第15話 俺、忘れてる

「あれ、もう忘れてらっしゃるんですか?」


 魔剣の俺に相対した女神は、ちょっと驚いた、という表情をして、首を傾げた。


 何だ?

 何に驚いてるんだよ?

 俺の知らない間に、魔剣の俺と何かあったんか、このおっぱいは?


 なんかモヤモヤするな……なんだろうこの気持ち。

 とにかく、俺も俺なんだから、俺をおいて話を進めないでくれよ!


 くそっ!こういう時は何て言えば良いんだろうな……。


「女神よ。この様子では魔剣の俺は、覚えていないようだ。『その前にすること』とは何か、俺たち全員に教えてくれないだろうか?」


 これだよ、これっ。こう言えばいいんだよ。

 魔法の俺、もう最高っ!

 さあ、答えるんだ女神。


「うーん、どうしますかね……8人全員がどうかはわかりませんから、一度試しに確認してみましょうか」

「……」


 女神の言葉に俺たち全員が唾を飲む。

 何だ、この試験開始前のような緊張感は……。


 しかし、能力的に知性も腕力も他の俺に劣るこの俺は何試されるにしても不利だよなあ。しかも、女神の口調じゃ、どうやら魔剣の俺がダメだったっぽいしな。

 まあ、俺も俺だから、参加しないわけにはいかないが。


 けど、逆に能力的に何でも諦めがつくと思えば、それは清々しいことかもしれないなっ!


 これ、ポジティブシンキングってやつか?


 おーし、かかってこいや、女神っ!

 カモン、おぱーい!ぱいぱいぱいぱい~。


「ご自分の名前、言える方~挙手!」


 な、何!?


 ……マジかよ

 ……本当だ、思い出せない!?

 ……俺って……いったい、どこの俺、なんだ?


 他の俺もどうやら同じ状況らしかった。


「……何故だ?」

「ぬぅ、そうか……チッ」

「……俺の頭が悪いのか?」

「……弓、撃ちすぎたせいかもな、疲れてんだよ」

「……チャリッ?」

「……ガラハド、ティーダ。あ、キーファも捨てがたい……」

「……Zzzz」


 頭脳担当の魔法の俺ですら思い出せないのか……これはやばいな。


 魔剣士の俺、こんな内容なら、とっとと思い出してくれよ。

 なんかモヤモヤして損した気分だぜ。

 「チッ」てしたいのはこっちだぞ、全く!


 魔弓士の俺と魔殺士の俺が動揺してやがるとは、これは事案だな。


 魔召喚士の俺、実は妄想好きなんかこいつは?

 何でも願望を口にするんじゃない。

 そういう状況じゃねえだろ?

 つーか、その名前、どれも悲惨になりそうだから、やめてくれ。


 魔戦士の俺は……もう、いいや。

 やすらかに寝といてくれ。


「やはり、覚えてらっしゃらないんですね……」


 女神はそんな俺たちを見回すと、納得したように頷いた。

 いや……ちょっと待てよ、このおっぱい。

 納得してないでなんとかしてくれ。

 そのためにいるんじゃないのかよ、お前。

 ……

 魔法の俺、はい、お願いします。


「この流れだと、女神が俺たちに名前を思い出させてくれるということか?」

「無理ですね」


 こいつ、あっさり言いやがった~。

 さすがの魔法の俺もこの一言にはコメカミの辺りピクリとしたな。

 だが、根気よく頑張ってくれ、お前だけが頼りなんだ、頼む。


「そもそも女神は、俺の名前を知っているのではないのか?」

「うかがってないですもん。知ってるわけありません」


 は……?

 お前、どうやって俺を召喚したんだよ、この世界にっ!

 名前もわからんで普通召喚できないだろが!!


 顔色と言動を見た限り、魔法の俺を初め、おそらく俺たちの多くがこのとき同じ考えを抱いていたと思う。


 そう、ただ一人を除いては。


「あー、でもそうなのかも」

「魔召喚の俺? 何かわかるのか?」

「この世界で召喚するときって、イメージするだけで、いいみたいなんだよ」

「イメージ?」

「うん、ほら、きっとみんな俺だから分かると思うけど、『あー、アレ何だっけ、何ていうんだっけ、グリファン?』とか思い出せない時あるよね?」

「ふむ……」

「イメージさえしっかりしていれば、名前は思い出せなくても召喚できるんだ。実際できたから間違いない」


 なんつーいい加減な世界だ。

 こいつの召喚はチート能力ではあるが、女神なんだから似たようなもんだと考えると、確かに納得はできるな、できるな、でもな、そういう問題じゃないだろ?

 名前が不明なのは、うん……問題……だよな?


「ところで、女神、名前が無いと何か不利なことはあるのか?」


 ま、魔法の俺……、どうしたんだ?

 流石のお前も女神のアホさについに壊れたのかっ?

 どうしてそっちの方向にいくんだ?


 あー、でも、俺のわからない深い意味があるのかもしないな。

 ここはステイだなっ。


「そういえば、特にないですね。現に、今、皆さんコミュニケーションに困ってらっしゃらなそうですし。強いて言うなら……格好がつかないくらいでしょうか?」

「格好……?」

「王様に『良く来たな勇者……よ』とか歯切れ悪く言われたり、魔王に『ここまで良く来たな……よ』とか歯切れ悪く言われたり、神官に「死んでしまうとは情けない……よ」とか歯切れ悪く言われたりします」

「……」

「そうですよね、それだけであれば、名前なんていらないですよね。じゃっ、作戦会議~」


 女神……お前ってやつは……。


「まあああああああああああてええええええええええい」

「普通そうだよな……俺はいったい何を……」

「いくら冷静な俺でもな、限度があるっ」

「俺が思い出せないのが悪いのか?」

「その辺の的になる鳥かウサギのような扱いをするな!」

「チャリン……」

「アベル、バルドル、カルナあたりで!」

「Zzzz」


 やっぱり混乱させられてたか魔法の俺。お前ですらヤラれるとは凄まじいな、あのおっぱいは!


 他のやつは通常営業だな。

 だがな、魔召喚士の俺、テメーはダメだ!


 そのへんの名前はどう考えても、弟に殺されたり、俺無敵って調子こいてたら植物ぶつけられて死んだり、自由奪われて無理ゲーな状況で死んだりと、良い死に方しねえんだよっ!


「ご不満ですか?でも、どうしましょうかねえ……」


 な、悩むなよ、女神っ。

 この世界を司るっつー力でなんとかしろ。

 お前の責任なんだから、責任とれよな……た、頼むぞっ!


 しかし、そんな俺の祈りはどうやら届かなかったらしい。

 女神は、急に何かを思いついたような顔になったんだ。

 そしてキメ顔でこう言った。


「いいでしょう。私が決めてあげます」

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