第35話 6年前

「度会です。探偵部を連れてきました」

 度会はオレの後ろにいるまま、目の前にある『社長室』と書いてある扉に言葉を投げる。

 すると、中からこもった感じの声が一言聞こえた。


『入れ』


 オレは後ろに目線だけ送ると、度会は軽く頷いた。それを合図だと捉え、ドアノブをゆっくり下げる。

 扉の軽さとは正反対に、部屋の中には重い空気が漂っていた。

「御苦労。そいつが例の探偵部か」

 部屋の手前には、ソファが2つ向かい合っていた。

 奥には煤竹色すすたけいろの両袖机があり、卓上には『社長 幸村ユキムラ 正和マサカズ』と書かれたネームプレートが置かれていた。

 そして、その机に腰を下ろしている武装男は、度会と同じベレッタをこちらに向けていた。

「ずっと気になっていたんだが、ウチの探偵部ってそんなに有名なのか?」

「いや、それは知らん。ただ、仲間の中に警察関係者と付き合いのあるメンバーがいてな。聞いたことがあるんだとよ、お前らの噂を」

 それは寝耳に水の話だな。俺たちの噂話なんてまるで聞いたことがない。あまり良くない噂だと困るが。

「なんでも『探偵部が関わったり協力した事件は、必ず解決される』らしいな」

 ……確かに、俺たちが手を貸した事件は、責任を持って全て犯人を見つけてきた。でも……

「……逆に言えば、それが『噂』になっているってことは、俺たちが解決できていない事件があると思っているのか?」

「それも知らん。ただ、そんな噂が生まれるってことは、かなりの力量であることも事実。だから……」

 そう区切ると、男は机に置いてある一つのファイルを摘まみ上げる。


「解き明かしてくれ、名探偵——6年前、俺たちから大切なものを奪った、この事件を」



 ———6年前。

 それは、俺から大切なものを奪った時。

 まだ小学生だった俺から、希望をえぐり取った時。

 頭の中に、俺の掠れ声が朴訥ぼくとつに響き渡る。


『と、父さん……父さん……!』


 血に染まる床に膝をつき、ただ必死に父さんの肩を揺らす。

 目の前の死を真っ向から否定する俺の行動は、はたから見ると実に無様だった。


『諦めろ!』


 ドアの向こうからは、男の怒声が聞こえた。

  深い心の傷のせいか、かなりノイズが混じっており、正しい声は全く聞き取れない。

『で、でも……』

 慌てる男のいびつな声は、すぐに切り上げられる。

『バカね。私の言う通りにすれば、どうにかなるはずよ。行きましょう』

 そう言って、冷たく乾いた女の笑い声は、廊下を反響させながら遠のいていき———



「……い…………おい……おい!」

 その笑い声とは反比例して大きくなっていった呼び声が耳に届き、俺はハッと顔を上げる。

 見ると、さっきまでの俺のように眉間に深い谷を刻んだ武装男が、俺を凝視していた。

「だ、大丈夫か?なんというか、今、目に光が無かったような……」

 ——しまった。

『6年前』というワードに露骨に反応してしまった。

 もはや敵を不安がらせてしまう程の焦り具合になってしまうとは。

「い、いや、何でもない……」

 俺はグッと拳を握ると、宿命の過去を強引に払拭した。





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