1-2 二人だけ
月曜日の夜、今日は、あやかさんとさゆりさんとの3人だけで夕食。
吉野さん、『知り合いがね、山ウドがたくさん手に入ったと、持ってきてくれたのよ』と、それをメインにして、支度してくれた。
茎先と葉は天ぷらに、太い茎は皮を剝き、『ぬた』というのだろうか、鮪や若布と酢味噌和えに、茎の皮はきんぴらにと、全部分を使っての料理。
ずいぶんと手をかけてくれている。
その他、今日は、さゆりさんが好きなお刺身の盛り合わせ。
刺身と言っても、今までの、おれの出ていた飲み会では見たことないような、質のいいものばかりで、まるで別物。
昨夜、ご苦労さん会で飲んだけれど、今日もビールが欠かせない。
と思ったら、あやかさんとさゆりさん、示し合わせたように、ビールは1杯だけで、あとは日本酒になった。
それで、おれも同じようにしたが、確かに、日本酒の方が合う料理だった。
話をし、飲んでいて、楽しいんだけれど、ちょっと寂しい感じがした。
すぐに、有田さんがいないためだと、気が付いた。
あやかさんがいても、やっぱり寂しさは感じるものだった。
けれど、同時に、さゆりさんは、もっと寂しいんだろうなと思った。
で、ここまで来てやっと気が付いた。
そうか…、それで吉野さん、今晩は、さゆりさんの好きなお刺身を、わざわざ用意したんだ…。
おれって、やっぱり、ちょっと鈍いのかも…。
「有田さんは、今度はいつ来るんですか?」
と、さゆりさんに聞いてみた。
「今度は…、次の土曜日かもしれないけれど、よくわからないわね…。
やってることに区切りが付いたら、来るんじゃないかしら」
と、何となく他人事のような答えのさゆりさん。
「そう言うのって、美枝ちゃんが管理しているんですか?」
と、聞いてみた。
本当は、有田さんって、何をしてるんだろうと思ったんだけれど、おれ、こういうことって、何となく、聞きにくい。
「美枝ちゃん?あっ、それは違うのよ。…」
さゆりさん、おれがわかっていないことに気が付いて、簡単に説明してくれた。
有田さん、所属は、さゆりさんと同じように、あやかさんのお父さんの会社と言うことになるが、実質上は、おじいさんの直属のような位置にあって、いろいろな情報を集めているんだそうだ。
数人の部下がいるんだとか。
すると、あやかさんが、付け足して説明してくれた。
「会長なんて言ってもね、おじいちゃんはおじいちゃんで、会社から離れて、好き勝手にいろいろとやってるから…。
新しい会社を作って、それが軌道に乗ると、もう興味がなくなって、人に押しつけちゃって、ほかのことやり出すって感じでね…。
それで、親父さんやおじさんの会社からの情報とは別のタイプの、いろいろと質の高い情報を集める必要があるみたいなんだよ。
おじいちゃんには、そうやって、別なところで勝手にやってもらっていた方が、親父さんにしても、おじさんにしても、本業に口出しされないから、いいんだろうね」
なるほど、少し見えてきた感じ。
その後の話でわかったことは、有田さんは、もともとは警察のキャリアーだったんだけれど、出世よりも現場に興味があったらしい。
何事も現場って、なんか、テレビの刑事物での台詞みたいだけれど、そんな感じで。
それで、研修のような立場で現場にいたときに、おじいさんと知り合って、本省に戻るよりも、と、おじいさんの誘いに乗って、転職したのだそうだ。
有田さん、30歳の頃、だから17,8年前の話。
「どう、少しはわかった?」
初めは、さゆりさんと話していたんだけれど、いつの間にか、あやかさんが説明してくれていた。
「うん、有田さんのことは…。
でも、美枝ちゃんの配下って言うのかな…、6人いると聞いたような感じだから、有田さんが別だと、もう1人の配下はだれなの?」
「配下? ああ、そうか…。そのことも、まず、話しておいた方がいいね。
島山さんやデンさんは、美枝ちゃんとほぼ同列で、配下って言うほどはっきりとしているわけではいないのよ。
でも、美枝ちゃんには、みんなの管理をお願いしているの。
みんな優秀な人ばかりだけれど、それだけに、動きがばらばらだからね。
全体を締めてもらっているのよ」
「なるほどね…。美枝ちゃんにぴったりだね…」
「そうなのよ。揃いも揃って、優秀だけれど自由人、と言う人ばかりだからね…。
美枝ちゃんくらいに優秀じゃなきゃ、ちゃんと束ねられないんだよ。
ただ、ホク君は、まあ、旦那さんになったから、美枝ちゃんの相棒扱いだし、浪江君は、美枝ちゃんの下じゃなきゃ動いてくれないから…、そうだね…、配下と言っていいのは浪江ちゃんくらいかもね。
あとは、木戸さんのことか…」
美枝ちゃんの管理下にいるもう1人は、木戸
49歳、ということで、『有田さんと同じですね』と言ったら、有田さんと同期で友達、有田さんの紹介で、ここに来たんだそうだ。
今回は、詳しい話しはなかったけれど、いま、旅行中。
なんだか、国内外を、しょっちゅう旅行しているらしい。
住むところは別邸じゃなくて、駅の近くのマンションに自分の部屋を持っている。
ちなみに、ここから駅までは歩いて7,8分と、案外近い。
有田さんから始まって、木戸さんまで辿り着いて、この話は一段落。
すると、ほんのりとさくら色になったさゆりさん、ちょっと色っぽい感じなんだけれど、まあ、それはどこかに置いておいて、あやかさんに聞いた。
「お嬢さまたちは、そのおじ様との会食のあと…、翌日にでも出発するんですか?」
うん?この話し方、さゆりさん、旅行は一緒じゃないってことなのかな?
「そのつもりなんだけれど、会食がいつになるのか、まだわからないのよね」
「そうなんですか…。あのお二人ですと、いろいろと大変でしょうからね…」
と、話に区切りが付いたようなので、あやかさんに聞いてみた。
「別荘に行くのって、おれとあやかさん、二人だけで行くの?」
「うん?あっ、そうなのよ。大事なことなのに、言ってなかったよね。
今日と同じように、あなたと二人だけで動いてみようと思ってるの」
今日、一日中、買い物や届け出などに行くときは、あやかさんとおれとの二人だけで動いていた。
考えてみると、さゆりさんと別に動くというのは、あやかさんにとっては珍しいことなのだろう。
「護衛のようなことは、必要ないの?」
「有田が言うには、リュウさんが、最強だってことですよ」
と、さゆりさん、ちょっとからかうような目つきで。
それに、有田さんのこと、まるで身内のように『有田』だってさ。
さゆりさん、酔っているせいなのかな?
「最強って…、おれ、格闘技とか、何にも知らないんですけれど…」
「まあ、その時はその時で考えることにして、こっそりと動くから大丈夫だよ」
と、あやかさん。
その時に考えたんじゃ、遅いんじゃないだろうかと思ったが、もう決まっていることのようだし、たぶん、あやかさん、何か、考えがあってのことなんだろう。
旅行は二人で行くということを確認して、この話は終わりにした。
あやかさんと、二人だけでの旅行か…。
初めてだな…、もちろん、女性と2人で旅行すること自体初めてなんだけれど。
楽しそうで、なんか、ウキウキする。
と、ふと、気付いた。
そうだよ…、絶対に、怒らせないようにしないといけない。
2人だけのときにああなったら、恐すぎだよ。
でも、万一の時には、すぐに『ごめんなさい』だな…。
これは、なんで怒っているのかわからなくても、とにかく、決行だ。
食事が済んで、お酒で、ちょっといい気持ちになったまま、2階に上がると、2つの電話があった。
まず1つは、酔い覚ましにと、おれの淹れたコーヒーを飲み始めたとき。
あやかさんのお母さんからだった。
おじさんたちとの会食は、
場所は、昨日料理を頼んだお父さん関係のホテルにあるレストランで。
特別に、おじいさんの車が迎えに来てくれるそうだ。
出席者は、あやかさんのご両親とおじさん夫妻、それに、なんと、おじいさんまで参加するとのこと。
おじいさん、なんだかんだと言って、あやかさんに会いたいんじゃないかと思う。
あやかさんは、あんまり気にかけていないようだけれど…。
で、そのかわり、と言っていいのかどうかわからないけれど、おじさんの息子さんたちは、またの機会にでも、と言うことになって、参加しない。
何か、1人が、今、海外に行っていて、どうせなら2人一緒に揃ったときの方がいいだろうとのことだった。
でも、どうして、2人揃っての方がいいのか、この理由付けの意味が、おれにはわからなかったんだけれど…、本当は、ほかに理由があったのかも。
そんな話、これは、お母さんとあやかさんとでしていたので、あとから、あやかさんに聞いたことだったんだけれど、その話がが終わったあと、電話、あやかさんからおれに変わって欲しいということになった。
それで、おれが電話に出ると、お母さん、簡単な挨拶のあと、お父さんに替わった。
妖結晶の鑑定の方法について、いろいろと話し合いたいので、明日、来てくれないかということ。
もちろんかまわないと返事をしたけれど、あやかさんといろいろと動く都合もあるので、しかも、あやかさんの方が、段取り付けるのが上手なので、また、あやかさんに電話を替わってもらって、具体的な時間や動きを決めてもらった。
その結果、明日の10時頃に、お父さんの会社に行くことになった。
あやかさんも一緒に行ってくれることになっていて、ちょっと安心した。
1人で行くようになったら、どうしようと思っていたから…。
あやかさん、電話が終わるとすぐに美枝ちゃんに連絡して、あす、9時15分にデンさんに迎えに来てもらうように依頼していた。
なるほど、こういうパターンで動くのか…、と、ひとつ、新たにわかった。
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