一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part8

 当然狙いは違わない。バギッゴチャッと、重い鉄塊の刃が硬い鱗を砕いて肉と骨を断ち割る。

 鱗の破片と血飛沫が返るが、構うことなくスレイはすぐさま戦斧から手を離し、再び浮力を戻した魔動空船の甲板へと降り立った。

 声も上げれず、首に戦斧が突き刺さったまま球の如く地へ墜つ飛竜にはもう一瞥もしない。

 既に次の行動に移っている。駆け出して、左舷の機銃に取り付いている。

「――逃がすかよッ」

 吐き捨てながら重い機銃の射角を上げ、やはり分かっているのか逃れるように上へ上へと上昇する二頭の飛竜に向けて、追うように射撃を繰り出す。

 そうすれば瞬く間に、弾丸が逃げた一頭の肉体を鱗ごと撃ち抜いてまた墜とす。

 残り一頭。だが、それは墜とせない。

 機銃の射角限界よりもさらに高く上昇した一頭を見上げ、スレイは舌打ちをした。

「悪いオズウェル、一頭撃ち漏らした。恐らくそのまま急降下してくるだろうから誰も甲板には出すなよ? 俺がケリつけ、」

 機銃から離れては機械の義手、左腕で拳銃嚢ホルスターからS&Kを抜きつつ捲し立てた言葉を止めた。

 迫る気配。カツカツと甲板を蹴りつける音が背後で鳴り、それに気を取られた。

 ――この状況で甲板に上がってくるとか、どこの死にたがりだ?

 或いは先程の伝達がオズウェルを介して全体に伝わるのが遅かったのか。どちらにせよ自身の力量を理解せず、ただ勇敢なだけでこの場に来たのなら。仲間であろうとも今すぐ怒号を上げて引き下げるべく、スレイは首を半ばまで振った。

 途端、亜麻色の髪が目の前で揺れ、ふわっと軽く甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 同時に穢れを知らなそうな澄んだ青の双眸が。そこになにやら決意を宿した瞳が、スレイの少しばかり荒み澱んだ濃褐色の双眸を射竦める。

「おまえ――」

 どれもよく知らない。見知った仲間にはどれも当てはまらない。そう、今日知ったばかりの惹きこまれそうな容姿に、怒号を上げることすら忘れ呆けて呟くが。

 目の前の新人ひよっこ。まだ名前を知らない魔女はそんなことはお構いなしに、

「先輩、ここは私に任せてください!」

 スレイの言葉は遮って、ハツラツとした声音で言い放った。

「は? いや、おい――」

 それはあまりにも唐突で、なにより(スレイの知る限りでは)魔女らしからぬその快活さに思わず面を喰らい。かえって魔女らしい、その前時代的なケインを掲げだすのを制止するわけでもなく傍らで見てるだけになってしまう。

 そして魔女がそうすれば杖先で、幾何学模様、言い換えて術式が展開する。

 ――魔法か。

 微かに言葉にしてスレイは上空を見上げた。

 魔女といえど、力量が知れない新人の勝手な行動は当然許されるべきではないが……。この際目は瞑る。何故なら事態は常に、急速に、淡々と進むからだ。それを示すように見上げた上空では、撃ち損ねた飛竜が急降下をしてきている。先程のように操縦による回避は恐らく不可。ならば頼るところは自身とこの魔女。自分一人で負うべき仕事だったが、自信を以てこの場に来たのなら魔女の行動を止める理由はとくにない。

 ――精々あてにさせてもらうぜ。

 刹那に連続する思考の果て、スレイもまたどのような状況になろうとも対応するべく準備をする。その横では魔女が、およそ人では解せない彼女らのみが意味を知る言葉を紡いでいた。

 つまりそれは詠唱と呼ばれるものだが、

「――Σφαίραφλόγας炎弾 Έκρηξη弾けろ

 最後の一節を唱え終えれば、深緋の粒子が術式の前で集い事象が生まれた。

 凄まじく煌々と輝く炎球のコア。そこを起点に焔が絶えずうねり流動して、肌が焼けるほどの熱波を周囲に振り撒く。機が熟して蒼天へと放たれる。

 夕刻前の明るさの中ですら一帯をひときわ照らす炎弾が、降下する飛竜と相対して直行。

 魔動砲の弾速とほぼ変わらないそれを飛竜は己が翠瞳に映す。躱そうと軌道を変える。

 だが、本能のままに試みたところで時は遅い。

 炎弾は、軌道を変えようと翼を広げた飛竜の腹を捕らえ、核を爆発させた。

 激しい音と閃光、そして金切り声が頭上から降り注ぎ。

「あっ、や、やった! やりました先輩、私の魔法が当たりました!」

 魔女がそれらを確認して、顔見知りがする笑顔を振りまき嬉しそうに騒ぐ。が――。

「言ってる場合じゃねぇだろッ!」反対にスレイは焦りを浮かべて怒鳴りつけた。

「え?」キョトンとする魔女、その顔がかげる。

 ――この馬鹿、さてはわかってねぇなッ?!

 魔女の頭上を見上げるスレイ。墜ちる飛竜。

 そこからの判断は早い。躊躇うことなくスレイは一歩踏み込み、魔女へと飛び込んだ。

「わっ!」

 驚いて身を退く魔女の事情は無視して腰と頭を抱え、その場から跳んで離れる。

 結果、押し倒す形で甲板を転がるが。一秒も待たずして、二人が元いた場所ではどごんッと、未だ消えぬ炎で身を焦がす飛竜が墜ちた。甲板が凹み、衝撃で船体が大きく揺れる。

 しかし、幸いそれだけだ。飛竜一頭の質量を丸々受けたが魔動空船は墜ちず、逆に墜とした飛竜に圧し潰される人間もいないならば僥倖と言える。

 ――ギリギリだったな。

 船体の揺れが収まったところでスレイは顔を上げ、そう状況を確認すれば安堵した。

 それから上体を起こして魔女を見やる。その、上気しては呆気にとられた面。

「まあ、言いたいことは色々あるがそれは後にして……立てるか?」

 ため息一つ吐いてからスレイは手を差し伸べる。

「あ……す、すみません! 私――!」

 何が起きたのかようやく理解したのだろう、言いながら魔女は差し伸べられた手を取るが。

「感謝や謝辞の言葉は今は良い。まだ終わってねぇんだから――よっと!」

 続けて言わんとしたことはスレイが遮って、その手を引っ張り上げた。

 勢いのまま魔女を立ち上がらせると、墜ちた飛竜に指差して言葉の意味を悟らせる。

 先には身を焦がしながらも全身をのたうつ飛竜。そこに魔女の双眸が揺れ、

「え、噓、なんで!? ちゃんと直撃させたのに、まだ生きてる……?」

 絶命までには至らなかった結果に目を丸くした。

 その反応からして、恐らく自信はあったのだろうと窺える。威力もさすが魔女の魔法、相手が相手ならば即死させることもできる程に申し分なかった。ならばなぜ斃すことが出来なかったのか? 勿論それには理由があるが、スレイにそれを魔女に説明してやる時間はない。

「なんでかは今日の仕事全部片付いてから説明してやるよ。だが今じゃねぇのは状況を見て判断できるよな? だから取り敢えず……新人魔女、おまえは後ろに下がって周囲の警戒にあたれ。で、他に飛竜が近付くようならさっきみたいに魔法で撃ち墜とせ。それが無理そうだと思うなら船内に逃げろ、いいな?」

 冷たい態度だと取られるのは覚悟で口早に言い聞かせると、魔女は少しおっかなびっくりしつつも「わ、分かりました」とうんうん頷く。……どうやら物分かりは良い方らしい。

 脅すようで少し可哀想かと罪悪感が生じるが。仕方ない、急を要する事態だ。手取り足取りと暢気に新人研修をやってる場合じゃない。そういったわけで魔女が物分かり良くて助かった。

 長生きするな。とは思考の淵にとどめ、スレイは魔女に背を向ける。

「もしかして一人であの飛竜を……?」

「当然、甲板上のも俺の務めだからな」

 肩を竦めつつ背中越しに応えて、スレイは自身のベルト通し――そこに掛けたカラビナから一つ、翡翠色に輝く板状の部品らしきものを取り出した。それと魔女の言葉には、自分も手伝うといった意味が含まれているだろうがそれは呑めない。あの魔法の威力、万が一外しでもすれば魔動空船を墜としかねないからだ。故にスレイは魔女に周囲の警戒を命じた。

「てことだ、オズウェル。被害状況は甲板の損傷程度、死人は誰もいねえ。俺があの死に損ないを処理次第、機銃組全員甲板に出してくれ。それで今日はもう終いに出来るはずだ」

 それから通信機、ここまでのやり取りを聞いている筈のオズウェルへ一方的に伝えれば、応答を待たずして駆け出す。

〈ヘッ、了解だ。甲板はちと痛手だが、そのツケを飛竜に思い知らせてやれ――スレイッ!〉

 自身の所有船を傷付けられたことに対する怒りが端々に感じられるが。スレイは聞き流して、板状の部品を左腕、機械の義手へと挿し込む。具体的に言えば前腕に当たる部分、そこにある挿入口へ。とすれば義手は、その関節や部品のつなぎ目を翡翠に染める。燐光を放つ。

 ――銃で仕留めてもいいが、二度手間は嫌なんでな。こいつで終わらせてやるよ。

 口に出さず、眼前の死に損ないにスレイは言ってやる。

 しかし、獣というのは手負いであればこそ、その凶暴性をより発揮するもの。魔獣なら尚更。

 飛竜も例外ではなく、近付くスレイの気配を察知すれば、危機と見て鎌首をもたげる。

 次には全身も使って首を伸ばし、飛びつくようにスレイを喰らおうとした。

 肉を切り裂くことのみに特化した無数の牙が迫る。直前、スレイは消える。

 飛竜から見ればそのように見えた。結果、飛竜は霞を喰らう。味も噛み応えもなにもない。

 何処にいった? とばかりに飛竜は首を左右に揺らし惑う――その下、懐で、嗤う男が一人。

「残念だったな。こちとら何年もテメェら魔獣を狩ってきてんだ。どう動いてくるか全部お見通しだっての」

 飛竜の顎が閉じる寸前、甲板を滑り込み臍下さいかまで潜り込んでいたスレイは吐き捨てると、義手を飛竜に押し付ける。すると、義手が放つ燐光がハジけた。それは翡翠の粒子となって周囲へと散り、再び収束しては例の如く術式をかたどる。瞬間、飛竜の四肢が甲板から離れ、身体が宙に舞う。術式が生み出した事象、圧縮された空気の奔流がその巨躯を押し流したのだ。

 飛竜は甲板から投げ出され、2000m下の地上へと墜ちて行く。

 足掻き飛ぼうと翼をうつも無駄、魔女の魔法によって飛膜が焼け溶けていて気流を掴めない。

 空を飛ぶ自由を奪われた飛竜は墜ちながら叫んだ。

 恐らくそれはスレイに対する怨嗟の声。

「翼を失ったただの蜥蜴は地面の方がお似合いだろ」

 船縁から覗き込み、徐々に遠のいてゆくその叫びを耳にしながらスレイは皮肉を言う。

 容赦のない、可哀想などという感情も湧かないといった、魔獣という存在を心底憎む混じりけのない純粋な黒い感情。言外にそう漂わせて……。地に向けて浅く息を吐いた。

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