1-3 違和感
月曜日の夜、夕食のあと、部屋に戻ってから、ふたつの電話があった。
ひとつは、あやかさんのお母さんからだったが、もうひとつは、おれのお袋からだった。
今日の夕方、おれ、お袋に、『名字、櫻谷にしたよ。これからは、櫻谷龍平。夜、
電話するね』と、メールを入れておいた。
名字を、櫻谷に変えたことくらい連絡しておかなきゃ、いくら『自由にいきろ』と言われていても、ちょっとまずいかなと思ってなんだけれど。
そうしたら、お袋からは、ただ『了解』とだけ返信があった。
で、あやかさんの家からの電話のあと、もう少ししたら実家に電話をしようと思って、おれの実家に行くの、いつにしようか…、旅行前だから行かないっていうのもありかもね、などといろいろとあやかさんと話をしていたら、おれのスマホが鳴った。
お袋からだった。
そうしたら『1週間、延ばすって言っていたから』と、今度の土曜日に、あやかさんを交えての会食の席を予約しておいたというお知らせの電話だった。
おれの両親と、姉貴家族とで。
お義兄さんも乗り気らしい。
そのようなこと、一方的に、まあ、いつものように、お袋さん、話していった。
おれは、例のごとく、相づちプラスアルファー程度の答えで話は進む。
食事をする場所は、実家から車で2,30分かかる…、あれ? もう少しかかったんだっけかな? まあ、そんなところの鰻をメインにした料理屋さん。
昔から、時々…、と言うよりも、稀に…、いや、『時々』と『稀』の中間くらいの間隔で行っていた、
仙台で、あやかさんにごちそうになった料理屋さんと同じような料理内容だが、建物はかなり古くて趣がある。
そこで、うなぎ会席のコースを頼んだとか、何となく、お袋、うれしそうだ。
確かに、あの時、おれは、『1週間くらい延期する』とは言ったけれど、『くらい』が付いていて、1週間ちょうどと、はっきり言ってはいないはずだ。
そのあと、別荘行きの話が出たから、あやかさんを実家に連れて行くの、もっとずっと後にしようかな?とも考えていたが、さて、どう答えたらいいか…。
ふと気付くと、テーブルの向かえで、あやかさん、おかしそうに、クック、クックと笑っている。
愉快、愉快、といった感じで、あやかさんも楽しそう。
おれの相づち的な受け答え
『えっ?今度の土曜日?』とか
『個室を予約したの?』とか
『ああ、わかるよ。昔何回か行ったところだろう』
とかとかで、あやかさん、話の内容は、ある程度、わかっているみたいな感じ。
どうしようか、と言うような顔であやかさんを見ると、ニコニコして、親指と人差し指で丸を作って、OKのサイン。
別荘への出発、また遅れることになるけれど、それでもいいってことなんだろう。
実家へ、次の土曜日に行くことになった。
そう言えば、前に、延期の電話を入れたとき、泊まるのかどうか聞かれた。
それで、今回、念を押すように、日帰りだということを強調しておいた。
「そこの鰻、おいしいの?」
電話を切るなり、あやかさんの質問。
「うん、しばらく行っていないけれど、かなり、うまかったように覚えているよ。
親父が言うにはね、関東って言うのは、近年までは、大きな川沿いの宿場町には、必ず、鰻のうまい店があったんだそうだよ。
でも、そういうところで、今残っているのは、かなり少ないんだってさ。
で、残っている、そのひとつらしいんだ」
「おいしいお店なのに、残っていないの?」
「うん、まあ、経営の近代化って言うのに失敗したんだろうね…。
よくわかんないけれどさ。
昭和の後半に、かなりの店がなくなったようなこと、親父、言ってたな…。
そうだ、親父の一番好きな鰻の店は?って聞いたときのことだったのかな?
若い頃に好きだった店は、もうないって、言われてね…」
「ふ~ん、そういうもんなんだね…」
「鰻は楽しみだけれど、また、別荘へ出発するの、遅くなっちゃったね」
「まあ、それはそうなんだけれどね…、でも、あなたのご両親に挨拶できるの、わたしとしてはうれしいな…」
あっ、そうなんだ、と思った。
おれとしては、思ってもみなかった、あやかさんの気持ち。
そうか、そういうもんなのかもしれない。
なんか、ちょっと、うれしい。
「そうなの?それならよかったよ。
出発が遅くなっちゃうの、申し訳ないなって思っていたんだ」
「そんなことないよ。挨拶の方が、ずっと大切だからね。
それにね…、さっきの、うちの親父さんからの鑑定の依頼、明日行くヤツね、あれも、ひょっとすると時間がかかるんじゃないかと思ったんだよ。
だから、案外、ちょうどいいかもしれないよ」
「じゃあ、日曜日に出発ってことになるかもね」
「まあ、そんな感じだね…、今のところは…。
でもね…、なんだかこの調子だと、また何かありそうな気もするね…」
と、あやかさん、ちょっと思案顔。
「いつまでに行かなくっちゃいけない、って言うの、あるの?」
「ううん、特にないよ…。ただ、ちょっと確かめたいことがあってね…」
「確かめたいって?」
「うん、別荘にね、昔、アヤさんが見つけた洞窟があるんだけれど…。
妖魔の動きを調べているときに見つけて…、で、その山を買っちゃって、洞窟のところに小さな家を作って、1年近く暮らしたことがあるらしいんだけれどね…」
「家を作ってって、それ、おじいさんのおばあさん、アヤさんのことだよね」
「うん、そうだよ。アヤさんが、まあ、不思議な洞窟を見つけてね。
山ごと手に入れて、自由に使えるようにしてから、そこに住んで、しばらく観察していたらしいんだけれど、何をどうしていたかは、伝わっていないんだよ」
「ふ~ん…。でも、アヤさん、1年近くも、そこで、何かをしていたんだよね」
「そうなんだよね…、興味あるでしょう?」
「たしかに…。でも、アヤさんが興味を引かれたことが何なのかは、あやかさんなら、行けばわかるんじゃないの?」
「話を聞いて、以前行ったときには、わからなかったんだけれど…。大学生のときだったけれどね。でも、あなたと一緒だと、何かわかるんじゃないかと思ってね」
「ああ、そうだといいな…。何かの役に立つのなら、うれしいよ。
で、その、アヤさんが1年くらい住んでいた、小さな家って言うのは?」
「それは、もうないよ。軽井沢に近かったせいで、ひいおばあちゃんが、それをけっこう立派なものに立て替えて、別荘にしたんだよ」
「ふ~ん、軽井沢の近くか…。ここの土地といい、アヤさんは、あちこち、いいところ、いいところの山を、手に入れていたんだね」
「うん、今だからそう言えるけれど、実際は、不動産としては、本当にいいところからはちょっとずつ、というよりは、かなりかな? ズレてはいたんだよ。
まあ、だから、今まで残っていたのかもしれないけれどね」
「なるほど…、
でも、それじゃ、いつまでに行かなきゃいけないって感じでは、ないんだね」
「まあね。
ただ、次のことを考えるとね…。
とりあえず、早く確かめたいって思うんだ、なんか、ありそうなんだよね」
「まあ、アヤさんが、1年近くもいたってことは、そうなんだろうね…」
と言うことで、コヒータイムは終わって、風呂の時間となった。
風呂は、あとの方が気楽なので、あやかさんに、先に入ってもらっている。
別荘の、不思議な洞窟か…。
異世界もののラノベだと、ダンジョンとかになっていて魔物が出て、いくつもの階層があって、お宝がでて、となるんだろうけれどな…。
アヤさん、1年近く、何を調べていたんだろう?
その洞窟を見つけたの、アヤさんが妖魔を調べていて、とあやかさん、言っていた。
と言うことは、何か妖結晶に関係するんことなんじゃないのかな?
なるほど、お宝か…。
魔物を刀でやっつけて…。
と言うようなことを考えていて、以前に、あれっ? と疑問に思ったけれど、その時の話の流れの中で、ほぼ瞬時に消えてしまっていたことを、突然思い出した。
あの、魔伏せの妖刀『霜降らし』のこと。
刀を見せられたとき、鞘に違和感を感じたのだ。
ただそれだけのことだったので、あとで話せばいいや、とすら思う前に、消えてしまった妙な違和感。
そんなだから、その時、話にも出なかった訳なんだけれど、今、刀のことを考えていて…、まあ、その考え、どちらかというと妄想に近い方にまで行っていたから、頭の中では、かなり視覚化されていて、その、鞘の姿が急に浮かび上がってきた。
何だったんだろう、あの違和感…。
もちろん、そのあと、実に今まで、一度も思い出さなかったんだから、その時のまんま、何も考えていないんだけれど、なんか、鞘に違和感を感じる部分があったんだよな…。
あやかさん、風呂から出てきたら、このことを話して、一緒に地下室に行ってもらおう。
地下室、一人で、勝手に行ってもいいとは言われているけれど、妖刀を取り出すんだから、やっぱり、あやかさんには、一緒に行ってもらいたい。
それと、このことについては、なんか、あやかさんに聞くことになるような気もするし…。
もう少し、思い出せないかな…。
鞘なんだけれど…、そうか…、確か、模様が途切れているような…、そんな印象だったんだっけかな…。
う~ん…、と…、あの鞘…、竹を銅で編み込んだような感じの鞘なんだけれど…、そうだよ、その模様、鞘の口の方の縁、刀の刃が向く方が、何か気になった…、ような気もするな…。
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