一章 駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす

一章 「駆除屋『アルバルーチェ』、蒼空にて魔獣の血華散らす」part1



 ――F.S.フォラストリエ暦1298 ハーモットの月 第103陽 ロスティア共和国サンジョヴェーゼ州、都市ポスト・ソレジャートを囲む平原上空。


 一群一片の雲一つない、地平の彼方にまで広がる蒼空が清々しいほどに平和を主張する。

 季節は厳寒を超えたばかり。付近の標高高く冴え渡る連峰、そこから吹き降ろされる冷風が中天に差し掛かった陽の日差しと丁度よく相俟って心地いい。そんな天気。

 きっとこんな日は誰も彼も心穏やかに転寝でもしてしまうのだろう。

 いま、このだだっ広い蒼空に浮かぶ魔動空船――その艦橋の上に位置する甲板で、陽に透ける蒼い黒髪を風に揺らす青年もまたそのひとりだった。

 名はスレイマン・ギブフォールと呼び、駆除屋の仲間からはスレイと呼ばれている。

 そんな男が鼻息静かに寝ている。その耳を――。


〈スレエエエェイッ!! なにいつまでも暢気に寝てんだこのアホんだらあぁああぁあ!!〉


 彼自身が傍らに置いた誰かと繋いだままの通信機、そこから発せられた怒号が劈いた。

 発した者の声がデカすぎるのか、通信機のスピーカーがバリバリと音を立てる。

 いかずちかと聞き紛いそうなその音に。

「だぁあ――ッ!?」

 実際そう錯覚してしまったスレイが、身の危険を感じて慌てて跳び起きた。

 何事かと、それが通信機からの声だと気が付かずに、濃褐色ブラウンの双眸を首ごと左右に揺らすが、周囲を見渡してもとても雷が落ちるとは思えない目が眩む程の晴天。だと、夢現つの頭がようやく冴えて、「違うな」と理解する。

 ひとまず危険はないようだと胸を撫で下ろし、それからため息を一つ。

の最悪な目覚めだ」

 額に浮かぶ冷や汗を拭い。確かめるように自身の左腕、自前の物はなく代わりにあるもう随分と馴染んでそうなその機械の義手に触れた。

 ――どうして今更、あの時の夢を見るんだ?

 見た夢の内容。六年前の現実にそんなことがよぎるが……。

 甲板に転がるけたたましく喚き散らす通信機。それが早く出ろと、どうやら自分を呼びつけているらしいと気付き、とにかく疑問はあとにしてそれを恐る恐る拾い上げる。

 ……まずいな。とは心の内に。

 スレイはバツの悪い顔で、押したくない通話ボタンを仕方なく押した。

「――はい、こちらスレイです。どうしましたか、オズウェル団長?」

 相手が怒っているのは承知の上。だからこそ敢えて体裁だけは整えようとして、普段なら絶対にしないかしこまった口調で何事かと先ずは訊ねた。

 当然、スレイがオズウェルと呼んだ男もそれがうわべだけの態度なのは長年の付き合い故によく知っている。巫山戯ていると気付いているようで。

 スレイも言ってから、この態度は流石にないなと振り返り、これからを察知して素早く通信機を遠ざけた。

 間を置かずして、予想通りスピーカーが喚き散らす。

〈ぬぁあにが、どうしましたかだ! 気色悪ぃ口調しやがって!! テメェ、状況分かってんのかあ!?〉

 離してても耳が痛くなるほどよく通る野太い声にスレイは苦笑する。

 ……巫山戯すぎたか。

 これなら普段の調子の方がマシだなと開き直り、再び通信を繋ぐ。

「いや、まぁ、状況は分かってんだけどよ」

 言葉にしながら、スレイは辺り一帯の空域を眺める。

 彼の瞳の先に映る光景は30隻以上の大小様々な魔動空船。それはロスティア政府要請のもと急遽編成された駆除屋連盟の物で、互いに干渉し合わないよう一定の距離を保ちながら上下左右に展開している。およそ蒼空が主張する平和とは随分とかけ離れた景色。

 だが、スレイにとってみればそれは見慣れたもの。だからどうこう言うわけでもなく彼の頭はいま、この場を凌げる上手い言い訳がないかと考えていた。しかしそれも――。

〈陽気に当てられてうとうと眠りこけてましたって言葉はいらねぇぞ? こちとら分かっててテメェに愛のモーニングコールしてやったんだ。いい目覚めだったろ?〉

 通信相手のオズウェル……とは愛称。本名、オズワルド・ドレッドノートはどうやらスレイの考えをお見通しのようで。先に釘を刺しては皮肉を放つ。

 そんな皮肉も何食わぬ顔で、

「モーニングはとっくに過ぎてるし、愛はいらねぇし、最悪な目覚めだったっての」

 スレイは素直に感想を言う。そんな憎まれ口をたたくからまた怒られる。

〈口答えすんじゃねぇ馬鹿野郎! つーか、こんな暢気に会話してる場合じゃねぇんだよ!! 分かっちゃいると思うがもう仕事はとっくに始まっ――!!〉

「キュイエェアアアァアアアァアアア――ッ!!」

 始まってんだよボケ。恐らく団長は最後そう言い切ったんだろうと、スレイは予想するが。

 残念ながら、上から飛来する物体の奇声に遮られて届かなかった。

 スレイは通信の応対を二の次にして、ふっと天を仰ぎ。

 さて本日の獲物ターゲットはと、陽に手を翳して飛来する物体を見定めるため目を細める。

 目覚めの瞳じゃあ見るのにちょっとキツイ蒼空――そこに溶け込み陽を受け煌めく蒼鱗と蛇のように長くうねる首を確認して。

「あぁ、今日は飛竜ワイバーンだったか」と静かに呟いた。

 その直後、飛竜は身体のあちこちから血を噴き散らしながらスレイの乗る魔動空船。というよりも、オズウェルが率いる駆除屋『アルバルーチェ』の所有船の横を掠めて、地上へと堕ちていった。


 そう――既に狩りは始まっている。


 厳寒を超え、繁殖期を迎えた数百以上から成る飛竜の群れ。それを討伐するべくそこかしこの魔動空船からは機銃と砲撃の轟音が絶えず鳴り響いている。併せて飛竜の断末魔も。

 いま此処で暢気な会話が繰り広げられてるが、決して周囲を取り巻く状況は暢気なものではない。故にスヤスヤ、というわけでもないが眠りこけていたスレイは怒られていたのだ。

 因みに先程の飛来した飛竜は運よく掠めたのではなくて、スレイがいる甲板の下の艦橋内部――そこの操舵輪を握るオズウェルの操縦、その腕によるもの。

「おお、ナイス回避。さすが我らが団長、操縦技術が素晴らしい。で、今のどうやって避けたんだ?」

 褒め言葉は棒読みに済ませ、艦橋からでは観測できない真上からの飛来物をどうやって避けたのか、スレイは気になる。

〈テメェがいつまでも起きねぇから代わりを新人ひよっこに頼んで上空を見てもらってたんだよ!!〉

 なるほど、それで。

「それはあんたにも、仕事押し付けちまった新人にも悪いことしたな。そんで、今日はいつも以上に張り切ってるみたいだが、それもやっぱりその新人が乗ってるからなのか?」

〈そうだよ!! 今日は二人新人が乗ってんだ!! ケツ穴締めて挑まねぇと飛竜に喰い殺されちまうかもしんねぇだろうが!! なのにどこぞの先輩はぐぅすか転寝決め――〉

〈団長! 左舷から飛竜が二頭こっち向かって来てますよ!!〉

〈ああクソ! 次から次へと!! スレイ、いいからさっさとテメェはテメェの仕事しろ!! 一旦通信切るぞ!〉

 唐突にブッと切られる通信機。

 それを「他の連中も忙しそうだな」とすました顔で胸ポケットに引っ掛け、スレイは欠伸をしつつ伸びをして。

「さて、俺もそろそろ仕事をしますかね」

 見た夢のことは気になるが、いまは目の前の仕事を片付けるべくそこそこに動き始めた。

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