秋-③

再び始まる日常(怒涛)


 九月中旬 


 合宿が終わって一日の休息を挟み、軽音学部の部室にやってきた。

 一人で意味もなく、というわけでなく月無先輩との待ち合わせ。

 部室に用事という用事があるわけでもないが、部室というのは二人にとって大切な場所だ。

 特別な口実なんてなくても、「部室集合」の一言で二人の時間は約束される。

 変な話だけど、ある意味でそれは魔法の言葉なのかもしれない。

 

「あ、そうか。wiiないんだった」


 合宿に持ち出していたので今はwiiが部室になく、後で月無先輩が自宅から持ってくる。

 スマブラ鍛え直そうなんて思ったけど、現物がないなら仕方ない。

 一人でやりたいゲームも特にないし……踊り場で月無先輩が来るのを待ってよう。


 踊り場の自販機でドクターペッパーを買って、見通しのよい景色を眺める。

 想い人の姿が見えるのを期待しているのか、なんだかそわそわ……思春期か俺は。

 ……いやまぁ思春期か。

 

 一日千秋というには大袈裟かもだけど、到着が待ち遠しいなんて思っていると、L〇NEに通知が入った。

 

「……え?」

 

 めぐる『助けて。正門前にいます」

 と記してあった。

 何事かと思って駆けだして、正門に向かった。


 現場に到着すると……


「大丈夫ですか!?」

「おはよ~」

「あ、おはようございます」


 リュックを背負った月無先輩が石段に腰かけていた。

 無事なようでそれは何よりなのだが、


「……なんですかこの大荷物」


 助けを呼んだ原因と思われるデカ目の手提げ袋が二つもあった。

 これを両手にとなれば、どれだけ大変だったかの想像は容易だ。


「アハハ、WiiついでにPS4も持ってきたらさすがに重すぎてさ。いっつも鍵盤運んでるしイケるっしょーって思ったら限界迎えちゃって」

「無茶をしおる……しかもリュックまで」

「うん、こっちはソフトとか入ってる」


 万全すぎる。

 しかし月無先輩がそういう人なのはよくわかっているけど、もっと身体の心配をしてほしい。

 

「ごめんね、心配しちゃった?」

「ハァ……今でも心配ですよ。肩大丈夫ですか?」

「フフ、大丈夫。でもごめんね、どっちか持ってもらってもいい?」

「手提げの方は俺が持ちますから」


 片方でいいと遠慮されたが、有無を言わさず両方預かった。


「じゃ、行きましょうか……重」

「ね。正直ナメてた」

「次こういうことがある時はちゃんと言ってくださいね。最初から手伝いますから」

「うん、そうする」


 反省してくれて何よりだけど、無理をしてでも持ってきたかった理由を思えば、しょんぼりさせたくもない。


「でもまた色んなゲームできますね」

「うん! 部室はPS3までしかないからね!」


 一世代前とは言えまだまだ現役のゲーム機、二人の日常をより楽しく彩ってくれるだろう。

 月無先輩もそれを思って持ってきたハズだ。

 自分がそれを汲み取ったのが嬉しかったのか、疲れた様子はすぐに吹き飛び、部室へ向かって歩く間は期待に溢れた声を沢山聴かせてくれた。


「到着ぅ……」

「お疲れ様! ほんとありがとうね」

「いえいえめぐるさんこそ」


 互いを労い、荷物を降ろして一息つく。


「肩とか大丈夫?」

「ハハ、大丈夫ですよ」

「ほ、本当に? 困ったりしない?」

「え……何に」


 何でやたら肩気にするかね。

 確かにゲーム機の重みで疲弊しちゃいるけども、むしろ月無先輩の方が大変だったわけで。


「……ダッシュ攻撃する時? アレ、タックル的な」

「……頭とか大丈夫です?」


 ダメージは深刻なご様子だ。


「あ、あたし得意ですが!」

「……あぁそういう」


 そう言いながら手をわきわき、肩を揉んでくれようというわけか。

 進展したとはいってもまだまだ二人とも照れ照れなのは相変わらずで、スキンシップの取り方を模索する中の一手だろう。

 可愛すぎる申し出にふと笑みがこぼれて、それなら是非とお願いした。


「お客様凝ってますね~」

「ハハ、今丁度重い物運んできたもので」


 照れ隠しか、そんな定番の文句を並べつつ自分の肩を解してくれる。

 ぎこちなさがあったのは最初だけで、これがなかなか上手で確かに得意と言うだけはある。

 ピアノで培った器用さと強弱が相まって、絶妙な心地よさをもたらしてくれた。


「あ~……めぐるさん上手いですねぇ……」

「フフ、お兄ちゃんにたまにしてたから」

「お父さんじゃないのか」

「うん。お兄ちゃんゲームやってる時の姿勢悪くて常に肩バッキバキだった」


 お兄さん想いの良い妹だ……。


「あとこれやってあげるとゲーム買ってくれる」


 私欲だった。

 まぁこんな可愛い妹にこうしてもらえるなら、多少たかられようが幸福の方が勝るか。


「よし、こんなもんかな! どうだった?」

「ありがとうございました。本当に最高でした。肩めっちゃ軽い。今ならめっちゃいいタックルできそう」

「……頭おかしくなった?」

「ボケに乗ったら乗ったでこの仕打ち」


 そんなしょうもないやりとりに、自然と笑いが生まれる。

 誰の目も気にせずいられるこうした時間は久々で、合宿で過ごした時間に劣らない幸せな時間だ。


「はい、じゃぁ攻守交替ね」

「……え?」


 ……予想だにしない展開である。


「い、家から正門まで遠かったな~。……めっちゃ凝ったな~」

「……お客さん芝居下手ですね」

「フフ、そうなんですよ~」


 圧というには可愛すぎる圧を受け、今度は自分がする側に。

 ぶっちゃけ緊張して上手くできた気はしなかったし、目も色んなところに移ろって集中出来なかったし、口数も減ってしまうくらいに気恥ずかしかった。

 それでも月無先輩は満足してくれ、要求は達成できたようだった。

 

「フフ、ありがとね!」

「い、いえこちらこそ」


 それに、自分だってこうしていることが嬉しくないわけがない。

 多分、他の人達からすれば笑ってしまうようなやりとりだろうけど、自分達が進展した証ともとれる出来事だった。


「じゃぁセッティングしちゃおっか」

「オッケーです。PS4どこに置きましょうかね」


 身も心も軽くなったところで、ゲーム機の配置に取り掛かる。

 あれやこれやと数十分、なんとか上手いこと収まりを見つけて作業が完了した。


「よーし! じゃぁ何やる!?」

「ハハ、早速ですね」


 そうして鞄から数々のソフトを取りだし、床に並べる。

 どれをやっても二人なら何でも楽しめるが……


「あ、そういえばギルティってストーリー完結したんでしたっけ」

「うん、したよ。ストライフで一旦は」


 それなりに沢山遊んだわりに、内容までは良く知らなかったりする。

 まぁ格ゲーはストーリーは二の次、というかあってないようなものと扱われがちだ。


「あ、でもストーリー見るなら前作のXrd(イグザード)から見た方がいいと思う。今ストライフしか持ってきてないや」

「あら。まぁちょっと気になったくらいなので」


 そんなわけで意識をタイトルに持っていかれ、ギルティギアの最新作で遊ぶことに。


「ポチョム前作から完全にロボですよね」

「うん。こんなにあたし好みに育っちゃってって思った」


 進化したグラフィックに感動しつつ、そして様変わりした一部キャラクターに衝撃を受けつつ、久々に二人だけの時間を堪能した。

 そしてやはりというか、その中で結局気になってしまうものが、


「多少は知ってましたけど、全部ボーカル曲なんです?」

「キャラの曲はそうだね」


 音楽の話。

 これアリなの? と思うレベルで全曲ボーカル曲で、戦闘中にずっと歌が聞こえてくる。


「すげぇ……趣味出てるなぁ」

「ね。多分ここまで自重しないゲーム他にはないよね」


 ギルティギアは初期の頃から、キャラクターデザインから曲まで、言ってしまえば「全部俺」というレベルで同じ人が作っている。

 趣味丸だしというか、最早やりたい放題と言ってもいいかもしれない。


「あたしギルティ大好きだけど~……正直最初は慣れなかった。なんか情報量多い」

「……わからなくもない。というかそう思ったので言いました」


 格ゲーなので元々それほど気にされないとはいえ、BGMとしての領分はガン無視。

 耳に入ってくるとは違い、「ゲームをする」と「音楽を聴く」を並行してやっている感覚だ。


「……でもカッコいいもんはカッコいいんだよね」

「それなぁ。ちゃんとカッコいいし完成度すごい」

「あたし結構さー、何て言えばいいかな。保守的? みたいなところあって」

「あ、わかりますよ。言いたいこと。ペルソナの時も似た話ありましたし」


 月無先輩の中には「ゲーム音楽としての良さ」というものが確実にあって、そこを重要視しているのは明らかだ。

 その中には少なからず「ゲーム音楽はこうあるべき」という考え方が無意識にあるんだろう。

 

「要するにアレですよね、曲としては最高だけどゲーム音楽としてはっていう」

「そう、正にそれ! でも格ゲーって元々あんまそういうのないしなぁってのもあるんだよね。とりあえずテンション上がればいいってとこあるし」

「ある意味これぞギルティって感じしますしね」

「ね! 長年続いてるゲームだからこそ許されるっていう」


 好き放題やるだけの実績と人気があるのも事実だろう。

 勝てば官軍というか、その自重のしなさと『普通』をブッ壊しにかかる感じにカリスマを感じるのも確かだ。


「ストーリー完結ってことはゲーム的にも集大成ですしねぇ。それならやりたい放題やりたくもなりますよね」

「ん~。前作の方がやりたい放題だったかな」

「え。でもちょっとしか知らないですけど、戦闘中の曲インストじゃなかったでした?」

「ストーリーモードの曲のことね」

「あ~じゃぁ知らんでした」


 曰く、盛り上がるムービーはとにかくボーカル曲が鳴り散らかしてるとのこと。

 そしてそれらも、伝説的ロックバンドであるQUEENをリスペクトしたような楽曲揃いで、簡単に耳馴染するような曲ではなく、正に「聴かせるための音楽」としての仕上りだそう。


「ストーリー見せたいのか曲聴かせたいのかどっちなのってなる」

「……どっちもなんでしょうねぇ」


 プロデューサーがQUEEN好きで、主人公の名前もQUEEN関連とはいえ、本当に自重する気は一切ないようだ。


「まぁでも他のゲームも作曲者の趣味って結構出ますからね……逆に見てみたくなってきたそれ」

「フフ、じゃあ今度全部見ようか! 10時間以上かかるけど」

「骨太すぎて笑う」


 格ゲーのストーリーでそこまでとも思ったけど、それも制作側の作品愛の表れか。

 ファンとしても、愛キャラたちの活躍がちゃんとストーリーの中で見れるとなれば、心打たれるものがあるだろう。

 ちなみに全体的に「名言言わせたさ」と「主人公ソルのゴリ推し」がエグいらしい。


「でもギルティのキャラ好きなら一見の価値ありだよ! 実際曲超いいし!」

「ハハ、じゃぁ今度一緒に見ましょうか」

「フフ、楽しみにしとくね!」


 月無先輩と一緒に見るとなれば、面白さも倍増だろう。


「……最早申し訳ないとも思ってない自分がいるんだけどさ」

「何を急に」

「普通映画とかだよね。何か一緒に観るってなったら」

「それが10時間超えのゲームのムービーっていう」

「……笑うしかないね」

「……俺ららしくていいかと」


 自分達も大概普通とは言えないし、そんな二人が見るのが普通じゃないゲームのムービーというのも、数奇な話である。


 多少自嘲気味になったところで再びゲーム画面に目を戻す。


「続きやろっか!」

「ですね。あ、キャラ変えていいですか? カイ使うの飽きた」

「お、新キャラ開拓!」

「このキャラ使ってみたかったんですよね、ジャック・オー」

「可愛いよねジャック・オー! ってか知ってたんだ」


 前作から登場したキャラで、シリーズのメインヒロインキャラだ。

 しゃがみ姿勢、通称「ジャック・オーチャレンジ」のお陰で、キャラの知名度が独り歩きしているキャラでもある。


「ちょいちょい見てるゲーム実況者がこのキャラ使ってて。曲も爽やかですよねこいつ」

「え、実況?」

「あ、はい。椎名に勧められたんですよね」

「んー……実況かぁ」


 月無先輩はゲーム実況とかは見ないだろうと話題にはしなかった。

 むしろあんまり好きじゃなさそうとも思っていたけど、良いか悪いかよくわからない反応を見るに、その予想は当たっていたのかもしれない。

 

 とはいえ、


「ちなみにその人ゲーム音楽めっちゃ詳しいんですよ。なんか配信中も結構曲の話多くて、それが面白くて見てるとこあります」


 そういう実況者がいるなら一応報告すべきか、なんて思ってたところもある。


「ん? ……なんて人?」

「ヌルさんって言われてますけど……なんだっけな」

「え……ちょっといい?」


 月無先輩がスマホを取りだし、画面を見せてきた。


「……この人?」

「あ、この人です! ってか見てたんですね」


 正式名称は英語でNull-moon、椎名にも「ヌルさんっていう人なんだけど」と教えてもらったせいか、愛称でしか認識していなかった。

 しかし意外や意外、月無先輩も知っていたとは。

 それなら共感できる話題に……いや何そのなんか居心地悪い表情。


「……兄です」


 あ、だからか~……


「……って、えぇ!?」

「いやいやだってこれ、null(ナル)って無だよ無。まんまじゃん。気付こうよ」

「無の月……月無……まんまじゃん」


 衝撃的すぎる事実……っていうかnullって単語知らんかったどころか読み方ヌルじゃないんか。


「そういやたまにシスコントークしてたな……」

「アレほんとやめて欲しんだよね」

「ハハ、でもちゃんと見てあげてるんですね」

「……一応ね。全部じゃないけど」

「いい妹や……」


 妹見てるの知ってて妹の話すんの冷静に考えたら結構ヤベぇが、何だかんだいって仲の良い兄妹なんだろう。

 でも実況やってるのなら教えてくれればよかったのに、なんて言うと、


「だってさ~、現代っ子は配信見て満足しちゃうじゃん」

「言わんとすることはわかるけどあなたも現代っ子」


 月無先輩にとってはゲームは自分自身で体験するものであって、他人ひとのを見て満足するものではないということだろう。

 お兄さんもそう考えているのか、配信中にも「是非やって欲しい」なんてよく言っている。


「ま~色んなゲームやってる時間なんて中々ないから、実況ってそういうとこ便利だし白井君もハマる可能性あるでしょ?」

「確かに……」


 金も時間も節約しつつゲーム体験ができる、というのが流行っている理由の一つだし、自分もお兄さんの動画でそれにあやかっているのも事実だ。

 実際に昨日なんかは合宿疲れで動く気がせず、ずっとお兄さんの動画を眺めていた。


「あ、これもう実況で見たんでとか言って一緒に出来なかったらイヤだもん」


 なるほど、それがあるから意図的に教えなかったってことなのか……可愛すぎかよ。


「だから最初微妙な反応したんですね」

「うん」

「ハハ、尚更一緒にやりたくなるってだけですよ」

「ほんと?」

「ほんとですよ。めぐるさんと一緒にやったら絶対もっと楽しいですし」


 何を懸念しているのか、なんて愛しさがこみ上げて笑みがこぼれてしまう。

 月無先輩自身、杞憂なのもわかっているだろうけど、証明してあげた方がいい。


「昨日も動画見てる時に、これめぐるさんとやりたいなぁとか思ってました」

「マ、マジかぁ」

「マジです」


 それに、今まで一緒にやったゲームだって、昔すでにクリアしたものもあった。

 一緒にワイワイやってる時はいつも本気で楽しいし、やったことあるなしなんて関係ない。

 自分にとって「月無先輩と」というのは、これ以上ない付加価値だ。

 

「じゃぁあたしと一緒だなぁ。最近は一人用のやっててもこれ白井君とやりたいなぁって思っちゃう」

「……嬉しいですけどめちゃくちゃ恥ずかしいですねこれ」

「フフ、そうだね! でもそう思うの白井君だけだから!」

「ハハ、俺もそうです。めぐるさんだけです」


 互いにこの人だけと強調するのはやはり照れるけど、大切なことを確かめられた気がする。

 一緒に全てを体験したい人なんて、他にいないんだ。

 そしてだからこそ、今の話をして尚更思ったことがある。


「しっかしマジで……」

「マジで?」

「……Switch欲しい。もっと色々出来るのに」

「それね」

「実は合宿でめぐるさん達がスプラやってる時に持ってない不甲斐なさで辛かった」


 ニンテンドースイッチをもっていないことが改めて悔やまれる。

 それで寂しい思いをさせている可能性もある……大袈裟だが。


「白井君めっちゃ部活頑張ってるし楽器買ったし合宿費とかかかるしで……買いなよとは正直言いづらかった」

「むぅ……気遣ってくれてるのわかってましたが」


 自分がそれを持っていたら、とは月無先輩も思っていたのは事実だろう。

 不満に思わないでいてくれるだけありがたい。

 

「あ……あたし天才かもしれない」

「急な覚醒」

「お兄ちゃんのSwitch一個もらえばいいことに気付いた。初期型もう使ってないハズだし」

「なるほど天才。だが受け取れるわけがない」


 合理的な要素が揃っているようではあるが、その実ぶっ飛んだ発想である。


「白井君が直接気に入られる必要あるとは思うけど~……イケるイケる」

「それ以前に出会ったら死ぬ相手だと認識してますが」

「アハハ、そんな徘徊系のボスみたいな。ちょっと電話してくる」


 当惑する自分をしり目に、月無先輩は一旦部室から出て行った。


 利用するような邪な考えではなく、飽くまで自分が直接やりとりしてからと考えているようだけど、お兄さんの立場からすれば貸す義理は微塵もない。

 普通に考えて貸すわけがないし、月無先輩がイケると言っていること自体理解不能だ。

 それに、自分のことは話したことはあるそうだけど、どう思われているかまではわからない。

 妹に近づく男は全て滅ぼすくらいの攻撃性を持っている可能性も……さすがにそこまではないか。


 戦々恐々とする気持ちもあるが、とりあえずどうしようもないので話が終わって戻ってくるのを待った。


「持ってきてくれるって! しかも今日来るって。ちゃんと白井君が使うってことも言った」

「え、マジです? どんだけいい人なんだ……ちょっと誤解してました」

「でも貸すか殺すかは会ってから決めるって」

「誤解はなかった」


 でも考えてくれるだけでも、実際にはめっちゃいい人なんだろう。

 いざ会うとなったら相当緊張するし、二択の攻撃性には面を食らったけど、ビビっていては月無兄妹の厚意に失礼だ。


「じゃぁどうしようか! 駅で会ってどっかで~、あ、でも金欠だから外食はキツいよね」

「むぅ、結局目下の問題ですからねぇ。でも一日くらいなら全然。めぐるさん達の都合のいいようにしましょう」


 自分の用事である上に、そこまで気を遣わせるのはさすがに申し訳ない。

 ここは月無兄妹ファーストで合わせた方がいいだろう。


「そっか、じゃぁ~……あ、あたしさらに閃いてしまった」

「また天才?」

「うん。……うちで食べればよくない?」

「……え? どういうこと? あ、いやわかるんだけどわからないというか」


 多分月無先輩の家のことだろうし、都合は確かにいいだろうけども……


「白井君さえよければだけど、多分お母さん白井君の分も作ってくれるよ。昨日お父さんもめぐるが夕食いないこと多くて寂しいとか言ってたし」

「……マジ?」

「うん。というか白井君のことは知ってるし、会ってみたいって言ってるよ。歓迎してくれるよ」


 まさかの食卓にお呼ばれということだ。

 きっと良いように伝えてくれてるんだろうし、会ってみたいと言ってもらえているのはとても嬉しい。

 ……しかし、「会うのに勇気がいる人」がそろい踏みというプレッシャーに、自分の心臓が耐えられるだろうか。


「ライブより緊張するんですが……」

「アハハ、そんな大袈裟な」

「いや結構な大事おおごとじゃありません?」

「そう? アレだよ、挨拶済ませちゃうくらいに……」

「今気付きましたよね。サラっととんでもないこと言いそうになったけど」

「大事だった」


 そう、色んな含意を考慮すれば、白井健としては正念場になりうる。

 ご両親やお兄さんはそこまでの関係とは思っていないかもしれないが、少なくとも月無先輩と自分はそのくらいの関係のつもりでいる。


「ごめん、ちょっとあたしテンション上がり過ぎちゃいました」

「いやいやそんな! 助かるのは本当ですし、気持ちは本当に嬉しいんです」


 確かに考えが甘かったとはいえ、月無先輩の純粋な提案に落ち度があるとは思っていない。

 それに、自分にしても会いたくないとは全く思っていない。


「……ただ覚悟というかなんというか」

「……だよねぇ。やっぱ外で食べようか」

 

 会っておいた方がいいとも思うし、むしろそれを楽しみに思う気持ちもあるが……万全を期したい気持ちもある。

 そんな微妙なとこでせめぎ合っていると……


「ちなみに……あたしが手料理作るって言ったら?」

「覚悟は決まった」

「はや」

 

 鶴の一声によって腹が決まった。

 実際には月無先輩自身が、来て欲しいと一番思ってくれているのだろう。

 悪いようにはならないだろうし、普段からお世話になっているお礼も言いたい。

 よくよく考えればうちの妹なんかすでにお泊りさせてもらってるし。

 

「フフ、まぁ会ったら会ったで、すぐ気に入ってもらえるよ!」

「そうなることを願うばかりです」

「アレだよ、勝てなそうと思ってたのに戦ってみたら余裕で勝てるボスとかいたでしょ。そんな感じだよ多分」

「やっぱりボスバトルなんだこれ」


 そんなこんなで月無家の夕食にお呼ばれすることとなった。

 遅かれ早かれこういう日が来るとは思っていたが、まさか軽音一大イベントの夏合宿が終わった矢先に、人生レベルの一大イベントがやってくるとは。

 東京に戻って再び始まった愛すべき日常は、休まる間もない怒涛の日々に満ちているようだ。

 とはいえ、きっと今日この後の出来事もいい思い出に……


「この時の俺は、まさかあんなことになるとは思っても……」

「不穏な引きを作るんじゃあない」


 






 隠しトラック

 清水寺チャレンジ ~軽音学部部室にて~


「予想はしていたが難しいこのキャラ……」

「ジャック・オーはね~。前作に比べればマシなんだけどね」

「でも結構気に入ったので頑張る。たまにはトリッキーなのも使いたい」

「白井君王道キャラばっかだもんね」

「ですね~。あと声がいい。とても」

「ね。あとモーションコミカルで可愛いよね」

「わかる。むしろそれで有名ですよねこのキャラ」

「有名なのってしゃがみ姿勢じゃない?」

「そうですそう。ジャック・オーチャレンジ」

「何か流行ってたよね一時期」

「正直それ見て気になってたところあります」

「スケベじゃん」

「否定できないがあなたに言われるのは何か納得いかない」


「……ちなみにあたし出来るよ」

「マジかすげぇ」

「練習した。……見たい?」

「……見たいって言っていいものか判断する時間が欲しい」

「じゃぁ見せてあげな」

「見たい」

「お、おぅ力強い。し、仕方ないなぁ~……ほら」

「おぉすげぇ……ってか身体柔らかっ」

「ちなみに今、あたし何やってんだろって思ってます」

「俺も何やってんだろうこの人って思ってます」

「やらせたくせに!」

「絶対俺のせいじゃない」


「ちなみにヤッシー先輩はもっと完璧に出来る」

「先輩に何やらせてるんですか……」

「いや~柔軟の話題になった時にさ。ヤッシー先輩これやって! って頼んだ」

「まぁ八代先輩なら軽くこなしそう」

「ちなみに動画あるよ」

「マジか」

「藍ちゃんがやってるのだけど」

「……マジか」

「アハハ。……ほらこれ」

「いや見ていいものなんです?」

「ただのお笑い動画だから安心して」


 ――


「じゃぁ次は私だな! えっと~……ヤッシーさんもう一回見本見せて!」

「アハハ。いいけど結構キツいよ~これ」


「ん? めぐる撮ってるの?」

「何か面白い予感がする」

「じゃぁ任せて」


「お? どうしたはじめ。ちょ、ちょ」

「はーいもっと開いて~。舞、左足お願い」

「……合点」

「ちょ、もう開かないって。 ……イタタタ!」

「イケるイケるー。ほらヤッシーさんもっと開いてる」

「ちょ! ここ限界だから!」

「……三人なら超えられる」

「今じゃないからそういうの! これ見た目以上にキッツいんだって!」

「清水寺は~」

「……以心伝心」

「イタタタ! 裂けちゃうって!」

「こんなもんじゃ裂けないって。ってか硬いな藍」

「ちょっとマジで! これ以上はホントに! アダダダ! 大人に! 大人になっちゃうから!」

「「ブフッ」」

「……あ、あぶねぇとこだったぁ~」


 ――


「……清田先輩って芸人目指すべきですよね」

「本当にそう思う」





 *作中で曲名は出ていませんが、二人が主に聴いていた曲。

『Armor-clad Faith』(ポチョムキンのテーマ)

『Perfection Can’t Please Me』(ジャック・オーのテーマ)

 いずれもGULTY GEAR STRIVEより

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