第2話「女子高生」
女子高生がテロリスト?
セミロングの黒髪、紺の襟のついた白いセーラー服。赤いリボンに紺のスカート。どこにでもいる女子高生だ。
写真の送り間違えを疑った。博士がネットからダウンロードしてきた画像を間違って送ってしまったのではないか。
そう返信するが、返事は来ない。
つまり、写真は正しい、何も疑わず作戦に集中しろ、という意味だ。
映っていたセーラー服はよく知っている。駅に来るまでに何人もすれ違っていた。おそらく駅周辺に高校があるのだろう。ターゲットはその学校の生徒なのだ。
見落として、すでにすれ違っている可能性はおそらくない。ターゲットは次の電車で、明海駅に降りてくることになっている。
自分の横を通り過ぎて、改札を降りていく女子高生には目をくれず、スマホに映るターゲットの顔を注視する。
全体的な清楚な印象。小顔で目鼻が整っていて可愛い。芸能人やモデルとまではいかないが、すれ違えば多くの男が、今日は可愛い女子高生を見かけたぞ、印象に残るはずだ。目の前にすれば間違いなく、ターゲットだと見定めることはできるだろう。
だが、腑に落ちないことがある。
……この子が本当にテロリストなのか?
どう偏見に満ちた妄想をしても、大量殺戮を繰り広げるテロリストには見えない。虫も殺したことないんじゃないかというのは言い過ぎだが、生き物を喜んで殺せるタイプには思えない。
繰り返しメッセージを送り、確認を取ろうとしていたが、やはり返信はなかった。
そうこうしているうちに、駅のホームに電車の到着を知らせる放送が鳴り響く。
八時ちょうど。ターゲットが乗った電車がついにやってくるのだ。
やるしかない……。
スマホをズボンの左ポケットに押し込む。次は右手を右ポケットに突っ込み、ナイフの感触を確かめる。確かにナイフはポケットに入っている。
改札付近からホームの中程を目指して歩く。
電車が到着し、扉が開くと大勢の乗客がホームへ降りてくる。明海駅には改札は一つしかないため、一方向に向かって歩き出す。その集団の中に、セーラー服の女子高生は何十人かいるようだった。
ターゲットを迎え撃つべく、ホームの真ん中に立つ。すると改札へ向かう乗客は、無機質な柱を避けるかのように、自分の存在を無視して歩いて行く。男子高校生が突っ立っていても誰も気にしないものだ。
鞄を床に置いて、右手をポケットに突っ込む。
あとは向こうからやってくるターゲットを見つけ、すれ違いざまにナイフを心臓に突きつければよいだけ。
そうすればテロリストは死に、多くの市民の命が助かる。
テロリストが何を使って大勢の人を殺すかは教えてもらっていない。銃を乱射するのか、毒ガスをばらまくのか、自分には分からない。
しかしそんなのは関係ないのだ。相手が何を持っていようが、何を企んでいようが、自分が阻止する。そのためにここにいるのだと、自らを奮起させる。
扉が開き、目の前に現れるまで何十秒もないはずだ。だが数秒が何分にも思えた。鼓動が高まり、呼吸が荒くなる。そして、ナイフを掴む手が汗ばんでくる。
相手はテロリストだ。人間を殺すにくい奴だ。見つけ次第、殺せ。そして世界を救うんだ!
大きく呼吸をして、歯を食いしばる。
いた。あいつで間違いない。
見た瞬間に、ターゲットだと確信した
写真で見た特徴と完全に一致する女子高生が歩いてくる。セーラー服に鞄。何の変哲もない女子高生の通学スタイル。
こちらの存在に気づいている様子はない。
ポケットの中で、ナイフの鞘を外す。
あとは彼女の正面に立ち、ナイフを突きつければいい。気分は高揚している。何も怖さも不安も感じない。
手をポケットに入れたまま、女子高生の目の前へ移動する。あと1メートル。
少女の胸の位置を確認。
さらに接近して、その場所を突き刺すのみ……。
「あっ」
対象は確認済みだ、わざわざ殺すだけの相手の顔を見る気はなかった。
しかし人間の癖なのだろう。不意に目線が動き、相手の顔を見てしまう。そして、少女と目が合ってしまったのだ。
写真で見た通りの美少女。思わず目を奪われてしまい、思考が揺らぐ。
この子を殺さなければいけないのか……?
一歩踏み込んで刺せば終わるのに、足も手も動かない。
これが殺す相手? テロリストだって言うのか? 間違いじゃないのか? 俺が殺すのは憎むべき殺人鬼だ。こんな可愛い子を刺し殺すのが仕事じゃないぞ!?
相手を殺すタイミングで、手がポケットから出ることはなかった。
少女はぶつからないように、少し横にそれて、自分の側を通過していく。
迷っていた。
今振り返ればヤれる。だが体が動かない。
自分はなぜここにいる? テロリストを殺すためだ! 奴をここで殺さなければ、大勢の人が死ぬことになる! 相手が可愛いからという理由で見逃すのかよ!? だけど……彼女はテロリストじゃないかもしれないんだぞ! 送られた写真の間違いかもしれない。誰かの勘違いで、彼女が犯人扱いされているだけかもしれない。殺してしまったらお仕舞いだぞ。何の罪のない少女を俺は殺してしまうんだ。取り返しがつかないどころか、俺はただの殺人犯だ。……いや待て。彼女が本当にテロリストだったらどうする!? 何万人、何十万の命が危険にさらされるんだぞ! ここで見逃したら、俺の罪はどんなに重いんだ!? 自分の勝手な考えで多くの人を殺すのかよ!
覚悟を決めた。
ナイフをポケットから引き抜き、振り返る。
……だが視界に少女の背はなかった。
考えている時間が長すぎたのだ。すでに距離が開いており、彼女との間には何人もの人がいる。
しまった……!
そう思ったのは自分だけではなかった。
彼女が歩いていたほうへ、ものすごい形相をしたスーツの男たちが全速力で走って行く。通勤中のサラリーマンの格好をしているが、おそらくエージェントだ。俺が作戦に失敗したから、フォローに回ったのである。
自分もこうしてはいらない。
彼女の背を追いかける。
しかし、次の瞬間、強い光に目がくらみ、視界は白い光に包まれる。そして、激しい衝撃。全身を何かに殴られたかのような痛みが走り、体がふわりと宙に浮いた。
再び強い衝撃。今度は暗い。何も見えず、いったい目の前に何が起きたのか分からない。感覚がない。自分がどこにいるのか、立っているのか、横になっているのか、知ることができない。
ヤっちまった……。
ただ、真っ暗闇の中で、取り返しのつかないことをしてしまったことだけは感じることができた。
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