第3話「未来予知」
おそらく、女子高生が持っていた爆弾が爆発したのだ。
至近距離での出来事だから、彼女も無事では済まないだろう。これは自爆テロだったのだ。
しかし、そんなこと事件後に分かっても仕方ない。自分の役目は、テロリストを殺害し、大事件を未然に防ぐこと。テロリストが何をしでかすか分かった時点で、失敗なのである。
俺は大勢の人を殺してしまった……。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
よく知った電子音。目覚ましの音だ。
手を飛ばしてスマホを取り、アラームを解除。そしてベッドから這い出る。
毎朝のルーチンである。
そこでふと、おかしなことに気づく。
自分の部屋、自分のスマホ、六時にセットされた目覚まし。それ自体は別におかしくない。
おかしいのは……。
俺、死んだんじゃなかったっけ……?
駅では学生服を着ていたはずだが、今はパジャマ。いつも着ているものだ。体に痛いところやおかしいところはない。健康そのものだ。
この部屋は暗殺の依頼を受けてから、組織に借りている部屋だ。オフィスの片隅に急遽作られた個室である。ハンガーには、ミッション当日に着ていくことになっている学生服が掛かっている。学生服は新品同然の状態で、破れていたり汚れていたりしない。
博士が新しいものを用意してくれたのか?
「助けられたのか……?」
テロリストを殺害するミッションには失敗してしまったが、あの爆発の中、奇跡的に救出されたのかもしれない。そして気を失っている間に部屋に戻されたのだろう。
博士に事情を聞かないと。
とりあえず学生服に着替えて部屋を出る。
部屋の前の休憩スペースには、ちょうど博士がコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいる。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
博士は新聞から目を離して挨拶をする。
「特に問題ないようです。体もなんともありません」
「そりゃ良かった。今日はいよいよ本番だからね」
「本番? 何のですか?」
もう作戦は終わったはずだ。
「おいおい、馬鹿言ってるじゃない。この日のために頑張ってきたんじゃないか。ついにテロリストと戦う本番が来たんだよ」
「へ? 作戦は失敗したんじゃ……?」
「失敗も何もまだ始まってないぞ。クラーラ君、コーヒーいれてくれる? 孝太が寝ぼけているようだ」
博士はちょうど朝食を運んできたクラーラ・ブリーゲルに依頼する。
「孝太、しっかりしてください。今日の作戦、失敗は許されないんですよ」
クラーラはトースト、スープ、サラダの載ったトレーを俺の前に置き、コーヒーサーバーのボタンを押してくれる。
クラーラは20代の女性で、組織のエージェントとして博士の補佐をしている。当日は車の運転をしてくれることになっている。いや、してくれた、が正しいのか?
「今日って何日でしたっけ?」
「七月七日。七夕さ」
博士は新聞を見せてくれる。
七月七日は作戦決行日だ。つまり現在時刻の七月七日六時は、作戦開始の二時間前ということになる。
作戦はまだ実行されてない? 俺は失敗したわけじゃなかったのか……? じゃあ、アレはただの夢……?
ドッキリで時間を偽られているわけではないようだ。やけに生々しい体験だったが、あれは夢だったに違いない。
作戦はまだ失敗していない……。
ほっとしてため息をつく。
作戦が失敗する夢は、前にも見たことがある。人間は不安に思っていると、追い詰められる夢を見るものなのだと、博士が言っていた。
朝食を済ませ、クラーラの運転する車に乗り込む。これから現場である明海駅に向かうのだ。
夢のように失敗するわけにはいかない。心を落ち着けるために深呼吸をする。
「緊張しているのかい? 肩の力を抜いて、いつものようにやればいいさ」
博士の声に、はっとする。
聞いたことのある台詞。デジャブかと思ったが、それは夢で聞いた台詞と同じだった。
よくある台詞だ。ただの偶然だろう。
「あ、あの……今日のターゲットは? 写真見せてもらえませんか?」
「駅に着いたらスマホに送る。改札で確認してくれ」
「ぎりぎりまで秘密にしたいのは分かります。でも、先に見せてもらえませんか? ちゃんと相手を探せるか不安で」
これまで一切、ターゲットの個人情報を明かさなかったのだ。今回も教えてくれないだろうが、一応聞いてみる。
だが博士は悩んでいるようだった。
「しょうがないな。少しだけだよ」
博士はスマホを操作し始める。
俺がいつもより取り乱しているからだろう。作戦成功をさせるために、不安を取り除くべきと判断したのだ。
「ほら、これだ」
博士のスマホには女子高生が映し出されている。
知ってる……。
セミロングの美少女。夢で見た女子高生と同じだった。
「間違いじゃないですか? 他の写真を出しちゃったとか?」
「おいおい。僕が場を和ますために、ネットから拾ってきた写真を見せたとでも言うのかい?」
「だって、まだ若いじゃないですか。こんな子がテロリストなわけ……」
「今さらそんなこと言うのか?」
博士はひどくあきれた顔をする。
「訓練中に何度も説明したが、テロリストに年齢も性別も関係ない。世界では幼い子供や少女が大勢の人を殺している現実があるんだ。無論、彼らが好きでやってるわけじゃないよ。でも、彼らを止めなければ、全く関係ない、罪のない人々が死ぬことになるんだ。だから、テロのいい悪いはおいといて、僕たちは一人を殺すことで大勢を救う。それが『未来を死ぬ者』の務めだ」
未来を知る者。
博士はこれから起きる出来事を知っている。
名はフェルナン・モロン。未来予知装置の開発者で、世界唯一のオペレーター。今現在、彼だけが未来を知ることができる。
未来予知は人類の夢で、これまで何人もの科学者が未来予知装置を作ろうと日夜研究を続けていた。一般には知られていないが、すでに実用化されており、限られた者のみが扱うことを許されていた。
博士曰く、未来予知装置はほぼ100%の確率で、未来を予知することができる。しかし、未来を知ることの危険性は昔から問題となっており、この研究は異端とされ、迫害されてきた。誰だって未来を知りたいが、一部の人間だけが知っているという状態には気にくわないのだ。未来を勝手に変えるのはよくないという主張を小難しく言って、何かにつけて研究を邪魔してくる。
もちろんデタラメだと信じない者も多い。ただ起こる可能性の一番高いことを言って、未来を予知したと言い張っているに過ぎないというのだ。予知したい未来が実際に起きたことを証明するのは難しく、研究者はあえて彼らに説明しようとはしなかった。
こうして良くも悪くも未来予知装置の研究者は孤立して、独自に開発を進めることで、実用レベルに持って行ったのである。装置が吐き出したデータが本当に起きることか検証し、どうすれば未来が変わり、どのくらい影響が出るか、研究が行われた。
そして、実際に重大な事件に介入して、多大な成果を得ることができた。これは小国の大統領暗殺計画だったが、テロリストが大統領を襲う前にアジトを攻撃して壊滅させ、暗殺を示唆する証拠資料を発見できたことで、未来予知装置の価値を世に知らしめることができたのである。
研究組織は名を持たなかったが、「未来を知る者として」から始まる自戒を持っていたため、「未来を知る者」と呼ばれている。自戒というのは、未来を変えるリスクを知った上で、いかなる行動を取るべきかを定めた独自のルールのことである。なまじ未来をすると、余計なことをし始めるものだ。私利私欲に走らず、世界の利益になることのみにおいて介入してもよいと、厳しく自らを戒めている。だからこそ、未来予知装置を扱えるオペレーターは少数しかおらず、現在は博士一人しかいない。
大統領暗殺を未然に防いだことで、未来予知装置の導入を各国は企んだが、先に言ったように嫌われ者の研究であるため、賛成か反対か決着をつけることができず、各国は導入を見送った。だが、その価値を認める政治家や権力者も多く、「未来を知る者」の行動を黙認した。俺が人を殺しても無罪になるのはそのためである。
今回、未来予知装置は、女子高生がテロを引き起こすことを予知した。そして、テロを阻止できる俺だけであるとはじき出したのである。「未来を知る者」は事件の重大さを考え、俺にテロリストを殺すように依頼してきた。こうして、一ヶ月前まで普通の高校生だった俺は、未来を変えるために暗殺者となった。
「テロを防ぐために必要なのは分かってるさ……」
女子高生でもテロリストになり得る。テロを防ぐには女子高生だった殺さなければならない。
夢とは言え、自爆する瞬間を見てしまったので、自分の行動の必要性、正当性はよく分かった。
「仕事はちゃんとやる。任せてくれ」
「それならいいけど……」
博士は少し不安そうだった。
「そろそろつきます」
クラーラは車を明海駅周辺に停めた。
「グッドラック、孝太!」
「ああ、行ってくるよ」
そう、行けば分かる。
夢のようにあの少女がテロリストなのか、殺すべき相手なのかは、自分の目で見て確かめるしかないのだ。
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