1-7  妖結晶じゃない

 金庫室の前の部屋、なんて言うから、狭い部屋を想像していたら、思った以上に広い部屋だった。

 小学校や中学校の、ひとつの教室くらいありそうだ。

 教室と大きく違うところは、窓がなく、コンクリートの壁の中ほどや隅に見える柱がかなり太く、頑丈そうであることだ。


 もっとも、地下だから、窓がなくて、あたりまえなんだけれど…。

 ただ、奥中央にある金庫室の扉が物々しい感じでもあり、圧迫感がある。

 それに、この部屋に入るのにも、厳重な鍵の付いた、厚い扉を開ける必要があった。


 部屋のまん中には、金庫室の扉に続く通路となるスペースがあって、その両側に、白くて大きなテーブルが3つずつ置いてある。


 その、左のまん中のテーブルに案内された。

 テーブルの上には、先ほど話に出た、拡大鏡や色鉛筆など、それに、宝石の輪郭の図が並んでいた。

 顔には出せないが、何となく、おもしろそうだ。

 にんまりしそうになるのを、ぐっと抑える。


 A4の紙には、その中央に宝石の絵が描かれていた。

 宝石は、10倍に描かれているとは言っても、A4の紙から見ると、小さな図だ。

 メモを書こうと思えば、周りにいっぱい書ける。

 右上には、通し番号が振られている。


 紙は、描き損なってもいいように、2枚ずつ用意されているんだとか。

 さらに必要なときには、絹田さん、原本は別にあるので『言っていただければ、すぐに出します』とのこと。


 おれがやっている間、絹田さんと、さらに誰かもう1人の、2人が、常時付いていてくれるらしい。

 まあ、それはそうだろう。

 おれとしては、こんなところで独りぼっちになるよりは、誰かいてくれた方がいいんだけれど、会社としては、おれは、ある意味、部外者。

 それが、宝石をいじるんだから、ひとりにしてはまずいんだろうと思う。


 こっそり一個ポケットに、なんてね。

 でも、そんなこと考えて気が付いたんだけれど、それ、今のおれだと、引き寄せることができるから、見ていられる中でもできるかもしれないと思った。

 どうやるかというと…、いや、具体的な動きを考えるのは、ちょっと恐い。

 現実的な妄想になる前に打ち切った。


 あやかさんとおれが、絹田さんから、テーブルの上にある、拡大鏡などの説明を受けていると、金庫室からお父さんが出てきた。

 続いて、男性の社員が3人、それぞれが大きくて深いお盆のようなものを持って出てきた。


 そのお盆、近くで見ると、引き出しのようになっているが、それを、金庫室寄りにある隣のテーブルに並べた。


「とりあえず、これが鑑定してもらう妖結晶のすべてなんだけれどね…」

 と、お父さん、おれに、見に来てご覧というような感じで言った。


 それで、あやかさんとおれ、そちらのテーブルの方に動く。

 絹田さんも付いてきた。

 引き出しのような大きなお盆の中に、宝石が、一つひとつ小さな透明のケースにはいって、並んでいた。

 ひとつのお盆に6,70個、ケースの上には、番号の付いたシールが貼ってある。


「こっちの、大きい方からやってもらうつもりなんだけれどね」

 と、通路側にあるお盆の右側を指した。


「ちょっと、上から覗いていいですか?」

 とりあえず、ちゃんと見ることができるのか試してみることにした。

 だって、おじいちゃんのところで見て以来、妖結晶を見ていない。

 あの時と、同じように見えるのか、ほんのわずかだが、不安がある。


「ああ、もちろんかまわないですよ。一通り見て下さい」

 と、お父さん、何となく、にこやかな感じ。


 で、おれ、上から覗いて、緊張感を高めてみる。

 たぶん、これで、目の色が変わった、と、思う。

 すると、このあいだと同じように、スーッと宝石の色が変わった。


 でも、まったく色が変わらないのが、所々にあった。

 お盆の中でも、右側に別けてあった13個のケース、かなり大きな宝石がはいっているので、まず、これから始めて欲しいと言われたものだろう。

 そのうちの2個が、緑色のままだった。


 ほかのは、濃い紫を中心に、濃淡様々な紫がかった色に見えている中、この2個は、きれいなエメラルド色のまま。

 緊張する前と、まったく同じ色。

 もちろん、紫にはならないが、とてもきれいな色であることには変わりない。

 その2個を取って、テーブルに置く。


「色が変わって見えないのを、妖結晶じゃないと言っていいなら、この2個は、妖結晶ではないですね」

 と、お父さんに言った。


「ああ、そうなのか…。ここに2つも混ざっていたんだね…。

 なるほど、リュウ君にはすぐにわかるもんなんだね…」


「ほかのは紫色に変わって見えるもんで…」


「由之助さんも、そうだったんだろうね」


「そうだったんだと、思います。

 それで、この、大きいものではない中にも、色が変わらないもの、いくつかあるので、まず、それを除いておきましょうか?」


「ああ、そうだね。妖結晶じゃないのは、早いとこ別にしておいてもらった方がいいからね。 そうしてくれるとありがたいな」


 と言うことで、緊張感を高めてから見ても、色がまったく変わらなかったものを、除いていった。


 ただ、小さい宝石で緑が濃い場合は、かなりわかりにくいものがあり、緊張したり、緊張を緩めたりと、何度か交互にやって、色の変化を確認する必要があった。

 紫が薄い場合、深い緑色だと、どういうわけか、濃い緑が残ったままになり、色としての変化が少ないのだ。

 こう言うものが、数個あった。


 それでも、10分もかからないうちに、妖結晶ではないものを、取り除くことができた。

 今度は、18個あった。


「やれやれ…。こんなにあったのか…。どうして混ざっちゃったんだろうな…」

 と、お父さんが呟くと、あやかさんが聞いた。


「どうして混ざったのか、わからないの?」


「ああ、いつの間にか、こうなっていたんだよな…」


「じゃあ、どうして混ざってるかもしれないって、わかったの?」


「ああ、それは、このあいだ話しに出た翠川みどりかわの人から、クレームが来たんだよ。

 妖結晶と言うことで購入したが、見てもらったら妖結晶じゃないって…」


「見てもらうって?」


「うん、龍平君と同じかどうかはわからないんだけれど、翠川の一族には、見て、妖結晶かどうかわかる人がいるらしいんだがね…。

 これについては、どういうわけか、詳しい情報は…、と言うか、ささいな情報ですら、出てこないんだよ」


「ふ~ん…。どうしてなんだろうね…」


「そうなんだよ。どうしてなんだかわからないけれど…。

 ただ、情報があっても、その人に見てもらうというわけにもいかないしで…、

 こっちとしても、探るようなことはせず、まあ、深入りはしていないんだよね。

 大事なお客様でもあるし…」


「なるほど、それはそうなんだろうけれど、ちょっと知りたいな…。

 でも、確かに、見てもらうわけには、いかないか…。

 ここにあるのを『全部妖結晶じゃない』なんて言われたら、たまんないもんね」


「まあ、だから、本当に信頼できる人じゃないと、この仕事はダメなんだよな。

 われわれには、まったく判断できないんだからね…」


「そう考えてみると、ずいぶん怪しいもの、売ってたんだね…」


「いや、本当に、その通りだなんよ…。

 実は、それがつらくて、売るのを止めたいと思ったこともあるんだけれど、これが、止めるわけにもいかない複雑な事情もあるしでね…。

 ずっと、何とかならないものかと、思っていたんだよ」


「じゃあ、この人がわかるんで、良かったね」


「ああ、一挙に解決できるからね…。

 だから、今回、しっかりと見てもらって、今後、管理を、今まで以上に厳しくしようと考えているところさ。

 それで、リュウ君、これら大きいのから、やってもらえるかな…。

 あとのものは、金庫にしまっておくのでね」


「ええ、すぐにでも始めますが、この辺の模様が複雑で…、やるの、どのくらいの時間がかかるのかわからないので、最初、これとこれだけ出して、あとは仕舞っておいていただけませんか?」

 大きい中でも、紫の濃淡模様が複雑な宝石を、とりあえず2個取った。

 この模様を、正確に色を着けながら描くとなると、けっこう時間がかかりそうだ。

 その二つだけを出しておいてもらい、あとは片付けてもらった方が気が楽だ。


「ああ、そうしよう。

 で、それ、複雑って言うのは?」


「紫が、メチャクチャにまだらで、濃淡の幅も大きいんですよね…。

 おそらく、この2つ、最悪かも…」


「ハハハ…、そんな感じなんだね。

 じゃあ、とりあえず、午前中に、その2つができたら良し、と言うことにでもしようか。

 昼は、一緒に食べに行こうよ。

 で、あやかはどうするんだい?」


「しばらくは、一緒にいて、この人が、どうやるのか見ているつもりよ。

 どのように見えているのかも、興味があるしね。

 まあ、だから、昼はわたしも一緒にお願いね」


「ああ、もちろん、一緒に行こうよ」


「あと、ちょっと、刀の鞘でお願いがあるんだけれど…、でも、それは、昼と言うよりも、少し落ち着いた頃…、夕方にでもしようかな」


 と言うことで、お父さんと、会社の人たちが出ていき、おれの作業が始まった。

 今日は、あやかさんが一緒にいると言うことで、付いてくれている人は、絹田さんだけとなった。

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