一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part6

 スレイはしたり顔を作って吐き捨てた。

 勿論、それは嘗めてかかってきた駆除屋に向けて。

 言ってから抱えてたものを降ろすように肩を下げ、上手くいってよかったと心底安堵する。

 しくじれば諸々失うかもしれない状況下、さすがに内心では緊張していたのだ。

 そんなスレイの胸中を知ってか知らずか。

〈よぉおおぉおおおっくやったあぁあああスレぇええイ!! 大成功じゃねぇかあ!〉

 オズウェルが歓喜の咆哮をあげる。

 正直、勝手に背負い込んだ責任を押し付けた当の本人はこの男なので、軽く文句のひとつでも言ってやろうかとスレイは考えていたのだが……。その喜びようにそんな気も失せた。

 ――言ったところでだしな。

 スレイもスレイで押し付けられ慣れているといった具合で諦念し、通話を続ける。

「喜ぶのは良いが、気は抜いてくれんなよオズウェル。まだ終わってねぇんだからよ」

 房拡展開式魔弾レヴァンティンによる、一発半径350mにも及ぶ空間破壊。それをうまいことまぬがれた生き残りを見据えながら、これだけの力量差を見せつけられてなお恐れ知らずに獅子奮迅と突き進んでくる飛竜に愚かとも哀れともつかぬ感情を寄せて言う。

〈んなもんテメェに言われなくても分かってらあ! おい、テメェら聞こえてるだろ!! ここが今日の正念場だ! 今まで遊ばせてた余力全部この一戦に注ぎ込みやがれ!! だからといっておっ死ぬような真似しやがったら分かってるな?! 生きて勝て!! そしたら今日は派手に宴会パーティーだ!! 分かったら返事はいらねぇ! とっととおっぱじめろぉ!!〉

 賭けに勝ち、危機を減らすことに成功したオズウェルのテンションは完全にオーバーフローしており、怒号のようで実際は楽し気な感情が通信越しにも伝わる。

 本当に大丈夫か? そうスレイは綻んで呆れるが。

 もしもの時の自分でもあると、全体の補助的立場にある自身の役割を再確認して口には出さないでおく。

 そうした背後――最上甲板と艦橋を繋ぐ昇降口ハッチが開く音がした。

 誰だ? と、スレイが振り返えれば。

「はぁ~……しんど。さすがに銃器抱えて梯子上がるのはしんどいっすわ~、なんで自動昇降じゃないんですかねぇ」

「トニー、お前はなんかぶつくさいってないとダメな性質たちなのか? 少しは黙って――」

 ごとりごとりと小銃だの対物狙撃銃だのを甲板に上げつつ、トニーとアロルドが現れ出てくる様子。

「よお、随分な荷物をこさえてるみたいだが……いまから戦争でもするつもりか?」

 そんな彼らに向けてスレイは冗談を一つ吐くが。

「スレイさん……それ冗談のつもりなんでしょうけど全く冗談になっていませんよ」

「というか、抱えるだけの弾薬銃器を持って上がって来いって俺っち達に指示したのスレイさんじゃないですか……」

 総ツッコミを受けてしまう。

 実際のところ、人と魔獣といえど互いの生存圏を奪い合うといった意味では戦争となんら変わらない。が、スレイの向けた冗談はそういった意味ではなく。

「いや、そうじゃなくて……なんだその対物狙撃銃は? うちの倉庫にんなもん置いてなんかなかっただろ――仕入れたのか?」

 銃床から銃身先までの全長が子供の背丈はあるだろう、黒光りとしたそれを指してスレイは訊く。というのも、魔動空船の設備投資もままならぬ貧乏駆除屋には現状過ぎた代物だ。

 オズウェルが自ずと仕入れそうな物ではないと勘繰ってのこと。

「あ、こいつですか? こいつは、前々から状況になった時、一方の船端から機銃三基で迎撃するには手が足りないと感じてたんで、少しばかり懐に余裕のあるトニーと俺がのとこから仕入れたんですよ」

 やっぱりか。

「……自費かよ、オズウェルには相談しなかったのか?」

「したに決まってるじゃないですか。でもなにやら渋い顔されちゃったんでね……まあ、でも俺っち達も団長に拾われてから2年は経ちますし。甘えてばかりもいられないといいますか、単純に専用の銃器が欲しかったといいますか、ともあれスレイさんが考えてるような不満は一切感じてないんで安心していいですよ」

 スレイの問いと湧いた心配の両方に応えながら、言葉通り朗らかとした顔をして甲板上に対物狙撃銃を設置するトニ―はどこか頼もしい。

 その姿にスレイは、人ってのは2年でここまで逞しく劣悪な環境に順応してしまうものなのかと他人事のように慮り、なんとも泣かせる話だとオズウェルに呆れた。

 ――あとでトニーとアロルドが負担した金額を払うようにオズウェルに言っとくか。

 どうせ駆けの勝ち分で大黒字だろうしなと胸中で嘆息する。と――。

「あ、そうだ! そんなことよりスレイさん、これをどうぞ」

 唐突にアロルドに呼びかけられ、銃器と一緒に甲板へと上げられた弾薬に混じってそこにあった物騒な武器を手渡される。

 ずしりと、片手で持つには重量がありすぎるそれは戦斧だが……。

「これを渡された俺はどうしろと?」

 説明を求めて苦笑する。

「ああいや、本当は小銃があればそれを持ってきたんですが……。なにぶん数が足りなくてですね。それでも何も無いよりかはマシかと思いまして」

「代わりとなるもの持ってきてくれたわけか」

「そういうことです」

 そう言って真面目なアロルドが少しばかり申し訳なさそうに笑う。

 小銃の数が足りない理由はなんとなくわかる。大方、まだ姿を見てないもうひとりの新人に渡っているのだろう。新人魔女には無用な物だろうしな。と、スレイは察した。

「にしてもこれは……いつの時代の人間だよって感じだな。これで飛んでる飛竜を狩るのはさすがに無茶だろ」

 魔動機が生まれる以前は活躍していたであろうそれを両手で携え、客観的にも似つかわしくない姿を自身で想像して笑ってしまう。同時に、これが似合うのはオズウェルぐらいだろうとも思い、噴き出しそうになるのを堪えた。

「そう言ってぇ、実際にやっちまうのがスレイさんじゃないですか。出来るのに出来ないっていう謙遜は、本当に出来ない人間に対する嫌味にしかならないっすよ――って、お二人さん。そろそろお喋りはそこまでにしましょう。奴さん達がもうすぐ射程圏内に入りますよ」

 トニーらしい、なかなかチクリと来る言葉だが。

 特に言い返す言葉が見つからないどころかその暇もなく事態は進んでおり、緩んでいた気を引き締めてスレイは飛竜へと双眸を向ける。

 2㎞圏内。魔動空船に備える全ての兵装の有効射程へと至った生き残り。

〈撃て撃て撃て撃てぇええ!! 機銃も砲撃もありったけの弾を奴らにブチかませぇ!!〉

 対してオズウェルの号令と共に3門の魔動砲が連爆に次ぐ連爆。

 ルイス、ダリア、リッカと並んだ機銃3基も同様に、逃げ道をなくすように連射。

 他の駆除屋達が駆る魔動空船も一様――先程の左右8隻のみならず、後方に退いていた連中もこぞって前線と進み。もはや隊列なぞ関係もなく上下左右バラバラに一面と並んで斉射。

『アルカノア・アダマス』に比べたら羽虫程度の魔動空船も数が揃えば、火力はソレを優に超える巨大要塞へと成り変わり、一頭また一頭と飛竜を穿いて地に墜とす。

「はぁ~えげつないっすねぇ。手が足りないとは言ったものの、これは俺っち達あまり必要ないんじゃないですか?」

 対物狙撃銃を伏射姿勢で構えつつトニーが感嘆する。が、どうだろうか?

「いや、たぶん何頭かはここまで辿り着くな」

 集中砲火と弾幕射撃、その只中を縫うようにして飛竜の群は吶喊とっかんしてくる。

 前衛は撃ち墜とされる覚悟で。後衛はそんな仲間を弾避けとして此処へと行き着く覚悟で。

 そう思わせる様子があの飛竜共にはある。油断はできないとスレイは思った。

「ですね。それに――トニー、俺達は必要あるなし関係なく、始めっから対物狙撃銃こいつを慣らすつもりだったろ? 構わず練習で撃てばいい。なにも無駄にはならないはずだ」

「ま、それもそうですか……ねっ――!!」

 言い捨てながらトニーが、既にその重いボルトハンドルを引いては装弾した対物狙撃銃の引鉄を引き、爆発にも似た火薬の炸裂音を轟かせる。共に音速を越える銃弾の悲鳴が響くが、獲物に着弾インパクトすることなく彼方へ消え失せた。

「あちゃあ……やっぱりこいつで動き回る対象を撃ち抜くのは厳しいですねぇ」

 そう言いつつも言葉ほど残念ではないといった具合で再び装弾。

 隣ではアロルドが発砲。炸裂。

 堂に入りつつある彼らの動き。指示をしなくとも己で考え行動できる思考の余裕を見せつけられたスレイは、面倒を見てきたと言えば差し出がましいが、その成長に感慨深く安心するようにふっと笑い。

 俺も負けてられないなと、左太腿の拳銃嚢ホルスターから大型回転式拳銃リボルバー――S&Kと銘打たれたそれを取り出す。

 ――もしもの時に、な。

 それは必ずやってくる。そう確信して、魔法刻印の特殊弾をごつい回転倉に一発ずつ込めてはふっと笑みを消した。


 誰も死なせはしないと覚悟を以て。


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