第2章 歓迎の予告状
第11話 置かれた悪意
部室の扉を開けると、いつも通り
別にオレは読書家というわけではないが、ここを部室にして毎日のように本を読んでいると自然と欲するようになってきた。
机の傍にリュックを落とし、部屋を見渡す。
「今日もオレが一番か……」
奥にあるオレの椅子に腰を下ろして、静かに息を
窓から流れ込んできた風が前髪を細かく揺らす。
その動く黒線に気を取られ、瞬間的に脳内を真っ白に染める。
そこでゆっくりと思考を停止させ、目の前に置いてある
そんな
だからこそ、清く価値のあるこの時間を大切に……
「白澤くん!ちょっといい?」
「……良くない」
「あーっ!読書再開しちゃダメ!」
そう騒いで後頭部でポニーテールを揺らしながら近づいてくる新入部員の赤崎は、
こいつは入部まだ2週間なのに、距離感を
いつもは「何か依頼は届いた?」と笑顔で
「先生から聞いたけど、掃除サボってるんだって?」
「え?あ、ああ、そんなこともあったな」
そーいや終礼時に日替わり掃除当番のメンバーが読み上げられていたな。
たしか出席番号順にローテーションするはず。
ただ、オレの『目的』を達成する為には不要な時間だからな。別に、面倒くさい訳ではない。そう、決して。
「色んな利益を考えた結果、サボってる」
「その『色んな利益』に含まれてないものが多すぎるよ!?」
「あー、分かった分かった」
的確な指摘をスルーした結果、赤崎は
それを話の終結だと受け取り、オレは今度こそ手に持っている本の読破を目指して……
「部長、お疲れ様です!ちょっといいですか?」
……オレに
心の中で
「どうした?赤崎と同じような尋ね方をして」
「え!?そうなんですか!?はぁ……」
「何が不服なの緑橋さん!?」
「全て」
「即答しないで!」
心理学のエキスパートである彼女は、自分の感情を隠すのはもちろん、表に出すのも限りなく上手い。
江から『不本意』の意思が伝わったのだろう、思いっきり振り返って叫ぶが当然聞き過ごされる。
そんなことよりオレは江の左手にある紙に意識が奪われる。
「それで?オレに何か用が……というか、その紙に何かあるんだな?」
「あ、そうでした。これが入り口の前に落ちてました・・」
オレは紙を受け取ろうとして、右手で持っている本の表紙に再び目を落とした。
読みたい、という欲求を胸の最深部に抑え込み、さり気なく栞を本に挟んで閉じる。1ページも読めなかった……。
本への
そこの紙には、ワープロの字体でこう書かれていた。
『崇高なる幸福を
掌中に収めてみせる。
セイナン』
「……ナニコレ?」
赤崎の間抜けなコメントにオレは声を出さず同意する。
「入り口の前、ってことは、とりあえずはオレたちへの手紙ということだな……」
「はい。ただ、この手紙の意図がサッパリ分からなかったので、部長に見せたのですが……」
心の
「一応、廊下を探し回りましたがその紙以外には何も見当たりませんでした」
ということは、これを置いていった人物はこの手紙だけで自分の意思を伝えられる自信があったのだろう。
3人で
目の前の2人は紙に意識を奪われているので、後ろから来てる最後の部員に気付けていない。
いや、実はワザと気付かれないように存在感を透かしているのか?
この部活で最も静かな雰囲気を醸し出す美咲は、相変わらず声を発することなく2人の背後に着き、紙を除き込むと、
「……来週のやつじゃない?」
「うわぁ!びっくりした!」
唐突に耳元で喋ったため、赤崎が教科書通りの反応を披露する。
この
「やっぱ美咲もそう思うか……でも、来週のやつの詳細が分かんないんだよなぁ」
「来週のやつ?何かあったっけ?」
赤崎が俺の返事を聞いて素直な疑問を口にする。
直後、江が「あっ!」と
「来週と言えばやっぱ『
「ああー!あそこの美術館とのやつだ!ダンス部と演劇部が頑張ってたかも!」
そう、来週は近くの美術館とウチの高校が手を組んで大規模な企画を行うのだ。
この『色沢高校』がある色沢市には『色沢美術館』という市立美術館が設立されているが、来週で創立25年目なんだとか。その記念に様々なイベントとのコラボ企画があるらしい。
そこで徒歩10分くらいの距離しかないこの高校ともコラボすることが決まったのが去年。毎年秋に行われる『文化祭』を今年はちょっと早めにして、美術館の創立25周年を文化祭で祝うことになったが……。
「……でも、なんで来週の文化祭とこの紙が繋がるの?」
赤崎は
「赤崎さんは、来週の合同企画で美術館側が何をするかご存知ですか?」
「えーっと……何かしらの美術品を、この学校で展示させてもらえるんだっけ?」
「はい、美術館側はいくつもの目玉展示品から代表して3品を展示させるそうですが、どれも数千万円の価値があるらしいです」
それを聞くなり、赤崎は予想通り「えええ!?」と見慣れたリアクションを披露する。
オレも初めてその事を知ったときには「意外だな」と心の底では思ったが、同時に自分と無関係だと考え、脳の片隅に追いやった。
さっきから赤崎と江しか話していないが、急に江が考え込む仕草をする。
「ただ……私も展示品が何だったかは忘れてしまいましたね。1つは
「その通りよ、江」
辛うじて思い出した江に返事をした美咲は、
「『夜の赤薔薇』というその油彩画は、製作年及び作者不明で1度は
美咲の補足解説を聞いて2人が感慨の声を漏らす。
「よく覚えてるな。気になってるのか?」
「もちろんパンフレットの受け売りよ」
それでも、きっと片手で数えられるくらいの回数しか見てないのだろう。
「ちなみに他の2品もご存知なんですか?」
「えっと、1つは『
たしかその女優が「手に入れたら指輪にする」と発言して賛否両論になったとか。
この学校の周りでも一時期話題になっていた覚えがある。
ん?勇壮……?エメラルド……?
「最後の1つは『宿る命』という彫刻ね。これも世界的な作品だけど、写真を見た感じは『おっさんが叫んでる』ってところね。まぁ、別に『考える人』とかの良さも私には分からないけど」
急に
てか『考える人』って『地獄の門』って別の彫刻作品の一部だから、どっちかと言えば地の底でキレてるのか。
「取り敢えず私に分かることは、どれも数千万の価値があるから、もしもこの予告状が本物で、本当に犯行が起きたら大事件になりかねないってことね」
「ち、ちょっと待って!」
右手を大きく振りかぶって美咲の話しを切り上げる。
「どうしたの?」
「今の青里さんの話を聞いていると、この予告状は今言っていた3品のどれかを『盗む』という宣言っていうこと!?」
「ええ、そういうことね」
カバンから水筒を取り出し
「その予告状には『我が掌中に収めてみせる』ってあるでしょ?これって『何か盗みますよ〜』って意味の決まり文句みたいなもんよ。そして来週には盗んだら利益になり
やはり分かりやすい説明に、赤崎だけでなく江も聞き入る。
その感嘆も
「そうだとしても、大切なのは結局『何がターゲットなのか』ですよね?この予告状には『崇高なる幸福』としか書いてないし……」
そう言って江が美咲を見ると、
「そうね……それを教えてくれるのはそこで踏ん反り返ってる男じゃない?」
「今のオレが踏ん反り返ってるように見えるなら、眼科を紹介しよう」
「ただ座ってるようには見えないわよ?」
「お前の最大の武器は欠陥品になったようだな」
小馬鹿にしたような目で急に出番を作る。
ただ座ってるだけなんだが……。
『
目の前で3人がゆったりと推理している中、オレは脳の片隅で推理を張り巡らせていた。
こちらとしては、この盗みを防ごうが防がまいが関係ないので、ぶっちゃけどうでもいい。
ただ、犯人の影を知った今、無益に引き下がるわけには行かない。
それに、江と美咲は頭脳明晰で敏感なのでオレの思考がバレる危険性があるが、
まぁ、犯人の標的を明かしても問題無いだろう。
美咲が分かっていないのが意外だな。
「えっと……古代ギリシアの哲学者カッシウス・ロンギノスが1674年に『崇高について』で崇高論を
記憶を手繰りながら言葉にしていくと、美咲が何かに気づいた顔をする。
「『崇高』は『勇壮』……ってことは、幸福ってのは……」
「ああ、エメラルドの宝石言葉だよ。厳密に言うと、『夫婦愛』とか『希望』とか『癒し』とか色々あるけど、一番有名なのは『幸福』だな」
赤崎は「へぇ〜」と納得したらしい反応を見せる。
ちなみに宝石言葉というのは、花言葉の宝石バージョンで、それぞれの宝石に
「……つまり、『崇高』は『勇壮』、『幸福』は『エメラルド』を暗示していて、繋げて考えると『
赤崎の要約に、オレは無言で
そこまで知ったら、このポンコツが考えることは……
「だとしたら、すぐ警察に通報しようよ!」
「それはやめた方が良いと思います」
赤崎の短絡的な考えに、オレの代わりに江がストップをかける。
「あまりにも情報が少ないこの段階では、流石に取り扱ってくれないかと。伝えたところでイタズラだと笑われるだけですね」
オレたちの身分を明かせば協力するだろうが、それはそれで迷惑だろう。
渋い顔で納得する赤崎の隣で、美咲がいつの間にか持っていた本に目を通しながら、
「それで、部長さんはどうするので?宝石を守るつもり?それとも、面倒だし無関係と言って無視する?」
オレが読書したくて仕方ないのを分かって眼前で堂々とページをめくってやがる。猪口才な。
オレは顎に手を当て、光速で全ての推理を結び付けると、1つの結論を出す。
オレに利益が転がり込んでくる道筋を、結論とする。利益とは即ち、『目的』を達成する近道になる可能性があるものだ。
「……オレたち探偵部は、来週の文化祭で『
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