一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part7

 やがて、飛竜の群が1㎞圏内へと至る頃。

 百ほどいた生き残りも、無数の弾丸と砲撃によりその数は半数以下まで減った。

 いよいよ狩りの時間ももう終わりかと、駆除屋の誰もが少しばかり残念そうに安堵する。

 ……わけもなく。

 寧ろ目と鼻の先。懐まで飛び込まれてなおそれだけの数が生き残っているという事実に誰もが顔に焦りを浮かべ、心に一抹の不安を抱えていた。


「クソッ、なんだよあの飛竜共?! 変な動きしやがって、全然弾が当たりやしねえ!」

「うっさいよルイス! それでもつべこべ言わず、弾を撃ち続けな!! 弾幕切らしたらそれこそ近付かれて終わるよ!!」

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあああ――!! って……弾切れちゃった」


 半数のうち6頭が『アルバルーチェ』の魔動空船へと吶喊してくるなか、ルイスと赤毛姉妹が必死に撃ち墜とさんと迎撃するが……。

 緩急のつけた上昇下降、直進かと思いきや旋回、そういった不規則な軌道を描きつつ飛行する飛竜に惑わされ、イマイチ照準が定まらず遅れて射撃するばかりでてんで弾が当たらない。

 加えて二頭一組の編隊飛行。必ずどちらか一頭が身を挺す形で前面に出るため的は絞られるが、そのため後衛には必然と弾が当たらない。前衛を撃ち墜としたとしてもまた仲間の飛竜と一組となるためなかなか数が減らない。

 他の駆除屋達もルイス達と同じようなことをぼやきながら弾を撃ち続けていた。

「まるで誰かに躾けられたみたいな動きしやがんな」

 そんな彼らと飛竜を見つつスレイが感じたままに言う。

 やはり今年の飛竜共は明らかにおかしいと。もはやそれはスレイだけでなく、この空域にいる駆除屋達の共通意識だが、一歩踏み込んだことを言えば正にその表現通り。

 だが、それは現実的ではないとも理解している。

 魔獣を躾けようなどと、ましてやこれだけの数を一体全体どうやって躾けようと。

 少なくともそれを出来る人間はこの世にはいない。理由もメリットもない、筈。なら――。


「……いや、まさかな」


 そう思った矢先、スレイの頭に過去の……夢の内容が突然頭にチラつくが。

 それもまた現実的じゃないとかぶりを振っては奥底にしまいこんだ。

 さすがにとこのことを結び付けるには無理がありすぎる。

 夢に見たせいか些か神経質になりすぎているなと自分で自分を窘めた。

「うっし!! 一頭墜としてやったぜ!」

 そんな物思いに耽っていれば、ルイスが飛竜を一頭墜としたようで。

「あたいも一頭撃墜!!」

「こちらも着弾、一頭仕留めた」

 ダリアとアロルドも続く。

 これで『アルバルーチェ』に迫る飛竜は残り3頭だが。

「うげっ!? 弾切れだ」

「ルイス、あんたもかい?! あたいも今ので切れちまったよ!?」

 悪い意味で、計らず機銃組の射撃が止む。

 どうやら抱え込んだ弾倉は全て撃ち切ってしまったらしく。補充も間に合ってないようで、自ら取りに行かなければすぐに撃ち直しというわけにもいかない状況。

 一足先に弾切れとなったリッカもまた、自ら補充に向かったようで既に甲板上にはいない。

 ――ここに来て団員不足が響いたか。

 スレイは顔を顰めた。

 弾薬補充は新人が務めているはずだが、さすがに今日のこの状況でそれをひとりに任せっきりなのは無理があったのかもしれない。

「おい、ダリア姐! これってかなりマズイんじゃねぇのか!?」

「ッ……! まさかあの飛竜達、このままあたいら魔動空船アルバルーチェに体当たりするつもりかい!?」

 緊迫とした状況下。まさに弾切れとなる機を見計らっていたかのように、3頭の飛竜が加速してはただ真っ直ぐと、こちらへ猛然と突っ込んでくる様を見て二人が声を上げる。

 ダリアが言うように飛竜は恐らくそのつもりなのだろう。じゃあ、こちらはどうする?

「ルイス! ダリア! 一旦機銃はいい!! 退いて弾の補充を優先してくれ!」

「どっちみちそうするしかないだろうしね、了解だよ!!」

「チッ、覚えとけよ飛竜共! 戻ってきたらオレが全部撃ち墜としてやるからな!!」

 考える必要もなく叫んで伝えれば、言うまでもなく当然故に快諾しては行動してくれる。

 その合間にも、飛竜を墜とすべく砲は轟き、アロルドとトニーの射撃もやまない。

 しかし――当たらない。

 こちらの火器の射線を把握しているのか、吶喊しつつも戯れだとばかりに見事に躱す。

 このままでは激突される。

 そうなればいくら鉄筐てつばこである魔動空船であろうとも、特に中型程度が備える薄い装甲では、飛竜の質量を受けきることはまず出来ない。つまりこちらが墜ちる。

 なんとしてもそれは回避しなければならないが……火器が通用しないのであれば、最早それを出来るのはあの男しかいなかった。

「オズウェル、どうやらあんたの腕が頼みの綱らしいぜ」

 飛竜から視線を逸らさず、繋いだままの通信機に向けてスレイは言った。

〈ハッ、腕も何も、こんなのはちょいと浮力落とせばいい話だろ。それよりもその後だ……そこはテメェの仕事になる。……しくじんなよ?〉

「まあ、やれるだけのことはやるさ」

 アロルドから手渡された戦斧。それを担いでスレイは口許を歪めた。

 通信機の向こうで〈ヘッ〉っとオズウェルが笑う。

〈そんじゃテメェらッ、なんでもいいから何かに掴まってな! ちっとばかし、揺れるぜ?〉

 飛竜が100m付近まで差し迫り、オズウェルがニヤリと叫べば直後、ガクンッと魔動空船は墜ちるように高度を下げる。

「うおおおッ!!」

「ちょ、いきなり言われてもッ?!」

 もとより魔動空船には魔動機による人工重力と空気抵抗安定化システムがある為、水平垂直の移動は勿論、船体を逆さにしても身体が自然と甲板から浮き上がることは決してないが。

 指示から間髪入れずにそうすれば慣れない者……近くのアロルドとトニーが叫ぶ。

 その最中でさえ平然とスレイは立っており、飛竜が下の甲板上を通過するタイミングを見計らっては走り出し――いま、跳ね飛んだ。

 最上甲板の欄干を越え、中空に身体を躍らせる。

 その両の手には戦斧。頭上に柄を掲げ、速度を殺しきれず過ぎ去ろうとする一頭の飛竜、その細首を鋭く冷えた双眸のうちに閉じて、

「まずは一頭」

 慈悲は垂れず、ただ振り下ろした。

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