを物語っていた。革手袋が甲高い悲鳴を上げそうになっている。

 さっきの俺とは違う、この拳は『悔しさ』だ。

「その後、上層部の人間たちを調べて分かったんだ。ある人間に圧力を掛けられて、奴らは解雇に賛同したんだ」

「なるほど……オレはその圧力を掛けた犯人を特定すれば良いんだな?ちなみに、その綿貫さんは今どうしているんだ?」


「意識が無い」


 短く切られた低い声に、オレは息を詰まらせた。

「意識が、無い……?」

「あいつ、両親がいなくて高卒なんだ。だから、就活も失敗続きだったらしい。そんな中、唯一無事に成功したのがこの会社だった。だからこそ、必死に働いていた。そんな会社から見捨てられたあいつはきっと、『もう仕事に就けない』と思ったんだろうな」

 ふと、オレは資料のページをめくると、そこには意識不明に至る原因が記されていた。

『交差点で赤信号を自転車で渡り、軽自動車に衝突。3メートル弱を滑り、ブロック塀にぶつかり止まったが、全身打撲で意識不明に』

「これって……ただの事故じゃないのか?」

「ああ、俺たちもそう思ったさ……別の防犯カメラに、直前まで自転車を漕ぐ姿が写っているのを見るまではな!」

 語気を強めたかと思うと、男は机を音を立てて叩いた。

「警察の調べで分かったことだ……そりゃ、赤信号を無視するわな」

 確かに、そんなことを警察が見つければ事故とは思えないだろう。

「それを知った俺たちはすぐに会社を辞め、この会社に復讐すると決意した。着実に計画を立てていたある日、このビルに新調するという話を聞き、だったら新しくなったここを占拠して、あの事件の犯人を裁く舞台にしてやろうと決めたんだ」

 しかし、目を閉じて走るのが自殺に繋がるという考えは、少し違和感を覚えるな……。

「動機は分かった。オレがすべきことも理解した。だが、その前に訊きたいことがある」

 オレは、相変わらず机を椅子代わりにしている武装男に目線を送ると、

「何故ここまで大きな事件にする必要がある?他に簡単で規模を小さくして捜査することも可能だろ?」

 事件の内容に対して、やり口があまりにも大規模すぎる。そこの確認をしないことには、捜査も進めづらい。

「ふん……簡単な理由だよ。事件を大規模にすれば、必然的に内容もメディアに大きく取り上げられる。すると、犯人とこの会社の闇を世間へ晒すことになる……!」

 なるほど、これはまた典型的な動機だが、それ故に基盤がしっかりしている。

 世間に知らしめる、という慢心に満ちた正義感が見て取れる。

「それともう1つ……こうなった今、外部との繋がりがないはずだが、警察との連絡はどうしているんだ?」

「警察?」

 これも純粋な疑問だが、奴からポロっと出てきた声を聞いて、オレはまた嫌な予感がした。

「警察と連絡なんてしてねぇよ。俺たちはあの事件の犯人を裁くことが出来れば充分だから、警察にする話なんて何もないし、向こうも人質が不安で無闇に手を出せないだろ」

 ……それが偶然なのか狙ったのか知らないが、その考えは敵にしてみれば今のところ正解だ。

 状況は間違いなく敵に良い方向に傾いている。

「しょうがない。この状況でオレがあんたらの意思に反する行為をするのは無謀だろうな。おとなしく探偵としての仕事を務めさせてもらう」

 まずは事件の解決を優先させよう。

 とりあえず最初に事情聴取をする相手を絞ろう……

「ああ、言い忘れていたことがあった。俺たちも人間だから体力も有限だ。いつまでもノロノロと推理されてたら俺たちが倒れちまう。だから……」

 そう言って武装男は懐中時計をこちらに見せ、


「——時間制限を設ける。タイムリミットは0時だ。その時間になったら、ビルに仕掛けた爆弾が自動で全て爆破する」


 現在、時刻は17時35分。残り6時間25分。

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