第9話 予想外

 私は後日警察で話をすることに決まり、とりあえず解放された。

 とても身近で信頼できる先輩が殺人犯だったことはとても心に刺さった。

 辛さや悲しさ、そんな負の感情が連鎖的に渦巻いている。

 しかし、その感傷には頑張って蓋をして、胸中ではずっと抱いていた疑問に目を向ける。

 そして同時に、その疑問を晴らすのは今しかできないことを理解していた。

 私は、何よりも知りたいことを、誰よりも問いたい人物に尋ねるために、店の出入り口に向かった。

「あ、あの、1つだけ聞きたいことがあるんだけど……」

 私がおそるおそる声を掛けたのは、当然探偵部の3人だ。

 店を出ようと歩みを進めていた3人は、自分たちに向けた言葉だと気づいたようで、私の方へ振り返り、

「まだ何か?全ての謎は解けましたけど」

「まだ解けない謎があるよ!」

 白澤くんにスルーされそうなところを勢いだけでしっかり阻止する。

「いつの間にか3人とも私が色沢高校の2年生だって気づいてたよね?いつ?なんで?どうやって?」

 私の記憶が正しければ、私は自己紹介なんてしてなかったはずだ。というかむしろ隠していた。

 しかも私的な話をしていたのも彼らの席からは遠いカウンターの傍で、声が聞こえた訳がない。

 そんな私の予想に反して、彼らは私の正体を見抜いていた。

 過去に彼らと会った覚えも無いし、名が知られるほどのことを人前でした経験もない。

 考えれば考えるだけ謎が深まっていく……。

 一方、さっきまでの饒舌じょうぜつはどこへやら、全く口を動かさない白澤くん。

 すると話を始めたのは、白澤くんの右隣にいた緑橋さんだった。


「あなたが初めて私たちと会ったときの動揺っぷりを見れば、誰でも何かあると思います。ただ、ボクたちはそう思っただけで、そこからは美咲さんに任せっきりです」


 随分ずいぶんと簡潔な答えを貰い、イマイチ納得いかないので、もう少し補って貰おうと青里さんに視線を送る。

 すると、彼女は分かりやすくため息をいてから、

「……私、人より少し目が良いから、あなたとあの先輩さんと話してる時の唇の動きが見えたのよ。そこから読唇術どくしんじゅつで内容を読み取って、適当に予想した。それだけよ」

 読唇術といえば、スパイ映画とかで見たことあるが、確か唇の動きで喋っている内容を理解するというやつ……だ……。え?

 考えてて引っかかったが『出来て当然』みたいな言い方されたけど、そんなの高校2年生ができるわざじゃない!

 そのとき、さっきまでの疑問は一瞬で白紙に戻り、別の思考がひしめいていた。



 私と小倉さんは、気づかない内に緑橋さんに誘導されていた。そして『探偵部』の手の平の上で物事が進んでいた。

 私は、努力の甲斐かいなく青里さんの読唇術で色沢高校2年生だとバレていた。

 そして小倉さんは、微々びびたる証拠から白澤くんの推理力で犯人だと見抜かれた。

 緑橋さんの『誘導能力』、青里さんの『読唇術』、白澤くんの『推理力』、それぞれが事件解決に使える能力を持っている。

 それも半端な力ではなく、悪魔的なレベルの技だ。


 この3人は、この探偵部は、本当に名探偵なんだ……。


 そう思った途端、私の頭の中で、鈍い音を立てて変換されるのを聴いた。

  『興味』が『好意』に変換される音だ。

  その変化は、私の大きな原動力になる。思わず口を開いてしまうくらいに。



「私を、探偵部に入れて欲しいの!」



 そこまで口にして、ふと思った。

 こんな部活なら、入部試験とかあるのかな?

 私って学力も平均よりちょい上ってだけで、特別な能力なんて何も無いし……。

 そもそも自己アピールとかすべきなら、いよいよ名前と好きな動物を言って終わってしまう。ちなみに私は猫が大好き。

 そんな風に私が脳内で1人勝手に考え込んでいると、白澤くんは左手の腕時計を見ながら呟いた。


「別にいいですよ」


 そんな予想外の一言を残して背中を向けた。

「ち、ちょっと待っ……」

 思わず引き止めようとするが、足が前に出ようとせず、口も固まった。

 それは、歩いてる3人の表情を見たからだ。

 チラチラと見える3人の横顔は、真剣そのものだった。

 もちろん青里さんのように話の内容をみ取ることは出来ないが、彼らの真面目な雰囲気に特攻していく度胸なんて私には無い。

 大量のモヤモヤを胸にまとわせながら今日は諦めを付ける。

 でも明日、学校で3人を意地でも見つけだす必要がある。

「そして……探偵部の仲間になるんだ!」




 ※※※




 オレは左で歩く江に、視線を前に向けたままく。

「予想外だったな……それとも、これは江の予想通りなのか?」

「いえ、部長と同感です。というか、部長に分からなかったのに、私に分かるわけがないですよ」

 笑いを含めながら答える彼女は、どういうわけかとても楽しそうだ。

「別にオレだって全知全能じゃない。買い被り過ぎだ」

 江は笑みを絶やさずに歩き続ける。

 きっとまた「謙遜けんそんなさって」的なことを考えてるのだろう。

 それでも本当に驚愕した。反射で瞳孔どうこうが収縮した可能性を思慮したくらいだ。

 オレの心の揺らぎが身体からだに表れた瞬間——無意識のうちに腕時計を見た時を、美咲には気づかれているだろう。

 ……というか右でニヤついて横目にオレを見ている。こっち見んな。

 こいつ、口数は少ない割に人をいじるのは好きだから不思議なんだよな。

「まさか、入部したいやつがいるとはな」

 警察と深く関わりがあるこの部活には、今まで交流してきた大体の人間が距離を置きたがる。あの女も同等だと思っていたが……。

 どこが魅力的にうつったのだろうか。

 何にせよオレは『目的』を果たすことに集中する必要がある。

 あの女が『目的』に干渉してくる余計な不純物なのか、早めに見極めなければ。


「今度、あの女を歓迎してやらないとな……」






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