信頼の証明
「ただいま~」
「帰ったぞー」
玄関口から二人の声が聞こえた。
おかえりと返す月無兄妹とは違い、やはり自分には一瞬緊張が走る。
お会いできるのは楽しみだったし、月無兄妹のおかげで怖いというわけではないが、ご家族との初対面はそういうものだ。
「初めまして! 白井健です! 月無先輩の部活の後輩でいつもお世話になっています!」
リビングに入ってきた二人に、頭を下げて挨拶をした。
お辞儀は最敬礼の45度、自己紹介も噛まなかった。
「フフ、予想通りねー」
「思ったより予想通りだったな」
……予想通りだったそうです。
頭を上げると、ご両親が素敵な笑顔を向けてくれた。
「初めまして。めぐるの母です」
「ハハ、緊張しなくていいからね。めぐるから君のことはよく聞いてるから」
……こちらもこちらで予想はしていたが、年相応には見えない美しさのお母様に、こういう歳の取り方をしたいと思わせるお父様。
月無家の血筋はやはり美男美女揃いだ。
「白井君が来るって聞いたからケーキでもって思ったら、ケーキ屋で母さんとばったり会ってね」
「フフ、この人白井君に会えるのすっごく楽しみにしてたのよ」
「あ、ありがとうございます! すいません俺何も用意してなくて……」
なんか至れり尽くせりで申し訳ない。
今更過ぎるが、自分こそ何か用意すべきだった。
「ハハ、いいんだよそんなの。そんなに畏まるような場面じゃないだろう。今日は、ね」
「フフ、リラックスしてちょうだい? 自分の家だと思って」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
……何か含みを感じるが、本気で歓迎してくれてるのは確かなようだ。
挨拶の印象も悪くなかったようだし、お言葉に甘えておこう。
お父様は着替えに、お母様は台所へとその場を離れると、旭さんがすかさず耳打ちしてきた。
「大体思ったとおりだけど……気をつけてな。固めにきてる」
「……やっぱりそうですよね今の」
要するに、ご両親の方がむしろ自分達の関係を確固たるものにしようとしている。
月無先輩も同じことを思ったのか、同じくこちらに寄ってきた。
「白井君、画面端展開だけは避けてね。抗えずにそのまま決められちゃうかもしれない」
「何で二人とも格ゲーの世界観で喋るんですかね」
「後手に回るとロクなことにならないからな」
「キャラ対できてないから初見殺し食らうかもしれないし」
全くこの兄妹は……。
「俺としては別段都合悪いわけでも……」
「あたしが何かイヤ」
「俺も何か申し訳なくなる」
「……そういうもんなんですね」
「「そういうもんなんです」」
おぉ、月無兄妹そろい踏みでのこれが聞けるとは。
しかし当初は最も懸念されていた旭さんが、完全に味方に付く形になってくれたのは心強い。
「あたしと白井君のことだし、あたしからはいいけど」
「ハハ、わかりました」
身内からの過干渉はイヤということか。
月無先輩は自身のことは自身で決めるタイプだし、外堀を埋められる感覚は気に食わないのかもしれない。
それに、何より自分の意思を尊重してくれているから、こういうことを言うんだろう。
「変なことしないわよー」
そんな会話が聞こえていたか、台所の方からお母様がそう言った。
「あ、いえそんな。歓迎してもらえて本当に嬉しいです」
「それはそうよー。だってこの子、私にいっつも」
「お母さん、料理冷めるから! 盛るの手伝って」
「フフ、はいはい」
さすがの月無先輩も実の母には敵わないみたいだ。
しかし、月無家の方々は自分と月無先輩の関係に肯定的すぎる気がしなくもない。
月無先輩と自分の関係を素直に喜んでくれているのだとは思うが、普通ある程度は距離を保って見定めるものじゃないのだろうか。
……でも素敵な家族からの歓待に対して、こんな考えをする自分が後ろめたくもなってくる。
「複雑なとこあるかもしれないけど、俺もフォローに回るし白井君は気楽にしてくれよ」
「は、はい。何より料理楽しみですし」
「そうそう、それでいい」
――
ご飯と味噌汁を人数分並べ、テーブルに着くと、待ちに待ったメインディッシュが運ばれてきた。
「ふふー、月無流牛肉のトマト煮だよ!」
「絶対おいしいに決まってるヤツじゃないですか……!」
所謂家庭料理といったシンプルな見た目は、味だけで勝負できる自信があるからこそ。
極上の味が約束された香りが期待を何倍にも膨らませる。
「お、今日はこれかー。そういえばめぐる練習してたなこの間」
お父様も合流して、一同がテーブルに着いた。
テーブルを囲んで改めて正面にご両親を見据えると、なんだかそわそわしてしまう。
「フフ、遠慮しないでどうぞ食べてね!」
「あ、はい! もう美味しそすぎて遠慮とかできないかもです」
小皿に取り分けながら、月無先輩がそう笑顔を向けてくれた。
そんな甲斐甲斐しい様子にご両親も穏やかな笑みを浮かべる。
親目線からしたら感慨深い光景なのかもしれない。
いただきますをして、湯気の上るお肉を掴み、口に運ぶ。
溢れる肉汁が……
「……!」
思わず目を見開き、すぐにでも声を上げたくなる。
湯剥きしたトマトの果肉が牛肉に絡み、ほどよい酸味が肉のうまみを引き立てる。
時折プチッと現れるトマトの種も、胡麻のように食感で楽しませてくる。
調味料はほとんど使っていないのだろう。
食材の味のみがシンプルに調和して、清涼感と確かな濃さが見事に共存している。
飲み込むなり気が付けばもう一切れ……トマトをしっかり絡めた上でだ。
肉汁とトマトエキスが噛むたび口内に広がる。
全神経がその旨みに集中することを余儀なくされている。
もうなんて言えばいいんだこれ幸せすぎる……そうだ、幸せ汁と名づけよう。
若干変態っぽいがこうとしか言いようがない。
思わず食レポをする必要を感じてしまうほど……感じてしまうほど……。
いやめっちゃ反応見てくる。月無家総出で。
「……すいません夢中になってました」
心からの感想である。
すると、旭さんを筆頭に……何故か拍手が起こる。
そして月無先輩が自分に体を向け、
「ありがとうございます」
「いえこちらこそ……というか何なんですこれ」
「……何なんだろうね。あたしもわかんない」
誰も理解し得ない謎の状況に、ついぞ月無先輩も笑い始めてしまい、伝播するように笑顔が広がった。
「よかったわねめぐる。白井君気に入ってくれて」
「……うん!」
お母様の言葉に、月無先輩は少し染み入るような声色混じりに、元気よく返事をした。
ご両親も愛娘の喜ぶ姿が見れて嬉しかったようだ。
「ハハ、我が家の定番料理だからね。口にあったなら幸いだよ」
……微妙に含みがあるのは気のせいだろうか。
とはいえ、この先もまた食べる機会があると思うと、何度だって幸せな気持ちになれるような味だ。
「でも本当においしいですねこれ。牛肉のトマト煮? でしたっけ。初めて食べました」
「お母さんが考えたヤツだからね。……ちなみにこれ本当は何て言うの?」
「そう言えばいつもトマトのヤツとかそんな言い方だったな」
正式名称は兄妹も知らないようだ。
家庭料理だからわざわざつけることもなかったということか。
「特に決めてないわよ。私が昔テキトーに余り物で作ったヤツだしこれ」
「「そうだったの!?」」
「うん。なんかトマトすごいもらった時があって。ダメにする前に使い切らなきゃって」
……マジか。ってか二人とも知らなかったんかい。
「珍しくめぐるが料理教えてーなんて言ってくるからね~。白井君に食べさせてあげたいんだなぁって思うとなんか言うに言えなくて」
「むー……でもいいもん、あたしこれが一番好きだし」
……すごいタイミングでネタばらしするなぁ。
ちなみに月無先輩が料理が上手いのは高校(某有名女子高)教育の一環のおかげで、積極性があったわけでもないらしい。
そんな月無先輩が教えを乞いに来たのが、お母様的には嬉しかったとのこと。
「一家の一番好きなヤツの正体が余り物処理だったとは」
「いやあたしなんてそれで白井君もてなそうとしてたんだけど」
月無兄妹は若干ショックを受けているようだったが、
「ハハ、でも俺、一口で大好物になっちゃいましたよ。こういうのって本当に料理上手い人しか作れないですし」
「あらよかったじゃないめぐる」
「うん!」
思ったことを素直に伝えると、月無先輩は満面の笑みを見せた。
発祥はどうあれ、味の素晴らしさは疑いようがないし、何より月無先輩が思う本当に美味しいものを食べさせたいという気持ちが嬉しかった。
「じゃぁもっと色々練習しないとね」
「フフ、その度味見役に呼ぶね!」
「ハハ、こんな美味しいの毎回食べてたら他で料理食べられなくなりますね」
胃袋を掴むというのは正にこのことなんだろう。
普段とは違う月無先輩の家庭的な面は、安心感と幸福感に満ちた新しい魅力に違いなかった。
これ以上好きになりようはないかと思っていたのに……末恐ろしい子だ。
「旭、褒め慣れてるぞ、彼」
「これは常習だな」
……タラシみたいに。
夕食会は笑顔で進み、月無兄妹の昔話なども聞けて、楽しい話題は尽きなかった。
ちょいちょいお父様が明らかに外堀を埋めに来たが、他の方々のサポートもあり、なんとか決定打は喰らわずに済んだ。
月無先輩はチョロいとか言っていたが……何かそういうもんですらなかった。
でも、言動に気を遣うまでもないくらいに自然な形で歓迎してくれたのは、本当に素直に嬉しいことだった。
――
夕食を済ませ食後のコーヒータイムになると、お父様が席を立ち、居間から庭に繋がるベランダで一服をし始めた。
「あ、コーヒー……俺持っていきますね」
「フフ、ダメよ白井君。見え見えの罠にかかっちゃ」
「お父さん普段換気扇のとこでしかタバコ吸わないから」
「飲み会でもいるだろああいうの。端っこでタバコ吸って誰か来てくれるの待ってるヤツ」
家長の扱いエグくね。
一方お父様はというと……聞こえないフリを決め込んでまるで動じず外を眺めている。
面白いからと少し放置していると……
「ほら、二本目いったわよ。普段そんなに吸わないのに」
「なんかそういうNPCに見えてきたな」
「絶対話しかけたくないけど話しかけないとイベント進行しないヤツね」
さすがに哀愁が漂い始めたし、コーヒーも冷めてしまう。
下手な芝居は止めなさいとお母様がコーヒーを持っていくと、
「はいあなた、コーヒー……」
「……」
ガン無視である。
「……やっぱり俺が話しかけるのがフラグなんですね」
「あたしは折ってもいいと思う」
「どうせクソイベだぞこれ」
誘いに乗るようではあるが……自分が行かないと収集がつかないだろう。
「ごめんね白井君、ちょっとだけ相手してあげてね。あの人、白井君とお
「はい。俺としても折角の機会ですから」
自分としては気になることもある。
席を立ち、コーヒーを持ってベランダに座すお父様に声をかけた。
「あ、あの~……コーヒーお持ちしました」
「あぁありがとう。忘れていたよ、コーヒー」
お母様以外全員ヤベぇ人かこの一家。
コーヒーカップを手渡すと、無言でスペースを開けてきた。
飽くまで自然な流れを装うスタンスのようだ。
こんな状況に陥っても男同士の会話を演出したいんだろう。メンタル強ぇ。
「お隣失礼しますね」
隣に座ると、しばらくの間何も言わず、コーヒーをひとすすりして、口を開いた。
「……白井君、ぶっちゃけめぐるのことどう思ってる?」
「え……ぶっちゃけって」
……もう何かそういう流れとか全部ブチ壊しなレベルで急にブッこんできた。
まぁさっきまでは月無先輩達に牽制され続けていたから、その反動だろう。
しかしハッキリとしたところを聞きたいというのは親として当然の気持ちだろうけど、どこまで気持ちを晒していいものか。
月無先輩の方を見ると……めっちゃ軽蔑の眼差し向けてる。
「あなたそういうのは止めなさいよ……旭が仲良くしてる時点でわかるでしょう」
「それは確かにそうだが」
「その納得の仕方やめてくんない?」
なんか飛び火した……。
しかし月無先輩に近付くにあたって、旭さんが最難関であるというのは共通認識のようだ。
「しかしなんというか、そこじゃなくてだな」
「え」
……じゃぁどこなんだ。
旭さんと同じく、愛娘に近付くのであれば相応の覚悟をもって欲しいというのが親の心情だと思っていたが。
「……あの子迷惑かけたりしてないか?」
「全然してませんが……むしろめちゃめちゃ世話になってます」
「結構わがままだったりは」
「それ本人も言ってますけど、全然思ったことないです」
「猫かぶってるだけだったりは」
「裏表ないというか……割といつも本音で喋ってくれてる気がします」
色々聞かれるが意図がよくわからない。
言っていることはわかるけど、それに関して負の感情を抱いた記憶は全然ない。
「めんどくさいオッサンねぇ……」
「あなたの夫だが」
「あらあなた達の親よ」
「「……ヤダなぁ」」
テーブルの三人が溜め息を吐くも、お父様は至って真面目だ。
「ぶりっこしてない?」
「それは素ですね」
「ちょっとー!」
しかし何でこのタイミングで娘の性格の話に。
「あたしが……ぶりっこだと」
「……ごめんね。お母さん、めぐるが大人になるまで言うの待とうって」
「俺は前から知ってたんだが……お前は本当はな」
「そんな……」
……あっちはなんかショートコントやってるし。
とはいえ、本人の前でこんな話をして大丈夫かと思ったけど、月無先輩自身はそれほど気にしていないようだ。
「ゲームの話ばっかりしてない?」
「ハハ、むしろ共通の趣味で毎日楽しいです」
ともすればマイナスポイントにも聞こえる内容ばかり……もしかしてだが。
「嫌って思ったこと、一度もないですよ。……むしろ嫌な部分が本当に思いつかないんですよね。気を遣って言ってるとかじゃなくってです」
好きすぎるあまり悪いところが見えていないと言われそうだが、思うところが少しでもあれば、自然と思いつくものだと思う。
「……母さん、この子聖人かもしれない」
「いい加減になさい」
「む、むぅ……」
大体理解した。
お父様としては、自分の人となりよりも、自分の許容範囲と盲信していないかどうかを知りたかったんだろう。
家庭を持ってる人ゆえの疑問なのかもしれない。
「正直なところ言うが……あの子……いけるのかと思っててね。その、アレにだよ。わかるだろう?」
「お父さん嫌い」
話飛んだなぁ……でもそういう前提の質問だったな確かに。
普段の様子を知っているからこそ、親としては思うところがあるんだろう。
直接的な言い方をすれば、行き過ぎた趣味人である娘が嫁に行けるのかと。
「もういいじゃない。めぐるだって流石に仲良い子といる時にもずっとゲームだのゲーム音楽だの言ってるわけないじゃない」
「……ごめんお母さん、それはしてる」
「あなたマジなの?」
それに関しては何も言えねぇ。
ご両親ともに苦笑いである。
「と、ともかく、そういうところも含めて悪く思うことなんて本当になくて」
至らないところだって知っている。
理解しようとする気がなければ、付き合いづらいところもあるかもしれない。
でもそういう段階はとっくにクリアしてると思うし、それ以上に好きになったところが多すぎる。
「こう言うと失礼かもしれませんが……今更かなぁって思ってます。ダメなところ? もあったのかもですけど、なんというか、納得いかなかったことは一度もなくって」
ご両親とお兄さんが一番の理解者であるとしても、自分だってそのつもりだ。
偉そうなことは言えないけど、その気持ちは月無家の人には伝わっている気がする。
それになにより、自分が理解しようとするのと同じように、月無先輩だって自分のことをわかろうとしてくれている。
悩んだことも困ったことも、正直に言えばあった。
でもそれは信頼があったから悪い方向に進むことはなかった。
むしろ、信じようとか、信じたいと思ったことすら、ほとんどないかもしれない。
「……母さん」
「何」
「これ、愛だ」
「……そう」
……もう全員が何言ってんだコイツみたいな顔してる。
「……むーサイアク」
そう言って、月無先輩はスタスタと居間から出て行った。
……機嫌を損ねたというよりは、
「わかりやすく照れるなあの子は」
「フフ、青春ねー」
「親父を軽蔑したのは本当だと思う」
照れて居づらくなった、ということだろう。
まぁあとお花摘みという説もある。お父様の発言に目を光らせてずっと居間にいたし。
「あー白井君……」
「……? はい」
「月並みな言い方になってしまうが……これからもめぐると仲良くしてやってくれ」
……ここまで真剣な言葉は、そう何度も聞く機会はない気がする。
言い方とは裏腹に、そう感じざるを得ない想いがこもっていた。
「全部わかってくれる人に会えて嬉しいみたいなんだ」
「……はい」
ずっと一緒にいた家族だから、色んな含みがあるようにも思う。
冗談交じりではなく、娘の幸せを願う親としての本気の言葉だった。
「本当に楽しそうに話すからねー白井君のこと」
「だからその分迷惑かけてるんじゃないかってね。ほら、あの子ちょっと周り見えないところあるだろう」
「ハハ、そういうとこありますね」
自分に好意的なのも、娘を想うからこそだったんだ。
「君のこと、本当に信頼してるみたいなんだ」
「……本当に光栄に思ってます。俺もめぐるさんのこと誰よりも信頼してます」
「ハハ、そうか。よかった」
人物を見定められる覚悟もしていたけど、それに関しては月無先輩の笑顔が何よりの証明になってくれていたようだ。
月無先輩の裏表のない笑顔は、何よりも信頼できると自分だってよく知っている。
全部本音で返したのが伝わったのか、お父様も懸念を払拭したような顔を見せた。
「はい、じゃぁここまで。言いたいことは言えたでしょ?」
「ま、まぁそうだな」
「フフ、白井君もそろそろキッツいわよねこの人」
キッツいって。
確かに多少面食らったけど、親にとって一番大切なのは子供なんだから、そう思えばその想いがどれだけ強いかの想像は難しくない。
「やっぱり親御さん目線だと気になること沢山あると思いますので」
「わかってくれて嬉しいよ」
それをしっかり受け取れたことは、自分にだって良いことだ。
「俺ん時はこんなことなかったのになぁ」
「あなたは……ねぇ」
「……なぁ?」
「諦めてたみたいな反応やめてくれ」
「ハハ、俺のとこも妹の方が可愛がられてましたよ」
そんなこんなで、話は一端収束した。
直接的な言葉も多少飛び交ったし、実際のところ上手いこと固められてしまった気もするが、月無一家との関係が良好なものになったのは本当に嬉しいことだ。
月無先輩が戻ってきて、テーブルにつくと、
「白井君もこっち。もういいでしょお父さん」
隣の椅子を引いて手招きした。
「ハハ、隣にいて欲しいんだね。早く行ってあげなさい」
自分も戻ってテーブルに着くと、月無先輩はお父様を一瞥し、自分に目を戻す。
「……何か言われた?」
「ハハ、そんな警戒するようなことなかったですよ。話せてよかったって思ってます」
「むー……ならいっか。お父さん、今日だけだよ」
「わかったわかった」
とか言いつつ、お父様にも気を遣って自分と話す時間をあげたんだろうと思う。
邪見に扱うようなフリをして、本当によくできた娘さんだ。
そして再びお父様も合流し、コーヒーも入れ直し憩いのひと時を満喫した。
月無先輩の幼少期の写真アルバムなんかも飛び出した。
月無先輩は恥ずかしいと嫌がっていたが、自分の知らない色んな月無先輩が可愛すぎたので、そこは容赦なく見せてもらった。
午後九時を回った頃……
「すごい今更なんだが旭……」
「ん?」
「お前同棲相手放っておいて何してるんだ」
「あたしもご飯食べたらすぐ帰るもんだと思ってた」
「……だな。帰るわ」
すげぇ根本的なとこきた。
家庭を作るって大変なんだなぁ……大事なものでも天秤にかける必要があるし、かけかたを間違ってもいけない。
「じゃぁ俺も一緒に帰りますね。駅まで送らせてください」
「君ほんといいヤツだな……」
「いえ、俺の用事で来てくださったんですから」
「あ、じゃぁあたしも行く」
帰り支度を済ませ、玄関先まで見送りに来てくれたご両親に改めて挨拶をした。
「またいつでもいらっしゃい? ご飯くらいいつでも作ってあげるから」
「いえそんな、悪い気が……」
「あ、大丈夫だよ。次から白井君来るときはお父さん残業してもらうから安心して」
「そこじゃない」
鬼かなこの娘っ子は。
「フフ、遠慮なんかしなくていいのよ。めぐるに付き合って外食ばっかりしてたら大変でしょ?」
「実際あたしも結構金欠気味だし!」
「ハハ、じゃぁそういうことなら……」
すごく助かる話だし、何より楽しみが増えるとご厚意を受け取ることにした。
「最後の最後で母さんに持ってかれたなー親父」
「……お見事」
「……あなたが下手すぎるだけでしょ」
焦らずに機を見て的確に。
結局のところ、お母様が一番のやり手だったということか。
でも、月無先輩とよく似た笑顔は、やはり親子なんだと思わせる打算とは無縁なものだった。
「フフ、結局固められちゃったね」
「ハハ、上手いこと乗せられちゃいました。でも嬉しいです」
もし仮に計算だったとしても、嬉しいに決まってる。
数時間前の自分に、こんないいことがあったって伝えたいくらいだ。
「それじゃぁね、白井君」
「なんなら部屋余ってるからうちに……」
「それ俺の部屋のこと言ってるよな」
「あなた達は黙ってなさい」
「ハハ。ではまた。今日は本当にありがとうございました」
ご両親の想いの全てを理解することはできないけど、どんな想いがあるのかを自分なりに知れて本当によかった。
月無家の大黒柱と、それを支える……影の支配者。
そんな二人の笑顔に見送られ、月無邸を後にした。
駅へ歩く足取りは軽く、今日の出来事への喜びを自分の身体が勝手に示していた。
改札の前まで来て、旭さんと連絡先を交換すると、改めて認めてもらえたという実感が湧いた。
「白井君。スイッチ、それあげるから」
「え!? いやさすがにそれは悪いですって」
「ハハ、貸すのもあげるのも同じようなもんだ」
大人の余裕を見せつけられてしまった。
旭さんから受け取って、今は自分の肩にかかっている信頼の証。
でもそれは重みを感じるようなものではなく、ただこの先を楽しみにさせてくれるだけのものだ。
「……お兄ちゃん、すっかり白井君のこと大好きじゃん」
「まぁな。少しでも下心を持った相手なら覇王翔吼拳を使わざるを得ないと思っていたが」
「あはは、そりゃ~ないよ。白井君、異常なくらいあたしのこと大切にしてくれるから」
……想い人に異常って言われるレベルなのか俺。
まぁ自覚はあるけど。
「ハッハ、めぐるも同じだろ。今日見ててわかったわ。めぐるの中で俺はもう一番じゃないんだなって」
「お兄ちゃんが一番だったことはないよ」
「マジレスやめて」
シスコンジョークには全く容赦しないスタンスである。
最も効果的と思われる即死級のダメージを追わせて、
「気持ちわるっ」
「もうライフゼロですから」
死体蹴りも念入りである。
「まぁそうだな~……フフ、もう大丈夫って、わかったでしょ?」
「……そうか。そうだよな」
それでも、晴れやかな笑顔で旭さんに向かってそう言った。
遊び相手でもあった旭さんには、月無先輩が長年感じていたものがよくわかるハズ。
ご両親とはまた別の心配の仕方をしていたんだと思う。
「白井君、めぐるをよろしくな」
「はい」
「命に代えてもな」
「ハハ、わかりました」
最後の最後でシスコン節だったけど、本当に大切に思ってるからこその言葉だ。
即答できなきゃ男じゃない。
「……ちなみに、もう一生って言ってくれてるよ」
「マジか。……マジなの?」
「は、はい……」
……言ったな。告白した時。
簡単に口に出す言葉じゃないと思って、それ以来だけど。
「白井君意外と男らしいとこあるよな」
「そ、そうですかね」
「はい、もういいでしょ!」
「ハハ、わかったわかった」
少し顔を紅くする月無先輩を見て、意外にもあっさりとそれじゃぁと言って改札に向かって行った。
別れ際の小さなやりとりだったけど、本当に満足してくれたんだろうと思う。
「ふー。じゃ、帰ろうか!」
「はい」
お兄さんの背中を見送って、二人で並んで帰路についた。
月無先輩はあーだこーだと男性陣に対しての不満をもらしていたが、内容とは裏腹にいつもの明るい笑顔のままだった。
自分だけじゃなく月無先輩にとっても、そして月無家の皆にとっても、今日の出来事は忘れられない思い出になったんだろう。
「ちなみにあたし超幸せだから」
「……俺も超幸せですよ」
ふと互いに口にした、今への気持ち。
どっちからだったろうか。
「はっず……はっ……顔抑えられない」
「ハハ、握っちゃってますから」
「むー……」
気付けばつなぎあっていた手を、どちらも離そうとはしなかった。
隠しトラック
――めぐる今昔物語 ~月無邸にて~
「……またそんなもの持ってきて。めぐるにまた嫌われるわよ」
「え、何? うわ、ちょっとお父さんそれはダメ!」
「……? 何ですそれ」
「……見たいかい? 白井君」
「……めぐる……3才まで……ゴクリ」
「むー……めっちゃ見たそう」
「白井君こりゃ罠だぞ。引けなくなる」
「……罠だとわかっていても引けない時はあるんです」
「この漢気よ」
「ハッハ、まぁいいだろうめぐる。少しくらい」
「じゃぁちょっとだけね」
「ぺらり……はっ……かわわ……」
「可愛いだろう。めぐるが生まれた時はなぁ……」
「フフ、あなた大泣きして喜んでたわよね」
「あぁ。やっと我が家に天使が来たって思ったよ」
「……ねぇ俺は?」
一才
「かわわ……」
「フフ、この頃もうとにかく歩き回ってね~」
「めぐるは歩きだすの早かったからなぁ」
「抱っこしてないとすぐどっか行こうとしちゃって」
「母さんてんてこまいだったなぁ」
「ハハ、やっぱり子育てって大変なんですね」
「そうねー。でも苦じゃなかったわね」
「めぐるの笑顔見ると疲れなんて吹っ飛んじゃってな。子育てってこういうもんなんだって自覚したよ」
「親になるってこういうことなのねぇって」
「なるほど、俺の時には自覚わかなかったのか」
二才
「むー。何だかんだお母さんノリ気じゃん」
「フフ、こういうの見ちゃうとやっぱり懐かしくなっちゃうのよ。ほらこれ」
「お、誕生日の時のか。これはハッキリ覚えてるなぁ」
「そうそう。これ、ちょっと前まで不機嫌だったのにプレゼント渡したら。こーんなに喜んじゃって」
「ハッハ、現金な子だったなぁ」
「……可愛すぎる」
「……あたし可愛いね」
「自分で言っちゃうレベル」
「俺も確かあげたなーこの時。お兄ちゃん大好きーって喜んでたんだぞー」
「ごめん記憶にない。ほんと?」
「どうだったかしらねぇ」
「昔のことだからなぁ」
「……そうか、そうだな。記憶違いだった」
三才
「ハハ、何だかんだお兄ちゃん大好きなんですね、この写真」
「いや、これはな」
「……うわ、なんとなく覚えてる」
「マイク・ハガーの真似してひたすら俺の背中に頭突きしてるとこ」
「よくない遊び覚えちゃってる」
「ハッハッハ、一時期ブームだったな」
「笑いごとじゃないわよ。やめさせるの大変だったんだから。二人とも面白がって止めないし」
「だって可愛かったから。なぁ親父」
「ビデオも撮ってあるぞ。白井君も今度見るか?」
「だーめ。何か変な声だすし。あれも中々やめなかったんだから」
「あ、でやぁ?」
「それよ。ねぇめぐる……めぐる?」
「……めぐるさん、昔から変わってないんですね」
現在
「……すでに聞かせてあります」
「……あなた今もなのね」
「い、いつもじゃないから! 話題に上がった時テンション上がって!」
「そういや白井君にタフ買ってもらったって言ってたもんな」
「あ、あのゲームソフトね? ありがとうねぇ白井君」
「いえいえ。でもその時も、買うか買わないか迷って一旦離れてしょんぼりしてたのに、すぐにすっごい笑顔になって」
「ハハハ、現金なところも変わってないんだなぁ」
「でもめぐるさんの笑顔って、見てるこっちも嬉しくなるので。さっきの話すごい共感しちゃいます」
「フフ、よかったわねーめぐる」
「めっちゃ照れてるよ」
「むー……」
「一番いいところも昔からなんだなぁって」
「もう終わり!」
「ア゛ッ」←背中バーン
「ちょっと! 白井君大丈夫?」
「ハハ、照れるといつものことなので」
「常習なのね」
「背中攻撃するとこも変わってないんだな」
娘、DV発覚。
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