1-10 3人もいる
ちょっと遅くなった夕食。
でも、なんともバランスの良い味のおいしいハンバーグを食べながら、また、ビールを飲みながら、いつものように、楽しい時間が過ぎていく。
まず、あやかさんが、今日、おれが会社でやっていたことなど、かなり詳しく、さゆりさんに話していた。
おれの具合が悪くなっていく過程まで、おもしろおかしく、しかも詳細に。
あやかさん、さゆりさんの笑いをとりながら、上手に話すんだけれど、よくそこまで、おれのこと、しっかり見ていたんだと、驚くほど。
だから、終わった頃には、おれがどうなっているかまで予測して、早めに、車を呼んでくれたんだとわかった。
そして、続いて、あやかさんが、さゆりさんに『今度は、そっちのことを話してよ』と言った感じの笑顔を向けた。
そう言えば、今日はさゆりさんとは別行動。
何かあったのかな?
「わたしの方は、思った以上の情報が手にはいったんですよ」
と、ニコッと笑って、さゆりさんが言った。
さゆりさん、なんと、今日は長野にまで行って、人と会ってきたんだとか。
有田さんのつてでようやく探し出した、貴重な情報を持っている人。
その情報というのは、
「どんなことがわかったの?」
「主に、その、妖結晶を見分けることができる人についてですけれど…」
「へぇ~…」
あやかさん、ビールのグラスを置いて、目をキラリとさせて、ちょっと身を乗り出すようにして聞く体勢をとった。
「まず、お話を聞いたその人についてですけれど…、
翠川の家系から、嫁に出た人なんですけれどね…」
さゆりさんが話を聞いてきた相手は、翠川一族から、いわゆる普通の人に嫁いで、すでに40年ほど経った人で、ご両親は他界し、今は翠川とは離れた状態。
公務員だったご主人は今年の春に退職されて、親がやっていた農業を始めたが、実質的には、社会的にはフリーになっている。
と言うことで、比較的、自由な立場で、翠川のことも話せるのでは、と、有田さんが紹介してくれた女性なんだとか。
有田さん、昔の先輩など、かなりのコネを使って探し出したらしい。
と言うのも、エメラルドの粉を飲んで力が出るという特質を持った人がいることは、翠川一族と周辺の人々の間では、かなり重要な秘密事項となっているからだ。
さらに、妖結晶のこととなると、秘密性が高くなる。
ただ、その妖結晶の方が、普通のエメラルドよりも力が出ることや、服用する人たちの間では、珍重され、大切に扱われていることについては、なんとなくの話として拡散し、かなり広い範囲の人たちの間で、いわゆる、パワーストーン的なイメージで、妖結晶が扱われているようだ。
確かに、妖結晶には、そういう特別な力もあるのかもしれない。
それで、逆に、さゆりさん、宝石を扱う立場から、そのことをある程度知っていることを話して、今後の、妖結晶についてのトラブルをなくしたいという形で、話を聞き出していったようだ。
なんせ、さゆりさん、宝石売り場を任されても大丈夫なくらい、しっかりと勉強し、研修も受けたらしく、堂々と、『宝石を扱う立場』と言うことができるのだ。
また、いくつかあるさゆりさんの名刺の中には、お父さんの会社の名刺もあり、もちろん、それも、本物の名刺だし、得られた情報は、お父さんにも届く。
嘘などではないのだ。
「その女性が知っている妖結晶を鑑定できる人、今では、3人だけなんだそうです。
昔は、もっといたとのことなんですが、話を聞いていると、多いときでも4,5人という感じで…」
「なるほどね…。でも、今、3人もいるのね」
「ええ、1人は、かなりのご老人で、もう1人は中学生…、この子が、見分けることができるとわかったのは、つい最近のことのようです。
そして、残ったもう1人は『50代のはず』とのことなんですが…」
「なにか、問題がありそうね…」
「ええ、今では、一族からは離れている、とのことで…、それで、あいだを置きながら、少しずつその人のこと聞いてみたんですけれど、どうも、例の、侵入者たちと関係があるのではないかと…」
さゆりさん、この人物について、相手が、あまり詳しく知っているわけではなく、また、正面からこの人のことを話題にされるのを、何となく避けていることをすぐに感じ取って、ほかの話題で間を開けながら、この人のことも、少しずつ聞き集めていったらしい。
ひょっとしたら、とんでもなく高等な、聞き出し方なんじゃないかと思った。
その結果、その男のことでわかったこと。
その男、妖結晶を鑑定できると言うことで一族でも貴重な存在だったのに、残念なことに、怒ると何をするのかわからないといった凶暴さを持っていた。
成長するとともに犯罪に手を染めていき、30歳になる前には札付きの悪となって、一族からは追放された。
まあ、そういう、一族とか追放とかがよくわかんないおれは、『もう、親戚付き合いはしないよ』と言う感じで、しかも『帰ってくるなよ』的な、厳しい対応だったんだろうなと思った。
その男に引かれ、悪い道に入って、一族とは縁切りになっている人間も、何人かいるらしいが、この辺のことについては、ほとんど情報を持っていなかったとのこと。
そのような人間だったことから、それ以降は、その男の情報は、ほとんど入ってこなかったそうだ。
ただ、縁切りになったはずの1人が、ボロボロの体になって、すがるように戻ったらしいが、親の残した田畑で何とか生活を立て、周囲からは無視され、隠れるように暮らしているとのことだ。
続いて、さゆりさんの話は、一族に、今いる妖結晶を鑑定できる人について。
老人は、あまり体力がなく、また、妖結晶を鑑定すると、すごく疲れるということで、鑑定をなかなか引き受けてくれないのだそうだ。
それで、今、中学生で、妖結晶がわかる子が、その老人について、妖結晶をいかに見るかの訓練をしているのだそうだが、それは、一族の事業とも言えるほど、力を入れてやっていることらしい。
「ふ~ん、翠川でも、厳しい状況だと言うことなんだね…」
初め、『3人もいるのね』と言っていたあやかさんだが、話を聞いているうちに、翠川の中でも、後継者不足が深刻な状態であることに気が付いたようだ。
「そのように捉えて、一族で心配しているようですね」
でも、訓練って、いったい何をするんだろう…。
それについて、さゆりさん、何か、聞いてきたのかな?
「訓練をするって…、何を、どうしてるのか、お聞きになりましたか?
おれがわかるのは、ただ、紫色に見えるか見えないかだけなんですけれど…、
でも、妖結晶の鑑定には、そのほか、何か、もっと違うことが必要なんだろうか、というようなことで…」
と、おれ、さゆりさんに聞いてみた。
「そう言えばそうですね…。
内容についての話は出ませんでしたし…、おそらくそんなレベルの情報は、外には出ないとも思いますが…。
ただ、その老人についての話の中では、1つの石を見るのにも、大変な苦労をするような感じの話でしたからね…」 と、さゆりさん。
「そうね…。確かに、あなたが描いた絵のようにみえるのなら、紫の濃いところが良い妖結晶だと教えれば、それでいいわけだからね…。
それに、あなたは、今日、1日で、11個も見てるんだし…」
「まあ、限界、越えちゃったけれどね…。
でも、図に色を付けるわけではなく、ただ、どの程度の紫なのかを見るだけなら、あんなに時間はかからないよね」
「紫か…。まあ、本当のところは、その紫が、濃い方がいい妖結晶なのかどうか、わたしにはわからないんだけれどね…」
「でも、おじいさんのところにあった、由之助さんが、妖結晶のランクわけするときに使ったという3つのエメラルド…。
あの状態から考えると、紫の部分を最高級品と考えるのが自然だよね…」
「そうだよね…。
たしかに、あの3つのエメラルドで、由之助さんは、そう考えていたと思えるし、それをもとにランクわけした妖結晶で、昔から、翠川の方ともうまくやっていたみたいだからね…。
あなたが見えたとおりの判断でいいはずだよね…。
あ、そうだ、サーちゃんね、これが、この人が描いた、妖結晶の図なんだよ」
と、あやかさん、さゆりさんにスマホで写真を見せた。
いつの間にか、ひとつひとつの宝石と、おれが描いた図、交互に全部を、順番に、きれいに、スマホで写真に収めていた。
「ああ、こういう風に見えるんですか…。
これはこれで、きれいなものなのですね…」
と、さゆりさん、しばらく、じっくりと見ていた。
と、突然、あやかさん、
「あっ、そうだ、あの、おじいちゃんところの3つのエメラルドも、今度、同じように色付けしておいたほうがいいよね。
あとでおじいちゃんに連絡して、図など、お父さんのところと同じように、準備しておいてもらうから…」
「ああ、いいよ。いつでもやるよ」
思わぬ時に、思わぬ形で、仕事が、また増えた。
また1日、伸びるのかもしれない。
会社の方が終わるのが水曜日、それで、次の日におじいさんの方をやって、出発は、来週の金曜日、となるのかな?
さゆりさんが見終わったスマホ、おれも見せてもらった。
描いた図よりも、スマホ画面で小さな画像になっていると、余計に、おれが見たときそのままの妖結晶の感じがした。
と、言うことは、おれの描いた絵って、すごくうまいのかも…。
1つくらい自慢できるものがないと、ここの人たちの中では、ちょっと肩身が狭いからね、じんわりと、喜びが湧き上がってくる。
ここにいる人たちって、本当に、それぞれが得意とするところを持っていて、それも、格段に高いレベルなんだから、すごいと思う。
しかも、みんなちょっと変わっていて、自由人で、そんな人たちが集まってる組織なのに、うまくいっているのが不思議な気もするよ。
結構、自由度が高いから、うまくいくのかな…。
そもそも、『お嬢さま』で、君臨しているはずのあやかさん、人のことを支配しようなんて感覚、まるでないから、いいのかな。
みんなが、一目置いているのは、よくわかる。
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