第5話「タイムリープ」
「おーい、武雄。こっちだー!」
自分が叫んでいる。
「ああ、待ってろー」
返事をしたのは武雄だった。
どうやらこれは夢であるらしい。
なぜなら武雄はすでに死んでいるからだ。
ここは駅のロータリー。明海駅でなく、自宅から近くにある、馴染みのある駅だ。武雄は赤信号で足止めを食らっている。
この夢は三年前の話を思い出しているようだ。三年前、まだ中学生だったときの夏休み、俺は武雄と海にいこうと約束をしていた。俺は待ち合わせ場所である駅に先に着き、武雄を待っていた。
信号が青に変わり、武雄がこっちに向かって走り出す。10メートルもない横断歩道だ。あっという間に渡りきってしまうだろう。
だが武雄が横断歩道を渡りきることはなかった。
突然やってきた車に轢かれ、その体は遙か彼方に吹っ飛ばされるのだ。
自分は武雄が飛んでいく様子を見ていることしかできない。
止まれ、車が来るぞ、叫ぶことができればいいのだが、夢だから自分の思うように行動できないのだ。
実際に起きてしまったことも変えることもできない。
車は信号無視だった。ドライバーはかなり酒を飲んでいて、そのときのことを覚えていないと言った。
そして今回の夢でも、武雄は目の前で飛んでいった。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
目覚ましの音で跳ね起きる。
反射的にいつものように手を飛ばしてスマホを取り、アラームを解除する。
「あ……」
自然に起きてしまったが、爆弾が爆発して自分は死んだはずなのだ。それなのに、ここは自分の部屋であり、体にも異常がまったく見られない。
スマホの日付を見ると、七月七日六時。
「どういうことだ……」
パジャマのまま部屋を飛び出す。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
休憩スペースでは博士がコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいる。
「博士! 今日は何日ですか!?」
「おいおい、どうしたんだい? 今日は七月七日。七夕さ」
博士の新聞をひったくり日付を見ると、やはり七月七日と書いてある。
「なんだよ、それ……」
作戦に失敗する夢を見たのを覚えている。その日に作戦に失敗したことも覚えている。なのに、今が作戦開始の二時間前というのはどういうことなのだ?
「クラーラ君、コーヒーいれてくれる? 孝太が寝ぼけているようだ」
博士は朝食を運んできたクラーラ・ブリーゲルに依頼する。
「孝太、しっかりしてください。今日の作戦、失敗は許されないんですよ」
そのやりとりに覚えがある。
クラーラはコーヒーサーバーのボタンを押してくれる。砂糖とミルクは入れてくれないはずだ。ほら、ブラックがテーブルに置かれた。
なぜ同じことが繰り返されているのだ……?
「博士、予知夢ってあると思いますか?」
「なんだい、突然」
「未来予知装置は未来を予知してくれるけど、人が見る夢も未来を予知していることってあるんですか?」
おそらく夢を見ていたのだ。それも現実にかなり近い予知夢を。それならば、予知の専門家である博士に尋ねるのが一番いい。
「ある。……でも、ない」
「え? どういうことですか?」
「確かに人の見た夢が現実になることは多々ある。しかし、人の夢が見せるのは、あくまでも可能性の一つなんだ。予知夢というのは、何万、何億通りある未来の可能性のうちから、とある一つをシミュレーションさせてみせたという現象なんだよ。だから、夢の通りになることもあるし、似た展開になることもある。もちろん、全く違うこともあって、それが確率的に一番多い」
予知夢は起こりうる未来の一つに過ぎない、ということらしい。だが確率が低すぎて信用できない。
「原理的には未来予知装置と予知夢も、そんなに違いはないんだ。まったく違うのは検証の回数。予知夢は一つの可能性を一回見せるだけ、しかし、未来予知装置は人間の頭では処理できない回数をシミュレーションすることができる。今の事象を一つ一つ条件に組み入れ、これから起きそうにない可能性を消し、これから起きなかったことを消して、起こるはずの可能性だけ残す。何十年にもわたる時間をかけて、数え切れないほどの回数をコンピュータが解析しているんだ。だから、未来予知装置はほぼ100%の未来を言い当てることができる」
自分が見たものは予知夢だったのかもしれない。だが、1、2回見ただけでは本当の未来を見ることはできないのだろう。けれどおかしいのは、一日にそう何回も夢を見るのだろうか?
「じゃあ、タイムリープは……?」
もう一つの可能性を提示する。
博士は思いも寄らぬことを言われ、びっくりした顔をする。
「だ、大丈夫かい? 未来予知とタイムリープはまったく原理の違うものだ。今の科学ではまだ実現できる代物じゃない。そんなものできたら、こんな仕事やるのが馬鹿らしくなるよ。大事件が起きたら、過去に戻ってやり戻せばいい、とは非常に合理的で楽だ。我々のやっている、起きる前に防ぐというのも理に適ってはいるが、すでに起きてしまったことより、まだ起きていないことを証明するのは非常に困難だ。タイムリープができていれば、僕らはこんなに迫害されていないよ」
この人間がこれからたくさんの人を殺すので、捕まえてもいいですか、殺してもいいですかと訴えても、ほとんどの人が信用してくれない。一方、大量殺戮事件が起こりました、過去に戻って解決してきていいですか、と説明すれば誰だって納得させられる。
「未来を知る者」という組織がこうして活動できるのは、これまで多くの事件を未然に防いだ実績があってのことなのだ。
「どうして急にタイムリープの話を?」
「いや、なんでもないです……」
天才科学者にこう言われてしまうと、自分はタイムリープしてるんです、とは言い出しにくい。
朝食を済ませ、車に乗り込む。
自分の体験が予知夢の繰り返しなのか、タイムリープなのか分からない。ならば、自分で確かめてみよう。
「そろそろつきます」
クラーラは車は再び明海駅近くに停める。
「グッドラック、孝太!」
「ああ、行ってくるよ」
三度目のやりとりだ。
これまでと同じく、改札でターゲットの写真を受け取り、ターゲットが乗っている電車を待つ。
なぜだか分からないが、同じことを何度も繰り返すことになっている。やり直しが利くのであれば、調べられることもあるはずだ。
まずは……彼女がなぜテロリストなのかが知りたい。これまで彼女を殺せなかったのは、彼女は殺すべき人間か迷っていたからだ。それが解決すれば、きっと彼女を憎んで、正義を執行できるはず……。
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