振り返ればあの時ヤれたかも
とき
第1話「テロリスト」
あの女をヤれ。
それが俺に与えられたミッションだ。
作戦内容は簡単。
明海駅に現れる、ある女をナイフで一突きすればいい。
女はテロリストだ。ここで殺さなければ、大勢の人が死ぬことになる。法律でも許されることになっているし、悪人を殺すことに罪の意識はない。むしろ、正義を執行して、多くの善良な市民を助けられることは誇りにさえ思える。
俺はこの日のために、一ヶ月間、様々な訓練を積んできた。ナイフの扱い方や人体の急所を覚え、実際の状況に近い模擬戦を何度も行った。今では目をつぶってでも、向こうから歩いてくる人の心臓を一撃で貫くことができる。
ついに今日が本番だ。
何の変哲もないライトバンに乗せられ、明海駅に向かう。
後部座席で装備の確認をする。といっても、特に何があるというわけではない。架空の学生服を着込み、鞘付きの小型ナイフをポケットに突っ込むだけ。それと、通学中という設定なので、何も入っていない学生鞄を持つことになっている。
何度も繰り返しテストをしているので緊張することはないと思っていたが、駅に近づいてくると、心臓の鼓動が高まっているのが自分でも分かった。
「緊張しているのかい? 肩の力を抜いて、いつものようにやればいいさ」
胸に手を当て、目をつぶって深呼吸をしていたのを見られていたようだ。
隣の席に座る博士に話しかけられる。
30代のヨーロッパ人で、この作戦の責任者だ。天才を言われる部類の人で、霊によって変人だが、人と話すのは好きなようで、この一ヶ月、施設で毎日顔を合わせていることもあり、かなり親しくなった。
「はい。現場につけば大丈夫だと思います」
ただ座って待つことしかできないから緊張するのだ。車から出て歩き出せば、気持ちはテロリストを殺すことだけに集中できる。
「それで、ターゲットの写真は?」
実はまだ殺す女の顔を知らなかった。
秘密保持や当日までの無用なトラブルを避けるために、一切女の特徴を教えてくれなかったのだ。
「駅に着いたらスマホに送る。改札で確認してくれ」
相手を殺すぎりぎりまで教えてくれないようだ。ターゲットに関する情報はトップシークレットなのだから、やむを得ないのだろう。こちらとしても、これから殺す相手のことを深くは知りたくない。経歴や家族構成など教えられたら、ナイフを握る手がにぶってしまうかもしれない。
けれど、顔を知らないことには不安がある。その場で写真をすぐに確認して、相手を探し出し、間違えずに殺さなければいけない。相手は電車で明海駅に降りてくることなっている。改札に向かって歩いてくるところを襲撃するのだが、通勤時間帯のため、他にも大勢の客がいるのだ。
いよいよ明海駅の周辺に到着する。車から降りて、徒歩で駅へと向かうことになる。
「グッドラック、孝太!」
博士は親指を上げ、ウインクしてみせる。
「ああ、行ってくるよ」
世界の危機を救う重大ミッションなのに、案外軽いノリだ。これから人を殺すのだから不謹慎かもしれないが、サッカーの試合で勝ってくるわ、ぐらいの気持ちでないと、緊張で押しつぶされてしまいそうだ。
万一の備えはかなり厳重に行っている。明海駅周辺には、すでに多くのエージェントが配置されている。不測の事態が起これば、彼らがバックアップしてくれるはずだ。
鞄とスマホを手に持ち、車を降りる。
ちょうど通勤時間帯で、通勤、通学客が駅に向かっていそいそと歩いている。おそらくこの中にも、エージェントが潜んでいるのだろう。
数分で駅に到着する。
明海駅。昔は海のそばだったようだが、今ではすっかり埋め立てられて、海を見るには30分歩かねばならない。埋め立て地には住宅やマンションが建てられ、ちょっとしたベッドタウンとなっている。
電子マネーの入ったスマホで改札を通る。
そのタイミングでスマホに通知が入る。
さっそくメールを開いて、ターゲットの顔を確認する。
「えっ!?」
思わず声が出てしまった。
サラリーマンに不審な顔で見られるが、そのままホームの奥へと向かっていく。周りから見れば、学生がスマホを見てびっくりしただけにしか見えないのだ。学生がニュースや友達からのメールで大声を上げることは、全く珍しくない。
博士から送られてきた写真には、ターゲットの顔や全身が映し出されていた。画面をスワイプして、数枚写真を見るが、全員同じ人間が映っている。驚いたのはその人物の格好だ。
セーラー服の女性。
つまり殺すべきはターゲットは、女子高生ということだ。
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