1-4  蓋

 あやかさんが風呂から出てきた。

 頭に巻いたバスタオルで、髪をゴシゴシやりながら、わざわざダイニングまで『でたよ。続けて入ったら?』と、風呂が終わったこと、教えに来てくれた。


 下着姿のまんま、しかも湯上がりで、腕やすらっとした足などピンク色。

 なんか、かなり色っぽい感じで、ドキドキッとしたが、まあ、夫婦だと、こんな感じが普通になってしまうのだろうかな。

 こんな状態でも、何と言うか、やっぱりきれいだな、と、いつもと同じような感想が浮かび上がってきた。


「ああ、でも、ちょっと、地下室に行きたいんだけれど、あやかさんと一緒に…」


「うん?何をしに?」

 と、ゴシゴシをストップして聞いてきた。

 目がくりっとして、かわいい感じで、またおれを攪乱させる。


 それに打ち勝ち、簡単にわけを話すと、


「おもしろそうだね…、鞘の模様か…。

 でも、わたし、これから、ドライヤーかけたりするから、その間に、あなたも風呂に入っちゃいなよ。

 それから、ゆっくり行こうよ」


 と言うことになって、まず、おれも風呂に入ることにした。


 湯に浸かりながらも、違和感のこと、考えていた。

 記憶を頼りに…、でも、違和感を感じた場所、だいたいのところ、思い出した。

 チラッと見ただけだったんだけれど、ある程度覚えていたので、やっぱり、違和感としての印象が強かったんだろう。

 そこだけ、とってつけたような、全体の模様にそぐわない感じ。

 下に行って、しっかりと確認してみよう。


 #


「ねっ、ここんとこ、やっぱり、ちょっと変な感じ、しない?」


 地下室、あやかさんの『秘密の部屋』で、ソファーに、二人ならんで腰掛けて、魔伏せの妖刀『霜降らし』を見ながら。

 もちろん、刀は鞘に入ったまま。

 刀を抜いて、刃を見ると、おれ、目が回っちゃうから。


「なるほど…。あなたに言われるまで、気が付かなかったけれど…、でも、確かに、ほかとは異質な感じだよね…」


「今、よく見るとさ、ここ、あとから塞いだんじゃないかな…」


「塞ぐって?」


 45センチほどの鞘で刃の方の縁、鞘口から12,3センチに、切れ込みを埋めたような跡があり、その上に、違和感のある模様が重なっていた。

 あたかも、ここは、別の仕様ですよって言っているような感じで。


「もともとは、ほら、ここ、鞘の縁に、こういう風に切れ込みが入っていて…、危ないかもしれないけれど、抜きやすかったのかもしれないよ」


「あっ!!」

 あやかさん、急に、何かに気付いたように大きな声を出し、おれの手から奪うように刀を取って、鞘のその部分を見詰めた。


 よほど驚いたのか、じっと見詰めたまま、動かなかった。

 おれが、話かけられないくらいの、張り詰めた雰囲気。

 ひょっとすると、何か、大発見だったのかもしれない。


 と、言うより、実は、見当はついている。

 確か、妖魔を刺すときに、妖刀を、アヤさんの話に伝わっているようには素早く抜けないんだ、というような話を、あやかさんから聞いたことがあった。

 これが、その解決策に結びつくことなんじゃないかと、おれの考えているところ。

 アヤさんは、『霜降らし』を素早く抜くときに、この切れ込みを利用していたんだと思う。


 あやかさん、急に、おれの方を見て、ニコッと笑った。

 まあ、言うまでもなく、とてもきれいなんだけれど、でも、今回は、目が、ちょっと潤んでいた。


「おじいちゃんが、ひいおばあちゃんからこれを受け継いだあとね、鞘がかなり痛んでいたから、修復したって聞いたことがあるんだよ。

 これじゃ、修復しすぎて、機能を壊しちゃってるよね」


「そうなんだよね…。

 うん? そうか…。

 それ…、塞いじゃってるところ、おれが取り除いてみようか?」


「えっ?あなた、そんなことできるの?」


「うん、たぶん…、見た感じ、埋めて、上に余計な装飾をしただけのようだから…、単純に、そこを、削るかどうかしてとってしまえばいいと思うんだけれど…。

 あとで、部分的に、漆は塗ってもらわないといけないかもしれないけれどね」


「それは頼めるけれど…。

 なるほど…、そうだね。

 こういうことって、あなたがやってくれるんなら、一番いいかもしれないね」


 おれ、妖刀『霜降らし』を手に取って、鞘を、もう一度、細かく見てみる。


「う~ん…、これを修復した人、なんか、これは壊れたんじゃなくて、このような細工だったんだってわかるようなレベルの人だったんじゃないかな…」


「どういうこと?」


「じっくり見てみるとね、明らかに、ここは、鞘の一部ではなくて、蓋になってるんですよ、って言う感じの細工に見えるんだけれど…。

 だから、修復して欲しいと言われて、仕事だからやるけれど、でも、ただ、蓋を作ったような気分で…」


「なるほどね…。よく、そこまで気が付いたね…」


「だから、さっき、削るかどうかするって言ったけれど、なんか、もう少しうまく、はずれるようになってる可能性も…あるかもしれないね…」


「うん?さっき、そうかもしれないと思って、あなたがやるって言い出したの?」


「うん、まあ、今言ったほどしっかりとは判断していなかったんだけれど、でも、ちょっとそんな気はしたように思うな」


「なんか、あなた、そういう感じが多いよね…。わかったこと、しっかりと言葉に直す前に、もやっとした理解で次の動きを始めちゃうような…。

 やっぱり、お子ちゃまなのかな?」

 と言って、ニカッと笑った。


 いつの間にか、からかわれていたってことなんだろうな…。

 でも、そうだな…、おれって、動くときは、そんなことが多いのかもしれない。

 ちゃんと、言葉に直しちゃうと、そのほかのこともいろいろと考えてしまって、逆に、動けなくなっちゃうような、そんな、引っ込み思案のところがあるからな。


「でも、名のある人が修復したのかもしれないね」


「そうだね…。どのように、修復頼んだのか、おじいちゃんに、明明後日に会うときにでも、聞いてみようね…」


「それじゃあ、部屋に、鞘だけ持って行ってもいいかな…」


「もちろんよ、仕舞ってあるとき、専用のケースでは、鞘は外しているからね…

 でも、どこでやるの?」


「リビングで、たぶん床に新聞紙敷いて…」


「フフフフ…、何となく、イメージが湧くね…。

 でも、そうなんだね…。

 じゃあ、刀の方は、仕舞ってくるね」


 あやかさん、丁寧に刀を抜いて、鞘をおれに渡して、妖刀を、奥に仕舞いに行った。

 仕舞い方など、そのうち、時間があるときに、教えてもらうことになっている。


 で、鞘をよく見ると、確かに、蓋のようになっている。

 刀があるときには見ることができない鞘口、そこを見ると、刃がくる方向に、細長い三角形の異質なものがはめ込まれているのがわかる。


 さっき、自分で言った『蓋』という言葉が、偶然、ぴったりと合っていたせいか、『蓋』だとしてよく見ると、その部分だけ、とれるような感じもしてきた。


 しかも、違和感を覚えた模様も、蓋を鞘に固定するための仕掛けだと見ると、周囲の銅線でできた模様を使って、実にうまくできている。

 それで、もう、その部分は、鞘の切れ込みを塞ぐための蓋になっていると信じ込んで、構造を考えてみた。


 しばらく、ああだこうだと考えて、これしかないな、と、まあ、ひとつの結論を出して、蓋の部分の模様の中で、ちょっと浮き出たようになっているところに親指の爪をかけ、鞘口の方に押してみると、カッ、カスッと言う感じではずれた。


 それを、ゆっくりと引き抜いているときに、あやかさんが戻ってきた。


「はずれたんだ…」

 と、そこで止まって、あやかさん、大きな目で、じっと見ていた。


「ちょっとやってみる」

 と、あやかさん、くるりと後ろを向いて、また奥に行った。

 おれも立ちあがって、広いスペースに出て、あやかさんが戻るのを待つ。


 あやかさん、抜き身の妖剣を持って来ると、おれから蓋を外した鞘を受け取り、慎重に、刀を鞘に収めた。

 ゆっくりと抜いて、途中まで抜いたとき、切れ込みを使って、鞘の外に出す。

 ゆっくりと、ゆっくりと、何度も繰り返す。


 次に、ゆっくりだけれど、刃先が切れ込みから、鞘の横に出たところで、刀を戻すように突きの動き。

 それも、何回か、ゆっくりゆっくりと。


 そして、今度は、刀を立てて持ち、つかを逆に持って、だから、小指の方がつばに付くような感じで持って、上に引き上げて刀を抜き、鞘を手前に引くように外して、ゆっくりと、そのまま下に突き刺すような動き。


 あやかさん、これを、5,6回やってから、次には、妖刀をやや高めに持って、鞘を引いて抜きながら刀を降ろしていく。

 刀を上に上げる動きがなくなった。

 数回やるうちに、動きに無駄がなくなり、もし早くやれば、突き刺しながら、鞘を抜く、と言うような動きになってきた。


「フ~ッ、なるほど、これだと、かなり早くなるね…」

 そう言ったあやかさん、額に細かく汗をかいていた。


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