第26話 歓迎

「……確かに、停電したのに事故の線を考えずに故意での細工しか考慮しないのは、おかしいですね」

 私の疑問点を江さんに伝えると、江さんもその点について深く納得してくれた。

「それにしても、よく気付きましたね。些細なこととはいえ、そういう微妙なズレから犯人特定の掴みを得られますから」

「ほ、ほんとに?私って少しだけ成長してるかも!」

 探偵部に2週間も在籍していることの影響が、こんな形で出てくるとは。調子に乗って、今回の事件で他に気付いたことが無いか掘り返してみる。

「あと……展示ケースの台座の上面に、薄く縦線が入っていたんだ。多分、あれは蓋だったんだよ。っていうのも、停電中に音がしたんだ。まず『ガタン』って重い音、その後『カン!カン!』って軽い音が続いて、最後にしばらく間を置いて『パタン』って蓋が閉まる音がしたの」

 私の細かな説明を聞いた江さんは、何故か今度は怪訝な顔になった。

「よくそこまで丁寧に覚えてますね。記憶力に自信があるんですか?」

「えへへ、私、耳はかなり良いって自負してるよ。普通に聴力も良いし、絶対音感も持っているんだ」

 音での記憶には自信がある!それは胸を張って言える!ただ、この能力が活きたことなんて無いに等しいけど……。

「まぁいいですよ。とりあえず、最初の『ガタン』は蓋が開く音、次の2音はケース中に落ちた時に壁に当たった音、最後の『パタン』は蓋が閉まる音。って言いたいんですね」

「そういうこと!」

 流石だなぁ。理解が早いし、私が言いたいことをそのまま言ってくれた。

 すると江さんは顎に手を当てて、

「でも……もし仮に赤崎さんの言う通りだとしたら、やっぱり美咲さんの推理が正しいと思うんですよね……」

 ……確かに。

 白澤くんは全面的に美咲さんを否定したが、美咲さんの推理はかなり筋が通っている。

 でも、同時に三寧さんが宝石を持っていなかったのも事実。

 その矛盾さえ解消できれば……。

「う〜〜〜〜〜ん」

「……仕方ないですよ。とりあえず事件は何事も無く収束したんですから。今分からないことは、これ以上考えても水掛け論になるだけ」

 そう言うと江さんは立ち上がり、床に置いてあったリュックを背負った。

「今日は帰りましょう」




 ※※※




「あれ?今日は私が一番か」

 部室に入って早々、私は声を出した。

 いつもなら私よりも先に誰かいるのに、今日は人気ひとけがまるで無い。きっとこの前の事件でみんな奔走して疲れたのだろう。

 今日はあの事件以来初めての部活だが、これだけ集まりが悪いと、顔色が気になってしまう。

 気にし過ぎとは思うけど、少しソワソワしてきた。

 あまりに気になって廊下を除くと、


「おはよう」


「うおぁ!びっくりしたぁ!美咲さんかぁ!」

 ちょうど部室に入ろうとしていた美咲さんの突然過ぎる登場に声を張り上げてしまった。

「私もいますよ」

 美咲さんの後ろ、私の見えない位置に江さんがいた。

 2人とも部室を見渡すと、眉をひそめて、

「あれ?部長はまだなのね。じゃああなたが一番最初ってこと?珍しい」

「そういうことだね。白澤くんはまだ来ないの?」

「うーん、私は見ていないかなー」

 気の抜けた返事をしつつ、美咲さんは背負っていたリュックを下ろす。

「まぁ気長に待ちましょう」

 声がした方に顔を向けると、江さんが椅子に座って本を開いていた。そしてそれを真似するかのように美咲さんも本を開き出した。

 2人が劇的な速さで読書を始めてしまったので、私も適当にそこらへんにある本を読もうと手を伸ばし……

「あ、そういえば」

 掴もうとする直前で、美咲さんの声に手が止まる。

 急な美咲さんの発言に意外性を感じつつそちらを向くと、私と目を合わせた美咲さんがいた。

 また眉をひそめている。なんで?


「さっき、私のこと『美咲』って呼んだでしょ」


「あ……」

 よく考えたら、さっき驚いたときについ言ってしまった気が……。

 ずっと心の中では『美咲さん』って呼んでいたからなぁ。

 もしかして嫌だった?


「別に嫌じゃないだろ」


 と、私の焦燥をその声が拭い去ってくれた。声の主は、入り口で立っている白澤くんだ。

 ってか、別に嫌じゃないの?

「……部長、遅かったね」

「話を逸らすなよ。赤崎も赤崎なりに探偵部に馴染もうとしているんだろ」

 ……江さんに言われただけなんだけどね。

 でも確かに、探偵部に馴染みたいのは事実だ。

 ……よし!

「そうだよ!私はこのメンバーに馴染みたいの!白澤くんと……美咲さんと江ちゃんに!」

 勇気を持って名前を呼んだ結果、つい『江ちゃん』と呼んでしまった。なんか妹っぽいし。

 不安のあまり、目を閉じて叫んでしまった。そして今も開けれずにいる。

 みんながどんな表情をしているのか、どんな気持ちになっているのか、怖過ぎて想像も……。

「まぁ、良いんじゃないですか?」

 私の緊張なんて蚊帳の外で、雑な返事をしたのはもちろん江さん……江ちゃんだ。

 この子はやっぱり私に対して適当なんだな……。

「嫌じゃないんだろ?だったら別に……」

「そもそも嫌とも何とも言ってないでしょ」

 特別照れる様子も無く、目を瞑りながら白澤くんを黙らせる。

 しかし私としては、私のことを否定されなかった事実が嬉しくて、思わずアクセルをさらに踏み込むことを決めた。

「じゃあ、3人にも私のことを下の名前で呼んで欲しいの!」

 これは私がずっと思っていたこと。

 白澤くんは別として、美咲さんも江ちゃんも下の名前で呼ばれている。

 せっかくこの部活に馴染んできたのだから、親しみの象徴として名前で呼ばれたい!

「私は喜んで呼ばせて貰いますよ、真希さん。部長と美咲さんは?」

「俺は、本人が構わないなら」

「部長に同じ」

 相変わらず素っ気ない返事をする美咲さんは、これで話に区切りがついたと思ったのか、再び本に目を通し始めた。


「良かったですね」


 薄く笑いながらそう言った江ちゃんは、やはり適当にあしらう雰囲気が漂っていた。

 でも、今の私にはその適当加減が丁度いい。

 この、高揚している感情を弾ませてる私には。





【第2章『歓迎の予告状』 終】

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