一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part5



〈クソッ、いつから飛竜共はそんな浅知恵つけやがった!!〉

 予想だにしない事態にオズウェルが吼える。

 無理もない。未だかつて飛竜がこの様な、人ならばすぐに考え付くであろう行動に打って出たことはないのだから。いつも変わらず、飽きもしないで馬鹿みたいに群れを成して北東からやって来るだけで、知恵らしい知恵を見せたことは一度もない。

 故に後ろからなどと思い至らなかった。油断した。

 スレイやオズウェルだけじゃない。いま、この空域にいる他の駆除屋達は全員、まだ気付いてすらいない筈。

 そして圧倒的火力を備える魔動空船の殆どは最前線にいるこの状況。

 ――かなりマズイな。

 冷静に分析すると心の内で呟き、スレイは動いた。

〈おいスレイ、わかってるな!? 俺は他の駆除屋連中に連絡を回す! うちの連中はテメェに任せたからな!!〉

「ああ、なにもかも了解だ!!」

 吐き捨てながら、最上甲板にある信号拳銃を手に取り撃鉄を起こす。のちにトリガー。

 天に向けて撃ち出された発煙弾が、約二秒半後にやたらと目立つ赤色の煙を吐き出す。

 続けて再装填して今度は後ろ。奇襲などという小賢しい真似をする飛竜に向けて、斜め上方へと撃ち出した。当然、その二発目はまさか飛竜を撃ち墜とすためのものではない。一発目の発煙弾に気付いた他の駆除屋達に「後ろを見ろ」という意味での合図だ。オズウェルの連絡が全員に回りきるよりも、飛竜がこちらに辿り着く方が早いとみてのファインプレー。

 ――これで気付いた連中も各々判断して動き出すだろ。

 オズウェルの手間が省けると、スレイはそのまま砲手組リーダーのディエゴに通信を繋ぐ。

「ディエゴ、聞こえるか?」

〈スレイか、どうした?〉

「緊急事態だ。後ろから飛竜が四百ほど迫ってきてる。大至急、房拡展開式魔弾レヴァンティンの準備をしてくれ」

〈了解。砲門はどっちを使用する?〉

 訊かれてスレイは船首を見やり、右へと回り込むのを確認して。

「右舷側だ。3門全てに装填してくれ――あと、発射の号令も俺が執る。準備が出来たら連絡を頼む、いいか?」

〈了解。……今日の分け前は少なくなりそうだな〉

「命落とすよりかはマシだろ」

 真剣な面差しの頬を弛めてニヤリと笑う。

 滞りのない的確なやりとりと最後に見せるその余裕は、互いに駆除屋の歴が長いからこそ。

 スレイはそうしてディエゴに用件を伝え終えると今度は、まだ誰一人として甲板に戻ってこない機銃組のうち、赤毛姉妹のダリアへと繋いだ。

「ダリア、今あんたら機銃組はどこにいる?」

〈ん? ああスレイ、あんたかい。いまはあたい含め機銃組は全員弾薬庫さ。……上でなにかあったのかい?〉

「なにかあったも何も大ありだ。飛竜共が――」

 スレイはディエゴに伝えた内容をそのままダリアにも伝え。それから抱えるだけの弾薬ともしもの時の護身用として自動小銃、あとは自身の判断で必要な物を持ってから至急甲板に上がって来てくれと頼んだ。ダリアもまた差し迫った事態の深刻さに驚きつつも、機銃組の中でも一番の年長者らしく姐御らしく〈面白いじゃないの。全部あたいらの機銃で叩き墜としてやるとするかね〉と余裕を見せてくれる。

「さすが姐さんだ。あとは任せるぜ?」

〈了解、任されたよ!〉

 ……さてと。

 一度ひと息つき、最後はパメラ達かと連絡入れようとしたところで――。

〈スレイ、今いいか!〉

 オズウェルからの再度通信。

「いいが、パメラ達にはまだ連絡入れてねぇぞ?」

〈大丈夫だ。テメェが気遣ってくれたおかげで連絡が思いのほか早く済んだんでな、そっちには俺から連絡入れてやった。まったく助かったぜ!〉

「そいつはよかった――で、用件は?」

〈おっとそうだった。ディエゴ達にはもう房拡展開式魔弾レヴァンティンの準備の指示は出しただろ?〉

「当然。発射の指示も一応俺がやる予定だが……」

〈よし、それでいい! でだ、他の駆除屋共にも房拡展開式魔弾レヴァンティンを使用するようその気にさせてやったって話だ〉

 オズウェルのその言葉にスレイは「へぇ」と、正直にわかには信じがたいと驚いてみせた。

 というのも、駆除屋というのは慈善事業ボランティアではないからだ。弾薬や燃料、移動費から維持費まで全て手前持ちで、政府から支払われる報酬はその部分を全額負担するものではない。あくまでも極最低限の補填のみだ。だから実際懐に入る報酬は一仕事おきに掛かったその部分を差っ引いてのものだと考えた方が良く。その補填金を越えて、実入りを減らしてまで仕事をしたいと思う馬鹿は少ない。ましてやそこを0にしてまで魔獣を狩る英雄気取りはなおさら……。金勘定が出来ての駆除屋、その上で国民を魔獣から守ってるに過ぎないのだ。

 その点、度々会話に挙がる房拡展開式魔弾レヴァンティンはその補填金を一瞬で食い潰す代物。

 金に固執して当然のこの界隈で不利益を被ってまで進み出る駆除屋など……。

 しかし、そう思いながらも周囲を見回せば。『アルバルーチェ』の魔動空船を中心に、いつの間にやら他の駆除屋の魔動空船が左右へ4隻ずつ、砲門を飛竜に向け平行に並んでいるところを見て。

 意図せずとは言え、戦域最前線と為り変わった此処に進んで出てくるあたり、どうやら本気だとスレイは納得した。

 まあ、この場合は誰かの為ではなく自身の命を優先してのことだろうが。

 それでも他所に任せて進み出てこない連中よりかは幾分マシな方かと、スレイは思いオズウェルの通信に耳を傾ける。

〈ただ、その発射のタイミングは俺達に任せたいとよ〉

 なるほど。前言撤回だと、スレイは苦笑した。

「ようは責任押し付けにきてるだけじゃねぇか。あんたもそれ引き受けたのか?」

〈ったりめぇよ。その代わりはたっぷり頂くがな〉

 なにやら聞きたくはない言葉が出てきた。それで、「その気にさせた」という言葉の真意をようやく理解する。理解したから諦めて、この際もう深くは追求せず受け入れる。

「……しくじれば?」

〈今日の俺達の取り分は無くなるどころか大赤字だ〉

 額に手を当て、スレイはこれでもかというほどたっぷりとため息を吐いた。

 とどのつまり、どいつもこいつもテメェで腰を上げやしないからオズウェルが金で釣ったわけだ。房拡展開式魔弾レヴァンティンという、探知機レーダーもない旧式兵装の魔動空船じゃあ扱い辛い金喰い兵器を使わせるために。この状況で賭けに勤しんだわけだ。そして乗ってくるって事は、どうせ失敗するだろうと俺達『アルバルーチェ』は嘗められているんだろう。

 ほくそ笑んでる阿保共の顔が目に浮かぶ。

「おもしれえ……やってやろうじゃねぇか」

 だがスレイもまた馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、売った売られた喧嘩は乗るほどに血の気が多くそして若い。まして『アルバルーチェ』の沽券に関わるとなれば、だ。

 オズウェルが〈その言葉が聞きたかったぜ、相棒〉と笑う。

〈半分以上堕とせば俺達の勝ちだ。だからスレイ、あとは頼んだ〉

「あいよ、頼まれた」

 命と金と国民の安全と駆除屋の看板をずしりと両肩に乗せ、さも余裕をもって引き受けた。

 そこに丁度――。

〈横からすみません団長〉

 オズウェルとの通信を介してディエゴからの通信。ということは。

「準備できたか」

〈ああ、もういつでも撃てる〉

 それを聞いてスレイは、さあ始めるかと右舷側前方の飛竜へと双眼鏡を向ける。

「現在獲物ターゲットはここから約10㎞地点で優雅に飛行中。進行方向は言わずもがな。風向は獲物を0度基準で270度から、だがほぼ影響はないとみる」

 情報を伝えるため、敢えて声に出して言う。それはディエゴにだけじゃなく、オズウェルの通信を介して聞こえているだろう他の駆除屋にも伝えるためだ。

 しかしだからといって射角等の細かい指示は不要。下らない賭けが入っているとはいえ、わざと外すような馬鹿はいない、筈。各々で各自調整してくれてるとスレイは信じる。

 そもそも房拡展開式魔弾レヴァンティンは一度射出すれば、砲の性能に関係なく発射地点から秒速960mで飛び5㎞へと達した時点で拡散、広範囲に効果を示す代物。重要なのは発射のタイミングだけなのだ。……だがそこが難しい。

 9、8、7㎞と、迫りくる飛竜を双眼鏡の補助のみでスレイは距離を測る。

 そして6㎞地点――弾速と飛竜の飛行速度を念頭に、などと小難しいことをスレイは考えない。慣れないことはしない。己の培った経験と勘、そして阿保だの馬鹿だのというが同じ駆除屋の仲間だと信じて頼り――。


「――撃て」


 いま、その号令を静かに言い放った。

 同時に切れ間なくして爆轟。

 並んだ9隻の魔動空船から生え出る合わせて27門の砲が斉射、雷鳴轟かせる。

 空気を震わすその衝撃波は船体自体を真横に後退させ、伝って団員全員をよろつかせた。

 その合間にも房拡展開式魔弾レヴァンティンは空を穿ち続けて5秒と少し――。

 四百余りの飛竜の群れ。その鼻先で爆裂、拡散、華々しさすらも感じる幾つもの幾何学模様が展開して蒼空を飾る。その様は実を集いて垂れ下げる果物の房のよう。それが27房。

 飛竜はその輝ける房へと自ずから包まれる。

 瞬間、幾何学模様ひとつひとつから放射される無数の光線。そこに死角も逃げ場もなく、房内に入った飛竜は光線によって千々肉片と化して地へと墜ちる。

 やがて効力を失い消える幾何学模様。遠く漂う文字通りの血煙を確認して――。

「獲物に着弾、7割撃墜、残るは百ちょい。あとは各自勝手に行動しやがれ、クソ野郎ども」

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