第25話 悪意の真相

 ——1週間前。


 予告状が届き、探偵部の全員で意味を推察している時。

 俺は心の奥底で1つの推理を完成させていた。


 時間的に、これを置いていったのは学校内部の人間だ。そして、予告状を出した理由は恐らく『犯行の阻止』を願っているから。ただ、それを探偵部に託したってことは、探偵部の存在だけでなく、その実力も知っているということ……。

 そう、そしてオレは知っていた。

 生徒会は仕事の都合上、全ての部活のことを網羅しているということを。

 犯人は、生徒会メンバーの誰かだ。

 その確証を得て、俺は部員に卑怯な結論を告げた。

「……色沢高校探偵部は、来週の文化祭で『勇壮な翠玉ブレイブ・エメラルド』を護衛する」




 ※※※




 ——その日。

 オレは部員の解散を見送った後、職員室に向かった。

「……生徒会?」

 目の前で座っている顧問に首をかしげられた。

「はい。最近、違和感があったことや怪しげな言動を見ていませんか?」

 生徒会についての情報はいくつか持っているものの、取っ掛かりが無い以上、無闇な捜査は危ないだろう。

 つまり、この質問はオレがスタートに立つための質問だ。

 まぁ、この人が有意義な情報を持っていれば、だが……。

「生徒会と言えば……この前、生徒会室あたりで妙なものを見たな」

「妙?」

「あれは……仕事終わりだったな。普通に帰ろうと駅に向かって歩いていたら、校舎の横を通る時に光が目に入ってきてな。そっちをみると、生徒会室に人影が見えたんだ。良く見たら、その真下の教室も電気が付いていて、そこにも人影があったなぁ」

 顎に右手を添えて必死に思い出しているようだ。

 というか、それ明らかに怪し過ぎるだろ。


「そこでその人たちが……えーっと……な、何かしていたんだよなぁ……なんだっけ……」

 手を顎から頭に移動させ、文字通り頭を抱え込んでしまった。

 珍しくこの人がド忘れしたのか。

「取り敢えず今は大丈夫ですよ。かなり有益な情報を得られました。ありがとうございます」

 一度頭を下げると、俺は速やかにその場から立ち去る。

 後ろで顧問がどんな顔をしているが知らないが、オレは意識から彼を拭い取り、職員室を出る。




 ※※※




 部室に入ると、机の上に置かれた茶封筒が目に入った。そこには付箋が貼られており、メッセージが残されていた。

『頼まれた生徒会メンバーの情報』

 中身を取り出すと、分厚い書類が出てくる。

 それをカバンに片付け、オレはスマホでメッセージを送る。この調査書類をまとめてくれた人物へ。

『ご苦労様。いつもありがとう。』

 するとすぐ既読が付き、間もなく返信がくる。

『いえいえ!今回の事件は生徒会絡みなんだ?』

『まぁな。まだ不確定なことが多いから、あまり無闇に情報漏洩はできないけど』

『大丈夫だよ!でも、今度また事件のこと話してね!』

 快活な声が脳裏に聞こえる。

 いつか電話したほうがいいのか……?いや、まぁ大丈夫か。

 ……と自問自答しながら、オレは返事を打ち込む。


「勿論。お前は、オレの唯一のだからな」


 思わず口にしてしまった。

 閑かな独り言が、闇夜の部室に響いた。




 ※※※




 文化祭当日。

 オレはいつもより早めに登校し、職員室に来ていた。

「ああ、そうそう!思い出したんだよ!」

 職員室に顧問の大声が響く。

 自分の声の大きさに気づき周りを見渡すが、周囲は慌ただしく仕事をしている。それを見て一安心すると、落ち着いた口調に戻して話を続ける。

「例の生徒会室あたりで見た人影だけど、何か物を落としていたんだよ!逆光で物はシルエットしか見えなかったけどね。ボール状だったかな」

「落としていた?……ちなみに、下の教室から上に物を投げ返すなんてことは?」

「無かったよ。少なくとも俺が見ていた間は、一方的に物を上から落とすだけだったな」

 生徒会室の真下……3年2組か。

 そのクラスには、生徒会長と副会長が在籍していたはず。

 偶然にしては、出来すぎているな。

「こんな感じでいいのか?」

「はい。ありがとうございました」

 オレとしては、この前送られてきた赤崎からのメールの裏付けを得られたことでも十分な収穫だ。




 ※※※




 その後、探偵部と落ち合って今日の予定を伝えた。

 恐らく犯人は、体育館での有志発表によって教室から人が出払われたタイミングで決行するだろう。生徒会の誰が犯人だろうと、顔は知られているはず。人混みに紛れて犯行しても、不審な動きをしたら特に覚えられる可能性が高い。

 その時間に赤崎がシフトを出来るよう、ローテーションの配置をした。

 そして文化祭が始まった。

 オレが生徒会準備室にいる時に書記が来たことに加え、探偵部を探している様子から、あの書記が予告状の送り主だと確信した。

 態々わざわざ暗号にしたり、探偵部に阻止を願っているってことは……やはり、誰かに盗むよう脅されているんだな。

 オレがいたことを警備員から聞いた時の焦り、学年まで判断できなかった時の落胆、どちらも探偵部に期待しつつ、同時に不安も抱えているからこその反応だろう。

 つまり、書記の向こう側にまだ犯人がいるということ。

 書記に脅迫した、本当の黒幕が。




 ※※※




「分かってるな……」

 そしてオレは生徒会メンバーの会話を盗み聞きした。

 これも可能性に過ぎないが、恐らくこの組織には明確な縦社会が成り立っているのだろう。それか書記が会長たちに弱みを握られている、なんて可能性もあるが。

 何がともあれ、会長と副会長が黒幕だというのはほぼ確定だな。

 そうすると、顧問が見たという例の人影とも繋がりが出てきた。

 その時に電気が付いていた教室は生徒会室と、その真下にある3年2組。その3年2組には会長と副会長が在籍している。しかも、生徒会室の真上は生徒会準備室——宝石が展示される教室だ。

 もし顧問が見たのが、生徒会室から何かしらの物を落とす『書記』と、それを受け取る『会長か副会長』だったら?

 それが犯行に関わってくることは間違いない。

 そこまで分かれば、奴らの計画を推理するなんてオレには造作も無かった。


 生徒会が管轄で宝石を展示するということもあり、それを展示するためのケースも生徒会が提供している。

 故に、ケースに工作を施して盗みやすくして、現場で宝石を手にした書記が窓の外で、生徒会準備室から生徒会室へ投げ渡して、生徒会室で会長が回収する。そうすると、誰にもバレず速やかに宝石を生徒会準備室から消し去ることが可能だろう。

 物を落としていた人影は、生徒会の連中がその計画を実行するためのシュミレーションといったところか。生徒会室も3年2組も、彼らなら先生を騙して教室を空けさせることは容易だ。


 そこまで推理できたら、あまり証拠が出てきてないこの事件において唯一無二となるであろう証拠を得るため、校舎裏に向かった。

 犯行はきっと昼に発生する。その時にグラウンドに人がいる危険性は高い。

 だから宝石を落とすのは校舎裏側の窓だろう。実際、顧問が帰り道で生徒会室の前を通るのは、敷地外の道路、つまり校舎裏だ。

「必要な証拠ピースが揃ってきたな」

 オレは、犯行の瞬間を撮り収めるべく、カメラを設置した。

 カメラのレンズに収めるのは、生徒会室の窓。




 ※※※




 そして事件は起きた。

 有志発表で校舎から人がいなくなるタイミングを狙っていたことは既に予想できていたので、オレはその時間に赤崎が見張りに着くように設定した。もし書記に疑いを掛けていても、あいつの力じゃ奴らを止められない。

 案の定、彼女の目の前で易々と宝石は盗まれた。

 1階で事件の音をオレは、その計画が確実に実行されたことを理解し、すぐにカメラを回収しに向かった。

 カメラの映像を確認し、書記が生徒会準備室の窓から宝石を落としてそれを生徒会室の窓から会長が受け取るのを見て取れた。

 オレはその映像データを持って生徒会室に乗り込んだ。ノックもせず無音で教室に入ると、教室の隅で固まっている会長と副会長がいた。

「こ、これが、時価1000万を超える……!」

「こいつを売れば、私たちは……大金持ちよ!」

「おいおい、それどうやって売るつもりだ?」

 オレは2人の背後から純粋な質問をぶつける。2人にとって今のオレの存在は、怪奇現象に近いレベルの謎だろう。

 振り返り、宝石を隠すことなくオレを視認した2人は、きっと全力で頭を回転させているのだろう。

 先に思考が追いついたらしい会長が、ゆっくりと口を動かす。

「お、お前は……」

「初めまして。単刀直入に問うが、今持っている『勇壮な翠玉ブレイブ・エメラルド』を渡してほしい」

 名乗りはしなかった。そんな余裕は無いからだ。

 再びの驚愕に今度は目を大きく見開く2人。最早副会長は硬直してる。

「な、なぜ、それを……」

「説明は面倒だから割愛させてくれ。とにかく、お前らが書記を脅してその宝石を盗ませるよう指示していることは知っている」

 まぁ、正しくは『知っている』ではなく『予想出来ている』だけど。

 そして錯乱状態に陥りそうな2人に、オレは撮った映像を見せて追い討ちを掛ける。

「これはさっき、お前らが宝石を投げ渡した瞬間を捉えた映像だ。このデータをばら撒いたどうなるか……」

 そう、これは——脅迫だ。

 途中までは生徒会が一丸となって暗躍していると思っていたが、ここまで来るとどうやら違うらしい。

 この2人が書記を脅し、盗んで渡すよう指示したってところだろう。

 だからこそこの2人がオレの掌中に収まれば、生徒会がオレの配下と化す。

 始めからこれが狙いだった。生徒会が手に入れば情報網は一気に広がる。

「……わ、分かった。でも、これをどうするつもりだ……?」

「戻すんだよ、元の位置に」

 恐らくオレの利益にすると思っていたのだろう。2人が同時に「は?」と溢した。

「適当に話をでっち上げして、誰にも罪を着せずにこの事件を闇に葬ってやる。ただし、お前らが今後オレの意思に反した場合、問答無用でこのデータを警察に突きつけてやるよ」

 俺の脅迫に対して口を引き結ぶ会長。警戒と不安の表れだ。

 すると今度は、初めて副会長が言葉を発した。

「で、でも、そんなことしたらお前が犯人を隠蔽したことがバレるんじゃないか……?」

 ……面倒なところに気付いてくれたな。想定はしていたが。

「問題無い。警察関係者にはオレの知り合いが数人いるからな。それも殆どがオレに借りがある刑事だから」

 実際のところ、知り合いの警官は沢山いるけど、刑事の知り合いは数人しかいない。しかもそのうち1人は……

「お、お前は本当に、何者なんだ……?」

 震えるような声で会長がそう問いかけてきた。

 警察関係者に知り合いがいる高校生。

 この2人の中でオレにはそんなレッテルが貼られただろう。いつか払拭しないと。

 返事を考えていると、事件現場からから、警備員を解放する危険性を察した。

 オレは素早くスマホを取り出すと、美咲にメールを送る。


『書記との会話を長引かせてくれ』


『送信完了』と画面に表記されるのを確認すると、オレは再び目の前の2人に向き直る。

 質問は完全に無視して、オレは会長が握っている宝石を奪い取る。

「それともう1つ。この宝石は十中八九、偽物だよ。ただ、偽物だからって窃盗の事実は変わらない。もし知られたら、仮に警察沙汰にならなくても、学校からの信頼は全て失うだろうな」

 これだけ伝えたら十分だろう。

 2人は余計なことを言うことなく、黙ってオレを見送ってくれた。

 オレはポケットに宝石をしまうと、例の教室へ向かう。

 探偵部も含め全員を騙し、生徒会をオレの掌中に収めるために。




 ※※※




「そして私たちの前に現れたのね。1回目の来訪の時点でもう部長は宝石を持ってた……」

「ああ、そしてお前らにミスリードとなるよう証拠や条件を提示して、美咲か江が推理を披露できるように俺は教室を離れ、美咲が予想通りつまずいたところでオレが虚偽の真相を伝えた」

「そうすれば、脅されて宝石を盗んだ書記としては、自分の犯罪が揉み消されたことを理解して部長の道筋に便乗したくなる」

 きっとあの後、書記が生徒会室に戻っても会長と副会長は雑に誤魔化していただろう。そうなっても書記としては、予告状が上手く作用してくれたことに満足して、会長たちの行動を無理矢理にでも納得することになる。その方が彼にとっても好都合だから。

「ちなみにあの予告状だけど……確かに、アナグラムで『サンネイ』と読むこともできるが、別の意味にも捉えることが可能なんだ」

 恐らくその解法は、万が一あの予告状が会長や副会長に見つかったときに言い訳する手段だったのだろう。それが裏目に出たが。

 オレが付属情報として説明するこの話は、ぶっちゃけ事件の解決とは直接関係ない。

 だけど、同時にこれを知ると……

「別の、意味?」

「ああ。あの予告状、改行に違和感があったんだ。『我が掌中に〜』ってのが『我が』と『掌中に』でわざわざ改行されていた。そこで気付いたんだ。2行の頭を読むと『スシ』になる、って」

「スシ……セイナン……ま、まさか……!」

「そう、寿司すしの符牒で『セイナン』は『7』を示す。そして会長が弥 裕之、副会長が広橋 ……書記はこの予告状で、自分のことを示しつつ、その奥でさらに黒幕の2人も暗示していたんだ」

 そこまで練り込まれている予告状に美咲は、感嘆の声が漏れそうになる。

 だがオレは知っている。あの書記は、美咲が驚いてしまうほどの予告状を作れる男だ。

「実は、あの書記は定期テストで常に学年1位の成績を保持しているほどの頭脳の持ち主なんだ。だからあんな予告状も作れるし、会長と副会長が完全犯罪できる計画を企てられたんだろうな」

 から貰った資料の中にそう書いてあった。

 きっとエリートで真面目な性格だから、会長らに悪用されてしまったのだろう。


 ここまではオレが集めた証拠ピースを繋げて推理を披露しただけ。

 しかし、美咲は間違いなく引っかかっているところがあるだろう。

 オレがそれらの証拠ピースを集めた方法だ。

「でも……事件の時の様子をまるで聞いていたかのような口ぶりだったけど、事件発生時は校舎裏とか生徒会室とかにいたんでしょう?それって変じゃない?」

「ああ、確かに矛盾しているな。でも、事件の音を聞いていたのは事実だし、その時に校舎裏や生徒会室を巡っていたのも事実だ。その2つが両立して存在するには……」

 答えを明確に言葉にすることなく、オレは右耳を指でトントンと触る。何も無い右耳を。

「……盗聴、していたのね。どこに盗聴器を仕込んだの?」

「赤崎のポケットだよ。美咲や江に仕込んでもすぐバレるからな。それに、事件が発生するまで書記には近づけなかったし、警備員2人は動きが読めない。教室に設置しておいても良かったんだが、文化祭が始まるまでは教室の様子が分からなかったから」

 まぁ、つまりは1番の安全要素なのが赤崎だったわけだ。

 あいつなら盗聴器が仕込まれても気付かないし、オレの指示で真面目に教室にいてくれる。

「その盗聴器で赤崎の出番になった時から聞いていたんだけどな。あいつが書記と今日初めて対面した時に、彼は赤崎に『どうしてこちらに?』って質問したんだ。それでオレはあいつが予告状の犯人だと確信した」

「……なるほど。あの教室に来る人の目的なんて全員『鑑賞』に決まっている。訊くまでもなく。探偵部には宝石の護衛という例外的な理由があるけど、それを知っているのは探偵部と予告状の犯人だけだから」

「ああ。他にも、停電直後に書記は、停電が何者かに細工された前提で理由を考察していたんだ。普通は、事故の線を最初に考えるだろ?」

 そう考えると、あの書記も割とボロを出しているよな。

 思わず鼻で笑ってしまう。




 ※※※




 部長は書記のミスを並べると、鼻で笑った。くだらない、とでも思ったのだろう。

 私も、苦笑いをしながら部長と目を合わせる。

「……探偵部も、生徒会も、まんまとあなたに弄ばれたのね」

「まぁな。これで生徒会は暫くオレたちの融通が利くだろう。これが上手く作用すれば良いが」

 こうやって部長は情報を集めるための『足』を得る。

 全てを話し終え、これ以上は言うことが無いと思った部長は、再び廊下を歩き出した。


 私は、その背中に視線をぶつけることしか出来なかった。


 ——関係者全員を騙す誘導能力。僅かな情報から犯人や計画を暴く推理力。

 そして、自分の利益のために犯罪を隠蔽した無情感。



 改めて思った。この男は悪魔だ。





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