第38話 3人寄れば抗える

 —1時間前。

 場所は再び5階バーネットカフェの一席。


 かれこれ数十分は動画を見た私たち。しかし……

「やっぱり……中途半端なタイミングで撮影を始めたから、何か犯人たちに繋がるものは見当たらないわね……」

 そうこぼしてため息を吐く美咲さんは、珍しく頭を抱えた。

「まぁ、大胆なテロを起こした割に私たちが接触した犯人は1人だけですからね」

「ちょっと外の様子も確認してみよっか」

「……え?」

 私が驚いた時には既に美咲さんは立っていて、窓に歩き出そうとしていた。

「ちょっと待って!白澤くん言ってたよね?犯人がどこから見てるか分からないから、無闇に動くな、って……」

「ええ。だけど、ここまでの調子を見てれば犯人は私たちを監視していないことは予想が付くわ」

 スッと斜め上を見上げた美咲さんの視線の先、そこには監視カメラが設置されていた。

「あ、あれは……」

「もし犯人たちがあんな感じで私たちに警戒してれば、明らかにおかしな見落としを2つしてる」

 小さく笑うと、美咲さんは人差し指を立てた。

「1つ。部長が外の様子を確認してるとき、私も彼の横で一緒に現状把握をしたり、スマホを見せてたりした。こんな緊急時にあれだけ冷静に対応できる一般人がいる?あの瞬間を見てれば、犯人たちは迷わず私も探偵部の1人だと思うでしょうね」

 まるで探偵部が一般人ではないかのような発言だけど、面倒な展開になるので今は飲み込んでおこう。

 度会とかいう犯人の仲間が美咲さんを部員だと思わなかったのは、きっと部長を見たのが美咲さんが席に着いた後だったからだろうか。

 美咲さんは中指も立てて、

「2つ。恐らくこの建物の中でインターネットを用いた連絡は一切不可能。こんなビル内でスマホを使うなんて、SNS関連しか無いと考えてもおかしくない。なのに、さっきまで女子高校生3人は夢中になってスマホを見つめてた。もし犯人があんなの見たら、絶対に何かあると考えるでしょ?」

 確かに。周りには女性が何人かいるが、誰もスマホを触っていない。

 用途の大半がSNSである彼女らにとって、今のスマホはただの薄い板も同然だろう。

「私たち3人は、テロの犯人からしてみれば不可解なことばかりしてる。なのに反応は一切ない」

「だから……どこからも、誰からも、監視なんかされていない……」

 私が結論を口の中で反芻はんすうさせると同時に、外に顔を向けている江ちゃんが、

「どうやら、警察や消防は駆けつけたようですが、突入どころか対応に困ってる様子ですね」

 少し表情にかげりを見せつつ、ただし声色はなるべく変えずに伝える。

 外を見ると、彼女の言葉を裏付ける光景がそこにあった。

「これは……」

 乱雑に煌めく赤色灯たちは、見える世界の半分を紅蓮に染めている。

 しかし、それらに動きや変化は一切無く、無機質に明滅を繰り返すばかり。

 蟻の行列を観察するように、粒のような警官たちを見据えてみる。

「……確かに、彼らに動きは無いようだね。まるで、何をして良いのか分からないかのように」

 美咲さんは明らかに奥歯を噛み締めていた。

 さっき美咲さんから聞いた話だと、こういうテロは本来なら犯人の要求があってそれに従うふりをし、タイミングを見計らって突入したりするものらしい。

「犯人からの要求がないのか?それとも……」

 顎に右手を添えて考え込む美咲さんは、独り言を呟き始めた。

 それはまるで、現状を整理する作業のようで—


「——違う!犯人の要求は1既に達成されているんだ!」


 顔を上げ力説すると、その勢いを止めることなく、

「簡単なこと、犯人たちの最初の要求は『探偵部』の協力よ!」

 その言葉を聞き、何やら合点がいったかのように江ちゃんが途端に口を開き、

「つまり、犯人たちは警察と連絡を取っていない可能性が高い、ってことですか?」

 美咲さんは「ええ」と強く頷き、私に視線を向ける。

「要は、犯人の目的は探偵部に何かしらしてもらうことにある。そして、犯人たちの動きが見えない今、部長はまだその何かを成し遂げていないということ。そして……」

 言葉を置き去るように美咲さんは視線を窓の外に向ける。

「そんな状況にいる犯人たちが警察と連絡をする必要は欠片もない。だからこそ、人質の様子や建物内の現状を確認する術がない警察は、全く手が出せないんでしょうね」

「じゃあ、私たちは部長を待つことしか出来ないってこと……?」

 しかし、部長を待ったとして必ず助かるとは思えない。これだけ大規模な事件を起こしておいて、何食わぬ顔で帰るのだろうか。

「あの、少し考えたんですけど」

 さっきの美咲さんと同様に顎に手を当てている江ちゃんは、いつにもなく真剣な顔で、

「さっき美咲さんが言ったように、犯人は私たちを監視していません。だとすると、人質が大勢いる5階以下の監視も手薄になっていると推測できます」

「でも、見張りがゼロってことは無いでしょ?」

「その可能性も五分五分です。どうせ無闇に動かないだろうと高を括って、見張りが居ない可能性もありえるかと。そもそも……」

 ふと江ちゃんは、相手の手の内を見抜いたかのように口の端を吊り上げ、


「探偵部に接触した犯人が1人しかいない時点で、私たち一般人への警戒が薄いのは容易に想像できますよ。どうやら敵は素人みたいですね」


 知ってるかのような口振りで推理を披露する彼女は、とても得意げだった。

「でもさ、素人ってどういうこと?」

「この状況になったら人質は一切の抵抗をみせないと思ってること、それは凡人の考えることですよ」

 流れるように解説する江ちゃんは、ふと視線を私から美咲さんに向ける。

「ただ、あくまでどれも憶測です。もし敵がいるとしても、2,3人いれば上等です。どうします?」

「そうね・・江の心理学的見解でそう結論付けたのなら、間違ってないと考えて大丈夫。もし武装者と遭遇しても、3人いれば対処出来そうね……」

 ん?ちょっと待って、今『3人いれば出来そう』って言った?ってことは……

「ねぇ美咲さん?もしかして私たちだけで何かしようとしてないよね……?」

「お、真希にしては勘が鋭いね。その通りだよ」

 いつも通りの素敵な笑顔を見せながら……



「私たち3人で、人質3000人を解放しましょう」




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