一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part2



 ――といってもだ。

 普段、地上での魔獣駆除を主とするスレイにとって、今日この空上でのやれる事は少ない。

 なのでオズウェルから最上甲板からの観測――今回の駆除対象である飛竜の動向と、周囲の同業者達が駆る魔動空船。それが備える機銃や魔動砲の射程が干渉し合わないようその距離を伝える役目を仰せ付かった次第なのだが。

「ふぁああ……あっと、暇だ」

 これが、どうやら今年の飛竜狩りはつつがなく順調に進んでいるようで必要がない。ただでさえやることがない、中でのやるべきことさえもやることがなく度々欠伸を掻いてしまう。

 何度空を仰ごうが、戦域最前線組の大規模駆除屋部隊が駆る大型魔動空船が仕事しすぎるせいで、さっきみたいに飛竜が堕ちてくることもなく。その中でも比較的中規模である彼ら駆除屋『アルバルーチェ』の魔動空船はこれまた中規模で、それでもこの戦域では小さめ故に後方にあるせいか、飛竜がここまで辿り着くことがそもそも少ない。

 つまりスレイが暇になるのも仕方ないのだが。それは彼だけの話である。

 完全に暇を持て余したスレイの近く。彼とは違い下の甲板ではいま、同じ『アルバルーチェ』の団員達が機銃を握り、左舷からやってきた飛竜二頭に対し忙しくぶっ放してるところだ。

 その賑やかな声がスレイの所まで届き、檄を飛ばすオズウェルの怒号が勝手に繋ぎ直した通信機から漏れてくる。


〈機銃組、聞こえてるかぁ!! 毎年の事だから分かってる奴もいるだろうがそれでも手は止めずに聴いとけ!! いいか、飛竜を機銃で墜とすなら頭は狙うな! 奴らは頭も小さけりゃ脳みそも小せぇ、的が小せぇ! だから狙うなら胴だ、胴! そこを狙えばついでに飛膜も撃ち抜けるからなぁ! 分かったらとっと撃ち墜とせ!!〉

 指示の後に一斉に上がる了解ラジャー。機銃音。断末魔。

 誰かが飛竜を一頭撃ち墜としたらしい。と、スレイはそれが誰なのか下の甲板を上から、備え付けられた欄干に肘を乗せ覗き込む。

「見ましたか姐御!! あたしの機銃が飛竜のお腹にズドドドドォ、血がドッパーって――」

「あ~はいはい見てたよ! 後でたっぷり褒めてやるから今はまだ前見て集中しな! まだ一頭飛竜はいるんだよ!」

 そこにいるのは飛竜を撃ち墜としたと喜び興奮する赤毛の若い娘と、同じく赤毛の妙齢の女性がそれを宥めている。その様子。

 ――あぁ、墜としたのはリッカか。で、ダリアが面倒みてると。いつもの二人だな。

 いつもの二人。『アルバルーチェ』では赤毛姉妹と呼ばれているが血が繋がってるわけではなく、仲の良さ故にそう呼ばれている。その二人がまた声を上げる。

「て、ほらリッカ! あんたが撃つ手を止めちゃうから弾幕抜けられちゃったじゃないか! あとでおしおきだよ!」

「えぇ!! そんなぁ……許して姐御ぉ」

 一転、沈むリッカの表情とダリアが言うように飄々と右舷側へと逃れる飛竜。

 魔獣狩りはいつだって命懸け。の筈だが、まるで緊張感のない二人のやりとりに思わずスレイは「何やってんだあいつら……」と口元が綻んだ。

「で、そういうことだから! 右舷機銃組――つうか三馬鹿! あとは任せたよ!!」

 ダリアが後方――右舷側へと声を張り上げる。

 併せて上がる右舷からの了解に、スレイも次は三馬鹿かと見物気分でそちらへと移動する。

「聞いたかお前ら、赤毛姉妹が一頭墜としたってよ! 俺らも負けてられねぇ、ここで撃ち墜とすぞ!!」

「ガッテン承知!」

「任せとけ! って誰が三馬鹿だ!!」

 アロルド――青髪の三馬鹿のリーダー格の言葉に続いて、金髪のトニー、赤髪のルイスが軽口たたきながら機銃(12.7ミリ弾重機関銃に相当)の銃口から火を吹かせる。や否や、誰とも知れない放った無数の弾丸が飛竜の飛膜を撃ち破ったようで。致命傷とはいかないものの飛行速度を鈍らせ格段に弾が当てやすい状況を生んだ。

「よし! こいつはオレが頂いた!!」

 その飛竜が自身の機銃の射程内に入り込んだところでルイスが歓喜する。

 と、ブッと唐突に繋がる誰かからの全体通信。

〈――悪いな、そいつはおれが墜とす〉

 途端、魔動空船の右舷下部――そこから生え出る魔動砲の轟音。放たれる光弾。

 それは目標に直撃すると共に幾何学模様を蒼空に浮かべ、飛竜を爆散させた。

「魔動砲!? ということはディエゴの旦那か! 酷いじゃないっすか、横から獲物かっさらうなんて! てか至近距離からの魔動砲はやりすぎっすよ!!」

〈だから悪いなと謝っただろ。それと今日は年一のイベントだというのに、あまり魔動砲こいつが活躍しそうにもなかったからな。腕を鈍らせたくはないから撃たせてもらった。……以上だ〉

 通信を繋いだのは砲手組リーダーのディエゴ。彼は低く経験に富んだ落ち着いた声で、伝えるべきことを伝えると取り付く島もなく通信を終える。

「あ、相変わらずだなぁディエゴの旦那。にしてもクソ~、やっぱ悔しいぜ。あと少しでオレの手柄だったのによお……」

「おいルイス、それは違うだろ。これは遊びじゃなくて仕事だぞ? 誰が誰の手柄とかは関係ない。誰かが今回の目標である飛竜を墜とせばそれでいいはずだ」

「はあ!? アロルド、それ本気で言ってるのかよ! お前だって赤毛姉妹が一頭墜としたら躍起になって声荒げてたじゃねぇか! 本当はお前も手柄が欲しかったんだろ!? なに常識人ぶってんだよ!」

「なっ――あれはだな! お前らがやる気出すように発破かけただけであって、俺はそんなつもりで声を荒げたわけじゃねぇ!!」

「いいや、ぜってぇそのつもりだったね!」

「違ぇと言ってんだろ!」

「いやまぁまぁ、お二人さん落ち着いてくださいよ。そもそも手柄も何もお二人さんあの飛竜に対して何かしましたか? あの飛竜を仕留めれたのは俺っちが飛膜を撃ち抜いたからであって、何も出来なかったお二人が争うようなことは一切ないと俺っちは思うんですけどねぇ」

「は? トニー、お前それってつまりオレ達のことを無能だって言いてぇのか?」

「え? いや、流石に俺っちもそこまでは言いませんよ。ただ役立たずだなって……」

「言ってんじゃねぇか!! おい、アロルド!」

「ああ分かってる。少し言葉の選び方と伝え方、そして他者を敬う心って奴をこいつの身体に叩きこんだ方がいいみたいだ」

「ん、ちょっと、お二人さんなんか顔が恐いですよ? もしかしてまたあれですか? 俺っちなんかお二人の癇に障ることでも言っちゃった感じですか?」

「それが分かってねぇみたいだからいつもいつもこうなるんだよ!!」

「うぎゃああああ誰か助けてええええええ――!!」

〈うるせええええ!! テメェらまだ仕事中だってのになに遊んでやがる! いい加減にしねぇとテメェら三人、今日の分け前無しにしちまうぞ!〉

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