人との縁

「金木犀……秋って感じしてきたな~」


 ふと目に入った風物詩は、夏の終わりを告げるものだった。

 通学に使う川沿いの道は四季折々の姿を見せ、その変化を感じさせてくれる。

 思い出に埋め尽くされた夏休みも残り僅かで、下旬には後期が始まる。


「白井ー」

「あ、八代先輩! おはようございます」

「おはよ」


 後ろから声をかけてきたのは八代先輩だった。

 ととっと小走りで隣に並んできた。

 通学路が共通しているのでたまにあることだが、こういう偶然はいつも嬉しいものだ。


「すっかり秋って感じだね~」

「ハハ、俺もさっきそんなこと思ってました……そうそう、こんな感じで金木犀見て……って多いな」

「この家植えすぎだよね」


 とある邸宅の外壁沿いにびっしりと。

 昨日はここを通らなかったので知らなかったが、自分が合宿に行っている間にこんなに見事に咲き誇っているとは。

 もはや風物詩の暴力と言っても過言ではないほどの量ではあるが、赤黄色が見目鮮やかだし、自分は香りも好きなのでむしろ……


「さすがにこんなに多いと匂いちょっとキツいよね。ちょっと苦手かも」

「ハハ、多けりゃいいってもんでもないですね」


 ……八代先輩が黒と言えば黒なのだ。

 金木犀よ、お前は咲きすぎたのさ。


「フフ、ライブくらいだね。いくらあってもいいのは」

「ですねぇ。本当に楽しみです」


 八代先輩とのバンド、奇跡の五位入賞を果たしたZENZA BOYSは、他大学との合同ライブが近くにある。

 今日はそのための曲決めでスタジオを使わせてもらうことになっている。


「合宿終わったばっかなのに息つく暇ないねー」


 八代先輩はそう言ったが、充実している部活動生活への喜びは表情に滲み出ていた。

 ZENZAの一年としては、そんな笑顔が何よりの報いだ。


 裏門を通ってスタジオへ着くと、スタジオ廊下の電気が点いていた。


「あら、もう誰かいる」

「珍しいですね」


 大抵最初に着くのは自分か八代先輩なのだが、今日はそうではなかった。

 扉の覗き窓から中を見ると、林田と……氷上先輩がいる。

 二人してギターを持って、指南中の様子だ。


「氷上って結構バカのこと気に入ってるよね」

「合宿の時もちょくちょく見てくれてましたもんね」


 合宿で築かれた先輩後輩の繋がりが、こうしていい形で見えるのは嬉しいことだ。

 最初は「何を言っているかわからない」とか言っていたのに、今やすっかり舎弟のように目をかけてくれている。


「なんか若頭と下っ端って感じ」

「林田の名前がサブとかだったら完璧でしたね」


 扉を開けてスタジオに入り、極道二人に挨拶した。


「ッス! 今ライブのはんせーしてたとこッス!」

「偉いじゃない。氷上もありがとうねわざわざ」

「ふっ、そういうのじゃない。気になったところがあったからな。ライブは良かったが、それとは別だ」


 フ、フン! まぁよかったんじゃない? で、でもあたしがもっと良くしてあげるわよ!

 ……ってところか。ありがたいことだ。


「じゃぁ揃うまで反省会しよっか。氷上もさ、色々ダメ出ししてよ。観てる側の意見もあると助かるし」

「そうだな。そういうことなら……」


 そんなこんなで反省会を四人で始めた。

 各々自覚のあること、互いに気付いたこと、聴衆側から感じたこと、色んな角度から闊達な議論が行われた。

 特に先輩方の指摘はわかりやすく、次の練習で意識すべき箇所が明確になって本当に助かった。

 一年ズだけだったら、こうした生産的な時間はなかなか生まれなかっただろう。

 

「う~す揃ってんなー。お、氷上じゃん」

「お疲れ様です!」


 部長と椎名も到着し、ZENZAのメンバーが揃った。

 しばらく反省会を続け、有意義に時間が流れた。

 

「あ、そういえば氷上さんすいませんでした。MCであんなこと言って」

「ん? あぁ、煽りは清田で慣れてる」

「……慣れてるんすね」

「それに面白ければいいだろう。……コイツみたいにならなければ」

「反省してま~す」


 ……反省してないヤツだ。

 ちなみに『シンギュラリティ』での大事故MCをもって、部長はグラフェス本番でMC自粛の措置が決定したらしい。


 冗談も交えながらの反省会が終わり、今度は曲決めへと話題が移行する。

 曲決めにまで口出しはできないと、氷上先輩は一旦輪から外れてギターアンプに腰かけて運指練習を始めた。

 数曲候補が出る中、何故か曲出しをしない椎名に部長がふった。

 

「椎名はやりたい曲ねぇのか?」


 ボーカルなんだから、と八代先輩が続くと、椎名は少し悩むような唸り声を出した。


「ん~……やりたい曲結構あるにはあるんすけど」

「じゃぁ出せばいいじゃねぇか。遠慮したらいかんぜ」

「ホーン入ってる曲ばっかなんすよね。また白井にやらせるのも悪いしで」


 なるほど、そういうことか。

 夏合宿ライブの選曲ではホーンの音を自分が代替した。

 自分がそれで結構苦労したのを椎名は知っているし、鍵盤への負担も考えてくれたのだろう。


「じゃぁ頼んでみる?」


 八代先輩がそう言うと、一年ズは全員目を丸くした。

 言ってることはわかるが、事情がわからないといった感じだ。


「いやだからホーン。ヘルプで」

「え、出来るんですかそんなこと」

「うん。夏合宿終わったら結構そういうのあるよ」


 何でも、合宿さえ過ぎれば皆余裕ができるし、数曲くらいなら頼めば参加してくれるとのこと。

 それに学園祭まで、つまり10月の間は部内ライブもないし、ZENZA以外のバンドは大抵ヒマになる。

 頼むならむしろ今だろう。


「お、俺がホーンバンドに……」


 椎名の反応ももっともだ。

 ホーンバンド≒上手い人がやるという認識が一年生にはあるから、それだけで名誉なのだ。


「ってことは上層部入りじゃねオレら」

「アハハ、上層部ねぇ。まぁ自信は持っていいと思うけどね」


 残酷な話だが、実力がない人はずっとホーンバンドに縁がないとも聞く。

 自分も春バンドからホーンバンドだったとはいえ、鍵盤パートの需要の高さと希少性故の幸運だった。

 軽音生活の本命である夏バンドで巴先輩に誘われたときは、状況を疑うくらいだった。


「じゃぁその前提で話進めっか。八代が声かけてくれりゃまぁ集まるだろ。頼んだ!」

「他力本願ねぇあんた……まぁいいや、何人か連絡入れてみる」


 そうと決まれば、と早速動き出す。

 椎名は得も言われぬ喜びを滲ませて、それならとスマホをラインに繋げた。


「SURFACE(サーフィス)ってバンドなんすけど~……」

「「ん?」」


 バンド名がでた瞬間に、三年生三人が揃って反応した。


「え、皆知ってるんですか?」

「去年やったぞ。しかもここ三人全員同じバンド」

「マジすか……ちなみに曲は」

「「「さぁ」」」

「マジすか!?」


 ……? さぁ?


「……林田知ってる?」

「……さぁ?」


 なんかすごい頭悪いやり取りしてる気がする。


「お約束ねーあんたら。曲名だよ曲名。『さぁ』って曲」

「いやまさにやりたかったんすよ……でも去年やったなら出来ないっすかね」

「いいんじゃねぇか? やったっつってもお楽しみでだし」

「俺はむしろやってほしいがな」

「アハハ、アニソンだしね」

 

 なるほど……察するに、お楽しみのアニソン枠として氷上先輩主導でやったというところか。

 すんなりとやることが決定し、他にも曲案はないかと再び話を続け、セットリストも煮詰まってきたころ。


「もうなんか全部パンチきかせる感じでいい気がしてきたな」

「俺はぜんぶはっちゃけてーッス!」

「アハハ。さすがにそれは……お? 誰か……あ、そういうことね」


 スタジオ扉の覗き窓の人影に八代先輩が気づく。


「ほら氷上、身元引受人来たよ」

「……もうそんな時間か」

 

 影の主は水木先輩。

 なるほど、この後は氷水カップルでデートということか。

 ちょいちょいと手招きすると、水木先輩が入ってきた。


「……邪魔、ですよね?」

「ん? 別にいーよ?」

「いえ、氷上先輩」

「ちょっと待て、邪魔はしてないぞ」

「アハハ、そっちかー。私らがいてくれって言ったのよ」


 もうすっかり議論に溶け込んでいたし、アドバイザー的な立ち位置に収まっているから、ZENZAは誰も気にしていなかったりする。


「ハッハ、どうせなら水木もなんかねぇか? パンチきいた曲」

「え、ウチに振るんですか? パンチ……んー……あ。じゃぁちょっといいですか」

「お、あんのか」


 冗談交じりの無茶ぶりだったが、すぐにひらめいたようだ。

 スピーカーにスマホをつなげ……。


「これ椎名やったら多分面白いよ」

「面白枠の時点で不安なんすけど」


 そして流れた曲は……


「「「ブフッ」」」


 イントロでZENZAメンバー全滅。

 スピーカーから大音量でいきなり「俺を愛せ」と言われては仕方がない。


「な、なにこの歌詞……」

「まぁまぁ、最後まで聞きましょう」


 曲自体はカッコいいロック曲だというのに、歌詞と空気感とたびたび入る合いの手、そしてサビ前に入るセリフと、最早真顔で聞いていられる曲ではなかった。

 一回聴いたら絶対に忘れられないインパクトで、詳細がやたらと気になってしまう。


「はー面白……これ何の曲なの?」

「VitaminXっていう乙女ゲームですね」

「へー。ってことはゲーム音楽? 白井知ってた?」

「乙女ゲーはさすがに……めぐるさんでも守備範囲外かと」

「ハハハ、まぁウチみたいなのしかやらないし」

 

 そもそも月無先輩は恋愛シュミレーションゲーム自体に興味がない気もする。

 でもここまで衝撃的な曲なら、教えてあげたら喜ぶかもしれない。

 

「ちなみに曲名なんて言うんです?」

「ミッドナイト・サルヴァトーレ」

「なんて?」

「真夜中救世主って書いてミッドナイト・サルヴァトーレ」

「処理が追い付かないですね」


 曲名からして圧倒的インパクトであった『真夜中救世主~ミッドナイト・サルヴァトーレ』だが、さすがに水木先輩も冗談半分だったとのことでお流れに。


「アハハ、危うく変な方向でキャラ定まるとこだったね椎名」

「いやさすがにこれは……」

「俺はやりてーぞこれ。ギターカッケェ」

「ハッハ、さすがに他大とのライブじゃできねぇわな」


 ……来年のお楽しみとかでやらされんだろうなぁこれ。


 せっかくだからと水木先輩にも意見をもらいつつ、曲決めもまとめに向かっていった。

 セットリストもあらかた決まったところ、

 

「氷上さんすっかりお気に入りですよねー。ウチもこのバンド好きだけど」

「フッ、努力してる奴は皆好感が持てるからな。それだけで楽しみというものだ」


 氷水の二人が期待を寄せる言葉をくれると、ライブへの気持ちがさらに引き締まった。


「椎名またイジってあげてね。この人後輩にイジられて喜ぶタイプだから」

「え、じゃぁ困ったら頼りにさせてもらいます」

「頼るの意味が違う気がするんだが……まぁいいか」

「あんたそれでいいのね……」


 巴☆すぺくたくるずとは違って一年が半数のこのバンドは、部長と八代先輩がいるとはいえ、当初はそこまで期待を寄せられるバンドではなかった。

 そのバンドにも、今ではこうして楽しみにしてくれる人が確かに存在する。

 寄せられた言葉は全部、自分達には報いの言葉で、更なるモチベーションへとなり続ける。

 大げさかもしれないけど、ファンの言葉をもらった時のアーティストっていうのはこういう気持ちなのかもしれない。


「ミッドナイトなんちゃらは学園祭でやるかんじッスかー?」

「やんねぇよ?」


――


 正午を回ったころ。

 曲決めが終わると、あとは各々の時間にと帰り支度を始めた。

 部長と椎名はバイト、氷水はいわずもがなで二人で……と思いきや、林田も連れて楽器屋に行くらしい。

 清田先輩アホの乱入に慣れてる二人、そこが林田バカに変わったところで状況的に大差ないということだろう。

 という冗談はさておき、合宿が終わったら機材選びなどを教える予定だったとのこと。


「白井はこのあとどうするの? めぐる今日バイトでしょ」

「予定っていう予定ないんですよね」


 しいて言えば旭さんから託されたゲームの整理くらいだ。

 どうするかなぁと思っていると、八代先輩の携帯に着信が入った。

 冬川先輩のようで、やりとりを聞くにさっきの連絡への返答だろう。


「よかったね椎名。奏やってくれるってさ」

「マジっすか!?」


 ZENZAホーンバンド計画の実現にあたって、いきなり最強戦力がOKを出してくれた。


「あとこのあと学校来るってさ。丁度いいから私残って話しておくよ。こういうのは直接話した方が早いし」

「ありがとうございます! 何卒! 何卒お願いします……」

「アハハ、任せといて」

「さいきょーじゃん。椎名、冬川さん推しだしよかったなー」

「そういう情報は伏せてくれな?」


 冬川先輩はこの後部室に来て、合宿の写真アルバムを作るそうだ。

 そのアルバム制作の手伝いついでに、八代先輩が直接改めて話してくれることに。

 こういうことを率先してやってくれる姿を見たら、家に帰ってゲームどうこうとか言ってる場合ではないだろう。


「俺も手伝えることありますかね? 任せてばかりも悪いですし」

「お、じゃあ一緒に奏待とうか。どっちにしても強制居残りさせる気だったけど」

「ハハ、じゃぁそうしましょう」


 ということで、自分と八代先輩は学校に残って冬川先輩の到着を待つことに。


 次のバンドの予定を確認して解散し、自分と八代先輩は一旦コンビニに行って昼食を買い、部室にやってきた。

 アルバムは部室保管なので、作ってそのまま置いて帰る流れだそうだ。


「冬川先輩はいつ頃来るんです?」

「そろそろじゃない? ともが珍しく早く起きたからすぐ出るってさ」

「あ、巴さんも来るんですね」


 一人でアルバム制作をするわけではなかっただろうし、巴先輩が一緒にくるのも当然か。


「……なんかおせっかいかもしれないけどさ」

「……? なんです?」

「いや、巴のこと。いろいろあったでしょ?」

「あ~……」


 数日も経っていないが、合宿が終わって初めて巴先輩に会う。

 あのやり取りがあった後もそんなに沢山は話していない。


「合宿の空気とか、なんだろう、勢い? みたいなのあったわけじゃない」

「わかります。言いたいこと」


 その場の熱というものがあって、それが冷めた状況で改めて顔を合わせたらということだろう。

 妙な気まずさが生じたりするかもしれない、と。

 実際にそうなることは多分ないけど、その想定が理解できるくらいには図星だ。


「まぁ巴はなんも気にしなそうだし、いつも通りだろうけど」

「ハハ、そうなんだろうなぁって思います」


 でも、気持ちを打ち明けただけで、互いに「変わらずに、らしくあろう」と確かめ合うような時間でもあった。

 取り繕うようなこともないし、巴先輩はきっと自然体のままでいると思う。


「大丈夫です。なんかいろいろ心配かけてすいませんでした」

「そっか、それならよかった」


 八代先輩と話すと不思議と落ち着くのは、敢えて言ってくれることで気持ちを整理する切っ掛けをくれるからなんだと思う。

 

「まー私も奏も、妙な雰囲気出されるとイヤだからねー」

「ハハ、逆の立場だったら俺もそうかもです」


 周りの気に障ったり気を遣わせたり、そんなことにならないようにと教えてくれているんだろう。

 八代先輩は「可能性の話」をして気づかせてくれることも多い。


「フフ、冗談だけど。でも、結構知ってる人いるみたいだしさ、一応ね」

「……まぁそうですよね。ロビーから見えてたでしょうし」


 それに理解のある人ばかりじゃないし、噂も仕方なく浸透するものだ。

 悪意がなくても奇異の目で見られる可能性は大いにある。

 心構えは必要ということだ。


「あとゴメン、ちょっと笑っちゃったんだけどさ、藍に変なあだ名つけられてたよ」

「え、何です?」

「百合の間に挟まれ太郎」

「心外にもほどがある」


 あのアホめ……。

 まぁ割り込んだわけでもなければ、挟まれているわけでもないから事実無根ではあるが。


「まぁそういう冗談言えるのも、あんたのことわかってるってことじゃない? めぐる裏切るようなことは絶対ないって、二年女子も信用してくれてるんだと思うよ」


 清田先輩にしても、ネタにしながらも見守ってくれているかもしれない。

 ……9対1くらいな気がするけど。


「あ、でもそう、信用と言えばなんですけど。昨日めぐるさんのご家族に会ったんですよ」

「……え、家族って両親?」

「はい。ご両親とお兄さんです」

「へ~。……って、それって結構大ごとじゃない? あんたの場合」

「実際会うまでめっちゃ緊張しました」


 報告というのも大げさな気はするけど、月無先輩のご家族から信用を得られたというのは、自分たちを気にかけてくれる人には話しておいた方がいい気がした。

 それに何故だか無意識に、最初に話すなら八代先輩だとも思っていた。


「で、どうだったの? 認めてもらえた?」

「一応……いや一応でもないな。もうあっちから固める気マンマンでした。でもこの家族にしてめぐるさんありって感じの方々でした」

「アハハ、なんか想像できるそれ」

「ハハ、思い返すとちょっと笑っちゃいます」

「チョロいなこの家族って?」

「そんな邪悪な笑いじゃない」


 そして昨日の出来事の色々を話した。

 八代先輩はよかったね、と笑顔を向けてくれた。

 それは心配事が払拭されたようにも、ただ祝福してくれているだけのようでもあった。


「フフ、まぁ白井はすぐに気に入られそうなタイプだよね」

「そうなんですかね?」

「うん、人たらしだし」

「……え」


 これまた心外……とも言い返せないような表現だ。

 でも、ショックでないのは、八代先輩が客観と主観をうまく混ぜた言い方をいつもするからだ。

 悪い意味だけで言っているわけじゃないだろうし、わかりやすい言葉として使っただけだと思う。


「アハハ、ごめんごめん。悪く言うとそうってだけね」

「い、いやでも本当にそうなのかなって」

「んー……ちょっと違うと思うよ」


 図星のようでもあったから否定はできなかったのも事実だ。

 自分にその気がなくとも、悪い言い方をされても仕方ないところはある。


「あんたはさ、人との縁? みたいなのをすごく大切にするでしょ」

「……それより大切なことってあんまない気が」

「頭で思ってても皆そうってわけじゃないよ」

「……?」


 少なくとも、自分の周りの人はそうなんじゃないかと思う。

 言いたいことがわかるようで、理解が微妙に追いつかない。


「巴のことで悩んでる時さ、もっとなんか、世間体的なこと考えてるのかなって思ってたんだけどね」

「んー……でもそれも思ってましたよ。考えなきゃいけないことだって」

「まぁそりゃそうだけどさ。でもあんたって、そういうのよりも結局、人との繋がりってのを大切にしてるんだなって思ったよ。あの後巴から話聞いてさ」


 八代先輩たちは合宿では同室だったし、帰りの車も一緒だし、何も聞かされてないハズはないか。

 でもこうしてその話題を出してくれるということは、少なくとも八代先輩の中では、自分の出した答えが誤りじゃなかったということなんだろう。

 

「多分普通さー。この人自分のこと好きかなって思ったら、ワンチャンいけるって欲出す奴のほうが多い気がする」


 あまりそういう目で人を見ようとは思わないけど、いけそういけなそうという勘定は、ある程度無意識にしているってことなんだろう。

 普通と言えばそれも普通だ。


「確かに……でも俺の場合めぐるさんいますし、そうはなりようがないというか」

「いや、めぐるの時からそうでしょあんた。あの子割と最初の方から好きオーラ出てたと思うけど」

「……よく考えてみればそうか」


 要するに、月無先輩に対して「いけそう」って思っても仕方がない状況だったと。

 でも、欲がないというよりは、自信がないと言った方が、当時の自分への評価としては正しいと思う。

 関係性にヒビを入れるような真似は、少しの可能性だって避けたいというのが自分の性格だろう。

 事実、最初の方はそう思って自分の気持ちに蓋をしていた。


「ま、そういうことよ。縁というか、人との関係を大事にするでしょ。だから良い意味で人たらしってこと」

「……これ以上ない誉め言葉な気がしてきた。ありがとうございます。本当に」

「アハハ。素直でよろしい」


 人との縁か……自分はそれ以上に助けられているものはない。

 月無先輩に会って、八代先輩に拾われて、巴先輩に誘ってもらえて。

 軽音楽部での人との縁に感謝しなかったことはない。


「まぁあと、だからあんたに丸投げしたんだと思うけどね。めぐるも巴も」

「え、丸投げって」

「うん、丸投げ。なんか二人とも隠す気もなさそうに言ってたから言っちゃうけど」

「……信頼の表れって思っておきます」

「フフ、そういうことだよ。信頼しきってるから丸投げしたんだよ」


 捉え方によっては自分に対する絶対の信頼があるからということか。

 でも確かに、二人とも複雑っちゃ複雑な状況だったし、致し方ないとも思う。


「めぐるとあんたってすっごい似てるけど、ちょっとだけ違うからね。ほら、あの子は多分、好きって気持ちが一番大切でしょ?」

「そうですねぇ。それ以上に大切なもの、めぐるさんにはないと思います」


 ライブが終わって、二人で話している時にそれはハッキリとわかった。

 好きなものを好きって言えることが一番大事なことだって。


「うん。でも好きってだけじゃダメってのもわかってるんだよ。それでまた、でも、でも、ってなっちゃったんじゃないかな」

「矛盾的なヤツですかね」

「そうそう。で、あんたなら縁をうまいこと繋ぎとめてくれるって、そう思ったんだと思うよ。あんたがそういう人だから、丸投げしてもいいって」

「ハハ、じゃぁ期待に応えられたのかな……だといいなぁ」


 自分は月無先輩の考えに、誰よりも深い共感を持っているとは思うけど、根っこの部分ですべて同じというわけじゃない。


「自分の気持ちの行き場を任せられる相手なんて普通いないよ。自信もっておきなさい」


 似ているようでちょっと違う、そのほんの少しのズレが、今まで良い方向に作用していたんだと思う。

 

「でも俺がそうだったとしたら、やっぱり八代先輩を見てるからなんだと思いますよ」

「なんだよ急に」

「だって今の丸投げの話って、二人のことフォローするために敢えて話してくれたんですよね?」

「だからあんたは私のこと信用しすぎ。私はそんな良いヤツじゃないよ」

 

 自分が人との縁を大切にしているというなら、それは八代先輩の影響だろう。

 八代先輩こそ良い意味で本当の人たらしだと思うし、人との関係をこれほど大事にしている人はいない。


「はい、じゃぁ恥ずかしい話終わり」

「ハハ、これも恒例ですね」


 八代先輩は意外にも、自分と同じく……いや、もしかしたらそれ以上に照れる空気が苦手だったりする。

 見ている分にはいいけど当事者になるのは苦手、ということなんだろう。


「そうだ、あと一曲決まってないし、なんか曲考えようか」

「そうですね。確かに今考えちゃった方がいいかも」

「なんか落とし目の一曲くらいあった方がいいかもね。さすがに全曲テンション高いのは見てる側が持たないし」

「確かに」


 そういって二人して思案を始めるが、実は一曲自分の中にあったりする。


「さっき出そうかと思ったのが実はあるんですけど……」

「お、いいね」

「これなんですけど」


 スマホにスピーカーにつなげて、その曲を流す。


「フジファブね。いいよねこれ。季節的にも合うし」

「むしろここまでの選曲の夏感ハンパないですからね」


 フジファブリックの『赤黄色の金木犀』。

 曲決めの時は方向性がアゲ曲に向いていたし、ホーン曲という新しい選択肢も出ていたので、候補には出さなかった。

 

「オルガンのソロもあるし、これにしよっか」

「いいんですか!? やった……じゃぁL〇NE送っちゃいますね」


 今回のセットリストで自分が出した曲はまだなかったし、結構やりたい曲だったのでこれは嬉しい。

 皆が出した曲ももちろん納得いっているし楽しみで仕方がないけど、自分がやりたくて出した候補は格別だ。

 早速とバンドのL〇NEに送って、候補に加えてもらった。

 

「……金木犀、好きだった?」

「え?」


 ふと八代先輩がそう言った。

 ……あ、もしかしたら、朝のやりとりを気にしているのかもしれない。

 それがあったから曲決めの時にこれを出さなかったのではないかと。


「ハハ、多すぎなければですけどね」

「フフ、そっか」


 だとしたらこう返そうと、すぐに言葉は出てきた。

 気を遣おうと思って出た言葉じゃないのは、わかってもらえたと思う。


「アハハ、多すぎなければ、ね」

「実際多すぎでしたからねあの家」


 だって、自分が金木犀を好きかどうかなんて、この穏やかな時間には些細なことだからだ。


「やっぱり八代先輩が一番人との縁を大切にしてるなぁって思いますよ」


 こうして心の機微を大切にするからこそ、人との縁を繋げられる。

 他人事のような言い方をしながら、誰よりも気にしてくれている。


「だからもういいってそういうの」

「だってたくさん縁も結んでますし」

「アハハ、あたしゃ神様か」

「ハハ、正体明らかになりましたね」


 そういう人なんだと改めて思う。

 昨日の出来事を初めに話すなら八代先輩と思ったのも、そんな人だからこそだったんだろう。

 縁を結んでくれた人に、感謝の報告がしたいんだって。


「ま、いい縁だったらいくらでもあっていいと思うしね」


 話の区切りに、八代先輩はそう言った。

 部内恋愛は嫌いとか、やりたいようにしているだけとか言っていても、それこそが八代先輩の根底にある考え方なんだろう。

 

 自分が大切にしているもの、そしてこれからも大切にしていくべきもの。

 ぼんやりとは自覚していたけど、八代先輩のおかげでまたそれがはっきりとした。

 毎回感謝しっぱなしな気がするけど……というかしているけど、本人が恥ずかしがるので直接口にするのはこれくらいにしておこう。

 

「私も好きだよ、金木犀。なんていうか、適量なら」

「ハハ、用法容量を守ってって感じですね」

「アハハ、あの家の人にそう言っておこうか」


 八代先輩の笑顔を見られるなら、笑い話に終われて金木犀も本望だろう。





 


 隠しトラック

 ――不本意 ~部室にて~


「……ちなみにどういう流れであだ名言ってたんです?」

「え、何?」

「その、清田先輩の」

「藍の? 何?」

「挟まれ太郎って奴です」

「挟まれるって、何の間に?」

「その、百合です」

「百合か~。……で、どんなあだ名だっけ」

「百合の間に挟まれ太郎です! 面白がってぇ……」

「アハハ。ごめんごめん」

「実際挟まれてもいないのに……」

「アハハ、本当にそうだったらそんなこと言えないしね」

「事実無根もいいところですよ。まったく」

「まぁ位置的には巴のペットみたいな感じだよね」

「……不本意だけど何故か否定できない」


「で、そう、児相のL〇NEで、打ち上げの日程決めよ~ってなって、「百合の間に挟まれ太郎はどうします?」ってさ」

「あのメスガキ……」

「いや、ほんと白井には悪いんだけど、もう皆誰のことかすぐに察してスルーして普通に話続けてたのが逆に面白かった」

「悪いと思ってないヤツ」

「アハハ、ごめんごめん。で、そうそう、打ち上げだよ打ち上げ。話しとこうと思ってたんだった」

「え、そういや何で俺?」

「春バンドの打ち上げもやってないし、それも兼ねてあんたも呼ぼうって」

「あ、そういうことですね。……勘定にいれてくれていた分清田先輩に怒りづらい」

「アハハ、なんだかんだ友達大切にするからあの子」

「ハハ、でもそれなら是非……いや、よく考えなくても男一人ですよね」

「今更何言ってんのよ」

「いや、いよいよ殺される気がして」

「……まぁそんな気がして私も二人になるまで話さなかったんだけどね」

「すいません変な気を遣わせて」


「っていうか清田先輩ってほんと無謀ですよね……巴さん達の耳に入ったらどうする気なんだろ」

「アハハ、どうも思わないよ。むしろ奏とかツボると思うし」

「……まぁそうか。冬川先輩ツボ浅いし大丈夫か」

「そもそもあの子、私にすらブッ込むからね」

「え、そうなんです?」

「いやバンド名。あとMC」

「そういやそうでしたね……好きな気持ちの表れなんですしょうけど、愛情表現が歪んでいるというか」

「まぁあの子があだ名付けたがるのはそういう意味なんだろうけどね」

「そう思えば……とはなんないのが不思議」

「はじめが言うには、昔から奇行が目立つせいでいろんなあだ名つけられてきたから、逆に人につけたがるんだって」

「人類に復讐を誓った化け物みたいな思考」


「あ、あと、打ち上げでバンド名も考えるよ」

「え、変わっちゃうんですか?」

「いやさすがに保護者とかも来る学園祭ライブであのバンド名マズいでしょ。イーゼルにバンド名一覧書くし」

「まぁよく考えなくても普通にアウトですよね」

「内輪だけのライブなら別にいいけどね」

「ハハ、しっくり来ちゃってはいますからね」

「私は不本意だったけど」

「所長……」

「抵抗なくなってきてる自分もちょっと嫌だ」

「苦労してますねぇ」

「……だからあんたも来てね」

「切実……ツッコミとしてですね」

「うん。藍の相手はあんたの仕事ね」

「不本意ですが……ってその頼み方ズルくないです?」

「アハハ、私もたまには楽させてもらおうかなって」

「ぐぬぬ……。……キュアフィジカルめ」

「あ?」

「ごめんなさい。本当に」






 *作中で紹介した曲


『真夜中救世主~ミッドナイト・サルヴァトーレ』―― VitaminX

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