1-5  一緒になって

 うちの地下室、あやかさんの『秘密の部屋』で。


 あやかさん、妖刀『霜降らし』を縦にして持っている。

 左手は、さやの中ほどより下、右手は小指をつばの方にして持ち、鞘にある切れ込みを使って、鞘を後ろに引くようにして外す。

 同時に、そのまま緩く屈んで、妖刀で床を突くような動き。

 地中の、妖魔の中心を撃つときの動きだろう。


 何度も、何度もやって、じっとりと、汗をかいている。

 せっかく風呂に入ったのにな、と思ったが、本人は、それどころではないといった感じ。


 30分以上もやっていたのだろうか、あやかさん、大きく息をついて、

「ちょっと疲れたかな。ソファーの方に行こうか」

 と、脇でじっと見ていたおれに言った。


 真剣を使い、鞘から常識外れの抜き方をして、地を突き刺す動き。

 かなりの緊張を要求され、体の疲れというよりも、神経が疲れたんだと思う。

 おれ、ソファーに行く前に、気を利かして、冷蔵庫から、麦茶のペットボトルを取ってきた。

 それをあやかさんにわたしながら、さっきと同じように、二人で、長いソファーに、ならんで座った。


「ありがとう。確かに、喉が渇いていたよ。

 お酒飲んだあとだったから、まあ、風呂に入って、少しは抜けたけれど…、本当は刀を持たない方がよかったのかもしれないね…、でもね…」


「やっぱり、すぐにやってみたいよね」


「そうなんだよね…。こうなっていただなんてね…」


「前に、違和感を感じたときに、ちゃんと言っておけばよかったよね」


「まあ、でも、あの時は、こっちも、あなたが、由之助さんと同じような反応するのかどうかに興味の中心があったからね…。

 でも、鞘のことは、今までぜんぜん気が付かなかったよ」


「ああ、役に立って、なんか、うれしいよ。

 それに…、見慣れていると、案外、気が付かないかもしれないね」


「そうなんだろうね…、子どもの時から見ていたからね。

 それに…、わたしの、普段、練習用とか護身用に愛用している刀、まあ、『霜降らし』の替え玉のひとつなんだけれど、そっちの鞘は、普通のだったからね…。

 鞘から抜くときは、『霜降らし』も同じだったから…。

 そこで、違和感は感じなかったしで、今まで気が付かなかったな…」


「それで…、前から聞きたかったんだけれど、勢いよく地面を突き刺して、その刀、折れたり、傷んだりしないの?」


「ああ、それは不思議なことに大丈夫なんだよ。

 妖魔の中心がそこにあるときには、どういうわけか、わりと柔らかい感じで、鐔のところまで突き刺さって止まるんだよ。

 だから、逆に、そうなっているときに突かなきゃならないから、急ぐんだよね…」


「そうなのか…、不思議だね…。でも、早く抜くとなると、危なそうだから、かなりの練習が必要になるのかもしれないね」


「そこなんだよね…。この鞘になれるまで、かなりの練習が必要だよね。

 そうだ、練習用の刀も、気に入ってるからね、練習のため、本物と同じように切れ込みのある鞘を作ってもらうことにするよ。

 ちょっと、その鞘の、切れ込みの寸法を、測ってもらっていいかしら?」


「ああ、いいよ。なんだか、おもしろそうだね…。

 定規なんかどこにあるの?」


 あやかさんに言われたまま、奥の方にある机にいき、引き出しを開けると、いろいろなものが入っていた。


 おれが寸法を測って、鞘の図を描いているとき、隣に座っているあやかさん、急に、クックと笑い出した。


「どうしたの?」と聞いたら、


「あなたの17センチ3ミリってさ、10年近く、一人で一生懸命に、伸ばそう伸ばそうと努力していてもダメだったじゃない。

 それが、わたしと会って、仙台で…、また、ここに来てもだけれど、急に伸びて、今じゃ10メートルくらいはできるようになったでしょう。

 わたしも、妖結晶のこととか、この刀のこととか、わかったつもりになっていたけれど、本当はわかっていなかったじゃない。

 それが、あなたが来て、急にいろいろとわかってと…、なんか、わたしとあなた、同じような感じに思えたのよ」


「なるほどね…。一緒になって、よかった、ってことだね」


「そうよね。一緒になったからこそ、二人とも飛躍できたんだもんね。

 最高だよね」


 あやかさん、おれを見て、すてきな笑顔でそう言ってくれたけれど、一緒になれたの、おれの方が、ずっとよかったって思うんだ。

 なんだか、うれしくなって、あやかさんを、ギュッと抱きしめた。

 なんせ、寄り添うように、すぐ隣に座っているんだから…。

 でも、続きは、部屋に戻ってからとなった。


 #


 翌日、朝の9時10分頃、デンさんの運転する車が、玄関前に来た。


 今まで見たことのない、濃いグレーの高級セダン。

 あやかさん、仕事の関係でどこかに行くときには、ほぼ必ずといっていいほど、この車を使うのだそうだ。

 その時の運転だけは、デンさんと決まっているようだ。


 あやかお嬢様の専用車…、と言うわけでもなく、あいているときには、美枝ちゃんも使うし、吉野さんまで、お使いやお出かけのときに使うんだとか。

 そんなときには、運転するのも、北斗君や島山さん、また、静川さんや沢村さんと、どうも、制限なしと言った感じのようだ。

 ここにあるどの車もそうらしい。


 そして、今日のおれの服装、お父さんの会社には、ちょっと緊張して来ているんですよ、ということを表現して、このあいだ、あやかさんのご両親に会ったときと同じにした。


 就活のときに着ていたスーツは、まあ、安売りのものだったけれど、仙台で捨てないで、持ってきていた。

 それも、今日の候補に挙げて、朝、ごそごそと、ハンガー付きの袋から出してみたら、なんか変な臭いがして、妙にヨレヨレで、脇に大きなシミがあり、裏にはカビまで生えていた。


 そう言えば、最後に着たのは卒業式。

 それから、みんなと飲み会に行って…、そのあと、洗濯に出した記憶がない。

 酔っ払った状態でしまい込んだまま2年以上経つんだもんな…、ちょっと、残念だけれど、処分せざるを得ない状態だ。


 だから、今のところ、ちゃんとした服は、これしかない。

 これしかないと、選ぶ必要がないから気楽でいい。


 あやかさんに、そんな話をしたら、

「まあ、それならそれでもいいんだけれどね。でも、もう一揃え、二揃え、有ってもいいかもよ」 と言われた。


 もう1着か2着、いずれは買えということだろうけれど、その前に『それならそれでもいいんだけれど』と付いていたので、しばらくはこれでいいんだと、ホッとして、ちょっとうれしかった。

 そうしたら、そんなおれの気持ちを見透かしたように、あやかさんに柔らかくからかわれた。


「わたしの旦那さんとして一緒に動くときは、あなたがずっとその服を着続けていても、周りの人は、持っている服が1着だけだなんて思わないだろうね…」


「うん?それ、どういうこと?」


「何かのシンボルとして、あなたが、わざわざその格好をしているんだろうと見てね、まさか、1着しか持ってないなんて思わないで、同じ服を何着も持っていると考える、ということよ」


「なるほどねぇ…、そういうもんかもしれないね。

 じゃあ、あやかさんと、結婚できたんだぞ、っていうシンボルにしようかな」


「まあ、そういってもらえるのは、ちょっとうれしいような気もするけれどね。

 ただ、そういう類いのシンボルの意味じゃないんだよ。

 それと…、そういう場合、どこかを少しずつ変えるのがおしゃれなんだろうね、

まあ、1着だけじゃね、クッ、変えよう、ないもんね…、ククク…」


 あやかさん、楽しそうに笑っている。

 ということで、何かのときには、この服を着ていればいいんだと思った。

 服を選ぶのって、よくわからないし、面倒くさい。

 あやかさんが、いいと思うのを着ていれば、それでいいんだと思う。


 そこで、一言、付け足しておいた。

「他にもいいと思う服があったらさ、どんなんでもいいから、買っておいてよ。

 おれ、それを着るから…」


 朝、食事の前に、そんな会話をした。

 もちろん、その時に着替えたわけじゃなくて、その時は服選びだけ。

 でも、なんだか、とても楽しい時間だった。



 デンさんの運転は、やっぱり上手だ。

 こういう場合は、滑らかに走る。

 軽トラを、バックで、強引に山道に入れたときとは、まったく違う走り。


 そんなことを話したら、

「そうすると、リュウ君は、乱暴な運転を期待していたのかな?

 穏やかな運転、仙台から戻ってくるのでわかっていたんじゃないの?」


「あっ、いや、あの時は、そういうこと考える余裕もなかったんですよ」


「まあ、お嬢さんの相棒にはなったけれど、結婚まではうまくいけるかどうかっていうときだもんね…、ハハハハハ…」

 と、笑われてしまった。


 実際、あの時は、心の奥の奥では、そんな願望はあったけれど、実現できるレベルの話だなんて、思いもしなかった。

 だから、そういうことではなくて、新しい生活への期待と不安のようなことを…、いや、やはり、本当は、心の奥の奥にある願望がなせる妄想に浸っていた部分も、あることはあるな…。

 現実は、妄想以上だったけれど…。


 そんなこんなの話の間に、お父さんの会社のビルに着いた。


 この間、あやかさんは、あんまりしゃべらなかった。

 でも、手の動きから、妖刀『霜降らし』を抜いて、地を突き刺す、そのイメージ作りをしていることがわかった。

 あの、蓋を取った鞘を使って。

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