1-9  何日かかるの?

 今、デンさんの運転する車の中。

 おれとあやかさんは、お父さんの会社を出て、今、家に向かっている。


「ずいぶんと大変な仕事だったようですね」

 と、デンさん。

 でも、おれにではなく、あやかさんに。


「無理するなって言ったんだけれどね。

 限界を調べるんだなんて、妙なこと言ってやり続けたのよ。

 こんな時間なのに、面倒かけて、ごめんなさいね。

 おうちでの食事、間に合わなかったんじゃないの?」


「まあ、たまには、変化があるのもおもしろいですよ。

 それに、運転するのは、なんてことないですから、ご心配には及びませんよ。

 それより、リュウ君が、そんなにグッタリしているの、初めて見ましたね」


「フフ、限界、越えちゃったんだよね?」

 と、あやかさん、おれに、笑いながら。


「うん、まあ、そんな感じかな…。

 でも、この車で、助かったな…。

 広いし、静かだし…。

 ちょっと落ち着いてきたよ」


「まあ、今は特別に、優しい運転してるからな、ハハハ…。

 リュウ君、車に入ってきたときは、かなり酷そうだったけれど、ちょっと元気が出てきたようだね」


「ええ、ありがとうございます。お陰様で、助かりました…」


「これで限界がわかったんだから、今度からはその限度内でやってちょうだいね」

 と、あやかさん、おれを、ちょっと強く見ながら。

 これ、『見る』よりも強く、『睨む』よりも弱く、微妙な強さで微妙に恐い。


「ああ、そうだね。この調子だと、毎日やるなら、5時間くらいを限度としておかないと、ダメかもしれないな…。

 でも、1日に5時間しかできないんじゃ、ちょっと、少ない感じだよね」

 と、おれ、あやかさんに向かって言ったら、


「あんな状態、5時間も続けていられれば、大したもんだよ。

 やっている時って、ほとんどの時間、あなたの目の色、変わっていたんだからね。

 これって、努力していた10年間の成果というヤツかもね。ククク…」


 また、それを言われた。

 でも、今、このことを言われるのって、見た目にも、おれの状態が少し良くなってきたからなんだと思う。

 車の中の雰囲気が、軽くなってきた。



「明日は、どうされるんですか?」

 もうじきうちに着くという頃、デンさんが、あやかさんに聞いた。


「そうね…」

 と、あやかさんが言って、『どうなの?』っていう感じでおれの方を見た。


「たぶん、今晩一晩眠れば、明日は大丈夫だと思うよ。

 昔も、引き寄せるのやり過ぎて、同じような感じになったことがあったけれど、一晩ねたら治っていたから…」


「限度が5時間だとすると…、少しゆとりを持たせて、まあ、実質は4時間半くらいにしておいた方が良さそうよね…。

 10時から4時までとして、間に、お昼と休憩がはいって、妖結晶を見るのは4時間半、というのでどうかな?」


「そのくらいゆとりがあるのなら、何日続いても大丈夫だと思うけれど…」


「で…、それだと、あと何日かかるの?」


「えっ?そうか…全部でだよね…、1日4時間半だから270分…。

 次の中くらいのは、1個30分かかるとして、1日9個…、それが22個だから…、う~ん…、2日から…3日くらいで、2日半として…」


 おれ、ブツブツ言いながら、計算し始めた。

 あやかさん、優しい顔で、おれの方を見詰め、待っていてくれた。


 小が107個…、これは、どのくらいかかるかな…。

 仮に1個10分だと、1日で27個。

 4日で108個…、ほぼぴったりなんだな…。

 もう少し早くできるかもしれないし、1日4時間半を4時間40分とか50分くらいにしてもいいだろうし…。


「たぶん、6日くらいだね…。何かあると7日になっちゃうかもしれないけれど…」


「そうか、6日か7日…。とりあえず6日にしておいて…、水、木、金で、土日は休んで、月、火、水…」


「また出発が延びちゃうね…」


「それは、しょうがないよ。

 お父さんの会社にとって、特別に大事なことなんだから、やっぱり、あなたが今日やってくれたように、しっかりと、丁寧にやってくれた方がいいからね…

 デンさん、その期間、会社に10時頃に着くように出るのでいいかしら?」


「わかりました。来週水曜日まで、今日と同じ、9時15分前後に伺いますね。

 それで、迎えは…4時半頃に会社の裏に行くのでいいですか?」


「帰りは…、中途半端な時間で、やってることの、邪魔にならないかしら?」


「ああ、そのことは大丈夫ですよ。運転は好きですから、気分転換にちょうどいいと考えていただいて、まったく気にしないで下さい」


 デンさん、運転手さんと言うことでここに来たらしいが、今では、特技を見いだして、普段は、何か、デンさんにしかできないむずかしいことをやっている。

 島山さんが『田んぼ』と呼んでいた、あの作業場兼研究室で。


 あとで知ったんだけれど、デンさん、今では、美枝ちゃんが持ってきた仕事や、外から直接依頼された仕事をしたり、興味あることで特許を取ったりと、いろいろなことを、自分の好きなようにやっている。


 その収入の一部は、給料以外の特別手当となるんだそうだが、その取り分の比率は、美枝ちゃんとの折衝で決まる。

 とは言っても、大体は、理論的な美枝ちゃんの言うとおりに落ち着くらしい。


 島山さんも同じようにしていて、それらは、すべて、当事者と美枝ちゃんとの話し合いで決まっているらしいが、2人による会社の収入は、けっこうな額になるらしい。

 まあ、二人の給料をはるかに超えていると言うことなんだろうな…。


 でも、2人とも、ここの居心地がいいらしく、独立しようなんてことは、ちっとも考えていないようだ。

 うちの親父なんか、最初に勤めたところが横暴な建築会社だったらしく、若いうちに、さっさと辞めて独立したようなんだけれど…。



 うちに着いた時には、おれの具合、かなり良くなっていた。


 玄関をはいると吉野さんがわざわざ出迎えてくれて、おれが元気なのを確認。

 ニコッと微笑んでから『この時間ですから、着替えたら、すぐに食事にしましょうね』と言って、台所に入っていった。

 けっこう心配してくれていたらしい。


 おれとあやかさんはすぐに2階へ。

「ずいぶんしっかりと歩けるようになったじゃないの」

 部屋に入るなり、あやかさん、おれの後ろから、声をかけてきた。


「うん、デンさんが運転する車で助かったよ。

 もう、完全に回復といった感じだな。

 今回のは、かなり酷いと思ったんだけれど、なんか、結婚してから、こういう回復力も付いてきたのかもね」


「なんだか、わたしと暮らしだして、ストレスに強くなったような言い方だね…。

 もう少しいじめて、もっと強くしてあげようか?」


 なんか、ちょっと恐い方向に話が行きそうだ。

 おれ、あわてて言い訳。


「あっ、そういう意味でいったんじゃないよ。

 ここに来て、食べ物や生活パターン、いろいろと、いい環境になったからね。

 それで、回復力もアップしたのかなって、単にそれだけのことだよ。

 思った以上に早く回復したからね」


「言い訳は、うまくなっているかもしれないね…。

 でも、良くなったのは、単にビール飲みたかっただけじゃないの。

 あの状態じゃ、飲ませられないからね、ククク…」

 と、こんどは、からかわれてしまった。



 で、そのビールを飲みながらの夕食となった。

 今日は、なんと、ハンバーグ。

 例の、ここではハリコベと呼んでいる、莢いんげんのバターソテー、たっぷり付き。

 デミグラスソースも、相変わらず、柔らかないい味。

 吉野さん、おれの初仕事の日の夕食、と言うことで、おれの好きなハンバーグにしてくれたらしい。


 さゆりさん、食事をしないで待っていてくれたので、3人で楽しく乾杯となった。


 いつも楽しいんだけれど、そして、何にも不満はないんだけれど、でも、ここでの食事、前から、ちょっと気になっていたことがある。

 それは、吉野さんは、夕食、どうしてるんだろう、ということ。


 どうも、ここでは、静川さんにしても沢村さんにしても、料理を出してくれる人は、あやかさんとは一緒に食べないで、どこかほかで食べているようだ。

 ちょっと小さな声で、あやかさんに聞いてみた。


 そうしたら、吉野さん、台所のテーブルで食べているんだとか。

 ただし、これは、櫻谷家の方針だとか、あやかさんがそうしろと言っているのではなくて、単純に吉野さんの希望なんだそうだ。


 吉野さん、そんなに多くは食べられないと言うことと、結構、好き嫌いが多くて、こっちのメインの残りを副にしておいて、別に自分用のおかずを作ったりと、こっちとはまったく別のおかずになるらしい。


 その上、吉野さん、普段、食事の時には、アルコール類は飲まない。

 だから、時間の運びも周りにあわせにくく、ずっと昔から、1人で、別に食べることになっているんだとか。

 なるほど、そういうことなら、1人の方が、気が楽でいいんだと思う。


 そこから、静川さんにしても、沢村さんにしても、吉野さんに倣って、別にしているのだそうだ。

 特に朝食担当の沢村さんは、こっちでパンの時でも、自分は吉野さんと一緒にご飯を食べたりと、仕事として朝食を用意することと、自分が食べる朝食とを、完全に別のことと割り切っているんだとか。


 考えてみると、あやかさんの周辺に集まっている人は、本当の意味で自由に動いている人ばっかりのような気がする。

 それでうまくいっているんだから、不思議な感じだ。

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