自分勝手
*今回は特別版ということで、劇中の曲のうちの一つ、『くものうえで』のホーンバンドアレンジ音源を用意しました。
是非、合わせてお楽しみ頂けたらと思います。
他の二曲まで作る時間がなかったのでメドレーは完成していませんが、いずれどこかでアップできたらと思います。
P.S. 土橋先輩(パーカス)は消えてなくなりました。
https://soundcloud.com/soh-shin/horn-ver-1
予測不能な至高のエンターテインメントの予感が、会場に満ち溢れる。
観る側にしたらそれは当然のこと。
そして演奏する側にしても、その反響がどれだけのものになるか想像できない。
ついに、ついに……
「ついにこの時がやってきたね!」
「心読まれたのかな」
自分の脳内の続きを、月無先輩が耳打ちした。
「アハハ、ってことは同じこと思ってくれてたんだね!」
「俺にとっても夢でしたから」
「……そうだよね!」
「ハハ、そうですよ」
一生に残ることはどうあがいても確定している。
そんな時間がやってくるのだから、このワクワク感は抑えようもなく顔に出てしまっている。
ステージ
ドラムセットには八代先輩が座り、その左隣では土橋先輩がパーカッションを構える。
「ハハ、めぐるちゃん、巴さんの場所侵略しちゃってるな!」
「いや~、はは、鍵盤並べるとスペース足りなくって」
そして中央には主役と隠し玉の、月無先輩と巴先輩が並ぶ。
「巴さん! 何歌うんですか!?」
「ふふ、秘密~」
情報漏洩防止の甲斐あって、多くの人は古賀のように、巴先輩がボーカルで何かをやると思っている。
サプライズへのミスディレクションも完璧だ。
「白井場違い感ハンパねぇな!」
飛井先輩の野次が飛んできた。
「実際出番あんまないんで大体合ってます!!」
すぐさまそう返すと、暖かな笑いに包まれる。
この愛のある野次も軽音文化の一つだ。
実力的に場違いであったはずの自分が、今はそうではないと認めてくれている気がした。
月無先輩にそう言ってもらえた時とはまた違う喜びがあった。
「フフ、ね? 言ったでしょ?」
「……はい!」
月無先輩のための企画なのに、自分も自分のことが嬉しくなってしまう。
「ハッハ、フライングVもいいとこあんじゃねぇか」
「これは本当に成功させなきゃですね」
全員が全員仲が良い部活なんて、それこそただの理想だと思う。
でも、今は全員が全員、演奏開始に気持ちを寄せ、素直に楽しむ準備ができている。
楽器隊の準備も全て終わり、メンバー間で合図をする。
「……嬉しいね」
「はい」
「……楽しもうね!」
「はい!」
少し声を落として月無先輩とそうかわし、鍵盤に手を置いた。
観客側に背を向けた巴先輩が楽器を構え……穏やかにイントロを吹き上げると、会場がどよめきに包まれる。
正面に向きなおし、楽器隊が一斉に音を奏でると、それは大歓声へと変わった。
ゲーム音楽バンドの初披露は星のカービィメドレー。
有名なフレーズをイントロにして、一曲目の『くものうえで』につなげる。
巴先輩の楽器演奏というサプライズに加え、カービィの曲であると一発でわからせる演出だ。
目論見は大成功で、軽快なリズムに喜びが跳ねる。
ガチ恋勢がまた何か叫んでるけど、それもすっかりライブ様式になってしまって、笑顔を咲かすのに一役買っている。
しかしこのバンドの見どころは巴先輩だけじゃない。
「スーちゃぁぁん!! ちゅきー!」
「ちゅきちゅきー!!!」
……ヤベェなこいつら。
三女だけでなく春原先輩や夏井もいる。
5人の管楽器隊がそれぞれの音色で耳も喜ばせていく。
豪華メンバーをそれぞれフィーチャーしたメロディ構成は、色彩豊かで飽きとは無縁なもの。
ところどころ遊び心を加えた、華やかでありつつも聴きなじみの良いアレンジが会場に浸透していく。
そして上音を担当する人達だけじゃない。
軽快なドラムビートにパーカスが加われば、得も言われぬ心地よさが心と体を揺らめかす。
いかにもな音作りのシンセベースも、ゲーム音楽らしさを引き出しつつ完璧に調和している。
「オルガンいい仕事してんな!」
自分の担当するパートにも賛辞がかかった。
目立たぬ役割に徹しているのに、そこにも耳を向けてくれるなんて、本当に光栄だ。
……でもこのオルガンアレンジは月無先輩仕込みなんですけどね。
「何周でも聴いてられるわこれ!」
野次も声援もいつもより多かった。
本気で楽しむ気持ちが声になって出たもので、歌声という情報がないゲーム音楽だからこそできる、遠慮のない楽しみ方でもあった。
ゲーム音楽バンドの世界観に惹き込むことには完全に成功した。
ここからガラッと変わった時に、皆がどんな反応をするのかが楽しみで仕方ない。
そして二曲目への繋ぎは、ホーン隊のロングトーンで伸ばした中を……
「キタワコレ!!!」
月無先輩が雲を抜けていくようにフェードインし、
「フォォォ!! メタナイト!!」
「絶対やってくれると思ったわ!!」
爆発するような音色でメインフレーズに飛び込む。
基本的なアレンジはスマブラX版の『メタナイトの逆襲』を踏襲し、原曲フレーズや音色をミックスし、新旧の良さをふんだんに盛り込んだアレンジ。
ちなみに練習中に「これぞコピーミックスです!」なんて言っていたが、自分以外に伝わらずスベったみたいになっていた。
「アァァァ! アツイ! アツイよぉぉ゛!!」
呪いのテープかな。
有名な曲なこともあって、観客も最大級の熱をもって応えてくれた。
そしてもちろん、その熱気にはこちらも演奏をもって応える。
ソロ回しはメンバーそれぞれが観客の期待を超え、更に加熱させていく。
「ありがてぇ……! ありがたカッケェ!!!」
クライマックスでは
豪華絢爛なサウンドと、全てのパートをふんだんに活かした曲構成に、満足していない人は一人もいないだろう。
ゆっくりとテンポを落とし、『グリーングリーンズ』に移り変わる。
激しい闘いを超えた先の安らぎ、そんなストーリー仕立ての最終章。
知っている人も多いのだろう、最前列では男子勢が肩を組んで合唱していた。
後ろで聴いている人達も、春風に
音楽を聴くだけに終わらず、音楽に包まれながら仲間との時間を過ごす、そんな感覚。
その時間に生まれる嬉しさや楽しさ、そんな気持ちを際限なく引き上げていく。
それはゲーム音楽の本質を体現するような光景だった。
そしてラスト。
イントロと同じフレーズを巴先輩が穏やかに歌い上げ、バンド全員で華やかに締めくくる。
音楽の持つ表現力をフルに引き出した演奏は、最高のカタルシスを会場にもたらした。
少しばかり余韻を噛みしめる静寂があった後、万雷の拍手が巻き起こる。
最早誰が何を言っているのかわからない程の大声援。
ゲーム音楽バンドの初陣、星のカービィメドレーは、鳥肌が立つほどの大反響に終わった。
多分、他の音楽だったらここまでにはならなかったと思う。
そして、このメンバーでなければゲーム音楽の良さを引き出しきれなかった。
メンバーの魅力を余すことなく見せつけるにも、ゲーム音楽が適任で、相互干渉的に生まれたものが、今日のパフォーマンスだった。
月無先輩が「最強の音楽」だなんて言ってたけど、本当にそうだ。
だって、やろうと思えば何でもできてしまうし、まだまだいくらでも良くできる、そんな気がしてならないのだから。
「録音してくれ! マジで! 金出すから!!」
「部費使っていいから!!!」
……それはダメだろう。
でも、何度も聴きたいと思ってくれる言葉は本当に嬉しかった。
共感を求めて月無先輩の方を向くと、少し放心した様子だった。
やり切ったから……じゃぁないと思う。
「……あっと言う間でしたね」
「……うん」
10分にも満たない演奏時間は、ほんの一瞬に感じた。
それでも、ここまで充実した一瞬は今までなかったかもしれない。
「もっとって思っちゃっても……」
「いいですよ。いいに決まってます」
高揚感は収まるわけもなく、達成感以上に、次が楽しみで仕方なくなっていた。
「何回でも、絶対またやりましょう!」
「……うん! 絶対!」
何年も愛し続けたゲーム音楽の晴れ舞台が、たったの一回で終わっていいわけない。
次を望む声だってちらほらと聞こえてくる。
またこの最高のメンバーで、最強の音楽を、全員で一体となれるその機会を。
「あ~、てすてす。ちょっと皆いいか~」
気持ちが溢れそうになるところに、部長がボーカルマイクを取って、ステージ上から全員に喚起をした。
「次のバンドまでいったん休憩な。転換に時間かかるし。あとお兄さんタバコ休憩欲しい」
そう言って、マイクを置き、撤収作業を始めた。
もしかしたら、すぐに次のバンドに行く前に、余韻に浸る時間を皆にくれたのかもしれない。
「フフ、早く片しちゃおう!」
――
夢のような時間……いや、夢そのものだった。
そんなひと時が終わったからだろうか、ゲーム音楽バンド女性陣とロビーのソファー地帯にやってきたが、月無先輩は呆けた様子がまだ続いていた。
「……あたし、ゲーム音楽大好きでよかったです」
今日ほど想いが報われた日はない、そんな感慨が込められているような言葉。
誰に向けたものかも定かではないし、不意に出ただけにも聞こえた。
大事にしてきた深層の吐露に違いなく、言葉のかけ方に少し困るほどだった。
「ほら、白井君が何か言ってあげる場面だよ~」
「……ぐ」
巴先輩がこっそり耳打ちしてきた。
自分だって色んな想いがあるけど、何が正解か上手く言葉を見つけられない。
注目は気づけば自分に……というか月無先輩もやりとりに気付いてこっち見てるし。
「……あ……ほ、本当によかったです」
こんな状況で言葉が出てくるわけ……
「……
「今のは日和ったわね」
「あはは、日和った~」
ぐぬぬ……。
八代先輩を皮切りに、冬川巴コンビにもダメ出しを喰らう。
「ヘタレ」
……春原先輩はいつも辛辣。
「……それでいいんですか?」
夏井だけガチで追い詰めてくるのほんと怖い。
ひとしきり女性陣を敵に回したところで、秋風先輩が救いの手を差し伸べてくれた。
「ふふ、今何か言っちゃうと二人の世界入っちゃうもんね~」
……人目を憚らない奴らだとの認識は遺憾だが、全然否定できない。
「アハハ、それもそっか」
それに、月無先輩のさっきの言葉は、今はこの場の皆との時間を大切にしたい、そんな言い方だった。
皆もそれがわかって、積極的に口を開いてくれているんだろう。
「学園祭も楽しみだね~」
秋風先輩が次の目標を口にした。
そう、ゲーム音楽バンドは一回きりじゃない。
月無先輩がもっとこのバンドをやりたいと思う心中も察しての言葉だ。
「はい! 見せたい人もいますから!」
元気よく返事して、そんなことを続けた。
この場にいる人は話題を共有しているし、一つの目標としてすでにある。
高校時代の友達……ゲーム音楽を侮ったその人に、最高の音楽だと見せつけること。
「絶対楽しんでくれますよ」
「うん! 自信ある!」
今日の出来事が長年の夢が成就したものなのは間違いない。
でも、積年の想いの全てが報われるのは、その時だろう。
「で、でもすいません何か……欲張りで」
「アハハ、何よ急に」
「だってあたしばっかり幸せすぎな気がして」
十分すぎる程の体験だった、でも、その上で先を求めてしまう。
そのことに今更になって引け目を感じているようだ。
意外と謙虚なところは月無先輩の美徳だけど、自分からすれば当然の権利だと思う。
「アハハ、めぐる、わかってなさそう」
「……え、何をですか?」
どういうことだろうかと、自分も首を傾げた。
「そうですね。全然わかってないです」
「え、スーちゃんまで」
ん~……前にもこんなことあったような気もするが、どんだけ愛されてるか、なんて話だったし、今もそうなんじゃないだろうか。
「ふふ、めぐる先輩だけですよ!」
「なっちゃんまで! え~何だろう」
……あ~、なんとなくわかった。
月無先輩じゃ感謝の念が先行しちゃって、確かに気づけないかもなぁ。
「ふふ、白井君はもちろんわかったよね~?」
「……俺の思ったことでいいなら」
そう返すと、「言ってあげなよ」と促された。
皆の総意、その言葉を譲ってくれた。
恥ずかしがらずにハッキリと言わないと。
「めぐるさんだけじゃなくて、皆が超楽しくて幸せってことだと思いますよ。もっとこのバンドでライブやりたいって、全員思ってますよ」
このバンドが全員にとってかけがえのないもので、全員がもっとやりたいと思ってる。
観る人にとってもそうだったし、そう思って当然のライブだった。
月無先輩の幸せが、皆にとっての幸せと一致して……
「だからめぐるさんだけが幸せだなんてこと……え」
「……ゴメン。ちょっと」
静かに、大粒の涙を流し始めた。
言い方が少し大げさだっただろうか……いやそんなことはないか。
自分の言葉はただの本音で、月無先輩だってただ嬉しいだけで、虚飾など一つもない素直なやりとりだと思う。
「……泣かした~」
「……図りましたね」
でも、皆こうなることは予想していたと思う。
むしろさっきまでよく普通に話せてたなぁと思う。
「ふふ、君が言わないとね~」
そして……月無先輩に喜びの涙を流させる。
巴先輩が促してくれたのは、それは自分の役割だと、自覚させる意図があったような気もする。
今だけでなく、これからもずっと、そういうこと。
「ご、ごめんなさいほんと! あたし泣いてばっかで……」
「アハハ、こういう時はいいんだって」
「ふふ、そうよ~。ほらおいで~」
大好きな先輩達の優しい声がかかる。
月無先輩は秋風先輩の胸に顔を
「ふふ、吹に取られちゃったね~」
「ま、まぁそこは。……でも気持ちが溢れちゃう日ってのがあってもいいんだと思います」
「……そっか~」
何も気にせず気のすむまで、喜べるだけ喜べばいい。
月無先輩は泣く女が嫌いって前に言ってたけど、そういうのじゃない。
何かを気にして綺麗な気持ちに蓋をするなんて、必要のないことだと思った。
月無先輩の涙が収まると、さすがに泣き顔をそのままにしておくのも、ということで化粧室へ向かって行った。
私もお花摘みに~なんて言って巴先輩も行ってしまったが、多分気を遣って同行してくれたんだろう。
「スー先輩、そういえばめぐる先輩と巴さんですよね、最後!」
「ふふ、白井君がめぐるちゃんのこと泣かせたから、復讐する計画でも立ててるのかもね」
「復讐って……何か俺のこと泣かすとは言ってたらしいですけど」
「アハハ、次はあんたの番ね~」
でも冗談じゃなく、きっと泣かされてしまうんだろうなぁ。
いくら身構えたところで、あの二人には簡単にこじ開けられてしまう気がする。
「うふふ、女の復讐は怖いわよ~」
「ハハ、吹先輩まで怖いこと言わないでくださいよ」
ゲーム音楽バンドが大成功に終わり、残るバンドもあとわずか。
そして月無先輩と巴先輩が務める
その後も、通りかかる人たちは素通りすることなく声をかけてくれた。
もちろん話題はゲーム音楽バンドのことばかりで、皆心ゆくまで楽しんでくれたようだった。
月無先輩不在のため、自分が代理扱いで感想をもらったが、そのどれもが早く伝えてあげたいと思う嬉しいものだった。
「ふふ、めぐちゃんきっと喜ぶわよ~」
「ちゃんと全部教えてあげないとですね!」
「ハハ、覚えきれるかな」
月無先輩とゲーム音楽バンドに送られた言葉。
千客万来と言わんばかりに、一人、また一人と添えていき、いつしか両手で抱えきれない程の好意の花束になった。
きっと一輪もこぼすことなく、月無先輩に伝えてあげよう。
―― 一方その頃
「うわー、ヒドイ顔。これは流石に白井君にも見せられないや」
めぐるは化粧室の大きな鏡に映った姿にそう言った。
化粧はそもそもほぼしないので崩れる等の心配はないが、少し充血した目に腫れぼったくなった瞼が、どれだけ多くの想いが溢れたのかを物語っていた。
「泣かないぞって決めてたのに。……フフ、ズルいなぁ」
少し悔しそうなセリフを、穏やかな表情でつぶやいた。
顔を洗うために髪を縛っていると、鏡に映る扉が開く。
「あ、巴さん」
「ふふ、大丈夫~?」
「……すいません気を遣わせちゃって!」
「あはは、いいんだよ~」
そう言って、巴は静かにめぐるの横に来た。
用を足しに来たわけでないのは明白だったが、巴からは何も言わなかった。
顔を洗ってリフレッシュすると、めぐるの方から口を開いた。
「すいません泣いたりなんてしちゃって。びっくりしましたよね」
「いや~?」
「え」
「ふふ、多分皆予想済みだったかな~」
「……なんかすごい恥ずかしくなってきました」
迷惑をかけたかのように言うめぐるに、巴は敢えてそう返した。
皆織り込み済みで、誰も迷惑に思っていない。
そう自覚しないと、メンバー一人一人に謝りかねないめぐるの性格をよくわかってのことだった。
「……皆優しすぎですって」
「あはは、白井君みたいなこと言ってる~」
「む……確かに……ちょっと似てきたかな」
似てきた、というより本来的に似ているのだろう。
「でもそうそう、白井君言ってたよ~。気持ちが溢れちゃう日があってもいいってさ~」
「……フフ、ちょっとキザですね」
「ふふ、でも本音だよ」
免罪符のように、めぐるの心を晴れやかにする言葉でもあった。
「めぐるはさ~。もっと自分勝手でいいと思う~」
「……? 巴さんまで白井君と同じこと言いますね。あたし結構自分勝手なつもりなんですけど」
「しなくてもいいところで遠慮したり我慢したりしてるよ~」
「……してます?」
「あはは、さっきもそうだったよ~」
順風満帆と思うめぐるには、心当たりがあまりなかったが、巴からしたら内面はそう見える。
「自分が一番喜びたいくせに、人のことばっかり考えてるな~って」
「そ、そうなのかなぁ……」
「ふふ。なので白井君を使わせてもらいました~」
「む~……あれズルいです」
泣かないと決めていためぐるの心を、白井は簡単に開かせた。
それが白井にしかできない役割であることは、あの場の全員の共通認識だった。
「むー……。フフ、手のひらの上感すごいです」
「あはは。君達には幸せになってもらわなきゃ困るからね~」
自分と白井の関係が応援されていること、愛されていることの証左に、晴れやかな笑顔で不服を返した。
「だからさ~」
そして巴は続けた。
愛情深くも真剣な眼差しをめぐるに向けて、
「独り占めしても……。しなきゃいけないんだと思う」
片隅にあった本心、複雑な想いが絡んだ願いを。
めぐるも、本当はこれを伝えるために、巴は自分のところへ来たのだと悟った。
悟りつつも、巴の深層が見える言葉に、何も返せなかった。
ある種決別のような言葉。
めぐるにとってはショックな言葉だろうと、いたたまれなさから巴は顔を背け、鏡の方を向いた。
これなら少しは互いに気が楽だろうと、鏡越しのめぐるに言葉をかけた。
「私のこと色々考えてくれてるのは本当に嬉しいけど~……」
続けようとする巴に、その意図をすぐに察してめぐるは慌てて言葉を返した。
「ち、違うんです巴さん! ……違うんです」
浮かんだ言葉を整えて、巴に伝えた。
「私、気を遣ってとか、我慢してたりとかじゃないんです……本当に」
自己犠牲を払ったり、無理に尊重しているわけではない。
巴らしく、自由に謳歌してほしい、そんな純粋な本心があるだけ。
自由な巴が好きだし、軽音の顔として頑張ってきた巴には、幸せであってもらわないと困る。
巴の立場からすれば信じられないかもしれないが、本当にただそれだけだった。
「だから……」
めぐるがそれを巴に直接伝えたことはなかった。
少し上から目線で失礼だと思っているし、本人に敢えて言うようなことでもない。
「そ、そうだ! お楽しみの最後でわかります!」
「お楽しみ~?」
「はい! フフ、絶対わかります! 本当に、嘘じゃないって!」
そう言って曇りのない笑顔を向けた。
鏡越しに見えるその横顔だけでもよくわかる。
……いや、元からわかり切っていたのだ。
言おうとした内容を後悔するくらいに、めぐるは巴に、一切マイナスな感情を持っていないのだと。
「ふふ、めぐるが嘘つくわけないよ、知ってる。……やっぱり私もめぐるに嘘つきたくないなぁ」
「え、嘘?」
「嘘というか~……そうだなぁ」
全く心当たりのないことに、めぐるは当惑した。
巴は偽りのない本心だけを口にしようと、めぐるに向きなおした。
「……私に思ってくれてること、本当はわかってるんだよ」
わかってないフリをしていれば、もっとドライな自分を保てた。
或いは、ただ先輩として尊重してくれているだけと割り切れた。
「ふふ、君達わかりやす過ぎてさ~……全部伝わっちゃうんだよ」
達と表現した相手。
言動に想いが全て出てしまうような二人。
わかってないフリなんて、いつしか出来なくなっていた。
「……嬉しくなりすぎちゃうんだよ」
笑ってしまうほど純粋過ぎるその好意を、受け止めすぎてしまった。
「ふふ、君達のせいだよ」
すっきりとした、そしてどこか憂いを含んだ笑顔で、巴はそう言った。
白井を独り占めしろと言った理由。
言わないつもりだったことを、どうしても言いたくなってしまう、そんな時を予感してしまった。
そしてそんな時は、来るべきではないのだと。
めぐるの想いなんて、言わなくてもわかりきっている。
それでも、深層にある想いを閉じ込めるには、0%の可能性に賭けるしかなかった。
めぐるは巴のそんな本心を察して、あるいはわざと蔑ろにして、言葉を返した。
「……言ってたんですよね?」
「?」
「気持ちが溢れちゃう日があってもいいって」
わざと自分勝手に、カウンターをお見舞いするかのように。
「それで、全部アイツのせいにしちゃえばいいんだと思います!」
「あはは、アイツって」
「アイツはアイツです! あたしのこと泣かしたとんでもないヤツです!」
本人の言葉を真に受けてしまえばいい。
免罪符はもう巴も受け取っているじゃないか、と。
「だから……もし言いたくなっちゃったら、言っちゃってもいいんだと思います」
想いの蓋を開けることを躊躇わないでほしい。
めぐるにとっては、巴の言葉こそ我慢や遠慮にしか聞こえなかった。
「好きなものは好きって、やっぱり言えた方がいいじゃないですか」
長年愛するものを押し込めてきためぐるだからこそ、そう思う。
子供っぽくて自分勝手な、白井と一緒に育んだ、揺るぎない信念だった。
「そっか~……ふふ、めぐるはわがままだな~」
「……そうなんです。わがままなんです」
随分と幼稚な考えだとはわかっている。
それでも、大人な割り切り方をしようとする巴の姿は、めぐるの好きな巴とは真逆で、納得なんて出来なかった。
「……ヒドイ女だって思いますか?」
そしてそんなことを口にした。
「……だってあたし」
「ふふ、言わなくてもわかるよ~」
何があろうと白井はめぐる一筋で、それは本人達も含めた誰から見ても明白。
その上で巴の気持ちを全肯定することは、裏を返せば絶対に叶わない想いを伝えさようとすることでもある。
辛さや悲しさといった感情が生まれる可能性への無責任さは、めぐる自身も自覚している。
「それに、思えるわけないじゃん~。結局私のことばっか考えてくれてる」
「……そうかもです」
ヒドイ女、そんな言い方は巴の心を案じたからこそ出てくる言葉。
無自覚なフリをしていればいいのに、そんなことすらできない。
そんな優しい心根を悪く思うなど、到底できるはずもなかった。
「というか……ぶっちゃけよくわからなくなってます」
当事者ほどに複雑。
巴にはめぐる達への想いが縛りになっているし、めぐるは巴を想うからこそ自由でいて欲しい。
「……ふふ、私もよくわかんない」
全ての気持ちを大切にしたら、また違う問題も見えてくる。
完璧な正解なんて見つけようがない、当事者間の特別な問題。
「だからなんというか……。いや、これ言うと本当にヒドイ女なんですけど、もう全部白井君任せにしちゃいませんか?」
「え、それは~……ダメじゃない?」
「だって……どんなことがあっても、全力で応えようとしてくれる人ですから」
それでも、失うものなんて何もない、根拠はなくともそんな確信がある。
きっと良い方向に逸らしてくれる、そんな期待がある。
「あはは、それはめぐるだけにだよ~」
「巴さんにもですよ。絶対。……あたしが言うんだから間違いないです」
呆れたように笑う巴に、めぐるはそう返した。
それはどこか片隅にあった、
「巴にも」、その言葉でどれだけ巴の心は救われただろうか。
「……ふふ、じゃぁいっか~」
根負けしたわけではない。
自分が好きになった人は、そういう人なんだと再確認しただけ。
好きなってしまった人達の想いに、巻き込まれてしまえばいい、そう思っただけ。
大人の仮面を外すように、巴はいつもの調子に戻った。
「……フフ、いいんだと思います!」
難しい部分は全て白井に丸投げしてしまおうと、少女達は無邪気な笑顔を浮かべた。
「あはは、二人ともヒドイ女だ~」
「フフ、困らせちゃっていいんですあんなヤツ!」
困らせてもいい、そんな信頼の証を口にして、めぐるは続けた。
「それに、お楽しみの最後、白井君泣かせるって言ったじゃないですか。さっきマジで泣かしてやろうって思いました!」
「ふふ、とんでもないこと言ってる~」
「女の復讐は怖いんです!」
「あはは、どろどろだ~」
自分を泣かせた男に、同じ涙を流させてやろう。
そのためには、巴の心も自由でなけれならない。
だってそんな巴がどれほど素晴らしい姿を見せてくれるかなんて、もう知ってしまっているのだから。
「じゃぁちょ~っと、本気出しちゃおうかな~」
「フフ、こんなヒドイ女二人に好かれちゃってるんだよって!」
「あはは、思い知らせてやろ~」
「はい!」
心残りを晴らしてしまったヒドイ女二人。
何にも縛られない自分勝手な笑顔を合わせ、お楽しみライブの
最高の結末は、もう約束されてしまった。
隠しトラック
――役割分担 ~ゲーム音楽バンドの面々・清田・小寺 ホテルロビーにて~
「お疲れ白井君!」
「あ、清田先輩お疲れ様です。小寺先輩も」
「うん、お疲れ」
「あれ、めぐるちゃんどこに行ったの?」
「今ちょっと席外してます」
「むむ……この私が折角皆の声を届けに来てあげたというのに!」
「皆の声?」
「そう、さっきまで一年ズとゲーム音楽バンドのこと話しててな! 感想盛り上がって!」
「ハハ、嬉しいです。直接言いに来てくれたんですね」
「そういうことだ! まぁあいつら三女の園にブッコむ勇気なくて私が代理なんだけどな」
「……気にしなければいいのにそんなの」
「だからついでに白井君殺してきてくれって頼まれてる」
「ついでで死にたくねぇです」
「はは、安心してよ白井君」
「何を」
「私の引き金はとても軽い」
「笑顔やめて」
「会話が成立しねぇ……」
「プッ、フフ……藍ちゃんって本当に面白いわよね」
「アハハ、奏、腹筋バキバキにされるところだったもんね」
「ふふ、ムードメーカーよね~」
「恐悦至極……しぎょく?」
「しごく」
「至極……」
「アホすぎません?」
「ふふ、白井君言うようになった」
「あ、すいません失礼でした」
「アハハ、藍ならいいよ。あんたに頭上がらないのは藍の方なんだから」
「むしろ藍ちゃんにはもっとブッこんでいい」
「いや調子に乗り過ぎてもアレですし」
「あとそう、ツッコミあんたしかいないし」
「いや……ねぇ? 清田せんぱ……」
「……フフッ」
「だから笑顔やめて」
「まぁ冗談はさておき! カービィ最高でしたってことを伝えたかったんです!」
「あ、やっぱり皆カービィの曲ってわかってくれたんですね」
「最後の曲とかは私でも知ってるしな! 舞とか元からカービィ好きだし」
「……うん。ナデナデシテー」
「それ多分ファービーですね」
「ブフッ」
「あ、奏ツボった。何かあったねそんなの。随分昔に流行ったとかいう」
「ファービー……あ、モルスァですか?」
「合ってるけど夏井の覚え方は間違ってる」
「~~!!」
「ふふ、カナちゃん死んじゃうわよ~」
(……スーちゃん今だよ)
(……うん、舞ちゃん、トドメは任せて)
「カナ先輩」
「ハァ……ハァ、ど、どうしたのスー」
「ナデナデシテー」
「ブフッ」
「……絶対私より悪意に満ちてたよな今」
「……完全に仕留めに行きましたよね」
めぐる・巴帰還
「ただいま戻りました! って、カナ先輩大丈夫ですか?」
「またぐったりしてる~」
「今後輩達にボコボコにされたとこだよ」
「ヒドいイジメを見ました」
「ほらあの、ファービー。目怖い奴。話題に出てさ」
「あ~、もるすぁ~?」
「ってか巴さんも知ってるんですね」
「うん。奏に見せるとすぐツボるから面白いコピペたまに探す~」
「あぁそれで」
「よ~し」
「何する気ですか」
「奏~ナデナデおっ?」
「アハハ、カナ先輩めっちゃぎゅーってしてる」
「もう身体全部使って止めにかかりましたね」
「ふふ、あつあつだね~」
「映画のワンシーンみたいです!」
「……お願い……もうやめて」
「暴走止めてるみたいになってる」
「いい感じに声震えてますね。それっぽい」
「……あ、
「……崩れ落ちたわね~」
「お腹刺されたみたいになってる」
「もう止めるには遅すぎたんですね」
「……フフ。奏……これでずっと一緒にいられるね」
「「ブフッ」」
「はいカーット! ……オッケーですお疲れ様でしたー。ナイスヤンデレ!」
「お疲れ~。ああいう役初めてだから緊張した~」
「あ、カナさん、もうカメラ止まってるんで普通にしていいですよ~」
「ブフッ……出来るなら……し……してる」
「今ちょっと役に入り過ぎちゃってるから~」
「女優の鑑ですね!」
「ほら白井、ツッコミ追い付いてないよ」
「これ捌くのは無理」
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