笑顔の兄妹

 あれよあれよという間に月無家のご相伴にあずかることが決まり、駅前で月無先輩のお兄さんの到着を待つ。

 

「お兄さんどれくらいで来ますかね?」

「あと一駅だって。なんか一駅ごとに連絡来る。めっちゃキモい」

「それ多分メリーさんじゃないかな」


 月無先輩の兄であるだけでなく、同大学の先輩で軽音学部のOBでもある。

 要するに、何があっても粗相をしてはいけない相手ということだ。


「気付いたら後ろにいてさ……こう……パワーウェイブ! って」

「テリーさんだった」

「メリー・ボガード」

「くだらなすぎて好き」


 しょうもないやりとりは、緊張する自分には癒しになってくれた。

 察してふざけてくれたんだろう……言いたいだけだった感もあるが。


「フフ、少しは緊張ほぐれた?」

「ハハ、ありがとうございます」

「まー色々言ってくるかもだけど何だかんだ優しいから大丈夫だよ! 多分」


 配信者「ヌルさん」としての印象は、優しく気の良い大人な人だが……問題は配信中ですら顔を見せるそのシスコンっぷりだ。

 流石に漫画やアニメみたいに非現実的なラインではなさそうだけど、素で妹可愛い話をし始めるあたり、ネタじゃなくガチなのはよぉくわかる。


「俺の存在自体が赦されない可能性ってまだあります?」

「フフ、敵としては見られてないと思うよ。多分」

「だといいなぁ」

「というかむしろ喜んでると思うけどね。じゃないと速攻断るでしょ。スイッチの件」

「じゃぁ大丈夫かぁ」

「うん。多分」

 

 前例がない状況だけに、月無先輩自身確証はないご様子。

 でも会ったこともない自分にゲーム機を貸してくれる時点で、心の広い方なのは事実だ。

 月無先輩も何だかんだ言いながらも、兄を本当に信頼しているはわかる。


「まぁアレだよ、白井君だって、純ちゃんに変な男近づいてきたらイヤでしょ。そういうのと一緒なんじゃないかな」

「なるほど……見境なく攻撃するわけじゃないと」

「うん。多分」

「そろそろ多分やめてほしいなぁ」


 隣に立つ男に相応しいかどうかを試されるということだ。

 ニンテンドースイッチも、それを見極めてからと。

 愛する妹の相手となればそれは当然か。


「いざとなったらあたしのこと盾にしていいから!」

「そんな情けないことしませんて……」


 とはいえ、その攻撃性が口で言っているだけ冗談なのかマジなのか。

 流石に前者なんだろうけど、そうと決めて弛緩しかんしすぎてもよくないだろう。

 そして待つこと数分。

 

「あ、そういえばお名前なんて言うんです?」

「……本人に聞いてみたら?」

「え?」


 月無先輩がそう言って目を向けた先、誘導されて振り向くと、


あさひです」

「えぇ―!? あ、初めまして!」


 ……あらやだイケメン。

 タッパもそれなりで、まさに美男子といった出で立ち。ラフな格好ながらも確かなオーラを感じてしまう。

 やはり月無家は顔面エリートの血筋なんだろう。


「君が白井か……」

「は、はい、白井健です」


 画面越しに何度も聴いた声には……息苦しくなるほどの圧が乗っていた。


「改めて、めぐるの兄の旭です」

「ぞ、存じております」

星央せいおう大学卒業生で軽音学部OB、そして君と同じく鍵盤パート……旭です」


 ……何か大先輩要素めっちゃ出してきた。

 あと誰かの口から大学名聞いたの初めてな気がする。


「ぼ、僕は矮小な一年せ……」

「白井君白井君、多分これ笑わせるつもりで言ってるんだよ」

「え」


 月無先輩にそう言われ、お兄さんと目を合わせると、


「……そのつもりです」

「……ブフッ」


 真顔につい吹き出してしまった。

 そんな自分を見て、お兄さんは優しい顔を見せて笑ってくれた。

 

「緊張しすぎだろー君。テンパった挙句矮小な一年って」

「す、すいません。圧で頭がやられて……」

「フフ、ちなみにあたしは近付いてきてたの気付いてた」

「大成功だったな。いい反応が見れた」


 こうしてジョークをかましてくれるのは、歓迎の証なんだろう。

 それに、月無先輩と兄妹なんだなと思わせる笑顔に何だか安心した。


「立場上、緊張するよな」

「は、はい。妹さんのことすごく大切にしていると伺ってたので」

「そうだな。それなら……俺がここに何をしに来たかわかるよな」


 そう思ったらこの切り替わりである。


「めぐるさん、俺はここまでのようです」

「いや相手にしないでいいから」

「ハハハ、いいぞーそのノリ。そんな感じでいいから!」


 あ、正解だったのか……。

 とはいえ、緊張しないようにと気を遣ってくれているんだろうし、今のだって、実際に攻撃する気はないと言ってくれているような気がした。


「お二人とも似てますね」

「えー! やめてよ似てるとか」

「何だよ似てるだろー。陽キャのフリして陰キャなとことか」

「ウザ」

 

 そんなこんなで、三人で歩いて月無邸へと向かった。


 ――


 道中は兄妹の仲の良さが伺える会話に聞き耳を立てた。

 自分以外に見せる月無先輩の素の話し方も、何だか新鮮だ。


「へー、そういう感じだったんだ。同棲始めるとか言ってたし、いつ配信辞めるのかなーって思ってた」

「白井君どう思うこの言い方。この子、兄にだけ異様に辛辣なの」

「ハハ、俺だったら泣いちゃうかもです」


 近況の話をしつつ、たまにこうして自分にも振ってくれる。

 月無先輩もマメに気遣いをするタイプだけど、兄譲りなのかもしれない。


「まぁ同棲始めたらゲーム減らすって言ったら、生活考えるならむしろ配信のために続けろって言われてさ」

「アハハ、理解してもらえてるってことじゃん! むっちゃいい人だ!」


 結婚前提で同棲を始めたらしく、彼女さんもゲーオタな部分を尊重してくれているそうだ。

 人のこういう話を聞く機会はあまりないし、興味深いとしっかり聞いた。


「ってかごめんな白井君、俺ばっかめぐると話してて」

「あ、いえ、折角会ったんですしそれは全然。俺もめぐるさんの素が見れて何か嬉しくて」

「ハハ、そうかそうか。……めぐるさん、もしかしてマジでいいヤツ?」

「だから言ったじゃんいいヤツだって」


 少しこそばゆいけど、月無先輩の事前フォローは本当にありがたいことだ。


「白井君、不愉快だったらあたしに言ってね」

「何言ってるんですか……むしろめぐるさんのいいところってお兄さん譲りなとこあるんだなって」

「お兄さん……だと?」


 やべぇ。

 今更ながら何と呼べばいいのか判断が甘かった。

 なれなれしくお兄さんなんて言ったことで殺意の引き金が……いや待て落ち着け、自分は直接呼ぶ意味で言ったのではない。

 単語に反応して攻撃してくるタイプならお終いだが……


「もう一度言ってみてくれ」

「え? あ……お兄さん……ですか?」


 何も言わずに何か噛みしめるようにして……


「……アリだな」

「「……アリなんだ」」

 

 ……もうこの兄妹、中身同一人物なんじゃねぇかな。


 自分のことを邪見にしたり、審判するような目で見られる可能性もゼロじゃかなった。

 実際にはそんなことは全くなく、本気で歓迎してくれてるのが嬉しくて、気付けば自分も緊張はなく自然な笑顔になっていた。

 話の流れでゲーム配信のファンだと伝えると、とても喜んでくれた。

 裏表のないプラスの感情に満ちた表情は、月無兄妹を象徴するようなものだった。

 

 ――


「ふーただいまー! どうぞ白井君!」

「お邪魔します。あ、お兄さん先にどうぞ」

「いいよ、白井君先に入りな」


 月無邸に着き、月無先輩に迎え入れられ、


「ようこそ月無家へ……」


 お兄さんがガチャリと鍵を閉め、


「ここが貴様の墓場だ」

「急な戦闘」


 月無先輩助け……いやBGMとかいらないから。

 もう何なんこの兄妹。


「ちゃんとデビルカズヤの曲流すあたりわかってるなめぐるは」

「あたしだってさらに成長してるからね!」

「ハッハッハ、多分よくない方向だなそれ」


 お邪魔して早々に月無兄妹の洗礼を受けたわけだが……多分、これ以上ない歓迎の証なんだろう。

 

「ところでこの曲は……カッコいい」

「鉄拳2のラスボスだよ!」

「あ、デビルカズヤってアレか、三島一八みしまかずやか。お兄さんメッチャ嫌いなキャラですよね確か」

「俺は即死キャラを認める気はない」


 スマブラSPに参戦したことで若年層への一般知名度もかなり上がったキャラ。

 そしてお兄さんがスマブラ実況回で毎度憎しみを露わにするキャラでもあったりする。


「配信外じゃ結構使ってるくせにね」

「やめろ炎上する」


 ……使ってるんだ。

 職業ゲーマーは色々と配慮が大変だ。

 

 居間に入って一息つくと、月無先輩は夕飯の準備、と台所に向かった。


「手伝いますよめぐるさん」

「ん? いいよいいよ、とりあえず下準備だけだし、その間お兄ちゃんの相手してあげてて」

「あ、じゃぁ……」


 居間の方へ振り返ると、お兄さんがTV台の開きを開けていた。

 ゲーム機が色々と入ってるようだが……


「お、丁度いいのがあった」


 これは懐かしい、ニンテンドー64だ。


「見せてもらおうか……現役軽音学部の実力を」

「……え?」

「というわけで今回はこれ、スイッチでの配信決定を記念して昔懐かしいFPS界のレジェンド! 007ゴールデンアイをやっていきます」


 何か動画冒頭みたいなん始まった。


「ちなみにこれ、どういう流れですか?」

「ん? あぁ、そう簡単に大事なめぐ……スイッチを渡すわけにはいかないからな」


 色々混同してる気がするが大体流れはわかった。

 要はゲームの実力をここで見せないといけないということ。

 軽音学部なんだからそこは音楽の実力じゃないのかとも思うが……まぁ月無先輩もゲーム廃人なんだから、遊び相手を続けるには実力は不可欠だ。


「わかりました……対戦は自信ないですけど、やったことはあるので」

「ハハ、対戦じゃないって、一緒にやろうぜって感じだよ」

「なるほど……ちなみにお兄さん結構やってた人です?」

「対戦ならどのステージでも復帰地点全箇所にモーションセンサー爆弾仕込めるくらいには」

「死の連鎖が始まるヤツ」


 007ゴールデンアイといえばFPS(ファースト・パーソン・シューティングの略。一人称視点ゲーム)が広く知られるようになった切っ掛けとも言える作品。

 3D世界でシビアなミッションをクリアする楽しさだけでなく、ミッションとかよくわかんないけど歩き回って銃撃つだけでも楽しい。

 そんな大幅に拡張されたゲームの自由度に加え、完成度も当時のゲームでは群を抜いていた。

 クリアして終わりではなく、難易度を変えたりTAに挑戦したり、対戦モードで友達と遊んだり、はたまた公式チートモードでトリガーハッピーになったりと、遊び方は無限大。

 どんな人でも楽しめる要素が詰まった本作は、ゲームの進化を確信させるもので、当時多くの人が熱狂した。


 ……という話を、旭さんはゲーム機をセットしながら楽しそうに語ってくれた。

 実際にその移り変わりを体験してきた人だからこその話は、かなり興味深いものだった。

 

 月無先輩もこっちの様子を見て声だけでも参加したくなったのか、


「ちなみに開発はレア社! ドンキーコングとかの会社だよ! 作曲家は違う人だけど、ゴールデンアイの曲もしっかり高クオリティっていうね!」

「ハハ、曲のことはめぐるさんが教えてくれるんですね」


 料理の下準備をしながら嬉々として教えてくれた。

 この兄妹と一緒にいたら本当に聞き飽きることなく色んなことを教えてもらえそうだ。


 ゲームを起動し、いざ007の世界へ。


「FPS久々……そういえばお兄さんって配信でFPSやらないんですか?」

「あんまやらないなぁ。だってほぼ曲ないようなもんじゃん」

「めぐるさんも同じこと言いそうですね……」

「ハハハ、聞いてみるか。めぐるー、めぐるも最近のFPSやらないよなー」

「んー? やんないねー。だって音楽ほとんどないじゃん」


 ……やっぱり中身同じだよなこの兄妹。

 そして最初のステージ「ダム」を選ぶ。


「うわ懐かしいですねぇこれ。このポリゴン感」

「ハハ。でも当時は驚いたぞー」


 ステージ全体像のムービーが流れ、銃を構えて一人称視点へ。

 こういう凝った演出も当時は衝撃だったんだろう。


「スパイ活動中なのにめっちゃノリノリですよね曲」

「ね! もう隠密行動する気ないよね」


 流れる曲はしっかりとしたビートのロックな楽曲。

 しかしこれがまた007感が出ていていいとのこと。


「このクリシェライン聴いちゃったら007だなぁってなるんだよ」

「フフ、お兄ちゃん昔も言ってたねそれ!」


 クリシェライン(またはライン・クリシェ)というのは、和音の中で一つの音だけが半音ずつ動くこと。

 テーマ曲自体が「クリシェといえば007」という程に有名で印象深く、今まさに聴こえてくる曲の中にも特徴的に使われている。

 確かに、この曲を始めて聴いても007の曲と連想できる仕上りだ。


「レア社って言えばイギリス! 007もイギリスだから、ちゃんと作品愛が音楽にも出てるんだよ!」

「ハハ、自国の英雄ですもんね。そりゃ気合も入るっていう」


 愛ゆえのクオリティの高さと言えるだろうし、月無先輩的には、そういうものが見える曲は大好物なんだろう。


「何でしたっけ、ライト・モティーフとか言うんでしたっけこういうの」

「おぉよく知ってんな白井君」


 特徴的な旋律やフレーズと、人物や感情を結び付けて曲中で使うという技法のことだ。

 この場合「クリシェ」とジェームズ・ボンドが結びついて、曲に組み込まれていて、007の曲だという演出になっている。

 それだけじゃなくこれまた有名な「テレッテレー」もそれに準じた使われ方をしている。

 「○○っぽさ」が重要になるゲーム音楽でこうした演出は枚挙に暇がないし、この技法がゲーム音楽らしさの一つになっているのも事実だろう。


「この前めぐるさんが言ってたのでちょっと調べたんですよ」

「……言ったっけ?」

「ハハハ、言った本人が忘れてるよ」


 まぁ忘れてても仕方ないか。


「状態異常の時でしたからね、言ってたの」

「あ~、なんかゴメン。ってかちゃんと聞いてくれてるんだアレ」

「ハハ、大体は。専門用語出てくると全然わからないですけどね」

「フフ、でもそれで調べてくれたんでしょ? 嬉しいなぁ」


 フッ、弟子も成長しているのですよ。

 師の教えにわからない言葉があれば、それを放置するのは弟子失格。


「なんか底知れない信頼の見えるやりとりに困惑してるんだが。っていうか状態異常って何」

「え、あ……状態異常というのはですね」

「ちょっと白井君、それはいいから」


 ……実の兄にも知られたくないのね。


「ちょっと待って。兄マジで気になる。白井君教えて」

「あ~……ハハ。……気になってるそうです」

「ヤダ」

「じゃぁSwitchは持って帰るか」

「ウザ」


 ということで人質スイッチを取られたので軽く事情説明。

 実際は「何となく知られるのがイヤだ」くらいなもので、あんまり気にしてる様子でもなさそうだった。

 互いによく知る家族だからこそ、妙なジレンマがあるということだ。


「……俺の前でも見せない痴態を白井君には見せているだと」

「いや痴態って」

「まぁ白井君ならいいかって思ってるけど」

「しかも抵抗がないだと……!」

 

 月無先輩が本当に信頼している人の前でしか状態異常にならない、というのは事実だ。

 いい意味で遠慮がないと捉えていいし、自分としては役得のように思ってる部分もある。


「あたしのことはいいから! ほらゲームゲーム」


 大学での色々を聞かれるのも気恥ずかしさがあるんだろう。

 兄的には知りたいことはまだあるようだったけど、再びゲーム画面に集中することに。


「交代しませんか? 次の面」

「お、じゃぁやろうか」

「お願いします! お兄さんのプレイ生で見てみたかったんです」

「おぉ、じゃぁ俺もOBの実力見せてやらないとだな!」


 月無先輩が自分以上と認める廃ゲーマーのプレイを、直に拝める機会もそうないだろう。

 期待を画面に寄せていると、料理の下準備が終わったとのことで、月無先輩もこちらに来て自分の隣に座った。


「いいよ~白井君その調子。お兄ちゃん媚び売られても気づかないから」

「そんなつもりじゃないですって」

「ハッ……担がれていたのか俺は」

「だからそんなつもりじゃないですって」


 そんなジョークに笑いがこぼれ、三人そろってゲームを再開した。


「ちなみに当時の大半の小学生はこのステージで詰んでた」

「早。でも俺も確かに最初ここよくわからなかったですね」


 二面の「化学工場」からミッションらしいミッションが増え、難易度も少しづつ上がる。

 

「この曲めっちゃよくない?」

「なんか妙な化学感でてますよね。ダンサブルな感じがまたいい」

「こうしてちゃんと曲でメリハリがついてるのも映画みたいでいいよね!」

「確かにこっちの方がスパイ感ありますね」

 

 曲もガラッと変わって、任務行動中を思わせる坦々としたリズム。

 しかしそれも、ダンスミュージックのそれに近く、盛り下げるようなこともなくしっかりとビートを感じさせる。


「あ、曲聞こえなくなるからお兄ちゃん極力サイレンサーね」

「お前昔からほんとブレないな……じゃぁ全部ヘッショ狙いで」


 本当に昔からゲーム音楽の権化だったんだな……。


「ハハ、そういえばロックマンも似たようなこと言ってました。4だっけ」

「そうそう、チャージの音が煩いからチャージショット撃つなとか言うんだよ」

「でも結局豆鉄砲でクリアしたよねお兄ちゃん」

「すげぇ」


 そんな風に、仲の良い兄妹に挟まれながら、楽しい時間は過ぎて行った。

 ワイワイと交代交代でプレイしたり、当時のゲーム話を聞いたり、時には手を止めて曲をちゃんと聴いてみたりと、それぞれの楽しみ方を全員で共有する時間は、本当にあっという間だった。

 そろそろ頃合いと月無先輩は料理を始め、自分と旭さんもゲームを片付け、完成を待つことに。

 

「さて、現役軽音部員の実力を見せてもらったわけだが……」

「……試されてるのすっかり忘れてました」


 楽しくてつい忘れていた。

 しかし無様なプレイはそう見せなかったハズだし、アドバイス通りやれていたハズ……。


「誠に残念ではありますが当家の基準には達していないという判断に至りました」

「予想外のお気持ち表明」


 ……そもそもこの兄妹の基準で考えたら、ほとんどのゲーマーが水準に達しないと思うんだが。


「というのは冗談で、持っていっていいよ、Switch」

「え、本当ですか? ありがとうございます!」

「ハハハ、いいっていいって」


 ゲーム機をもらえることよりも、自分と月無先輩の仲を認めてもらえるようで、それが本当に嬉しかった。

 月無先輩の方を見ると、穏やかな笑みで、よかったねと言ってくれた。


「ここでめぐるじゃなくてスイッチの方を先に見てたら貸さなかった」

「そんな昔話みたいな」


 でも、旭さんの心情的には、冗談もあるが真剣でもあるんだろう。

 大事な妹の隣に立つならば、第一に考えて欲しいという、家族としての願いがある。

 強要できるものではない以上、旭さんとしてもこうして冗談の中で確かめるしかないんだと思う。

 だとしたら、自分が最大限その気持ちを汲むべきだ。


「安心して頂けたらって思うんですが……俺、自分でも引くくらいめぐるさん最優先なので」

「ハハハ、そうか。君がそう言うなら、本当にそうなんだろうって思うよ」

「そ、そうです?」

「めぐる見てればわかるって。もう兄歴も20年になるからな」

 

 そんな大したやりとりがあっただろうか。

 でも、シスコン歴20年のお兄さんなら、少しの機微も逃さず気づくんだろう。

 家族である以上に、一番の理解者に違いないのだから。


 月無先輩が大丈夫だと言ってくれた理由がよくわかった。

 自分が変に緊張したり何かを気負う必要なんてなくって、旭さんなら妹の様子を見るだけで全部わかってくれるだろうと、確信していたんだ。


「めぐるー、白井君はめぐる最優先だってー」

「知ってるー。……って素で返しちゃったけど何の話してんの!」

「もっと喜べよー。なぁ白井君」

「あ~、ハハ。そりゃ恥ずかしいでしょうし」


 素で返してしまうくらい当たり前だというのは、自分の想いが絶対的なものだと信じていてくれている証拠にも思えた。

 旭さんもそれを察してくれたのか、納得したような表情を浮かべてくれた。


「……ちなみにどこに惚れたの? あとどっちから?」

「……え」

 

 ここからはぶっちゃけトークというように、聞こえないようにこちらに顔を寄せ、旭さんは聞いてきた。

 まぁある意味同好の士だし、困らない範囲での情報開示くらいはいいだろう。


「……俺からですね。ぶっちゃけ一目惚れではあったんですけど」

「ほう……まぁ超可愛いからな」

「それもそうですけど……演奏見てカッコよくて、それで……」

「ほうほう」

「ちょっとーなんかこそこそしてない?」

「「してない」」


 そして訝る月無先輩に聞かれぬよう、色々とこれまでのことを話した。

 恥ずかしいといえば恥ずかしいが、より信頼を得れただろうし、歓待の対価と思えばいい。


「めぐるー、こいつマジだー」

「だから知ってるって」

「反応うっす。あ、照れてんのか」

「ウザ」


 月無先輩にも多少は聞こえてただろうし、改めて聞かれてもいいかと思って話したけど、やはり気恥ずかしいのは確かみたいだ。

 照れつつ不貞腐れる様子が可愛かったからか、いいものを見たと旭さんも少年のように笑った。

 月無先輩はいつも素敵な笑顔を見せてくれるが、旭さんの愛情に満ちたその笑顔もよく似た印象だった。

 笑顔と愛が溢れる家、それが月無家なんだろう。


 ご両親もそろそろ帰ってくるということで、食卓の準備を手伝うことに。

 どんな料理が出来上がっているのかと気にはなるし、極上の味が約束された匂いにずっと鼻孔をくすぐられていたが、台所には出来るだけ目をやらないでおいた。


「俺を攻略したからといって気を抜くなよ白井君……」

「え……そんな感じなんです? ご両親」

「あぁ。ヤツらは……ヤバい」

「マジですか……」


 これだけ可愛い娘だし、旭さんと同じように溺愛しててもおかしくはない。

 自分に対して好意的であるとは伺っているが、親目線となれば思うところも多いか……


「いや、お父さん達めっちゃチョロいでしょ。どう考えても」

「……まぁチョロいだろうな」

「……チョロいんですか」

「うん。もうザコだよザコ」

「親をザコ呼ばわり」

 

 親族に対しては中々歯に布着せぬ物言いをするが、兄妹揃ってこう言っているならそうなんだろう。

 チョロい以前に、月無先輩のおかげで自分の評価が月無家の中で固まっているだけな気もするが。


「フフ、それにお兄ちゃんも思ってたより何てことなかったでしょ?」

「それにイェスと答える勇気はないんですが」

「めぐるは白井君に俺のことどう伝えてたんだ」


 旭さんとこうして仲良く話していられるのも、そのおかげだ。

 不必要にビビって想像上の怪物を作り上げてしまっていたことを、今になって申し訳なくも思うが……謝り方がわからないのでそれは言わないでおこう。


「どうって……ねぇ?」

「ねぇって……大半が不安にさせる情報でしたよ」

「……そうかもしんない」

「兄そろそろ泣くぞ」

「だって殺すしか言ってないじゃんお兄ちゃん」

「それは可能性の話だ」


 ……やっぱ間違ってなかったわ。


 でも実際に会ってみたら、心の広さと愛情深さ、そして裏表のない笑顔はやはり兄妹共通のものだった。

 一番いいところが似ているなんて、本当に良い意味での似た者兄妹だ。

 きっとこの二人を育てたご両親も素敵な方なんだろうと、来る前よりも夕食会が楽しみになった。


「ちなみにさっきお母さんに電話した時、旭と会わせて大丈夫なのって心配された」

「何で親にまで危険人物扱いされてるんだ俺」


 ……一番警戒すべき危険人物シスコンと先に仲良くなれたのは、本当に僥倖だろう。









 隠しトラック

 ――月無の血族 ~月無邸にて~

 

 めぐる料理中


「お兄さんは現役のライブって見に来ないんですか?」

「まぁOBといってもかなり歳離れてるからなぁ。気軽にはいけないよ。社会人になると予定も開けられるかっていうと難しいしな」

「そうですよね……」

「グラフェスも行きたかったんだけどねー。録画は見させてもらったけど」

「あ、そうなんですね。じゃあ折角のめぐるさんの演奏見られないってことはないんですね」

「ハハ、めぐるは見られるの嫌がるけどな。あと去年の学園祭は行ったよ」

「え、騒ぎになったりしませんでした?」

「騒ぎって、何で?」

「いや、めぐるさんのお兄さんですし」

「あ、そういうことね」

「あたしが絶対人目につかないでって言っておいたー」

「……な、鬼だろ? あの子」

「ハハ、身内だからこそってことかと」

「だから無関係な通りすがりを演じざるを得なかった」

「苦労しますね……」


「今年は白井君がいるから、それを名目に遠慮なくいくがな!」

「ハハ、是非是非。俺もいい演奏できるよう頑張ります」

「あ、白井君三合ライブ出るよー。見に来ればー?」

「三大学合同? あれまだ続いてるのか。10月でしょ」

「そうですそう。何日だっけな。確か土曜日でしたよ」

「お、じゃぁ見に行こうかな。懐かしいなぁ」

「お兄さんも出たことあるライブですか?」

「いや、俺は三合は打ち上げのスマブラ大会だけ」

「……え?」

「そうそれ、言うの忘れてたー。三合のオール飲みでスマブラ大会あるよー」

「マジですか」

「去年あたし飲み参加しなかったけどー、今年は参加するから出るよー」

「頑張ってくださーい」

「一緒に勝つよー」

「はい」

「ハハ、当然の如く強制参加だったな」


「ちなみにお兄さん出た時はどんな感じでした?」

「そん時俺一年だったんだけど……ちょっと酒入ってたし調子のっちゃってな」

「え、酒の失敗的なヤツです?」

「加減忘れて他大の自称ガチ勢をボコボコにしてドン引きされた」

「……何か既視感あるんですが」

「来年からは出ないでくださいって頼まれた」

「まさかの殿堂入り」

「ハハ、だからまぁ、一年の時しか出てないんだよね」

「……もしかして軽音事件簿載ってます?」

「月無無双って名前で載ってると思う」

「めぐるさーん、初代がいましたー」

「……知ってたけど恥ずかしいから隠してたー」


「初代って何?」

「……去年めぐるさんも同じようなことしてます。部内の話ですが。月無無双って事件簿に」

「そんな話……めぐるーお前もかー」

「一緒にしないで。マジで」

「ハハハ、見ろよ白井君。ありゃあガチだ」

「まぁ本人的にはそこそこ恥ずかしい思い出のようですので」

「いいのになぁ。ゲーマーとしてはむしろ誇るべき思い出だろうよ」

「ハハ、とはいえ女の子ですからね」

「俺と同じ戦闘狂の血が流れてるっていうのにな」

「そこは凄く納得します」

「あたしはお兄ちゃんとは違うから!」

「同じだよ、俺もお前も」

「同じじゃない!」

「本当は楽しんでいたんだろう?」

「楽しんでなんて……」

「わかっただろ……それが月無の血だ」

「人殺しの血族かな」





*作中で紹介した曲


『三島一八 ―デビルカズヤ―』―鉄拳2

『Byelomorye Dam』―007ゴールデンアイ ダムステージ

『Chemical Warfare Facility』―007ゴールデンアイ 化学工場ステージ





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