第1章 どうして延びちゃうんだろう?

1-1  黒じゃない

 あやかさんの住む敷地内に侵入した者たちを追い払った翌日の夜、ご苦労さん会が家の食堂で開かれ、とても楽しい時間を過ごした。

 そこで、あやかさんに、別荘行きを誘われて、特に予定なんてある訳のないおれは、もちろんすぐにOKした。

 それで、2人で結婚の届けなど、一通りのことを済ませたら、すぐに出発するつもりだったんだけれど…。



 月曜日の朝、さゆりさんや有田さんとの4人で一緒に食事をした。

 昨日は、けっこう遅くまで飲んだんだけれど、今朝の食事はいつも通り。

 昨夜の宴会のあと片付けをして、さらに今朝の食事も普段と何ら変わらず準備してと、沢村さんもなにげにすごいんだということがわかった。

 ちゃんと寝たのかな? と思ったほど。

 しかも、沢村さん本人を含め、みな、それがあたりまえのような感じ。

 ひょっとして、超ブラック企業なんじゃないのかと、チラッと考えたが、やめた。


 有田さんは、今日から、また、しばらく外出とのこと。

「ちょっと寂しくなりますね」 と、おれが言ったら、


「またまた…、リュウ君はあやかさんと一緒にいれば、そんなこと感じる暇はないんじゃないの」 と冷やかしてきた。

 おれと有田さん、この二日間で、かなり仲良くなった証拠かな?


 すると、あやかさん、

「でも、サーちゃんは寂しいよね」

 と、何となく、おれの援護をしてくれた。

 でも、さゆりさん、否定せずに、ただ笑っていた。

 なんだかんだ言って、別々に暮らすのって、やっぱり、寂しいんだろうな。



 食事がすんで、部屋に戻って、そろそろ着替えようかと、テーブルから立った。

 これから、いろいろな手続きをしに、出かけるため。

 そのとき、リビング寄りに置いてある宅電が鳴った。

 おれの方が近かったので、おれが取ったが、あやかさんのお母さん、玲子さんからの電話だった。


 簡単な挨拶をしたあと、土曜日の事件について、『大変だったわね。ご苦労様』とお礼を言われた。

 あやかさんがお母さんにどこまで話しているのかわからなかったので、相づちプラスアルファー程度の返事をして、あやかさんに変わった。


 あやかさん、何だろうって顔をして、受話器を受け取った。

 まず、あやかさんにも、土曜日、大変だったね、という話をして、そのあと、あやかさんのおじさんが、是非、会いたいと言っているので、夕食でもご一緒にいかがですか、と今日の電話の本題が出たようだ。


 おじさんというのは、例のおじさん、あやかさんの命を狙っているかもしれない山根和彦さん。

 あやかさん、お母さんには、おじさんにおれを紹介できること、とても喜んでいるような返事をして、すぐに承諾。

 そのあとも、表面上は、何と言うことのない感じで話していて、電話が終わった。


 電話を切ってすぐに、あやかさん、ちょっと難しい顔をして、

「ねえ、出かけるの、少しあとでいいかしら?」


 あやかさん、どこか、思案顔。

 今のこと、ゆっくりと考えたいのかもしれない。


「ああ、もちろん…、コーヒーでも淹れるかい?」


「ええ、いいわね…。フフ…、気が利くね」


「まあね」と、おれ、ニヤッとしてから、コーヒーを淹れに、キッチンへ。


 お湯を沸かして、ミルでコーヒーを挽いて、と、おれがやっている間、あやかさんは、テーブルに肘を突き、顔の前で手を合わせて、その親指に顎をのせて、何か、じっと考え事。

 キッチンのカウンター越しに見ると、そんなあやかさん、とてもきれいだ。


 チラッ、チラッと見ながら、コーヒーを淹れる。

 夫婦なんだから、堂々と見ていてもいいんだろうけれど、習性というか、より楽しくするためというか、チラッ、チラッと見るのが何となく好み。


「おじさんって、例のおじさんなんだろう?」

 コーヒーをテーブルに置きながら、聞いてみた。


「うん、あのおじさんだけれど…。

 このあいだ、美枝ちゃんやあなたに言われてから、おじさんのこと、考え直してるんだけれどね…。

 どうも、まだ、結論が出ていないんだよね…」


「と言うと?」


「うん、なんだかね…、敵の目的が、わたしの命はでなくて、妖結晶だとするとね、おじさんだけでなく、あの、おじさんの右腕となっている部下の人、今江さんって言うんだけれど、あの人が敵に通じてるって考えても、全部、辻褄が合ってしまうんだよね…」


 あの時の話、美枝ちゃんも、敵への内通者、山根氏ではないかと疑っていたが、動機として、財産を独り占めするために、あやかさんの命を狙う、と言うのはピンと来ないと言うことだった。

 で、おれも、同じ考えで、目的は、妖結晶なんじゃないかと考えた。


 それで、あやかさん、敵の目的を妖結晶と仮定して、初めからもう一度考え直したようだ。

 しかも、この答えから推察すると、今までの思考の中心をなした、おじさん真犯人説すらも壊して、新たに考え直したと言うことなんだろう。

 ここまで、完全に考え直せるのって、ちょっと、すごすぎるような気がした。


「それって、おじさんが関係していないって言うことなのかな?」


「まあ、無関係と言うよりは、どちらかというと、操られている…、いや、罪を着せられている…、そういう感じになるのかな…。

 それにね、そうなると、今までのわたしも、完全に、罠に嵌まっていたと見ることができるんだよ…」


 今までの自分すら、そのように見ることができるんだ…、と、また感心した。


「で、今は、どっちと考えているの? 山根主犯説なのか、今江主犯説なのか…」


「うん?あんた、面白がっていない?」


「あっ、いや、そんなことはないよ。興味はあるけれど…」


 済みません、本当は、ちょっと面白がっていました。

 でも、恐くて、そんなこと言えない感じ…。


「どうだかな…。まあ、安心してよ。

 めったなことじゃ、一昨日みたいには、怒らないからさ」


 めったなことと言われても、なんだよな…。

 一昨日の『ムスッ』としたあやかさん、とにかく恐かったからな…。

 トラウマになっちゃうよ、まったく。


「それで、その真犯人なんだけれど、本当に、理屈では、両方ありなんだよね…」


「両方ありだと…、そうだ、あの、おじさん、喫茶店で、あやかさんを誘拐しようとした運転手に、お金を渡してたって言うの、あれはどう考えるの?」


「それがねぇ、厄介なことに、おじさんが、あの喫茶店でお金を渡したことですら、見ようによっては、おじさんの温情だったともとれるんだよ…。

 あいつ、あの運転手ね、辞めたってことだったけれど、実際は、社内でいろいろともめ事起こして居づらくなっていたようだから…、本当は、おじさん、辞めさせていたのかもしれないんだよね、退職金代わりのお金をこっそりと渡してさ…」


「なるほど…、そういう可能性もあるんだね…。

 とすると、その少し前に、妖結晶を盗んだのは?」


「ああ、あの時のね…。あれに関わっていた社員が、今江さんなんだよ。

 最初調べたときには、一番疑われるようなことを社員がしないと思ったんだけれど、さらに上を行っていたかもしれないね。

 ちょっとどんくさい感じもするが、言われたことはキチッとこなすっていう、堅物的な印象だったけれど、仮面の下は、すごいやり手なのかもしれないからね。

 そんなやつだと、たぶん、警察が入っても、なんか、トリックがあって、やはり外部犯行説になっていたんだろうなって、今じゃ思うんだ」


「なるほど…。

 でも、ある意味では、とりあえず、真犯人は、おじさんか、今江って人に絞られたってことになるんだよね」


「絞られたんじゃなくって、拡散したんだよ。一人が二人になったんだから…」


「まあ、そうかもしれないけれど…、でも、妖結晶が目的だと、おじさんとしては、犯罪まで犯す動機が薄くなってもいるよね…」


「うん?なるほどね…。動機か…」


 あやかさん、コーヒーを口に含み、また考え始めた。


「ねえ、あなたはおじさんは白だと思っているの?」

 と、少ししてから、あやかさんが聞いてきた。


「いや、とくに判断はしていないけれど…、ただ、おじさんが、あやかさんの命を狙っているとすると、もっと頻繁に攻撃があっても良かったんじゃないかと、思ったことはあるよ。

 たとえ、さゆりさんが付いていたとしてもね…」


「ほら、やっぱり白だと思ってるんじゃないの…」


「いや、これは、動機の問題として、そう考えたと言うだけで…」


「じゃあ、おじさん真犯人説だと、動機は何だと思うわけ?」


「だから、それがわからない…」


「白だと確定はしないけれど、黒じゃないと思っている…。そんなとこなのね…」


 ある意味、と言うよりも、おれが、自分自身について認識していた以上に、図星だった。

 どうして、こういう微妙なとこまで、わかっちゃうんだろう。

 普通だと、『黒じゃない』ということで、それじゃあ、やっぱり『白だと思っている』んじゃないの、と、決めつけられてしまいそうなんだけれど…。

 おれが鈍いだけで、これだけ話せば、誰でもわかるのかな?


「まあ、あなたには、おじさんに、先入観なく会ってもらった方がいいね」


「で、いつ頃になるんだろうね」


「あっ、明後日か明明後日しあさっての夜になるって言ってたよ。

 たぶん、うちの両親と、おじさん夫妻だろうけれど、ひょっとすると子どもたち、正隆まさたか克之かつゆきって言うんだけれど、彼らも一緒かもしれないね…」


「ふ~ん…、大人数だね…。披露宴みたいで、なんか、緊張しちゃうな」


「フフ、披露宴か。まあ、あなた、たまには緊張もいいかもね。

 それまでに、いろいろとやるべきこと、やっておこうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る