第6話「彼女の名は」
電車がやってきて扉が開く。
降りた客がぞろぞろと改札に向かって歩き出す。
客と客の間に、彼女の姿が見えた。
手はポケットから出している。今回ははじめから殺す気がないので、ナイフはポケットの中でお留守番だ。
「あの……」
「はい?」
話しかけると、女子高生は立ち止まってくれた。
自分は高校生だし、格好も学生服なのだから、話しかけるぐらいで警戒されることはない。
実物の顔をしっかり見るのはこれが初めてだが、やはり可愛い。いや、写真の数倍可愛く見える。
「あ、明海高校の生徒ですか?」
気後れして、どもってしまう。
「はい、そうですけど」
彼女はきょとんした感じで答える。
駅名と同じ高校。学校名は知らなかったが、どうやら合っていたようである。
「俺、天根孝太(あまねこうた)というんですが、高木武雄って人、知りませんか?」
高木武雄。俺の友人で、もうこの世にいない人物だ。
彼女が知っているはずないが、話のきっかけとして使わせてもらった。
「ん、聞いたことないですね……。何年生ですか?」
「一年生です。前に落とし物を拾ってもらったことがあって、お礼をしたいんです」
これはウソである。
「そうだったんですか。私も一年なんです。調べれば分かるかもしれません。連絡先教えてもらってもいいですか? 何か分かったら、ご連絡します」
彼女は疑うことなく、ウソの話に乗っかってきてくれる。
普通、見ず知らずの人にわざわざここまでしてくれるだろうか……?
ウソをついたことに罪悪感を感じてしまう。
「ほんとですか? じゃあ、番号を交換してください」
「はい。私、新満望未(にいみのぞみ)って言います。電話番号は……」
言われた番号をスマホに打ち込む。
「じゃあ、ワン切りするんで」
スマホのボタンをポチッと押す。
すると、目の前がまぶしい光に包まれ、真っ白になっていく。
「え……」
そう、爆弾が爆発したのだ。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
いつもの目覚ましの音。
どうやら再び元の時間に戻って来られたようだ。
「なんで爆発したんだ?」
爆弾は彼女が起爆しているものと思ったが、彼女は別にそんなそぶりを見せなかった。
むしろ、自分がスマホのボタンを押したのと同時だったので、自分が起爆したんじゃないかと思ってしまう。もちろん、そんなはずはない。
「時限式なのか……?」
彼女の持っている爆弾が、ある時間になると自動で爆発するようになっているのかもしれない。
どうやら爆弾が爆発すると七月七日六時に戻ってこられるようだ。原理は分からないが、この現象を使えば、爆弾から大勢の人を助けられそうだ。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
「悪くない。だんだん分かってきたよ」
「分かってきた? まあ、いいけど」
着替えて部屋を出ると、博士とのいつもの会話。
これでテロリスト暗殺作戦も四回目だ。前回の死で、ようやく彼女の名前が分かった。
明海高校一年の新満望未。
俺がついたウソのお願いを快く引き受けてきた。あんなにいい子がテロリストとは考えにくい。
そして気に掛かるのは、これから爆弾で死のうとしている人間が人探しに付き合ってくれるだろうか、ということ。
しかし、彼女の側で爆発したのは間違いない。ということは、彼女は爆弾のことを知らないのかもしれない。誰かにこっそり持たされたとか?
今回は爆発物が何なのか調べてみるとしよう。
電車が駅に到着する。
これまでと同じように、改札に向かって望未がやってくる。
四回目となれば緊張感もだいぶなくなる。
そして、やり直しが利くんだと思えば、どんなことだってできる。
俺は望未に接近するなり、彼女の鞄を奪って逃げた。
「きゃっ!?」
いきなり鞄をひったくられ、望未が短く悲鳴を上げる。
これは爆弾で大勢の人を救うためだ。もしかすると望未自身も救えるかもしれない。だから、窃盗が悪いなんて思わない。
ホームを駆け抜けながら、望未の鞄を開ける。
あれ……?
時計と導線の張り巡らされた箱が入っているのかと思ったら、そんなことはなかった。鞄の中は教科書、筆箱、弁当箱……と、普通の学生の持ち物である。
「泥棒です!! 捕まえてー!!」
背後から望未の叫び声が響く。
まずい。このままでは前のように取り押さえられてしまう。
鞄の中に爆弾が隠されているとすれば、弁当箱の中だろう。いちいち開けて確認している時間はない。弁当箱のバンドを外して、地面に投げ捨てた。
弁当の中身がホームの上にばらまかれる。
中身は……爆弾ではない。
ご飯、卵焼き、ソーセージなど、ごく普通のお弁当であった。
ご飯が地面に転がり灰色に染まり、アスファルトにケチャップが付着する。
ハズレか! じゃあ、爆弾はどこにあるんだ!?
このままではまた爆発してしまうと焦っていると、背中から激しい衝撃を受ける。
この感覚は知っていた。タックルを受けたのである。そして過去の経験通り、地面に倒され、のしかかられる。
ゲームオーバーだ。あとは爆弾が爆発するだけだろう。
「どうして……どうしてぇこんなこと……」
悲痛な涙声。
見上げると、ばらまかれた弁当を見て、望未が涙を流していた。
胸がずきっと痛む。
いったい自分は何をやっているのだろう……。
そんな後悔をしている時間はなく、再び白い世界がやってきた。
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