一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part4
レンズ越しに見る澄みきった蒼空。
そこにまばらと浮かぶ魔動空船をひとつひとつスレイは確認していく。
しかしやはりと言うべきか、交戦の多い前方はともかく左右周辺はその様子もなく飛竜も見かけない。『アルバルーチェ』と同じくやることを終えてしまい、皆一様と暇そうにただ中空を漂うばかり。
だが正直、駆除屋としては別にそれであまり問題はない。誰も怪我人なく死人なく、魔獣駆除という仕事が終えれるのであればそれは幸いだ。一仕事終えてすぐに駆り出されたものの、仕事がなく暇だと垂れるスレイも何かあってまで仕事が欲しいわけではない。しかもこの政府要請のもと毎年行われる飛竜狩りで言えば、討伐数に関係なく支払われる報酬は一定な為、寧ろ仕事がない方が得ではある。勿論、圧倒的に交戦の多い前線と少ないそれ以外とでの報酬の差はあるが。『アルバルーチェ』に関して言えば、後方に位置していようとも参加するだけで十分な利益が出る上、ひとりひとり分配される報酬も多額になる。
ただ問題があるとするなら、この状況が来年も続けば。
――政府からのお呼びもそれっきりになるかもしれねぇな。
ということだ。
人員過多で仕事しない連中に無駄金をバラ撒くほどロスティア政府の財政は緩くはない。
特に昨今はお隣の国――ガランディウ聖教国との交戦区域での小競合いが多く。近いうちに大きな戦争に発展するのではないかと連日新聞や報道がなされ、政府もまた軍事費を増大させてることから真実味を帯びている。
よって軍事費と同じく国民の税――場合によっては直接の懐――から賄われる駆除屋達への報酬は、政府とて実のところあまり出したくないのが本音だ。
「なんで魔獣がそこらじゅうに蔓延ってんのに、わざわざ人同士で争ってんだよ」
双眼鏡を下げ、誰に聞かせるわけでもなくスレイは独り言ちた。
戦争になれば魔獣駆除どころじゃなくなる。駆除屋も国民も戦争に駆り出されるのは必定、それがこの国の法律だ。だがその戦争の間にも魔獣は必ず人やその住処を襲うだろう。そうなった場合、じゃあ一体だれがそれを守るのか?
スレイの発言はそこを案じてのことである。
けれど今はどうでもいいことだ。そんなことはその時になってから考えればいいことで、今は飛竜狩りに専念するべきだともスレイは思っているが。肝心の飛竜が来ないのだ。だからこんな余計なことを考えるんだろうとため息を吐く。
〈えぇ? なんだスレイ、なんか問題でもあったのか?〉
ぼそりと言ったスレイの声を拾い上げ、まだ僅かに怒りが見えるオズウェルが訊いてくる。
「いや、問題がなさ過ぎて問題だなって言っただけだよ。周辺状況は変わらないし、忙しいのは規模のデカい前線組だけだ」
〈ヘッ、だからといって観測を怠るんじゃねぇぞ? 気抜いて呆けてたら、いつのまにか飛竜が現れてテメェ自身も仲間も喰われてましたって事になったらテメェの墓にションベンかけてやるからな〉
出たよその言葉。と、スレイは呆れる。
過去に、もう何度言われたか分からない墓ションはオズウェルの口癖。墓を作ってくれるだけマシだなと思うし、そうは言うが実際には当然やらない。ただその言葉が出るときは真面目な時で、なにより下らないことで仲間を失うことを嫌うオズウェルだからこその言葉だとスレイはよく知っている。だから――。
「わかってるよ。さっきのははしゃぎ過ぎたし、俺が悪かった。今からは真面目にやる……4年前の悲劇は繰り返させねぇって」
過去の凄惨な出来事、それを思い浮かべて
〈……ならいいが〉
オズウェルも沈むようにひとつ言葉を区切って。
〈俺がテメェを観測役なんて暇な役割に回してる理由もわかってくれよ〉
ぼそりと言う。
それは信頼の証。
暇な役割だと言えど観測役は――こと、装備や機器が古い『アルバルーチェ』の魔動空船は目測でしか獲物の数や位置を特定できないため、屋根のない甲板上でそれを行うのはかなり危険が伴う。その上、スレイのいる最上甲板には赤毛姉妹のいる甲板と違って機銃等の兵装もない。いざ飛竜に接近されたとなれば、己が持つ武器で応戦するか早々に船内に逃げ込むしかないのだ。そして、今日この魔動空船に乗る団員の中でまともに飛竜とサシでやり合えるのはスレイ、又はパメラぐらいだろう。そのパメラもスレイと同じく、危険の伴う最下甲板で観測役を務めている。
つまり、誰にでも務められる役割ではないということ。
ただ、機銃ぐらい最上甲板にも設置しろよとスレイは常日頃オズウェルに伝えているが。大手駆除屋に比べてギリギリでやっていけてる『アルバルーチェ』の懐事情は厳しいようで、要望はなかなか叶えられることはない。
「……ああ、それもわかってるよ」
言ってスレイは前方に視線をやる。
最前線組の多数の魔動空船。それが備える『アルバルーチェ』とは比べ物にならない圧倒的な火力の兵装が、次々と飛竜を墜としていく。その光景を見て。
あと一時間もすれば決着が付くかと、つまらなさそうに鼻から息を抜く。
だとすれば今年は随分と早く飛竜狩りが終わるなとも頭によぎり。
「……なぁ、オズウェル」
〈あん、どうした?〉
「思い違いかもしれねぇが……もしかして今年の飛竜の数、いつもより少なくないか?」
そんな気がして。いや、本心は明らかに減ってると確信して訊ねた。
去年まではこの倍はいたと。……どうにも違和感に感じると。
〈少ねぇって……まあ、確かにそう言われたらそんな気もするが〉
言われてオズウェルも気付いたようで、うーんと喉を唸らせるが。
〈だとしても、毎年毎年なん百頭と狩ってんだ。減るのは当然だろ?〉
何に対して疑問を感じているんだテメェはと、スレイのように違和感に思うことなく彼にしてはまともなことを言う。
でもだからこそ。
「だから変なんじゃねぇか」
ため息を吐きつつ髪を掻いた。
「よく考えてみろよオズウェル。その毎年毎年、もう何年も前からずっと飛竜を狩り続けてきてだ。それでも去年まで数を減らすことなく飛竜は大群で押し寄せてきたのに、どうして今年から急に減るんだ? どう考えてもおかしいだろ」
スレイの言うこともまたごもっともである。
飛竜狩りの歴史はおよそ百年以上前――魔動機が生み出されてから続く謂わば習わしのようなもの。毎年、飛竜はこの時期になると必ず繁殖する為に必要な
その頃より飛竜を狩り続けてきて。なお個体数を減らすことなく飛竜もまた大群でやってきて。なのに何故、今年は半分程しかいないのか?
スレイはここに違和感を感じて仕方ないのだ。
〈――で、だから何だってんだ? テメェがやたらとそこに引っかかってるのはわかったが、結論が見えねぇんだよ結論が。とっとと答えろ〉
答えを勿体ぶるスレイに、せっかちなオズウェルが苛立たしげに急かしてくる。
とはいえ、スレイもその答えを持ち合わせてるわけじゃない。
ただ違和感に感じただけで……。と、ここでひとつ又もよぎる。
「オズウェル、もしあんたが飛竜だとして。この空域に展開する魔動空船を1隻でも多く墜とそうとするならどう行動する?」
思考を巡らせながら問う。
〈はあ? 今度はなんだ、人を魔獣呼ばわりかテメェ……。でもまあ、仮にそうだとするならそりゃあ――〉
そこまで言いかけて、オズウェルの言葉が止まる。その一瞬の間。
スレイは。恐らくはオズウェルも。魔動空船が皆一様と、現在飛竜がいる正面へと向いてることに気付き。
「後ろか!!」
〈ケツか!!〉
ほぼ同時に声を上げ、振り返った。
約30㎞先、遠く霞む蒼の世界。
そこに異質に映える無数の黒々。
その斑点ひとつひとつが降り注ぐ陽光を一身に受けて煌々と輝く様。
――ぱっと見、四百はいるか。
咄嗟に覗き込んでいた双眼鏡。それを下げ、ハッとスレイは嗤う。
「遅れた団体さんが、今さらおいでなすったってか?」
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