1-11  副作用

 あやかさんのスマホでの写真だと、妖結晶の図には、思った以上にうまく色が塗れていたので、じんわりとした喜びを感じていた。

 でも、はっと、おれ、食事、途中でストップしていたことに気が付いた。


 あやかさんにスマホを返してから、おれ、おもむろにハンバーグを切って口に入れ、今度は、口の中で、じんわりとした喜びをかみしめた。

 ちょっと冷めちゃったけれど、おいしいものは、ぬるくなっても、また別のおいしさがある。


 ゆっくりと噛んで食べてから、ビールをグビッ、ググッーと飲みほした。

 これでビールを終わりにして、次はご飯で、お食事モード。


 おれが、急に黙って食べ出したものだから、そのまま、あやかさんも、さゆりさんも、お食事モードになって、しばらくは話は進まず、とにかく食べ終わった。


 ちょっと前に、様子を見に来てくれた吉野さん、おれに、

「もう、コーヒーは大丈夫なの?」 とわざわざ確認のため聞いてくれた。


「ありがとうございます。もう、完全に回復しましたよ」

 と、おれ、ニコッと笑って答えたら、吉野さんもニコッと微笑んで、食後には、いつものようにコーヒーを出してくれた。


 そして、あやかさん、食器を片付けてくれている吉野さんに、

「今日は、ここで、もう少し話をしているから、先に休んでいてね」

 と言ったら、しばらくして、吉野さん、コーヒーのはいったポットを持ってきてくれた。

 お代わりをご自由に、と言った感じ。



「あなたみたいに、ずっと見ていられないのかもしれないね…」

 と、コーヒーカップを持ったまま、ポツッと、あやかさんが言った。

 翠川一族で、妖結晶を鑑定できる老人のこと。

 1つの石を鑑定すると、かなり疲れるらしいとの話を受けてのことだと、すぐにわかった。


「それって、おれが目の色を変えた状態で妖結晶を見る、そのような状態で、と言う意味でなの?」

 あの紫色の状態が、チラチラッとだけしか見えない、という意味かな、と、思ったので、その確認のために聞いてみた。


「そう、そのあなたが見るときの微妙な緊張状態を、うまく保つのって、ほかの人にとっては、案外むずかしいのかもしれないよ」


「なるほど…。そう考えると、何となく、話はわかりますよね。

 緊張をずっと続けていて…、その緊張の程度というのでしょうか、その度合いを、いろいろ調節していて、やっと、時々、チラッチラッと、先ほど見せていただいた、リュウさんが描いた絵のように紫が見える…」

 と、さゆりさん。


「なるほどね…、おれは、引き寄せを始める直前の緊張という目安があるからうまくコントロールできるけれど、それがないと、塩梅が、むずかしいのかもね」


「なんだか、10年間の努力の成果が、徐々に出てきているんじゃないの?」

 と、あやかさん、またそのネタでおれを茶化してきた。

 おれ、もう、いい加減にしてよね、と言った感じで、フンと応えてみたら、あやかさん、クッククックと、うれしそうに笑い出した。


 ク~ッ、これは、逆効果だったようだ。

 あやかさん、『まあ、この人、反抗しちゃってさ』と言うような感じで、本当に喜んでいるようだ。

 例の『お子ちゃまだね』とでも思っているのかもしれない。

 失敗だった。

 で、話をチェンジして、


「そう言えば、今日、まだら模様の大きなところを見ていてね、特に、紫が薄いところ…、フッと緑色になっちゃって、見るの、うんと苦労したところがあったんだよ…」


「あっ、あの、絵で、ちょっと緑がはいっていたところ?

 なんで、わざわざ緑がはいっているのか、夜にでも、聞こうと思っていたんだよ」


「ああ、たぶん、あやかさんが言ったところだと思うんだけれど、すごく薄い紫にかぶるような感じで、緑が残っている、と言うか、妖結晶なんだろうにちゃんと緑が消えないんだよね。

 気を抜くと、薄紫が消えちゃって、普通のエメラルドみたいになっちゃうし…」


「ふ~ん…、なんか、こういうことって、いろいろと微妙なもんなんだね…。

 翠川の老人は、紫のところでも、そんな感じなのかもしれないんだね…。

 やっぱり、どう見えるかっていうのは、本人に聞かないとわからないんだろうね」


 そのまま、3人揃ってコーヒーに手が出て、ちょっと、ブレイク。


「それと…、その、50代の人については?」

 あやかさん、気分を変えて、最も気になっていることについて。


「この人については、本当に、向こうも情報がないようですね…。

 一族に、いなかったことにしたいという雰囲気すら感じられて…」

 さゆりさん、いろいろとやっても、さっきの話以上は、聞き出せなかったようだ。


「まあ、悪い道に走ったと言うことで、そうなるんだろうね…。

 でも、なんだか、侵入者の背景が、ちょっとは掴めたかな、ってところだね」

 と、あやかさん。


 それで、おれ、気が付いた。

「案外、そこから始めると、敵の正体までたどり着くことができるかもしれないね。

 まあ、その人が、こっちが考えているように、本当に敵ならばだけれど」


「たぶん、今までの状況から推測していくと、敵なんだと思うけれど…。

 でも、たとえ違っていたとしても、とりあえずは、そうだと仮定して、調査、進めてもいいんじゃないのかしら、ねえ、サーちゃん」


「ええ、そうですね…。うまくやれば、名前もわかるだろうし、その人が、あとで引き込んだ人たちの人数や年齢、名前なども…。

 そうですね…、このあいだの侵入者に繋がるかもしれませんね。

 あとで、有田に詳しく連絡しておきますね」

 と、さゆりさん、すぐに応じてくれた。

 やはり、こう言うことは、有田さん経由で動くものなんだな。


 それにしても、さゆりさん、もう、おれとあやかさんの前では、『有田』と、『さん』を着けないで呼んでいる。

 完全に、旦那さん扱いなんだな。


「有田さん、うまくいくといいよね。

 サーちゃん、本当にいい情報を持ってきてくれたんだね」


「あっ、それと、もうひとつ大事な情報がありますよ。

 前にリュウさんが推測したように、エメラルドなどの天然のベリル、飲み過ぎると、やはり、副作用が酷いらしいです。

 あの人たち、飲むと突発的な力が出るけれど、それを繰り返すと、あとで、関節や筋肉を初め体中がボロボロになっちゃうそうですよ。

 内臓をやられるともいわれているとか…」


「やっぱり、そういうのがあったのね」


「ええ、ただ、不思議なことに、妖結晶だと、そうなりにくいらしく、特に、質が良ければ良いほど副作用な少ない、そう言われているそうです。

 それで、最近では、もう、飲むのなら、妖結晶しか飲まないような、そんな雰囲気があるそうです」


「妖結晶しか、飲まないの?」

 あやかさん、ちょっと意外そうに。

 時代の流れというもので、内部だけにしか知られていない情報なんだろうな。


「ええ、通常のベリルですと、もちろんエメラルドでもですが、力は出ても、あとが酷いらしく、その女性は、もうそれは毒物のような感じで、話していましたよ。

 ただ、この女性は、自分ではそういうものを飲んだことがなくて…。

 それに、自分には、効果がないんじゃないかというようなことをいっていましたので、そういう副作用については、その女性が、以前、実家で聞いた話としての情報ですが…」


「それで、充分よ。

 だから、妖結晶が、特別な価値を持ってくるっていう訳なのね…。

 それは、よくわかるんだけれどね…、でも、そういうことって、誰が、どうやって見つけたんだろうと、不思議に思うのよね…」


「ああ、それ、そうなんだよね。

 おれも、そこのところは、本当に不思議に思うんだ。

 最初の最初に、妖結晶は、普通のエメラルドよりも副作用が少ないみたいだぞ、って感じた人、そのエメラルドが、普通のではなくて、妖結晶だってわかってないとダメだもんね」

 このこと、おれも、前から、何となくだけれど、疑問に思っていたことなんだ。


「そうなのよね…。それでね、前から考えていて…、ひとつの推測としてだけれど、櫻谷家の最初の人…、最初に『神宿る目』を持ち、妖剣『霜降らし』を手に入れたと考えられる人ね、その人が関係していたんじゃないかと思うんだよね…。

 その人が、妖魔を退治して、初めて妖結晶を手に入れたんだろうと思うし、その妖結晶自体が、普通のベリルと違うこともわかっていたんじゃないかと…」


「そうすると、その時代に、すでに、妖結晶は翠川一族の手に渡っていたと?」

 と、さゆりさん。


「渡っていた、と言っていいのかどうか…。

 同じ仲間だったのかもしれないし、あるいは同じ一族だったのか…。

 まあ、すべて推測の範囲を超えないけれどね、そう考えていくと、今の状態が、何となくだけれど、納得できる気がしてね…」


「なるほどね…。その、最初の人の頃に蓄えた妖結晶、アヤさんが妖結晶を売り出した当時には、使っちゃって、翠川一族にも、ほとんど残っていなかったのかもね」

 と、おれが言ったら、あやかさん、うれしそうに、


「そうなんだよね。だから、由之助さんが売り出して、かなり売れたんだろうね。

 うん?そうか、そのようなこと…、翠川一族の話をね、由之助さん、どこかから聞きつけて来たんじゃないかしら。

 それで、普通のと区別して売った方がいいことに気が付いて、妖結晶という名前を付けて、翠川一族に関連する人たちに売り出したのかもしれないね」


「そうですね、それまでは、妖結晶という名前もなかったんでしょうから…」

 と、頷きながら、さゆりさん。


「普通には、区別されていなかった、と言うことですよね…」

 と、おれが言ったら、さゆりさん、


「ええ、翠川では、力のある人が見ると、紫色に見えるエメラルド、と言うことだったんでしょうが、一般ではね…」


 そんな話でさらに盛り上がってしまい、部屋に戻ったのは、10時すぎだった。

 でも、おれも、妖結晶の位置付けが、少しわかったような気がした。


 なんだかんだと、あやかさんとの出発は、来週の金曜日以降となったが、おれと同じようには妖結晶を見ることができない人たちのために、明日からも、しっかりと、お絵かきに励もうと思った。


 さてと、あと、今晩やることはと言えば…。


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