受け取る力

 九月中旬 合宿最終日 午後


 ソファーと机の並ぶホテルロビー。

 昼食と荷支度を終え、軽音学部一同が揃う。

 合宿ライブの余韻はまだ残り、感想を言い合ったり、撮った写真を見せ合ったりと、それぞれの時間が流れる。

 そしてそんな中、中央にある長テーブルにヒビキ部長が着くと、それを待っていたかのように皆の注目が集まった。


「それじゃぁ全員……覚悟はいいか? 俺は出来てる」


 そう、部内投票の集計が終り、順位が出揃った。

 それぞれのバンドで固まって、その発表を固唾を飲んで見守る。

 隣にいる椎名と林田も、昨日のやり切った思いを胸に、真剣な眼差しを部長に向けた。


 部内ライブ以外の特別なライブに出られるのは5つのバンド。

 他大学との合同ライブや、学園祭の野外ステージ、もちろん秋のグラフェスもその枠に含まれている。


「じゃぁ早速行くか! 5位」


 緊張と静寂が訪れる。

 上位4バンドは決まっているようなものだが、各自1位~3位票を入れるという投票形式的に、この5位は全く予想がつかない。


「なんか『あわよくば枠』とか言われてるようだが~……上位に劣らず大接戦だったこの枠を制したのは……」


 多くのバンドはここに滑り込むことを願っている。

 その中でランクインしたのは……!


「『ZENZA BOYS』!」


 まぁ当然二、三年生中心の実力者のバンドが……え、マジ?


「「「うち!?」」」


 自分も椎名も林田も、各自を指さし、呆気にとられて言葉が続かない。

 難しいよな、なんて言いながらも内心期待していたことが、現実になると嘘のように思える。

 アホ丸出しの表情を直せないまま、ヒビキ部長を見ると……


「よくやったぞお前ら!」


 全力で労いの声をかけてくれた。 

 拍手が起こり、称賛する声も、悔しがる声も聞こえる。

 でも、認めてくれる言葉や納得する声が無数に聞こえて、嬉しさが実感となってこみ上げた。


 色んな人の表情が見える。

 でもこのバンドを引っ張ってくれた、真っ先に探すべき人の姿が見えな……


「「ヒュッ……!」」


 椎名と林田の変な声が聞こえた。


「あんたらの力だぞー」


 八代先輩が椎名と林田の間を割って肩を組んで、労いの言葉をかけてくれた。

 その声色は余裕たっぷりないつもの八代先輩とは、ほんの少しだけ違った。

 後輩として報いることが出来たようで、これ以上なく嬉しかった。


 しかし小声で自分の名前がポツポツと上がり、クスクスと笑いが生じている。

 ……俺だけ肩組まれてない。こいつらズルい。羨ましい。

 報いだとか普段得してるからとか色々聞こえてくる。


「ハッハ、まぁ上位4バンドに票が九割方固まってたから、3位票のおこぼれをいくつかもらえたってかんじだけどな」


 身に余る現実を受け入れやすくするためか、部長がそんなことを言ってくれた。

 それでも、三年生二人に応えられたことと、誰かが少しでも、自分達を評価して票を投じてくれたことが嬉しかった。

 おこぼれだろうが何だろうが、これ以上に誇っていい結果はないだろう。


 喧騒が落ち着くのを待っていたか、部長が再度注目を集めた。


「次行くぞー……4位!」


 ここから先も、どのバンドが入るかの予測は出来ても、どう順位付くかはわからない。

 むしろここからが本当のランキング、そう思えるような緊張が走り……


「『殺人狂時代』!」

「アァァァァァ!!!!」


 バンド名が告げられると同時に、細野先輩の絶叫が響き渡る。


「どお゛じでだよ゛ぉぉぉ!!!」


 わざとらしさ全開で悔しがる細野先輩に、それを冷淡な目で見つめる一同。

 ……温度差が凄まじい。


 でも何となく察するけど、細野先輩は本気で悔しいからこそ、コミカルに振舞っているんだろう。

 ふざけているように見えても、バンドメンバー全員の気持ちを引き受けてそうしているんだ。

 これも率いる人の一つの姿なんだと、本当に、掛けねなく尊敬する。

 全力の努力が届かなかった悔しさはあっても、本気でやり切った結果に悲観することないと、バンドメンバー全員の表情が言っていた。


「よしヒビキ、次行ってくれ」

「お、おぅ。急に素に戻んなよ」


 立ち直りの速さがすげぇサイコ感出てて笑う。


「じゃぁ行くぞ……3位……ヤッシー児童相談所!!」


 順位予想は大体ついていたけど、八代先輩もすぐにそっちに駆け寄って喜びの輪に加わる。

 嬉し泣きする清水寺トリオが輪を作って喜びを共有すると、他のメンバーもそれを包むようにして体を寄せた。


「よかったー! よかったよ皆―!」

「私も……このバンドに入れて本当によかった」


 涙ながらに喜びを口にする水木先輩に、普段は見せない感情を露わにする小寺先輩。

 清田先輩も、ふざけて騒ぐいつもの姿とは打って変わって泣きじゃくっていた。

 もらい泣きする人、拍手の音を強める人、見守るように笑顔を向ける人。

 その誰もが、このバンドの美しい友情に感銘を受けた。

 

 やがて拍手も収まっていき、いよいよ最後の二つの発表へと全員の意識が向いた。


「うし……泣いても笑っても次で終わりだ。争ってる2バンドは全員もう見当ついてるだろうから……発表は1位の方だけ言う」


 どのバンドが、なんて選択肢は二つしかない。

 完全に傑出していたし、最も聴き手を魅了した二つのバンド。

 音楽の力を十全に見せつけて、最も強い輝きを放った二人。

 月無先輩と巴先輩の、事実上の一騎打ち。


「……ちなみに誰か一人でも1位票と2位票が逆だったら、順位も入れ替わっていた」


 どっちが勝っても驚かない。

 どちらも最高のバンドと胸をはって言える。


「今年の夏合宿ライブ1位は!」


 大仰な溜めはこちらの覚悟を決める時間。

 バンドメンバーと視線を交わし……そして月無先輩と視線を交わし、結末を受け入れた。


「巴☆すぺくたくるず!!」


 大歓声が巻き起こった。

 堰を切ったかのように、感情が溢れた。


 一年ズの賞賛の声が聞こえ、ホーン隊の喜びはしゃぐ姿が見えた。

 氷上先輩達の納得する表情が見え、細野先輩達が清々しい笑みを見せてくれた。

 巴先輩は冬川先輩に抱き着いて、涙を滲ませていた。

 そして、月無先輩は受け入れるような笑顔を向けてくれた。


「すげーな白井。マジよかったなー」

「うん本当に……夢かって思うくらい」

「よし、ほっぺ引きちぎってやるよ。バカ右側な」

「おう」

「やえてくらはい」


 出来すぎじゃないかなんて、一瞬しか思わなかった。 

 自分だって、全てを詰め込んで、それを見せられた。


「ハハ、今回の合宿ライブの主役は間違いなく巴だったな」


 部長がそう巴先輩に向けて言うと、


「ふふ、今回だけは譲ってね」


 皆に向けてそう応えた。

 最後の最後で、巴先輩は部員全員を、もう一度魅了した。


 そして今、なんとなくわかった。

 最後のバンドで巴先輩が月無先輩と組まなかった理由。


 巴先輩は、月無先輩に真っ向から勝ちたかったんだ。

 春の代表バンドで最高の演奏をした月無先輩に、負けられないって思ったんだ。

 軽音学部一の実力者として、最後のバンドでは必ずトップを取ると。


 そして、全力で楽しみながら切磋琢磨して、大好きなものを見せつけること、それが一番のパフォーマンスに繋がるんだと、巴先輩自身も証明して見せた。

 きっと、巴☆すぺくたくるずでプライド以上のモノを手にしたんだろう。


「おし、感動するのはわかるが時間ないから出るライブ決めっぞ~。巴んとこはグラフェスでいいよな?」


 順位を発表し終わると、次はそれぞれが出るライブを決める。 

 実はこれについては巴☆すぺくたくるずには総意があった。


「そのことなんだけどね……」


 パワプロで爆弾やった時の語り口で、巴先輩はそれを伝えた。


「私達、ロックフェス出るから~」


 秋の代表バンドになるのではなく、学園祭の大舞台を選んだ。

 開票前に皆で一旦集まり、一位になったとしてもそうしたいと巴先輩が言ったのだ。


「ふふ、ちょっと出てみたかったからさ~。だからグラフェスは……めぐるが出て?」


 それよりも、色んなライブを全力で楽しみたいとのことだった。

 あとはグラフェス未経験組次第だったけど、異論なく巴先輩の意思を尊重した。

 ずっと代表バンドだった巴先輩にはしたいことをさせてあげたいというのが、後輩一同の総意だった。


「お任せください!」


 十二分に巴先輩の気持ちを理解して、月無先輩は元気よく快諾した。

 譲ったようにも見えるけど、同等の実力者だと認めているからこそ、そうできるんだろう。

 どちらも後腐れのない満足のいく結果で、言いかえれば双方の勝ち。

 夏合宿ライブを席巻した二つのバンド、そしてその中心にいた二人の、大団円の結末だった。


 そして児相はロックフェスのもう一枠、細野先輩達と自分たちは他大との合同ライブに決まった。

 合同ライブにしても、細野先輩達はガチガチのブラック嗜好の大学と、自分はそうではない大学と、適材適所に収まった。


 発表が終わると外へ移動し、六泊の間世話になった宿舎を背に、集合写真を撮った。

 笑顔で埋め尽くされたその写真は、皆がどれだけ軽音学部の日々を謳歌しているかを物語っていた。


 そして今回が最後の合宿の三年生達オンリーの写真を撮る時に、月無先輩がふと言った。


「フフ、あたしもこんな笑顔で終われたらいいな」

「ハハ、そうならないわけないじゃないですか」


 先輩方に紆余曲折があったように、自分もこの先が全て上手く行くとは限らない。

 それでも、手にしたものは最高だったと胸を張る人達の表情は、自分達の目指すべき未来なんだと思えた。


「おっし、じゃぁ軽音学部夏合宿! これで本当に全部終了! お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』


 晴れやかな気持ちと、やりきった思い、そして感謝が詰まった「お疲れ様でした」が響き渡った。

 すぐさま完全撤収へと移り、バスに荷物を積んでいく。

 作業中にもそれぞれの想いの吐露が止むことはなく、随分賑やかだった。


 ふと宿舎を振り返ると、例えようのない気持ちが沸いた。


「白井、一年ズもう全員乗ってんぞー」

「あ、はい」


 もう一度背を向けたら、本当に終わってしまう。


「ハッハ、入って良かったろ、軽音」

「……はい」


 そんな名残惜しさを感じつつ、頭を巡る無数の愛しい思い出をひとしきり反芻して、バスに乗り込んだ。


 ――


 一週間ぶりの東京。

 フルパワーで楽しみつくした反動か、穏やかに響く話し声をBGMに自分も小一時間ほど寝入っていた。

 大学に戻ってきて機材搬入を終え、解散の号令が済むと、皆まばらに帰宅し始めた。

 身体を休めることが今は最優先事項で打ち上げもまた後日、自分も後は家に戻るだけ。 

 月無先輩も八代先輩の運転する月無カーで戻ってしまった。


 帰路へついた足取りは、現実に戻ってきた感触のせいか少し重く感じた。

 ごろごろと鳴る旅行カバンの音がそれを増長させる。


「……合宿ロスってヤツかぁ」


 一気に押し寄せた疲れと寂しさを払拭したくて、独り言が漏れる。

 もう少し、なんてのは全員同じ気持ちなんだろうけど。


「ん? ……あ」


 携帯の着信画面に表示された名前……月無先輩も同じだったようだ。


「もしもし」

「あ、白井君?」

「はい、どうしました? ちなみに元気ですよ」


 こんなタイミングでかかってきたのだから、要件は予想するまでもない気がしてそう返してみた。


「フフ、そっか! じゃぁさ、ちょっと時間あるかな」

「ありますよ。……会いたいんですけど、いいですか」

「むー、先に言う!」


 こっちも気持ちじゃ負けていられないと先制攻撃をして、約束を取り付けた。

 月無先輩の家の近くの橋、二人にとって合宿場にも劣らない思い出の場所。


 急いで家に戻って、一週間ぶりに開いたドアに旅行カバンを放り込む。

 自転車を駆り、呼吸を整えもせずに川沿いの道を漕ぎ、約束の場所へとたどり着く。

 月無先輩の姿はすでにそこにあった。

 自分が予想以上に早く来たからか、会うなり目を丸くした。


「……え、早。TA勢じゃん」

「理論値出たかもしれないです」


 めぐるRTA世界一の座は譲らん。


「そ、そんなにあたしに会いたかったのかな~?」

「ハハ、そうですよ」

「むー、巴流イジり術が効かない」

「めぐるさんは確実に適性ない」

「割と気付いてた」

 

 そんないつものやりとりに心が温まる。

 合宿ロスの寂しさも、月無先輩の笑顔一つで払拭されてしまった。


「フフ、ありがとうね。疲れてるのに」

「いや全然。吹っ飛んじゃいましたよ。めぐるさんこそお疲れでしょうに」

「あたしは車の中で結構寝たから!」

「ならよかった。てっきり帰りの車内でも元気いっぱいだったのかと」

「フフ、最初は皆起きてたんだけどねー」


 全員朝方まで起きてて、昼まで仮眠程度しかとれなかったんだから、そりゃ疲れも出るだろう。


「あ、でもそうそう! なんと、ゲーム音楽バンドで次にやる曲が決まりました!」

「おぉ!」

「皆他にもやってみたいって言ってくれて!」

「ハハ、嬉しいですねぇ、本当に」

「うん、本当に!」


 付き合いじゃなく積極的に参加してくれる、自身の大好きなものを気に入ってくれること、それがどれだけ嬉しいことか。

 ライブでの成功体験も経て、喜びは膨らみ続ける。


「ポケモン剣盾の曲なんだけど~、白井君絶対好きだよ」

「是非是非」


 ちょこっとこちら側に詰めて、肩をぴったり寄せてきた。

 ……合宿ライブ後のハグで確信したけど、月無先輩はもう少しスキンシップを取りたいんだろう。

 背中バーンとかの接触技も、そういう気持ちの表れなのかもしれない。

 なんだか無性に愛しくなって、自分も月無先輩側に少し重心を寄せた。


 月無先輩はやっぱり恥ずかしいのか少し顔を背けて、スマホからその曲を流した。


「……おぉ、中華風……は? カッコよ」

「ヤバいカッコいいでしょこれ」


 曲名は『戦闘! マスタード』。

 ポケモン剣盾のDLCで戦えるキャラクターの曲とのこと。


「しかも楽器編成ほとんどうちのバンド通りじゃないですか」

「そう! これしかない感すごいでしょ!」


 四つ打ちにファンキーなメロディ、キレキレのホーンセクションと、編成を十全に活かしつつ軽音らしさも出せる。

 アレンジのしがいもありそうだし、ライブ映えもしそうだ。

 聴けば聴くほどこれしかないと思えるし、何よりメッチャ楽しそうだ。

 車内で流した時も満場一致だったそうだ。


「もうやりたくてうずうずしてきました」

「あたしも。こらえるの無理」


 月無先輩も自分も、もう次のステージに想いを馳せている。

 これをバンドで合わせたらどれだけ楽しいか、観客はどんな反応をしてくれるか、合宿ライブ以上の盛り上がりを期待してしまう。


「フフ、もう夢叶っちゃったのに。何でこんなに幸せなんだろ」

「いいんじゃないですか? めぐるさんはそれだけ頑張ってるんですから」


 報われるべくして報われているだけだと思う。

 人柄の良さもあるだろうけど、自身のことにも他人のことにも一生懸命な姿があるからこそだ。


「フフ、一番頑張ってる白井君が言うならそうなのかな」

「いや俺よりあなたの方が」

「いやいや……って、フフ。これ終わらないヤツだ!」

「ハハ、合宿中にもありましたねこれ」


 そんなやりとりにまた顔が綻ぶ。

 ひとしきり笑った後、月無先輩はふと遠くを目をやった。

 清々しい表情を浮かべてはいるが、何か思うところがあるように。


「頑張ったけど……勝てなかったなぁ」


 何に、とは聞かなくてもわかる。

 なんとなくかける言葉が見つからず、自分も遠くに目をやった。

 

「なんかさ~、ちょっと変かもだけど、巴先輩に勝てれば、ゲーム音楽最高って証明できる気がしてたからさ」

「……変とは思わないです。めぐるさんがそう思うの、俺にはわかります」


 歌曲と器楽曲インスト、それを一般楽曲とゲーム音楽になぞらえる気もわかる。

 その最強の相手が巴先輩だということも。

 ゲーム音楽の良さを証明する、それが月無先輩の根源的な目標だというのもよく知っている。

 一位を取りたいという気持ちの強さは、他の誰にも負けないものだったんだと思う。

 

「一回もプレミしてないのに綺麗にやられた感じ? あの時あぁしとけばとか、そういうの全然ない感じ」

「最高の名勝負だったんじゃないでしょうか」

「……フフ、自分でもそう思う!」


 届かなかった悔しさはあれど、納得いっているんだろう。

 順位を決める明確な要因なんてなかったし、双方の魅力を全て出し切った上での決着だった。


「でも、ゲーム音楽最高ってことは証明しちゃいましたね」

「フフ、そうだね! だからお楽しみ終わった時、実は投票一位取れなくてもって思っちゃったりして。巴さん、グラフェス出るつもりないの知ってたし」


 結局のところ、望んでいたものは最強の相手と一緒に手にしてしまったのだ。

 喜びと感謝が勝っていることも、表情が物語っていた。

 

 ……が、

 

「でもやっぱちょっと悔しい」


 一位を取る必要が事実上消失していたとはいえ、悔しいには悔しいみたいだ。

 巴先輩に真っ向から挑める最初で最後のチャンスだったというのもある。

 順位以上の結果を手にしていても、負けず嫌いな一面がを覗かせても仕方のないことだと思う。


 でも、届かなかったとしても、すごく大切なやりとりがあったと、開票の時に自分は感じた。


「……でも、めぐるが出て、って言ってくれてたじゃないですか。俺はめぐるさんが受け継いだんだと思ってます」

「……何を?」

「軽音代表としての座です。めぐるさん以外には任せなかったんじゃないかって思います」


 その時の言葉は、世代交代の場面にも聞こえた。

 全幅の信頼を置ける後継がいるからこそ、安心して残りの軽音生活を好きに過ごせるんだと。

 巴先輩が同格と見做していること自体、一位を取ることに勝るとも劣らない名誉じゃないだろうか。


「これからはめぐるさんがトップになるんだって、言ってるように見えました」

「そっかぁ……。フフ、それは嬉しいなぁ。なんかすごい元気出た!」


 多分、月無先輩なら代表の重圧プレッシャーなんて軽くはねのけて全うしてくれる。

 全力で楽しんで、そして誰よりもストイックに努力して高みを目指す。

 今の三女の良いところばかり受け継いだ、最高の演奏者プレイヤーになるんだろう。


「ハハ、最高の三女にならないとですね」

「フフ、そうだね! じゃぁ白井君も、来年あたしに同じことさせなきゃだね!」

「……プレッシャーやば」


 ……軽音を背負う未来なんて正直見えないですわ。


「一票差だって言ってたでしょ?」

「え、あ、はいそうですね」

「その一票は白井君の力だって、あたしは思ってるから!」


 不意を突くそんな言葉に、思わず目頭が熱くなった。


「……車の中で同じこと言ったら、皆そうだねって言ってくれた」


 巴☆すぺくたくるずの一員だということに誇りはあれ、自分の力なんて微々たるものだと思っていた。


「皆からそう言ってもらえるのって、すごいことだよ」


 マイナスにならなかったこと、それだけで十分だと自分の価値を決めていた。


「俺、足引っ張らないかって精一杯で……」


 心の底で思っていたことがあふれ出した。

 色んなことがあって、いくら自信をつけても、実際はその裏にある不安は消しきれなかった。


「フフ、引っ張っちゃったらって、思うの当然だよ。そんなの一年生だったら誰でもそうだよ」

「……俺、実際あのバンドじゃ一番下手ですし」

「でも一位取れたでしょ?」


 遮るように、振り払うようにそう言われて、今なら弱音を吐いていいんじゃないかなんて気持ちが引っ込んでしまった。


「あたしに勝ったんだから、もっと自信もたなきゃ!」

「……そうですよね」


 そうじゃないと、月無先輩にも失礼だ。

 圧倒的に他の人の力が大きいとはいえ、自分もその一員として、これ以上なく誇れる結果を手に入れたんだから。


「じゃぁ今度は自分の力で勝ちます!」

「そうそう! その意気だよ!」


 この先の軽音人生でトップを目指すということでもある。

 それに、巴☆すぺくたくるずの一員として、その在り方は間近で見てきたんだ。

 同じようになれなくとも、自分らしく精一杯足掻けばいいだけだ。


「……それにグラフェスも、自分の力で出たいって思いました」


 いつか自分の力で、胸を張って見せられる日がくるように。

 

「フフ、巴さんも一位取った甲斐があったって、思ってくれるよ」

「……ここまで見越してたんですかね」

「ね。でも、一位取りたいって言ってたんでしょ? 白井君の為でもあったんだと思うよ」

「……絶対応えたいって思いました」

「フフ、一緒に頑張ろうね!」


 今のバンドだけじゃなく、この先自分達が引退するまでずっと、巴先輩の想いは自分達の中に残り続ける。

 最高の実力者として、そして最高の先輩として、これ以上ない形で自分達を鼓舞してくれた。

 そんな偉大な先輩に恵まれた自分達は本当に果報者で、それを受け継いでいこうと思える今は、あり得ない程幸せだ。


「ふふー、じゃぁ東京に帰ってきて一発目! この場に合う曲を考えよ!」

「ハハ、来ましたね。じゃぁ~……」


 先輩達への感謝、合宿をやりきった労い、そして新たな展望……挑戦と言ってもいいかもしれない。

 大きな区切りを迎えてもまだまだ終わらない、喜びと楽しさに満ちた旅の門出。

 ……そうだ、これしかない。

 この曲に決めた。


「さっきの曲もポケモンでしたし、金銀のエンディングなんてどうでしょう」

「……神!!」


 同じように思ってくれたか、嬉々としてそれを流し始める。


「っていうかマジで神……今流すなら本当にこれしかないでしょ……成長しすぎ。怖っ」

「過分すぎる」

 

 とはいえ、自分も軽音の経験を経て成長したのは本当だと思う。

 今はその言葉が素直に嬉しいし、まだまだ頑張ろうって掛け値なく思える。


「これほんっと大好きでさ~。頑張りました! って曲で言ってくれる感じ!」

「わかりますわかります。ただのハッピーエンドとは一味違いますよね」


 原曲版のシンプルな響きに、二人で色んな想いを口にする。


「ザ・達成感! っていうのがいいんだよね~。やたら盛り上げるような感じもなくって、ちょっと素朴な感じがすんなり入ってきてさ~」


 月無先輩は久々に止まらなくなって、危うく暴走しかける程嬉しそうにしていた。


「ハハ、めぐるさんって本当に感受性豊かですよねぇ」


 今までゲーム音楽を語っていた時もそうだけど、これこそ月無先輩が音楽を楽しむ秘訣なんだとと思う。

 それに、ゲーム音楽に対してだけじゃない。

 色んな事を前向きに捉えて、人の想いを全力で受け取って、考えすぎに見える時もあるけど、結局全て素敵な思い出に昇華してしまう。


「そうなのかなぁ。でも白井君もだよ」

「そ、そうなんですかね」

「というか最初からそう思ってた」

「ハハ、でもめぐるさんが言うなら、そこは素直に自信持てます」


 自分達の一番の共通点はそんな部分なのかもしれない。

 巴先輩が言っていた、「なんかいいと思った」モノも、それが正体だったりするんだろう。


 流れていた曲も終わりに差し掛かる。

 エンディングテーマに相応しい、ゆったりとした、それでいて荘厳なメロディでこれまでの全てを労う。

 

「俺、さっき帰り道に合宿ロスだ~とか思ってたんですけど」

「うん、あたしも」

「無限にありますね。楽しいこと」

「フフ、そうだよ!」


 夢のようなイベントが一つ終わっても、めまぐるしい程に楽しい日常はこれからも続く。

 

「まずは三合ライブでしょ~、次は学園祭でしょ~、そんでグラフェス!」

「ハハ、困りましたね。一緒に楽しみましょうね」


 仲間達との最高の体験も、受け取った大切な想いの数々も、その中で輝き続けるんだろう。


「うん! ……ずっと一緒にね!」


 比べるべくもない思い出は、まだまだいくらでも増え続ける。

 二人が二人である限り、それこそ永遠に。


 



 メグル・ゲームミュージック合宿編 完


 *作中で紹介した曲

 『戦闘! マスタード』――ポケットモンスター剣盾

  (決戦ではなく戦闘、の方です)

 『エンディング』――ポケットモンスター金銀、ポケットモンスターHGSS








 あとがき


 まずは皆様、ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます。

 やたら長くなってしまった合宿編ですが、筆者の経験では部活の楽しさの大半は合宿に集約されていたため、時間感覚としてはマジでこんな感じでした。

 本当に24時間あますことなく楽しかったので、白井達にも体験してほしかったのです。

 ……だから赦してください。

 

 合宿編には「歌とゲーム音楽」というテーマがありました。

 本来的に歌のないゲーム音楽=器楽曲インストと、一般的な音楽=歌曲の対比です。

 多少語弊がありますが、ゲーム音楽VS一般的な音楽と言えばわかりやすいかもしれません。

 どちらが上か……という問題ではないのですが、器楽と歌、双方の魅力に触れることはとても重要なことだと思っています。

 

 色々書きすぎると読者の皆様に考えを押し付けてしまう気がするので、このくらいで。


 歌とゲーム音楽、聴く人によってそれぞれ色んな魅力を挙げるかと思います。

 もしよろしければ、皆様の感じた魅力も教えて頂けたらと思います。

 

 ここからのメグル・ゲームミュージックは再び秋編に戻り、学園祭編に突入します。

 ライブも飲み会もまだまだあり、まだまだ活躍させたいキャラも、これから活躍するキャラもいて、個性豊かな仲間達に囲まれて、白井達は楽しい日々を過ごしていきます。

 皆様どうぞ、今後とも白井達のことを暖かく見守っていただけたらと思います。

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