一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part9

 ともあれ、これでアルバルーチェに迫った危機は全て排除したことになる。

 それを物語るようにいま、は静かだ。

 だが、それもつかの間――。

〈ほらテメェらッ! 甲板上はもう安全なんだ。さっさと表に出て仕事しろ!〉

「うおぉおおお! 飛竜を身一つでぶっ飛ばすなんてやっぱスレイさんスゲェ、パネェ、カッケェっす!」

「そうかい? 相変わらず無茶なことばかりして、人をいたずらにヒヤヒヤさせる馬鹿な男としかあたいは思えないけどねぇ」

「姐御がそういうならあたしもそう思いますっ! よくわかんないけど!」

「てか、ほら皆さん。俺っちの言った通りになったでしょう? スレイさん一人で片付けちゃうから心配するだけ意味ないって。人の心を持たない畜生とか散々なこと言ってくれましたけど、あとで絶対謝ってくださいよ。まったく」

「いやお前ら、姐さんまで、誰一人として労いの言葉とかないのか? 割とヤバい状況だったんだぞ? 非常識な連中ですいませんスレイさん、いつも苦労お掛けします」

 オズウェルの怒号が飛べば、機銃組全員がバタバタと船内から現れる。思い思いのことを吐き捨てて、アロルド以外は慌ただしく駆け足で持ち場に就いて行く。安息などないとばかりに静寂は一瞬のうちにかき消えた。

 まあ、どちらにせよ。もとよりそんなものは今日この狩りが終わるまで訪れないが――。

 現に周囲の空域ではまだ飛竜が飛び回り、砲音と銃声も止んでいない。狩りは続いている。

 しかしその最中でさえ、繰り広げられる緊張感のない彼ら団員達のやり取り。

 自身に向けられた言葉の数々にスレイは苦笑を零して。

「いいさ、アロルド。こいつらに労われるほど俺も仕事したわけじゃないしな。それに空上ここじゃあ俺よりもお前達の方が主戦力だ。むしろ労うのは俺の方だろ? だからお前も、俺にそこまで気を遣ってくれなくていいって」

 すぐ傍の機銃に寄るアロルドに言葉を返した。だが彼という男は、比較的荒くれ者の方が多い駆除屋の中で珍しく誠実な性格している。目上には敬意を、規律は遵守という人間。

 だからだろう。

 そう言われたところで腑に落ちないと、しっかり刻み込んだ顔がスレイに向いた。

「ですけど――」

「それと今のは俺の功労じゃなくてあの新人魔女だ。魔法で撃ち墜としてくれなきゃ、もう少し仕留めるのに時間掛かってただろうからな」

 続けようとするアロルドをスレイは制して、顎をしゃくって魔女へと視線を向かせる。

 甲板上。魔女は自身の命令通り、緊張した面持ちで事に当たっている真面目な姿。

 その様子を見てからアロルドは再びスレイへと視線を戻し、下げてた眉頭も元の位置に戻せば、何か言いたげにため息を吐いた。

「……スレイさんも、たまには威張ってくれてもいいんですよ?」

 きっと、その数ある言いたげの中から一つだけ選んだのだろう。

 アロルドは含んで言ってから苦笑を返すと、仕事に集中するべく機銃のハンドルを握る。

「……」

 まさかのアロルドからの意外な一言に、スレイは返す言葉が見つからず黙ってしまう。

 思わず天を仰いで、「気を遣いすぎなのは俺の方かもな」なんて胸中でごちてみる。

 ただそう返してくるようになったあたり、此処に来たばかりの頃の堅物さもだいぶ解れて気さくになったようだ。

 そんなことと、絡めてをスレイは思いながら。

 残存する数も僅かとなった飛竜を次々と他の駆除屋が墜とす様を、茜に移り染まりだした空と一緒に暫く眺めていれば通信機ががなりだした。

〈な~に仕事中に黄昏れてんだよテメェは、そうやって夕日眺めて考え込むのは俺みたいな中年や年寄りがするからサマになるもんで、テメェみたいな若ぇ奴がやっても似合わねぇぞ〉

 別に、スレイに黄昏てたつもりは一切なかったが。艦橋にいるオズウェルから見ればそんな風に見えたのだろう。いや、物思い耽ってる時点であるいはそうなのかもしれない。

 だとしても――。

「サマになるかどうかはともかく……。色々と考えることは別に中年や年寄りだけの特権ってわけじゃねぇだろ? 若い奴だって時折、人生なんてもん振り返ってみたり未来のことを思ってみたりしてもいいはずだ。大して長く歩んでなくたってな」

 船縁に腰を掛けて、スレイはどこか達観したように答える。事実それ以外のあれこれとはそこに由来したことだった。例えば今の、自然と、拾うように担った自分の立場などを。

〈ハッ、言うじゃねぇか。でもな、なにをそんなに考え込んでんのかは知らねぇが、今はまだ仕事に専念してくれよ? あとはもう楽なもんだが、それでも気は抜けねぇんだからよ〉

 そしてオズウェルの言葉は正しく、「確かに、それもそうだ」とスレイは息を吐く。

 魔獣狩りの際は常に気を抜くなとはスレイ自身もよく口にする言葉だが、今一番それをやれてないのは間違いなく彼だろう。

 ――まったく、俺がこんなんじゃダメだろ。

 そのことも、スレイ自身よく分かっている。

 いたたまれなくなり、後ろ髪を掻いては船縁から腰を上げた。

 すると、周囲を警戒してた魔女から「船首側、右前方から飛竜が来てます!」と声が上がる。

 もう数がいないのだろう。その飛竜は一頭だけでこちらへと吶喊してきていた。

 最早ボロボロとなった肉体で。そのひたむきさは魔獣という敵ながら感心するところだが、だからといって心が揺れることはない。寧ろ関係もなく、いつのまにやら空いた腹のことさえ思い浮かべて。

 スレイはS&Kを抜き、構えた。

「ま、取り敢えずは……もうひと踏ん張りすれば飯だ。だからテメェも墜ちてな」

 そう呟いて、無感情に引鉄を絞れば、乾いた破裂音が茜空に高く響き渡った。



 そののち、日没までには飛竜は全て討伐され。特に目立った被害もなく、彼ら駆除屋の今日の仕事は終わった。それから各団長同士の報告が通信機で交わされ、それも終われば各々が拠点とする都市へと魔動空船で帰って行く。

 その各道中はきっと色々な話に花を咲かせ、夕餉の前から持ち込んだ酒を呷っている者もいるのだろう。

 少なくとも『アルバルーチェ』は、いま正にそんな感じだった。

 団長オズウェルを筆頭に、魔女パメラ、赤毛姉妹のダリア、そして砲手組リーダーのディエゴが酒を呷り。

 三馬鹿はといえば、弾薬補充を務めた新人を交えてなにやらまた馬鹿なことで騒いでいる。

 ダリアを姐御と慕うリッカは、同じく新人の魔女に「これからはあたしのことをリッカ姐と呼ぶように!」と、たぶん新人魔女の方が年上にも拘わらずエッヘンと誇らしげにしている。

 そして、それら全てを窓辺のソファーに腰を下ろして眺めているスレイは――。

 知らぬ間に新しい顔ぶれは増えたが、いつもどおりの日常だなと綻んでいた。

 その胸中の思いは、いまこの時のことだけではない。魔獣狩りについても含まれている。

 今日の始まりから終わりまで、この世界のこの国に生きる駆除屋にとっては当たり前の時間。

 駆除屋じゃないものからすれば非日常に見えるそれが(スレイだけがそう思っているのではなく)彼ら駆除屋にとっては極々普通の日常、その一片にすぎないのだと。

 しかしスレイはそう思いながら、もう一度今日のことについても振り返っていた。

 ここ最近見ることはなく、忘れかけていた見た夢のこと。

 飛竜の明らかな動きの変化。

 直接的な因果関係はないにしろ。なんでもない日常に重なったイレギュラーが、どうにも気になっていた。

 ――なんとなく、嫌な感じがするな。

 だが、それをいま考えたところで何か得られるわけでもないと理解して、適当に結論付ける。


 そう……ただの杞憂で済めばいいと願った。

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