煌めく星の夜に

 お楽しみライブもいよいよラスト。

 部員全員の一生に残る思い出、トリを飾るのはその中心で一番の輝きを放った二人。


 期待の眼差しを向けた先で、月無先輩は一つ笑顔を作ってくれた。

 そして促されて巴先輩の方へ眼をやると、今度は一つウィンクが飛んできた。

 ……超嬉しいけど見られてないよな周りの人に。


「こりゃ期待しちゃうね~」

「……そ、そうですね」


 や、八代先輩はポジション取りが上手いなぁ。


「うふふ、ちょっと妬けちゃうわね~」

「フフ、そうね」

 

 ……なんで三女に包囲されてんの。

 まぁ八代先輩達も、この二人の演奏を観る側で満喫できる機会はそう多くないし、最前列で純粋に楽しみたいんだろう。

 そう、最前列に来たらたまたまこうなっただけ。

 意図したフォーメーションではないハズ……一年ズは静かにコロスって呟くのやめてくんないすかね。


「トモエサン……羨ましい……コロ……ス……」


 ……古賀まで憎しみに駆られないでほしい。


「ふふ、楽しんでね~。君達も」


 巴先輩がそう声をかけると、一年一同、ふにゃったような声で返事をする。

 もう完全に手玉に取られちゃってるが、それも当たり前だ。

 ここからは二人のステージを全身全霊で楽しむ時間。

 それを差し置いて時間を割くようなものはあるハズがない。


 名残惜しくも待ちわびる、夢のような時間。

 巴先輩の手振りでざわめきがかき消されると、月無先輩のピアノの音色が、その終わりの始まりを告げた。


 あぁダメだ……イントロで直感した。

 多分、涙を堪えられなくなる。

 この曲を選んでくれた、そしてそれを最高のピアニストとボーカリストが演奏する。

 大袈裟でもなんでもなく、この場にいる中で自分が一番幸せだ。

 物悲しくも美しい涙を誘うこの曲、空の軌跡のED曲の『星の在り処』。

 ゲーム本編で聴いたときにもすごく感動したが……きっとそれすら超えてくる。


 巴先輩の歌が入ると、まだAメロだというのに一瞬にして引き込まれる。

 儚いピアノの和音が心に響き、情感豊かな歌声が、感情の奥底を掻き立てる。

 完成度とか、上手さとか、そんな次元の話ではない。

 シンプルな構成だからこそ露わになる表現力の極致に、ただ胸が熱くなった。


 至高のピアノと天上の歌声は、有無を言わさず会場を席巻した。

 甘美な響きに息をのみ、呼吸をすることすら忘れてしまう。

 サビの終わりに漏れ出た溜め息は、一つや二つではなかった。

 

 二番に入りAメロ、Bメロそしてサビ。

 多分、耳を塞いだとしても、感情の奥底まで触れてくる。

 瞬きすらも躊躇う程に、焼きつけていたいと思う光景。

 ステージ上の二人は、音楽の、そしてライブパフォーマンスの神髄だった。

 

 ラストの大サビ。

 月無先輩に目で促され、巴先輩の方を見ると、巴先輩と目がった。

 メガネの奥、その瞳にはどんな感情が灯っているのだろうか。

 離すことなど敵わない。

 この人だからこそこの曲をここまで歌い上げられる。

 不思議な話だが歌声以上に納得してしまう、そんな目をしていた。

 

 曲が終わって静寂が訪れると、感想を抱くこともなくただ呆然としてしまった。

 強烈すぎる余韻に、曲が終わったことすら信じられないでいた。


「……フフ、泣かされちゃったね」

「……全然堪えきれなかったです。この曲好きすぎて」


 ボロボロまでは行かずとも、八代先輩に一目でわかられてしまうくらいには涙が出ていた。

 感動を超えた何かに、不思議と対応もクリアだったが、それでも視界が滲んでいた。

 巴先輩が自分を見て「泣いてら~」なんて言っている。

 でもいつものからかうような笑みではなく、向けてくれたのは穏やかな優しい微笑みだった。


 集大成ともいえるライブパフォーマンスに、最後の最後で部員も再燃し、一瞬の静寂は拍手と賞賛ですぐに消え去った。

 疲れも眠気も吹っ飛ばし、これ以上は考えられないラストを飾った。


「アンコーーーール!」


 突然スピーカーからそう聞こえる。

 部員全員が振り向いた先には……PA卓に坐す部長。


「いや、巻いてたからちょっと時間余ってんだよ」


 そして一斉にステージに一同が振り向き、二人に再び注目が集まる。


「……え? いやいや何言ってんの~」


 反応を見るに本当に予想外だったようだけど、巴先輩はあしらうようにそう返した。

 部活のライブでアンコールなんて普通あり得ない話だし、当然の反応である。

 でも、部長に乗じてちらほらと始まるアンコールの合唱は、終わらないことを願うよう声にも聞こえた。


「……いけねぇのか?」


 無駄に圧迫感のある意思確認を部長がすると、


「いや~……ねぇ? めぐる」


 どうしたものかと巴先輩が月無先輩に反応を求めると、


「巴さん! フフ、歌いましょう!」


 当然の流れと言わんばかりに、そう返した。


 多分これ、月無先輩と部長の仕込みだ。

 巴先輩も理解したといった表情で笑顔を作った。

 慮外りょがいの展開をあしらいつつも、巴先輩自身も本当はそうしたかったというように。


「ふっふっふ、ご期待に副っちゃおうかな~」


 さすがアイドルの才能も感じさせる巴先輩である。

 すぐさま切り替え、たったの一言で歓声が巻き起こる。


「ちなみにさっきの曲は、めぐるが大好きで、本当にやりたかった曲でした」


 MCも挟んでまた聴衆をステージに引き込む。


「……なんでも聴いてもらいたい人がいたとかいないとか~」


 ……やめて?

 月無先輩一瞬で真っ赤になったぞ。

 あとはやし立てる声に紛れて舌打ち聞こえたぞ。


「実はもう一曲、すっごく迷った曲があって~。こっちは私が歌いたい曲だったんだけど~、めぐるがやりたい曲優先しようってお蔵入りになったんだ~」


 巴先輩が曲。

 それがどれだけ素晴らしいものになるかなんて、部員全員がわかってる。

 お蔵入りにするなんてとんでもない、是が非でも聴きたい。


「ふふ、歌わせてもらえる機会ができて、本当に嬉しいし、今すっごく歌いたい。ありがと~みんな~」


 巴先輩のMCに、全員が全員引き込まれる。

 フロントマンの素質以上に、その秘めた想いの強さを感じて。


「それでは……聴いてください。『キラキラ』」


 ……!

 「すっごく迷った」、巴先輩がそう言った曲がこの曲であったこと、それが何より嬉しかった。

 夏バンドの曲決めで巴先輩に一度提案した曲。

 提案したはいいがその実、最高のピアニストと最高のボーカルの二人で演奏する姿が見たいのを看破された曲でもある。


「皆! 遠慮なく盛り上がってね~!」

 

 いつかは……でもそんないつかの機会は来ないとも思っていた。

 一番弾いて欲しい人に弾いてもらえて、一番歌って欲しい人に歌ってもらえる。

 そんな一生に一度と言っていい機会は、合宿ライブの最後に訪れた。


 弾きたくて練習したこともあったフレーズを、弾いて欲しいと思った人が奏でる。

 この人で聴いてみたいと思った歌詞を、その人が歌い上げる。

 色んな感情がないまぜになった高揚が胸に広がっていく。


 気持ちが溢れてしまう日があってもいいとか、カッコつけたことを言った自分がバカみたいだ。

 素直に受け取ってしまったら、こうなるに決まっていたじゃないか。

 逃れようのない純粋な想いにあてられ、まんまと感動させられて、結局自分の瞳からも同じように溢れ出ている。

 

 二人の笑顔は輝いていた。

 滲んだ視界のせい? 違う。

 好きなものを全力で、ただそれだけ。

 本気の人の見せる表情はこれほどまでに煌めき、美しく見えるのか。


 ――


 曲の終わりに、巴先輩はいつも通り「ありがとう」と閉めた。

 でもそれは定番の文句というより、心からの言葉に聞こえた。

 

 もう水の中でモノを見ているくらいに景色がぼやけているけど、感涙した人は他にもいた。

 少なくとも、誰も自分のことを他人事と笑えないくらいには。

 真っ白になった感覚で立ち尽くしていると、八代先輩が目の前で手を振った。


「……あんた目大丈夫?」

「あ、はい。一応ある程度見えます」

「素で返されると逆に怖いんだけど……拭こうともしないってどんな状況よ……はいハンカチ」

「あ、ありがとうございます。洗って返しますね」


 応対は何故か普通にできるが、こんなに水分って出んのかよってくらい感動してしまった。

 ……でも涙をぬぐって辺りを見れば、古賀なんて泣き崩れているし、介抱しようとしている夏井や田淵も似たようなものだ。


「音楽ってすごいですね……いや、あの二人がすごいのか」

「あはは、そっか。言ってあげなよ。喜ぶよ」

「……ちょっと今は厳しいっす」


 ライブに関してのことは、上手く言葉にならない。

 すっぱりと言語化を諦められるくらいには。

 いつもだったら何かと言葉を探して脳内で形容するけど、最早そういうものですらなかった。


「じゃ。私はちょっとめぐるのとこ行ってこよ。おやすみ」

「あ、はい。おやすみ……なさい」


 そっか、夏合宿ライブはこれで本当に全部終わりか。

 月無先輩達に労いの言葉をかけようかと思ったけど、ステージに残る二人は女子勢に囲まれて声もかけづらい状況だ。

 待ってもいいけど、その間に終わってしまった寂しさが込み上げてきそうだ。

 もうちょっと余韻に浸っていたいしと、一旦その場から離れることにした。

 

「あいつら戻んの早……」


 自分が立ち尽くしている間に、一年男子は先に戻ってしまったようだ。

 まぁ数時間後には東京に戻るわけだし、最高な体験をした直後とはいえ、寝ておかないと流石につらいか。

 

 丁度いいかもしれない。

 思いっきり目が腫れているのは見られたくないし、あいつらが全員寝静まったころに部屋に戻ろう。


 ロビーから出て、テラスのベンチに腰かけた。

 見上げた先には満天の星空。

 月はもう彼方に沈んでいようとも、耳に残り続ける音が、星の輝きを強くした。

 空が近いからこそのこの景色も、今日で一旦見納めだ。


「楽しかったなぁ……」


 夏合宿の思い出は、今までの全てを塗り替えるほどだった。

 一瞬一瞬が鮮烈で、東京に帰っても当分はここで過ごした時間を恋しく思いそうだ。

 いや、当分で済めばまだいいか。下手すりゃ一生だ。


 このウッドデッキのテラスでもいろいろな出来事があった。

 とりとめもなく流れるそれを、一人静かに反芻した。


 月無先輩のクソゲーミュージカルと星空の下で食べるカップ麺の味は両方とも最高だった。

 八代先輩のぶっちゃけトークは、部活というものへの理解が更に深まるいい機会だった。


「おつかれ~」


 そうそう、巴先輩達とセッションもしたこともよく覚えている。

 音楽人になれたような感覚は、思えばあの時芽生えたのかもしれない。


「……白井君~?」

「……え、あ、本人!?」

「え、何、偽物いた?」


 不意に現れた巴先輩に、意味不明な返しをしてしまう。


「あはは、変なの~。……ってか本人って何だ~?」

「あ、ちょうどここでセッションやったこと思い出してて。なんか合宿場、どこも思い出だらけだなって」

「わかる~。私も今年は本当に楽しかった~」


 そんな風に共感してくれるのは嬉しい。

 三年生の先輩がそう言ってくれること、それは後輩としての本懐だ。

 そして巴先輩は自分の隣に腰かけた。


「あ、邪魔だった~?」

「いえそんなことは全く。黄昏てただけですし」


 すぐに会話は途切れて、再び夜の静寂しじまが訪れる。

 猫背で空を見上げる巴先輩も、合宿の思い出に浸っているのだろうか。


「そうそう、大丈夫だった~?」

「大丈夫……です。正直この目で一年部屋戻りたくないからってのもあってここにいるんですけど」

「あはは、煽られる率100ぱーだね~」

「アイツら軽音の煽り文化しっかり受け継いできてるので……」

 

 でも心配して様子を見に来てくれたのかもしれないと思うと嬉しかった。

 そういえばさっき八代先輩に言われたな。

 巴先輩ののんびり口調で少し思考が落ち着いたし、伝えるべきだろう。


「ライブって本当に毎回感動しますね。最後、何であんなに涙出たのか自分でも不思議です」


 巴先輩は空を見上げたままだ。

 その表情の全てはこちらからは見えないが、口元が少し緩んだように見えた。


「そっか~。ふふ。……でも、めぐるが一番喜ぶ言葉、先に私に言っちゃダメだよ~」


 ……ダメ出しされた。

 月無先輩に一番に伝える言葉、それはそうだ。


「嬉しい」


 振り向いて、それだけ言った。

 ドキッとして言葉が続かなかったが、ただでさえ今日のライブで一番輝いていた一人に、至近距離でそう言われたら誰でもこうなる。


「何曲か候補出して~、二人であれこれ言って~、結局あの曲にしたんだよね~。このゲーム、白井君も大好きだから絶対めっちゃ喜んでくれる~って言ってたよ」

「……実際めっちゃ嬉しかったです。イントロ聞こえた瞬間、あ、泣くなこれって」


 空の軌跡は思い入れの深いゲームだし、感動したシーンで月無先輩と共感しあったこともある。

 でもまさか『星の在り処』をこんな機会で聴けるなんて思ってもみなかっただけに、あれだけ嬉しいサプライズはなかった。


「ゲーム音楽バンドも最高だったし気合入ってたけど、こっちもめぐるは超本気だったよ~」

「……それは演奏でわかりました」


 聴いてもらいたくて演奏に込めた気持ちは全部伝わった。

 結果として泣かされたわけだが、それだけの本気をぶつけられては仕方ないことだろう。


「月無先輩も大好きなゲームですからね。ゲーム中で流れた時ワケわかんないくらい泣いちゃったって言ってました」

「あはは、今度は白井君がワケわかんないくらい泣いちゃったね~」

「ぐ……確かにゲームで聴いたときより感動しましたけど」

「やってやった! って満足してたよ~。ふふ、本当に嬉しそうだった」

「ハハ、見事にしてやられましたね」


 まぁ元々抗う気なんてないのだが、月無先輩にとっては一番嬉しい反応だったんだろう。

 巴先輩は星空を見上げて、少し間を置いて言葉を続けた。


「私もさ~。こんなにやりきった! って思えること、今までなかったな~」


 夏バンドでは聴衆の全てを虜にして、お楽しみのゲーム音楽バンドも予想以上の大盛況。

 そして最後の二曲は完璧すぎるフィナーレ。

 軽音学部夏合宿、その主役は間違いなく巴先輩と月無先輩だった。

 そしてその二人ともが満足していることは、自分のことのように嬉しいことだ。


「グラフェス終わったときも、こんな風には思わなかった~」

「……そこまでです?」

「うん」


 軽音部員として最大の名誉とも言える代表バンド、それにも勝ると。


「こういうとちょっとアレだけど~、楽しいのは本気で楽しかったし~、出てよかったって本気で思ったけど~上手く歌えるのは当たり前で~……」


 才能だけでも天下が取れそうな巴先輩だからこそ、そう思うんだろう。


「……でも泣いてませんでした? あのオール飲みの……MVP発表のとき」

「あれは奏に釣られたのもあるよ~。奏はグラフェス思い入れすごかったからさ~。私まで取るとは思わなかったからびっくりしちゃったけど~」


 それもそうか。

 巴先輩にとって一番大切な人、そんな冬川先輩の集大成となれば感涙するのは当然だ。


「今日が初めてかもしれない。上手く歌えたって、心から思えたの」


 感慨深さをかみしめるように、巴先輩はそう言った。

 ずっと代表バンドのボーカルであり続けた、その巴先輩がそう言った。


「……もしかしてですけど、あの時私なんかがって言ってたのって、そういう理由なんです?」


 MVP発表の時、確かそう言っていた。

 素直に喜びきれないような言葉は、そういう引っかかりがあったのかもしれない。

 いくら完璧に見えても、巴先輩自身は不完全さや空虚くうきょさを感じているような。


「……私そんなこと言ってた?」

「はい、確か……」

「ん~……でも言ったかもな~」


 覚えてはいないが、そう言ってても当然、そんな反応だ。


「ま、忘れちゃった」


 巴先輩は心の底から嬉しそうにそう言った。

 今はそうではないと物語る微笑みは、自分だけでなく、巴先輩のことを想う全員が喜ぶべきものだろう。


「ふふ、そのあと白井君が言ってくれたことはよく覚えてるけどね~」

「……あの時よりももっとそう思いますよ」


 掛け値なしの言葉を返したが、巴先輩は何も言わなかった。

 少しばかりの静寂の後、巴先輩から話を続けた。


「君たちのこと見ててさ~。なんでこんなによく聞こえるんだろ~って思ってた」


 自分と月無先輩のことだろうか。


「何て言ったらいいかなぁ。めぐるは私と同じだと思ってたのに~、そうじゃなかった」


 多分、才能という面での共感だろう。

 巴先輩と月無先輩には、天才同士の言葉にできない繋がりがあるんだと思う。

 

「白井君の演奏を春バンドで見た時もさ~、何かいいなって思った~」

「え……ありがとうございます」

「ふふ。下手だったけど、夢中でやってたよね~」

「ぐぬぬ……でも嬉しいです」


 本当にあの頃の自分は……いや、今も変わらないか。


「なんかこう~色々詰まってる? そんな感じ~。伝えたいものがあると違うんだな~って、思った」


 自分が月無先輩の演奏に心酔するのも、月無先輩が自分の演奏を好きだと言ってくれるのも、そうなんだろうと思う。

 演奏する時はいつも想いがこもるし、演奏を通じてそれはきっと伝わっている。

 上手い下手とかそんな話ではなく、自分達の間で音楽はそういうものなんだ。

 最初から今まで、ずっとそうだったんだと思う。


「でも巴さんこそ最後は特に……歌って本当にすごいなって……なんというか、やっぱり言葉以上のものなんだなって思わされました」


 伝えたいものを全力で詰め込んだ、そんな歌声だった。

 歌唱力以上の凄味と深みが確かに存在して、グラフェスの時とは一線を画していた。


「ふふ、結構詰め込んだ~」 

「……正に想いのこもった歌って思いました。こういうものを言うんだなって」


 そっか~と呟き、星空に目を向ける。

 巴先輩はいつもぐいぐいくるから、そんなセンチメンタルな様子は少し意外だった。


「君には伝わった~?」

「もちろんですよ。これだけ本気の人たちがどれだけ素晴らしく見えるかって、なんか思い知らされた気分です」


 軽音学部の歌姫としてでなく、御門みかどともえという個人としての本気の想い。

 誰もが心を揺さぶられたのは、歌を通じてそれに触れたからだろう。


「それに、世界観……って言えばいいのかな、めぐるさんと巴さん二人だけだからこそ出来るんだなこれって」


 ピアノとボーカル、楽器と声のひとつずつ。

 最終的にはここに行き着く、原点にして頂点。

 そう評しても全く過言ではないと確信する程だった。


「ふふ、そりゃそうだよ~」


 ……そりゃそうか。

 実力的に、カリスマ的に、当たり前の話……


「めぐるも私も、おんなじ気持ちなんだから。他の人には出来ない」


 ……正直言えば、わかっていた。

 焦点ピントはとっくに合っているのに、ほんの少しだけぼやけたフリをした。

 いて出る言葉は全部本心だったし、巴先輩の気持ちに目を逸らす気は微塵もないけど、少しだけ時間が欲しかった。

 

「そう……なんですね」

「ふふ、そうだよ~」


 最後の最後に歌った曲、歌いたいと言ってそれを歌った。

 その意味がわからないなら自分はどうかしてる。

 直接的なものではないのに、あれ以上に直接的なものなんてなかった。


 素直に気持ちを受け止めた先、そこからは何も考えていない。

 予感はしていても結局は丸腰で、少し情けないと思うくらいに面を食らって、いつも以上に言葉が出てこない。


 ……いや、実際は嬉しい気持ちに支配されているだけで、脳に考える余裕がないだけだ。


「めぐるにさ~。色々と聞いたんだよ~」

「え、何をですか?」


 話題を変えたんだろうか。

 返しようがないことを察してくれたのかもしれない。


「白井君ってどんな感じなのかって~」

「は、はぁ……」

「大体はわかってたけど、やっぱ夏バン組むんなら、色々知っておきたいじゃん~」

「ま、まぁそうですよね」

「そしたら面白いのがさ~」


 少し間を置いて、巴先輩は言葉を続けた。


「アレ、多分無自覚なんだけど~……ふふ、めぐるって、白井君の好きなところ挙げてるだけだった~」


 ……割と想像つく。

 というか多分、人格とか部活への姿勢の話がそっちに変換されているんだろう。

 共通する部分があるんだろうけど、表現の塩梅を調整できることはなさそうだ。


「どんだけ好きなんだよ~って笑っちゃうくらい~」

「まぁそうなりますよねぇ……」


 その姿を想像してか、巴先輩は愛に溢れた表情を見せた。


「どんなに大変でも頑張って応えるところがいいとか~、真面目過ぎるのに楽しそうだから見てて嬉しくなるとか~、嫌な顔しないでしたいことさせてくれる、とかさ~」

「むず痒いというか何と言うか……」

「あと必ず車道側歩くとか」

「もう全然バンド関係ない」


 溜め息が出てしまうが、情報を吟味するより、言えることは片っ端から言ってしまうのだろう。


「……なんかもう恥ずかしいくらい包み隠しませんねぇ」

「あはは、でもめぐるのそういうとこって、なんか和むよね~」


 年齢不相応なくらい純真無垢な月無先輩の好意は、自然と人を笑顔にする。

 巴先輩や他の三女の方も同じで、月無先輩の話をする人は、皆同じような表情をする。


「ふふ、でもさ~。夏バン始まって~、頑張って練習してるの見てて~……」


 巴先輩は言葉を続けた。

 浮かべる表情は変わらない。


「あはは、確かにな~なんて思っててさ~」


 でも、それが向く先はいつの間にか変わっていた。


「……気付いたら共感しちゃってたなぁ」


 遠回しなようで、一切誤魔化す気のない、巴先輩が呟いた本音。

 不意打ちのようでも、自然なつながりを持った暖かい気持ち。


 何も返せなかった。

 言葉が見つからないというよりも、言いたいように……歌いたいように紡いだ言葉を、享受していたかった。


「ちょっと明るくなってきたね」


 山間やまあいは少し白んで、星海せいかいに濃紺と水色のグラデーションを作り出していた。

 幻想的で、現実と非現実の境界を見ているようだった。


「ふふ、去年までならもうとっくに寝ちゃってたな~」


 この景色は、色んな想いが交錯した果ての、特別な光景なんだろう。

 より部活を好きになって、より歌を好きになって、そんな自分自身を好きになって、そして人を好きになった。

 足りないと感じていた何かを手に入れて、心の底から今を謳歌している。


「これ見れることもなかった」


 三年生最後の合宿、その思い出の締めくくり。

 眠り姫なんて言われていた巴先輩が、布団の中で見る夢よりも見ていたいもの。

 星の煌めきを灯す瞳には、寝なくても大丈夫ですかなんて言葉は、かけられようもなかった。


「綺麗~」









 隠しトラック

 三年男子ズ ~ヒビキ、土橋、氷上、細野 三年男子部屋にて~


「ふぃ~……あ、まだ起きてたのお前ら」

「ライブの直後だからな。寝るに寝られん」

「ハッハ、まぁお前全力ではっちゃけてたもんなぁ」

「ハハ、ヒビキ差し置いて先に寝られんだってさ」

「え……トゥンク」

「ときめくな気持ち悪い」

「ハハ、でもお前、PAやらでずっと動いてたし飲んでもいないだろ。一本くらい飲んどこうぜ」

「わりぃな気遣わせて」

「開けてない缶も結構残ってることだしな」

「あ、いいかちょっと」

「どうした土橋」

「……タイミングなかったんだが。……これをだな」

「……いやお前日本酒とか持ってきてたのかよ」

「ハッハ、いいじゃねぇか。ってかこれ結構いいヤツじゃねぇの」

「親父に持たされただけだから俺は知らん」

「ヒビキわかんのかそういうの」

「寿司屋でバイトしてりゃ嫌でも詳しくなる」

「へ~。まぁ折角だし飲むかぁ」


「おし、注いだな。じゃぁそうだなぁ……夏合宿ライブ、最高の成功を祝って……乾杯!」

『乾杯』


「ふぃ~……しかし三女に全部持ってかれたな」

「まぁあいつらはなぁ。キセキの世代だし」

「ハハ、俺達も何かやればよかったな」

「白井に余裕があったらジャムプロやりたかったんだが」

「ハッハ、男くせぇのやりたかったなぁ」

「ゴング鳴らしてぇな」

「ジャムプロか……いいな」

「土橋そういうの聞くの」

「ん? あぁ、聞くぞ。親父が好きだし嫌でも知ってる」

「……マジか。意外過ぎる」

「マジな話、ジャムプロは南米で超有名だからな。氷上も知ってるだろ」

「メンバーにブラジル人いるしな」

「……マジか」

「ハッハ、じゃぁ全員好きなら尚更やりたかったな」

「やるならやっぱそういうのがいいよなぁ。正直夏バン、後輩には付き合わせちまったし」

「……そうか? たまに教えてたが川添そんな感じじゃなかったぞ」

「まぁあいつは草野ラブで何でもやっから」

「ハッハ、白井みたいなもんか」

「そんな感じなんだろうね。ライバル視してんのもそういうのがあるからだろうし。まぁよくやってくれたと思うわマジで」


「しっかし白井と言えばさ、最後のアレ結構バレバレだったよな」

「というか三年は皆知ってるだろう」

「俺と氷上は普段からバンドで様子見てるしな」

「まぁそうだよな」

「ってかさっき外に二人でいたぞ」

「おや……って、いいのそれ」

「さぁ? でもまぁ、最後の曲、月無から仕込み提案してきたし、話はついてんだろ」

「そういうことなのね……しかし羨ましいな」

「それはな」

「……正直な」

「ハッハ、そこは同意すんのなお前ら」

「ちなみに草野達と飲んでる時に聞いたんだが」

「お、新情報か」

「巴の前で白井に向かって冗談で巴のおっぱい揉んでいいよって言ったら、拒否らなかったらしい」

「……なん……だと」

「正確には月無に怒られるよ~程度の反応だったらしい」

「……するってぇとまさか」

「あぁ。月無次第だが……白井にはあの国宝に触れる資格があるってことだ」

『羨ましいな』


「……月無ならむしろ自分が揉みたいとか言いそうじゃないか」

「言うだろうな。確実に」

「ハッハ、あいつ中身オッサンだもんな」

「そうなんか」

「うちのバンドで飯行くとアイツ三女の話ばっかしてっからな」

「……たまに同意求められて困るよな」

「月無が三女大好きっ子なのは有名だけどよー。男の前ではセーブする話題じゃないのか普通」

「男子目線が気になる、だそうだ」

「俺らは話題振ってもいい相手って思われてる感はある」

「あ~お前ら二人は彼女いるしな」

「……こっち見んじゃねぇえよテメェら」


「まぁ冗談だ。月無は知ってるだけだろう。小寺のこと」

「俺のことイジっても面白くねぇだろ。次だ次」

「その態度はよくねぇな~ヒビキ」

「全員を敵に回すぞお前」

「お前ら……」

「土橋からも言ってやれ」

「そうだな……。乗れよ!! この波に!!」

「キャラどこ行った」

「……まぁ冗談として、あの子くらいだろ」

「……そうだろうけどよ」

「お前のこと人間として見てくれるの」

「お前ほんと容赦ねぇな」


 何だかんだ普通に男子。

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