一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part3

「こっちも相変わらずと」

 仕事中だろうと休日だろうと、いつも突然始まる三馬鹿の喧嘩。そのやかましさは飛竜の奇声に負けず劣らずで。最後にはオズウェルが窘めるのもいつものオチ。この蒼空と同じく見慣れた光景にスレイは失笑してしまう。

 ――にしても。

「仕事のある連中は楽しそうでいいな。俺もこんなずっと空を眺める仕事じゃなくて役に立つようなことがしたいもんだ。暇で暇でしょうがねぇ」

 手に持った双眼鏡を覗き込み。機銃と砲撃はやまぬが異常のない周辺状況を確認して、単一に繋いだ通信先の誰かに聞かせるように文句を垂れる。すると、早速反応が返ってきた。

〈聞こえてるぞぉ、スレイ〉

 他者を威圧し脅す声。それが地声のオズウェルからの応答。

「聞かす為にわざわざ口に出して言ったからな」

〈ハッ、減らず口言いやがって。テメェも相変わらずだな〉

 動じないスレイと聞き慣れたとばかりにオズウェル。それでもどこか懐かしむ言い方。

「ああ、俺も30陽ぶりにあんたと団員達の変わらないやり取りを見て同じこと思ってたよ」

 同じくスレイも。その言葉にオズウェルは「へ、そうか」と言葉尻柔らかく応え。

〈まあたった30陽じゃあ早々人は変わらねぇわな。それと言い忘れてたが遠征ご苦労だったなぁ、『ヌーヴォ』じゃあ随分とご活躍だったみたいじゃねぇか。テメェの噂話がこっちまで届いてたぜ?〉

「へぇ、それはどんな噂話だよ」

〈機械の義手を持つ若造がたったひとりで迫りくる魔獣を百ほど屠ったらしいだの、それが俺達『アルバルーチェ』の団員らしいだのってな。おかげであのケチくせぇ政府から追加報酬貰えるわ、なにより『アルバルーチェ』の名がまた世間に上がって俺も鼻が高いってもんよ〉

「なるほど、それは俺も頑張った甲斐があるな。ただ――その噂話はだいぶ誇張されてんぞ。別に俺ひとりが活躍したわけでもないし、それこそ同じく招集された他の駆除屋連中も腕が立つ奴ばかりだった。数は、いちいち数えてねぇから分かんねぇけど、少なくとも俺ひとりでその数は斃してねぇな」

〈謙遜すんな。つうか、んなことどうでもいいんだよ。重要なのは金が多く貰えたことと名声を手に入れたことなんだからよ〉

「その実利的な考え方、あんたらしくて嫌いじゃねぇよ」

 と、要するに。実のところスレイはここ30陽、ロスティア共和国南沿岸部に位置するフィアーノ州――そこに今、新たに土地を開き新興工業都市として現在開発中の『ヌーヴォ』という街に、政府の要請を受け、遠征として魔獣狩りへつい昨日まで出向いていた。そして帰ってきたのが今朝方で、殆ど何の説明もなく、状況も分からぬままオズウェルに魔動空船に詰め込まれ現在に至る。

 いない間に新しく加わったという新人についてもその際に聞かされ、まだ顔合わせすることなく挨拶も碌にしてない状況である。

 スレイはそこについても訊ねたいようで。

「そんなことより、あんたが言ってた新人のお二方……そいつらは何処にいるんだ? 全然、顔を見ねぇんだが?」

〈ん? ああ、ひとりは多分いま弾薬庫だな。機銃組と砲手組の補充に走らせてるからそのうちそっからでも見るんじゃねぇか? もうひとりはテメェのとこからでも見えると思うぜ。ダリア達のいる甲板、その真ん中に目凝らしてみろ〉

「真ん中?」

 言われてスレイはんなとこにそれらしい新人なんかいたか? と疑い半分に視線を向ける。

 すると確かに、よくよく凝らして見ればそこにいた。

 どうやらその新人は、オズウェルの指示なのか周囲の空域を警戒しているようで。

 キョロキョロと、ここからでも分かる生白い端整な小顔とブルーの双眸、それとひときわ目を惹く浮世離れした透き通る亜麻色の髪を忙しなく揺らしている。

 手に持つ獲物もこの現代ではお目にしない。御伽噺に出てくるような、先っちょに宝石が嵌め込まれた節くれのケイン。この時点でスレイはその新人がどういった人物なのかあらかた予想はついていたが……。最後に、特に関係もなく自然と二つの膨らみに目が向いて。

「魔女か」

 至極、真面目な顔で呟く。

〈テメェ、いまどこ見てそう言った?〉

 すかさずオズウェル。

「どこ見たって……杖見れば誰だってそう思うだろ。つうか、あんたからじゃあ俺がどこ見てようが分かんねぇだろ。適当ぬかすな」

〈それはそうだが、そんな反応する辺り答え言ってるもんだぜスレイ? このスケベ野郎が〉

 見透かされ、通信先でニヤつくオズウェルの顔を思い浮かべてスレイはチッと舌打ちする。

「――にしても新人に魔女だなんて、えらく強力なのが入ったな。いったい何処からかどわかしてきたんだよ?」

〈テメェ、それじゃあ騙して攫ってきたみたいな言い方じゃねぇか〉

「違うのか? あの魔女、どこか世間知らずで真面目そうだし、あんたのことだからそうだと思ったんだけどな」

 如何にも場慣れしてない。ちょこちょこ動き回る新人の魔女を眺めつつ、お返しとばかりにスレイは皮肉る。と、その魔女と目が合って。何故だか会釈される。

 挨拶だろうか? 律儀な魔女だ。そう思ってスレイも軽く手を上げ、愛想良く微笑み返した。

 それから意識を喋り続けるオズウェルとの通信に戻す。

〈違ぇよ、人を何だと思ってやがるこの野郎。……あの魔女の嬢ちゃんはな。ライセンス取得した後、自分からうちに入れないか組合に掛け合ったんだとよ。でだ、組合から俺んとこに連絡が来たってわけだ〉

「それはまた、なんでうちに。魔女だったらこんなしょぼくれた中堅駆除屋じゃなくて、他にもっと報酬も待遇もいい大手駆除屋に入れるだろ。例えば、あの最前線で戦う『アルカノア・アダマス』とかな」

 スレイの言葉が指す遠く前方――そこに浮かぶ他と比べて異様に巨大な1隻の魔動空船は、駆除屋『アルカノア・アダマス』の物。1隻で1500人以上の乗組員を抱えるそれは、さすがロスティア共和国内最大の駆除屋というべきか。あれと比べたら『アルバルーチェ』の所有船は羽虫にしか思えない。

〈テメェに言われると腹立つが、まあ俺も同じことを嬢ちゃんに言ってやったよ。……でもどうやら込み入った事情があるらしくってな〉

「込み入った事情? どんな」

〈バカ野郎、魔女といえど若い娘のそういうことを訊くほど野暮な男じゃねぇぞ俺は!〉

 それを聞いてスレイは嘆息を一つ。……てことはだ。

「じゃあ結局、ワケありだと分かってて訊かずにうちに入れたってことか」

 言ってやると、〈まあ、そういうことだ!〉と笑い声。

〈そもそもテメェ、魔女だぞ魔女! 人にも魔動機ですらも扱えねぇ魔法の数々をぶっ放せれる稀有な存在。そいつがうちに入りたいって言うんだ、断る理由がねぇだろ?〉

 つまりオズウェル、『アルバルーチェ』団長のこの男はそういう人間である。

 基本、細かいことは気にしない豪傑にして豪快で、しかし実利的。にも拘わらず、誰彼と得体のしれない事情持ちでも断らずに自身の駆除屋に入れてしまう情け深い人間。

『アルバルーチェ』の団員の殆どがその情け深さで入ってきた連中だ。当然、スレイ自身も。

 そんなだから魔女という世間に存在は知られているが未だ謎の多い。けれど魔動機を初め、魔法刻印の施された弾丸や魔動砲、加えて人々の生活を支える魔動機を用いた便利機器の開発に携わる、今やいなくてはならない存在。されど。そんな者をほいほい入れてしまうのだろう。

 いつかその情け深さで痛い目を見るんじゃないかとスレイは思うが、それは口にしない。

「まぁ別に、団長はあんただ。あんたが良ければ一団員である俺がとやかく言うことじゃねぇしな。でもいいのかよ? 若い魔女が入ってきたとなるとあんたの嫁さんが嫉妬するんじゃないのか?」

〈嫁って……バ、バカ野郎テメェ! あいつはそんなじゃねぇって言ってんだろうが!!〉

 バリバリと上がる素っ頓狂な怒号にスレイは「あんた、ほんとこれ弱いな」と笑う。

 ――とすれば早速、噂をすればなんとやら。

〈スレイ、あまり主様ぬしさまを虐めるのはやめて頂けませんか。それにですが、私は自身よりも若い魔女に嫉妬するほど狭量な魔女ではありません。主様に対する愛も浅くはないです〉

 大方、スレイと同じく勝手に通信を繋いで盗み聞きしていたであろう話題に上げた人物が、聞くだけでこちらが熱を帯びる甘い言葉を冷えた感情の声音で通信越しに唱える。

「……まず、ごちそうさんって言わさせてくれ。そんで、あんたの愛する旦那さんを虐めてすまなかったな」

〈いえ、理解して頂けたのであればそれでよいのです。それとスレイ――よくぞ無事、帰ってきてくれましたね。あなたの声が聞けて私はとても安心してます〉

 パメラの、まるで我が子を案じていたかのようなその言葉。

「おいおい、やめてくれよこっ恥ずかしい……俺はあんたら夫婦の子になった覚えはねぇぞ?」

 スレイは苦笑して返すが、

〈あなたに覚えはなくても、私はそうだと思ってます。あなただけではなく『アルバルーチェ』の団員は全て私と主様の子も同然、いつもそう申してますよね?〉

 他の団員達と同様、いつも通りのパメラ――パメラ・ジーヴルのその頑なさに呆れてしまう。

 そして彼女もまた魔女であり、恐らくはオズウェルと共に駆除屋『アルバルーチェ』を立ち上げたその一人。その理由と、六年前ここに来た時からオズウェルを主様と慕うその変わらない姿に、だからスレイは二人を夫婦と呼ぶ。オズウェルは違うと否定するが。しかし実際満更でもないことは、スレイを含め団員の間では周知の事実だ。

「だってよ。となると20人ぐらいあんたは子を持ってることになるんだが、是非その感想を聞かせてほしいね」

〈だれがお父さんだ気色悪ぃ! テメェらが子だなんて御免だっての!! ……だがまあ、大切な仲間って意味なら間違ってねぇわな〉

〈主様、それはもう子でよいのでは〉

〈よくねぇよ! って、いやパメラ、お前とはだなぁその……いつかちゃんと……〉

 何故だか唐突に、桃色雰囲気が通信機から溢れ出す。が、それを遮るように。

〈団長、なに仕事中に嫁さんとイチャついてるんすか~?〉

〈さっき、俺っち達には仕事中に遊ぶなと叱っておいてそれはないんじゃないですかね~?〉

〈すみません団長、全部通信から駄々漏れです〉

 三馬鹿からの通信が入る。

 まさか聴かれてるとは思ってなかったんだろう。オズウェルの激しく咳き込む音が聞こえてきて、この一連の流れはまさに思惑通りとスレイは腹を抱えてくつくつ笑った。

〈スレイ、テメェ嵌めやがったな! クソッ、三馬鹿の野郎共も……今日の仕事が終わったら許さねぇからな! つうか、無駄話が多いんだよ! 仕事しろ仕事!!〉

「しょうがねぇだろ、仕事しようにも飛竜共が来ねぇんだから」

〈それでもやるんだよ!! まずテメェ、スレイは今から異常がなくても周辺状況を逐一俺に報告しろ! そんで三馬鹿含め機銃組は今のうちに空薬莢の廃棄と弾薬の補充をしろ! 砲手組は……ディエゴの指示に従って何でもいいから仕事しやがれ! 次にパメラのとこの最下甲板組はスレイと同じく下方周辺の状況を報告してくれ! 分かったか!!〉

 スレイの余計な一言が原因で、オズウェルの本気の怒号が他の団員にも飛び火する。

 すると鶴の一声を聴いた団員達(スレイとパメラを除いて)は一斉に了解と声高く上げた。

 スレイが下の甲板を覗くと、そこには蜘蛛の子みたいに慌てる機銃組の様子があり。

「これは後で皆にも怒られそうだな、悪い」

 一言そう呟くと、自身もまた指示の通り双眼鏡を覗き込んでは、何事もなかったかのように再び周辺状況の確認を始めた。

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