第12話 朧げな記憶
「失礼しまーす」
2週間前と同様に3回のノックをして、職員室のドアを開ける。
たった2週間前に来たばかりなので、慣れた足取りで目的の先生の元へ向かう。
ただ、これだけ違和感なく堂々と歩いていると、職員室によく来る生徒、つまり忘れ物の常習犯みたいで何か嫌だなぁ。
そんな不安からスカートから手が離せなくなりつつ進むこと20秒、座高が高い先生の背中にくる。
「森田先生、これお願いします」
「ん?ああ、赤崎か。これは……入部届?」
「はい!生徒会側の書類準備が遅くなってしまいまして……」
つまり私のせいではないということ。とりあえず一言添えておく。
慣れない手付きで必要事項を記入すると、先生は目の前の紙を注視し、
「あれ?この『生徒会長』の枠に書かれている『
「ええっ!本当ですか?」
紙を受け取り指摘された欄を見ると、先生の言葉通りのミスが見受けられた。
なんて地味なミスしているんだ……。
「申し訳無いけど、生徒会室に行って訂正して来て貰えるかな?その後もう一度俺に提出しに来てくれ」
森田先生に軽く返事をして、私はその場を去ろうとした時、
「……あ、ちょっと待ってくれ」
先生は何かを思い出したかのように私を呼び止め、私は「はい?」と軽く返事する。
「生徒会室って確か、校舎2階の西端にある教室だよな?」
ちなみに職員室は1階の東端、つまり生徒会室とは真反対なのだ。
なので、もう1往復するのはかなり面倒くさい。
「この間、ちょっと仕事が長引いて帰るのが遅くなった時にな、生徒会室の窓から誰かが何かを落として、真下の部屋で誰かがそれをキャッチしてるのを見たんだ。遠くて顔までは分からなかったが、制服を着ていたから俺は気にせず帰ったんだけど……何か知らないか?」
誰かってダレ?何かってナニ?
代名詞だらけの報告に、私は心の中で疑問を残しつつ答える。
「うーん、私はイマイチ分からないですね……でも何で私に訊いたんですか?」
そう、今の私は探偵部のことで精一杯で、他に手が回っていない。勉強はそこそこしてるけど。
故に生徒会とは無縁のはずの私に答えを求めても無駄なだけなのに。
「いやー、2日前に部長から『生徒会で最近違和感だったことや怪しそうな行動は無かったか』と聞かれてな。探偵部で何かあったのかなと思って……」
2日前と言えば、探偵部にあの予告状が届いた日だ。
何かあったと言えばあったのだが、白澤くんから『予告状のことはどれだけ親しい人にも言うな、顧問にも勿論禁止だ』と言われている。
「私に思い当たる節は無いですねー」
とりあえず
一方で森田先生は私の返事に眉をひそめたものの、特に深く探ることなく、
「そうか……ありがとう、足止めして悪かったな」
一礼をして、今度こそ職員室から出る。
生徒会室の謎の影も気になるが、それを凌駕する勢いで不思議なのは白澤くんの考えだ。
生徒会への疑念があるのだろうが、それは果たして個人的なことなのか、部活としてのことなのか……。
証拠も根拠も無い現状では、何も推測が出来ない。
それでも折れずに推理をしながら、程遠い生徒会室を目指して歩いた。
※※※
「ホントですか!?それはそれは、ごめんなさい……」
生徒会室に着いた私を迎えてくれたのは、教室の自分の席で唯一座っていた生徒会書記の
私が見る限り、今のこの生徒会室には三寧さんしかいない。
「ただ、僕が勝手に訂正するわけにはいきませんので……会長に直接お願いしたいのですか……」
1つ歳上なのにも関わらずとても物腰が低いこの書記さんは、考え込みながら独り言を漏らす。
「うーん、会長が在籍する教室は真下ですけど、居るか分からないしなぁ……そもそも会長がいつ戻ってくるのかも不明ですし……」
「会長さん、どこかに出掛けているんですか?」
「はい、来週開催される例の合同企画で、我々生徒会はある目玉展示品の管轄になったので、そのことについて美術館側や学校側と会議しています」
ある目玉展示品?まさか……。
例の予告犯から宝石を守るヒントが得られるかもしれない。ちょっとだけ探ってみよう。
「私が知っている限りでは、ものすごく高価な品が3つ展示されるらしいですけど……」
「その通りです。我々はその中の『
「是非来てください」という誘い言葉を笑顔で添えてくれた。
この人から話を聞き出すことができれば、予告状対策の武器となる情報を得られるかもしれない。
「どんな風に展示するつもりですか?」
「そうですね……まだ決定事項ではありませんが、我々の中では半ば確定のプランが1つあります」
そう言うと静かに立ち上がり、会長机にあるファイルを開いてこちらに示した。
「これは、宝石を展示する際に設置する予定の台座です。
そこには、文章と図で概要が記されていた。
そこでまず最初に目に付くのは、謎の黒い直方体だ。
上にガラス製の透明なケースを乗せているところからして、恐らくここに宝石を置くのだろう。
ちなみに右下に小さく「案:三寧 佑磨」と書いてある。つまりこの人が考えたってことか。
「ここには展示方法や詳細な時間などしかありませんが、これから徐々に他の情報も決めていきますよ」
へぇー、と唸ることを返事として、ファイルを閉じる。
つまり、今はまだそこまで決定事項がないのか……。
ファイルを渡し、今日のところは引き下がろうと考えたその時、三寧さんが「あのー」と一言、
「僕も1ついいですか?差し
ファイルを片付けながら三寧さんは訊いてきた。
それは、とても
答えによっては誤解されかねない……。
「仕事柄、探偵部さんの活躍は存じています。だからこそ、あれだけレベルの高い部活に入るにはかなり勇気がいると思うんですが、その原動力はどこから生まれたのか気になりまして……」
その言葉が衝撃的すぎて、私は口を閉じれなくなって呆然としてしまった。
どうやらこの人は探偵部の存在に限らず、活動のことを聞いているらしい。
私が驚いたのには理由がある。
森田先生と始めて交流したとき、私の担任の今井先生は探偵部のことを
あの後、一部ではあるものの何人かの先生に訊いてみたが、10人中10人が「探偵部なんて聞いたことない」と答えられてしまった。
だからこそ、先生たちがまるで知らなかった探偵部の存在を生徒会の1人が記憶に残しているなんて……。
「……どうかしました?」
無意識のうちに
そうだ、三寧さんからの質問!
私は思考をフル回転させ、妥当な応答を作り出す。
まさか「初めて出会ったのは本当の殺人事件現場で!」なんて言えない。
まして半分以上はノリ(探偵部への好奇心)で入部を決意したことは誰にも知られてはならない。
「えっとー……まぁ、探偵部のみなさんの推理を拝見する機会がありまして、そこでちょっと気になっちゃったという感じですかね……」
テキトーにはぐらかしたが、三寧さんは特に疑うこともなく「へぇー」と
さっきの先生の時といい、ひょっとして私って嘘下手なのか?
「こ、こんな感じで良いですか?」
「あ、はい!
※※※
「会長、弥七 裕之……」
オレは名簿にあるその名を口にする。
「副会長、
ついさっき得た詳細なデータだ。大切に、そして確実に有効活用しないとな。
「書記、三寧 佑磨……テストでは常に学年1位……」
学年や経歴から、不要にも誕生日や趣味まで書いてある。
「……全員、3年生か」
その1センチほどの厚みを持つ資料を
施錠を確認し、鍵も鞄に入れると後は帰るだけ。
「家に着いたら1度目を通すか……」
廊下に差し込む
あの時も、窓から流れ込む光が時間を教えてくれた。
漆黒の夜空、そこに浮かぶ
目の前で広がる鮮紅の———
「……わざわざ思い出す必要がないだろ」
自分に指摘をして、今日も絶望の記憶に蓋をする。
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