第33話 切り裂かれた探偵部

 待ちに待った依頼人の登場に、私たちは一切動けなくなっていた。

 さっきまで部長に向けられた銃から目が離せないでいたのに、今では度会という女に目を奪われた。

「言うまでも無いでしょうけど、抵抗しないでね。私も無闇に撃ちたくはない」

 言い終えると、銃を向けた右手を維持したまま、ゆっくりと部長へ近づいていく。

 冷や汗が止まらない私や江や真希とは違い、部長は口の端を吊り上げる。

「話を聞く感じだと、オレに用があるんだな。その銃はオレを思い通りに操るためのオモチャだと思って良いんだよな?」

 犯人の気を引くためか、挑発気味に質問を投げかけるその態度には、明らかに意味がある。

 一切の躊躇がない部長を見て、歩き続けている度会は同じように薄く笑うと、銃口を部長の胸に押し当てる。

「強気な意見だね、探偵くん?ただ、この拳銃には本物の弾丸が詰め込まれているわよ。まぁ、爆弾がそこらじゅうにあるこのビルの中ではもはやオモチャ程度の代物でしょうけどね」

 しかし、こうして部長の目の前に度会がいる今、奴に私の動きは見られていない。

 音を立てないようにポケットからスマホを再び取り出すと、即座にカメラを起動する。

 圏外になっている今、外と連絡は取れないものの、カメラやムービーといった外部との接続が不要な機能ならいくらでも使える。

「通称『ベレッタM1951』……9×19ミリのパラベラム弾か。しかも総弾数は8プラス1弾の計9弾。初速は秒速300から350メートルの威力がある、人間を脅迫するには最適な自動拳銃——いや、知育玩具だな」

 一方で度会の持つ拳銃の解析をした部長は、その凶器の恐ろしさにおののくばかりか、相変わらず不敵に笑う。

「悔しいことに今のオレにはこの状況を一発逆転できる奥の手が全く見えない。でも、あんたはオレに用があるんだろ?だったら、何もさせてない内にオレを負傷させるとは到底思えない。目的は全く分からないが、ここにいる人たちやオレを助けてくれるなら、出来ることは何だってするぜ?」

「そうしてくれるとありがたいわ。私も、なるべく無駄な被害は出したくないの。もしあなたが私たちの意思に背く行いをした時は、容赦ない対処をさせてもらうけどね」

 双方譲らない会話の間に、私はムービーの撮影を始めていた。もちろん音が出ないアプリを使って。

 部長が度会の意識を誘導してくれたおかげで、バレることなく始められた。

「安心しな。オレはただ従うだけさ。それで、まずは何をすれば良いんだ?」

「その前に……あの子たちは『探偵部』じゃないの?」

 そう言ってこちらを向きながら空いてる左手で指差してくる。私が持っていたスマホはギリギリのところで見られる前に隠せられた。

 やはり、最初に『探偵部に用がある』と言っていた時から嫌な予感はしていた。確か私たちに接客していたのはあの女だったはず。

 あれは偶然なんかじゃなく、私たちの会話などから探偵部なのか否か確かめるための行動だったのか。恐らく確証を得るような発言は得られないまま、さっきの部長の自己紹介で確定したのだろう。

 つまり、部長が探偵部の人間であることは分かっても、彼の連れである私たち3人が探偵部なのかは分からないということ。

 でも状況は、ほぼ間違いなく私たちも部員だと示している。

 もしここで素直に認めれば、江や真希を危険な目に遭わせることになるかもしれない。だからと言って、この状況で騙すなんて……

「彼女らはただのクラスメイトだ。探偵部の活動が気になるとうるさかったから、少しだけ同席させてやろうと思ったのさ。もちろん、依頼人が嫌だと言えば帰らせるつもりだったけどな」

 私と似た考えに至ったのか、部長は偽りの身分を私たちに貼り付ける。

 その発言を受け、度会は少し目を細めると、

「……そう、分かったわ。関係ない一般人が混ざっても迷惑なだけね。君だけに来てもらおうか。エレベーターまで移動してくれる?」

 ここで疑っても水掛け論になるだけ、そう理解したのか、度会はそう言って納得した。

 間を置いた返事に私は僅かに肝を冷やしたが、構うことなく度会は部長と一緒に店から去っていく。銃は腹に押し付けられたままだが。

 店から出る途中、私たちのテーブルとすれ違った部長は、度会が彼の背後にいることをいいことに、私の方を見て言葉を残した。


 声は出さず唇だけ動かして、たった一言、


『頼んだぞ』


 その瞬間、私は悟った。

 部長は必ず無事帰ってくる、と。

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