幕間 想う気持ちがあるから
軽音学部夏合宿ライブが終わり、第二幕であるお楽しみライブが始まった。
夏バンドではやりづらい曲や、バンドの方向性等からできなかった曲を演奏する機会に、皆ここぞとばかりに我を出す。
1~2曲演奏しては次のバンドに転換とめまぐるしいし、即席のバンドがほとんどのため、実際にはクオリティは度外視のバンドも多い。
それでも、ミスも余興の内と皆全てを楽しんでいた。
ライブの通称の所以を物語る、夏バンドのライブとはまた違う空気が会場に満ちていた。
「もっとやりたかったな~。白井もう一個あんでしょ」
今しがた自分と一緒に演奏を終えた小沢が、そう漏らす。
「あるよ。めぐる先輩達と」
「オールスターなんだっけ。超楽しみだわ」
月無先輩のゲーム音楽愛の集大成であり、そこにかける想いはよく知ってる。
夏バンドが始まる以前からの、そして月無先輩が音楽を始めて以来の夢。
複雑な思いもあったし、苦難と呼べるものもあった。
お楽しみライブにここまで全力を注ぐなんて、普通はないんだろうと思う。
それでも、自分と月無先輩にとっては本当に大切なライブだ。
「だから体力温存しておく。そこで出し切る」
「ハハ、月無さんのためだもんな」
少しうずうずする気持ちもあるが、最前列ではなく後ろの方で観て出番に備えることにした。
「次のバンドは……お、八代先輩と氷上先輩だ」
そして月無先輩にベースは正景先輩……ボーカルはなんと、
「古賀ちゃんだ。接点あるんだあの辺」
「あ、この前外でフリーセッションしてる時に居合わせたから、そん時仲良くなったのかも」
「へ~。出世コースじゃん」
夏バンでもいい歌声を見せてくれたし、巴先輩にも教えを受けているようで、古賀にしても順風満帆に進んでいそうだ。
「お」
準備が終わったようで、ステージ上の音が止む。
この5人で何をやるのか……という期待が集まる。
アイコンタクトをして、楽器を構え……
「ワン・ツー・スリーフォー・プリキュア!!!」
「「「「ファイブ!!!」」」」
……!?
「……古賀ちゃんマジか」
「……こういう素質あったんだね」
古賀はもうノリノリで、数時間前に出番を前にして不安がってた様子は微塵もない。
同学年からプリキュアが出てしまったことは遺憾ではあるが……本人が楽しそうならいいや。
「サビのドラムめっちゃカッコいいねこれ」
「何気にハードロックしてんだよな。プリキュアなめてたわ」
八代先輩が、最早『無』と言った表情で坦々とビートを刻む。
明らかに付き合わされているだけで、周りとの温度差が見ているだけで面白い。
「めぐるさん何役やってんだろ。すご」
「……どうしても5人でやりたかったんだろうな」
月無先輩は楽しそうな笑顔の裏で、完璧に仕事をこなす。
鍵盤の万能さを体現するように、幾つものパートを担い、まざまざと実力を見せつける。
そして恐らく首謀者である氷上先輩は……
「低音でコーラス入れんの面白すぎて困る」
「氷上さんのこと誤解してたわ」
コーラスにも全力で、誰よりもこの茶番を謳歌している。
嘲笑なのか爆笑なのかわからない笑いを一身に受けつつ、己の道を貫くその姿。
これが氷上先輩……いや、キュアヒカミンの進む道なんだろう。
ならば自分も、この戦士達の行く末をしかと見届けねば……
「……ダメだ。面白さが勝る」
「真剣に見るものじゃないと思うわ」
クオリティが異様に高いのが逆に笑いを誘う。
頭をからっぽにして楽しむものだろう。
「がんばえー!! ヒカミンがんばえーー!!」
観客席の幼女達(♂・20歳前後)も大声援を送り、茶番にのめり込む。
いつしか自分も最前列に乗り出して、その輪に加わっていた。
「皆―! 応援ありがとうー!!」
古賀も、メンバー内最年少プリキュアでありながら、堂々とその役割を果たしていた。
――
「大胆不敵フルスロットル~」
「もう小沢覚えちゃってんじゃん」
「これ当分残るわ。キャッチー過ぎる」
熱を冷ましに小沢と一緒に会場の外へ出て、二人で感想戦をする。
「しかもメドレーだったな。二曲目マジアツかったわ」
「あ、あれ一期と二期の両方だったね」
「白井プリキュアわかんのか」
「妹見てたから。知ってるってくらいだけど」
プリキュア5のオープニングメドレーで、一曲目でしっかり引き込まれ、二曲目では夢中になっていた。
幼女達が懸命に応援したくなるのもよくわかる、確かなアツさがそこにはあった。
「意外と大人になってから聞いてもいいもんかもね」
「あ~、なんだっけ、ノスタルジー的なアレか」
「そうそう」
思えば自分も、好きなアニメを毎週OP曲からしっかり観ていた。
そんな幼少期のワクワク感も蘇るようで、アニソンの良さを思い出すようでもあった。
氷上先輩がアニソン狂いなのは、こういう面もあるのかもしれない。
そんな郷愁に浸る気持ちでいると、喧騒の中で妙な言葉が聞こえた。
「いやぁ今年のプリキュアも活きがいいな!」
魚か何かかな。
「……どういうことなんだろうね」
「まぁ古賀ちゃん確かにいいプリキュアしてたけど」
そしてふと、自分の背後から声がかかった。
「ふっふっふ~。それは恒例行事だからさ~。お楽しみの~」
「あ、巴さん。って恒例行事? なんですか?」
ぬっと登場した巴先輩曰く、お楽しみライブの恒例行事で、一年女子ボーカルは必ずプリキュアのいずれかを歌うらしい。
盛り上げのための所謂ネタ枠だけど、全員が全力で楽しめる、最高の余興だった。
「でも確かにめっちゃ盛り上がったッスね」
「だから二、三年の人は慣れた反応だったんですね」
「ぷいきゅあ~」
「ハハ、それですそれ。がんがえ~って」
「あれ俺もいつの間にか言ってたわ」
そこで生まれた謎の一体感は思い出したら笑ってしまうけど、軽音学部全体の暖かさも感じられて、とにかく楽しかった。
「ふふ、ヒカミン誘い方下手すぎて笑っちゃったよ~。こう……「古賀、プリキュアになるつもりはないか」って~」
「……氷上先輩は淫獣枠だったのか」
「いんじゅ~?」
「いえ、こっちの話です」
おっとマズいワードだった。
……どっちの話だと自分にツッコミを入れて話題を逸らそう。
「巴さんもやったんです?」
「やったよ~。紅と一緒に初代のヤツ~。キュアメガネとキュアヤンキー」
「「キュアヤンキー」」
三女ボーカルの二人も通った道だったと。
「去年は藍ちゃん」
「「キュアサイコパス」」
「あはは、怒られるぞ~」
冗談はさておき、と巴先輩は何をしに来たのかというと、
「次は絶対見なきゃ損! ってことで会場から出てる人呼びに来たんだ~」
「次も八代先輩ですよね。他誰なんだろ」
「誰でしょ~」
「……え、マジですか」
「ふっふっふ~。こっちもサプライズ! もう始めるよ~」
巴先輩は踵を返して会場に戻り、気づけば自分達だけが取り残されていた。
出順表にはドラムパートの名前しか書かれていなかったので、八代先輩以外のメンバーは知らなかった。
「小沢、急ぐぞ!!」
「お、おぉ」
最前列で見ねばと会場に駆け、
「巴さん、楽しみにしてます!」
「お? ふふ、急げ急げ~」
追い越しざまに巴先輩にそう声をかけた。
――
「巴さんの歌は絶対最前列で……え……ってかマジ?」
「……三女オールスターじゃん」
会場に戻りステージを見ると、まさかの光景が待っていた。
かき分けるように人混みを潜り抜け、
「白井君! どこ行ってたんだよ~こっちこっち」
「あ、めぐるさん。ちょっとプリキュアの熱を冷ましに」
「フフ、盛り上がってくれてたもんね!」
「ハハ、我を忘れちゃいましたよ」
最前列に陣取っていた月無先輩の隣に着き、
「でも次はもっとだよ!」
演奏開始に期待を寄せる。
「鍵盤草野先輩なんですね」
「フフ、あたしにも内緒だったんだって!」
弦楽器以外は全員三女。
ステージの
「揃ったね~」
巴先輩もステージ上に戻り、観客の注目を集める。
「ふっふ~、今度は先輩プリキュアの出番だよ~」
「やめて思い出したくない」
……
「あはは、じょーくじょーく。……ということで、お楽しみライブも折り返し! 皆! ここからもフルスロットルで楽しんでこ~!」
盛り上がった観衆を手振りで鎮め、静かなピアノで曲が始まる。
この曲をこのメンバーでやってしまったらどうなってしまうのだろう。
イントロからそう思わせるその曲は、Superflyの『愛をこめて花束を』。
三女オールスターズにこれ以上なく相応しい名曲。
八代先輩が支え、草野先輩が伴奏をし、ホーンの四人が飾り付け、巴先輩が歌い上げる。
飽くまで余興のお楽しみライブでありながら、夏ライブ以上に心を掴まれる。
「ありがてぇー!!」
「所長―!」
「カナちゃん愛してるー!!」
間奏ではそれぞれのファンが全力で声援を飛ばす。
応えるように再び歌声が響き渡ると、沸き立つ感情を胸にそれに聴き入る。
「
Cメロの英詞は草野先輩が魅せ、最後のサビでは後輩たちに向けた想いが軽音学部一同に降り注いだ。
巴先輩の紡ぐ歌詞は、巴先輩の本心のようにも聞こえ、他の方々も心を一つにしていた。
号泣している人すらいるけど、そうなってしまうのも当然だし、自分の視界だって少し滲んでしまっていた。
三女の方々が後輩達に慕われている理由がよくわかる。
見目の麗しさや個々の人柄、音楽の実力にカリスマと、それぞれの魅力は無限に見つかる。
でもそれだけが三女を三女たらしめるものじゃない。
それぞれが見せる、今この一瞬が本当に幸せなんだと思わせる表情は、深い部活愛の表れだった。
憧れざるを得ない理想の先輩像に見えるのは、それがあるこそなんだろう。
お楽しみライブの折り返し。
そこで訪れたひと時は、後輩一同の胸にいつまでも残る、夏合宿一番のサプライズプレゼントだった。
――
「……やっぱ三女だね」
「……三女ですね」
インターバルの間、ロビーで月無先輩と余韻に浸る。
月無先輩の三女大好きっ子っぷりは相当なものだけど、全面同意せざるを得ない。
あんな素敵な人たちに一番に可愛がられてきたんだから、当然そうに決まっていた。
「あたしもあんな風になりたいな~」
「ハハ、今でも十分に慕われてるじゃないですか」
憧れを漏らす月無先輩にそう返した。
「ん~、慕われたいとかそういうんじゃないよ?」
「あ、いや、欲みたいなんじゃないのはわかりますけど」
「それにさー。……何か違くない?」
部内の中心人物であるのは間違いないけど、確かに少し違うかもしれない。
でもそれも、今は、というだけな気もする。
「でもめぐるさん程愛の強い人って早々いないと思いますし、自然となっていくんじゃないでしょうか」
「そ、そうかな? ……嬉しいな」
それを向ける方向に多少偏りがあるけど、月無先輩も本質は同じだと思う。
普通に後輩と接しているだけで、色んな人から心から慕われるような人だ。
「それに今は夏井だけじゃないですか、一緒にバンド組んでる後輩」
「確かにそれもあるかも……」
慕われるような先輩像も、後輩や部活への愛情も、関わり合いの中で育まれるものだと思う。
今の三女だって、皆が皆最初からそうだったわけではないと思う。
「ってか今更なんだけどさ」
「何です?」
「白井君後輩なのに、あたしよりわかってる感出てるの悔しい」
……悔しがられても。
「ハハ、まぁ俺のことはさておき、どうあがいても来年はめぐるさんが三女ですし」
「……去年の三女はよかったとか言われないかな」
「心配性だなぁ。誰も言いませんよそんなこと」
そして急にキョロキョロと辺りを見渡し、
「……いました、三女の姿を今捉えました」
「珍獣ハンターみたいですね」
発見したのは冬川先輩と八代先輩。
カッコいい二大巨頭、そしてモテ度で言えば最強の二人だ。
「……絵になるなぁ。ぱしゃり」
「わかるけど盗撮しないの」
今の話題に二人は適任かもしれない。
視線を送り続けるとこちらに気付き、月無先輩が手をブンブン振ると、微笑みを浮かべてこっちに来た。
「お疲れです! やっぱ三女でした!」
「三女でした!」
「アハハ、何それ」
二人を対面に座らせて、ライブの労い、そして最高のファンサービスへの感謝を述べる。
「ファンサって。フフ、そんなんじゃないわよ。ねぇ希」
「アハハ、私らは私らがやりたいことやっただけだって」
「なるほど……でも結局ファンサだったよね? 白井君」
「これ以上ない最高のヤツでしたね」
やりたいことをやっているだけで、それが皆にとって嬉しいことになる。
三女だからこそだし、そんなところも憧れてしまう。
「ちなみにめぐるさんが三女みたいになりたいって言ってます」
「恥ずかしいからそれ言わないでよー」
「去年の三女は良かったとか言われないかですって」
「……いじわる」
「どうせ自動的に三女になるじゃん」
「むー。ヤッシー先輩も白井君と同じこと言う~」
奇しくも同じことを言われてしまったけど、それは自分も八代先輩も同じ気持ちだからだろう。
「アハハ、そりゃ何も心配してないからだよ」
「フフ、気にしてるのめぐるだけじゃないかしら」
「ほら言った通りじゃないですか」
「むー。でもなぁ。何か決定的な違いがある気がして」
個々人の良さがあるだろう。
今の三女だって、それぞれが理想の先輩像ではあれ、性格や振る舞いは全然違う。
「三女ねぇ」
「自分達じゃよくわからないわよね」
「そうだねぇ。……でも、例えば奏とか特にそう思うけど、憧れられちゃうのってさ。まぁモテるって言ってもいいと思うけど」
「やっぱり何かが!」
月無先輩が一番知りたかった理由……羨望を集める三女、その大きな要因。
「彼氏いないからでしょ」
「「え」」
「何かアイドルみたいな扱いしてんのってそういうことじゃないの?」
「……確かにかもです」
「言われてみればそういうのもあるかもですね……」
下心を向けるような後輩はいないし、不可侵のような存在ではあれど、それは確かにそうかもしれない。
遠慮なく好意を向けていい、そんな感じだろうか。
そもそも誰かの彼氏だったら話題にしづらいし、ライブの時みたいに「カナちゃん愛してるー!」とか言えないだろう。
「アハハ、だからめぐるは今の三女みたいにはなれないかな」
「お、おぉ……そういう……そういうことなの?」
「ん~……でも何となくわかりますけどね。一年ズでめぐるさんが話題に出る時、少しだけ遠慮みたいなん感じますし」
予想外の核心だったが、意外と体感していたことと通じていた。
「なるほど……三女が彼氏作らないのってそういうわけだったんですね」
「……そんなわけないでしょ」
「……そんなわけないじゃない」
総ツッコミ食らってるよ……。
何で月無先輩ってこの手の話になるとIQめっちゃ下がるんだろう。
「むー。でもそれだったらいっかぁ」
「フフ、めぐるは白井君だけでいいもんね」
「い、いかにも」
……動じないフリ下手すぎだろ。
「でも何となくわかったかもです! さすがヤッシー先輩!」
「フフ、プリキュア三年目は違うね」
「割と不本意なんだけど」
三年連続だったのか。
そりゃ経験値が違うわ。
「まぁでも、めぐるはいい先輩になると思うよ。
「後輩思いだもんね。白井君が一番わかると思うけど」
「ハハ、そうですね。というかめぐるさん、今でも十分慕われてますし」
話すと明るく応えてくれて元気が出る、なんて一年ズでも言われてたりする。
月無先輩は月無先輩らしい、慕われる先輩になるんだと思う。
部活愛に溢れた、後輩想いな未来の三女に。
照れ臭そうにする月無先輩に三人で和んでいると、部長がやってきた。
ライブの段取りで月無先輩に確認があるようだ。
「悪いな邪魔して。……あ、スマンPAシート忘れた」
「あ、じゃぁあたしも行きますよ。何度も来させちゃ悪いですし」
そんなやりとりをして、二人で会場へ戻っていった。
「めぐる出番多いもんねぇ」
「あと四つだっけ? 鍵盤需要はわかるけど、よくできるわよね」
ゲーム音楽バンドと巴先輩とのデュオ、それ以外にも二つ。
全部完璧なクオリティでこなしているし、本当に信じられない技量だ。
「でもやっぱ上手い人ほど沢山やるんですね。八代先輩も出番多いですし」
「んー。まぁそうかもしれないけど、去年とか私ら全然やんなかったよね」
「
「え」
上手い人ほど余裕があるし、だからこそやりたい曲を沢山やる、という図式が脳内で成り立っていた。
「まぁ三年が嫌われてたから」
「お楽しみって大体三年生がやりたがるからね」
「お、おぉ……反応しづらい」
納得はいくが、なんとも世知辛い。
主導となる人たちに人気がなければ、誰もついていかないのは当然か。
「今年は沢山やりたいって思ったけどね」
「フフ、そうね。最後だしね」
それだけ今の軽音がいい環境だということなんだろう。
先輩も後輩も、思う存分楽しめているんだと思う。
「さっきの三女企画、
「あ、そうだったんですね」
「紅とか「どうしたのアンタ」とか言ってたね」
「フフ。でも巴からやりたいって言ったのは、本当にやりたかったからよ。曲もこれが歌いたいって」
本当にやりたくて選んだ曲。
特別な意味があるんだと思うし、それは部員全員に伝わっていたと思う。
「その時思ったけど、歌いたいって言い方あんまりしないよね。巴って」
「実は結構歌詞気にするからね。でも巴の気持ちそのままだったんだと思う」
気に入った歌詞なら気持ちがこもるし、裏を返せば気に入らない歌詞は思ってもない言葉を言うようなこと、そんな感じだろう。
だから、歌いたいという表現自体が特別なこと。
冬川先輩が嬉しそうに語るのは、それをよく知っているからなんだろう。
「フフ、だから結構嬉しかった」
「そうだねぇ。皆そうだと思うよ」
冬川先輩は、巴先輩が部活を楽しめているかをずっと気にしていた。
他の人達も、同じように思うところはあったと思う。
巴先輩が『愛をこめて花束を』を歌いたいと言ったことも、三女全員でやりたいと言ったことも、最高の答えだったに違いない。
「巴さん的には三女の皆にも向けた歌だったんじゃないでしょうか」
「アハハ。そんな可愛いヤツだったっけって思っちゃう」
「フフ。でもそうかもね。巴、歌には素直だから」
きっと本当にそうで、その想う気持ちは確かに伝わっていた。
二人の笑顔がそう物語っていた。
「私はボーカルのことわかんないけど、誰かに向けた歌っていうのが一番上手く歌えるのかもね」
「……そうね。そういうことなら、フフ。『Timing』は白井君に向けた歌かもしれないわよ?」
「え?」
不意に話がこちらに向いて、その意味を考えてしまう。
「この歌詞白井君みたいだよね~って言ってたよ」
「アハハ、確かに白井たまに
反応しづらい……すごく光栄、いや、ただ本当に嬉しいだけだけか。
でも冬川先輩は何の気なしに言ったのかもしれないけど、自分にとっては
「フフ、あとラブソングじゃないのがいいんだってさ」
少しだけ、その言葉に救われたような気もした。
同時にそれが予防線のようにも思えた。
同意や共感の前にそんな気持ちになったのは、『Timing』を巴先輩が歌いたいと言っていたことをよく覚えているからだろう。
「奏、楽器取りに行かなくていいの? 巴のフルート、Aスタに置いてあるんでしょ?」
「あ、そうね。鍵開けとかなくちゃ」
それじゃぁ、と冬川先輩は地下階へと降りて行った。
八代先輩は気を遣ってくれたんだと思う。
少し考え込んでしまっただろうか、そんな自分に静かに声をかけてくれた。
「気にしちゃうよね。白井の立場だと」
「……すいません気を遣わせて」
幸せな時間と思い出が増えるたび、考えざるを得ないものも大きくなっている。
「ん~……というかさー」
「何でしょう」
「何度か白井に直接聞こうと思ったことあったんだよね。間悪くて結局聞けずにいたけど」
タイミングと切り出し方のせいか、なんとなく察してしまった。
「いや、質問っていうかただの疑問かな」
問い詰めるような気はないんだろう。
ただ必要なことだと思って言おうとしてくれてる。
「……白井って、巴のことどう思ってるんだろうって」
「……むぅ」
「少し考えようとしてないとこある気がして」
「……その通りだと思います」
巴先輩の気持ちじゃなくて、自分の気持ち。
「ごめん、責めたいわけじゃないんだ」
「あ、はい、それは」
そのたったの一言は当たり前にわかりきっていても、自分と巴先輩の関係において、それはどういう意味なのかと考えてしまう。
「私が気にするのも変な話だけどねぇ」
八代先輩は自分のことをいつもよく見てくれている。
巴先輩の気持ちも、友達として大切に思ってる。
そんな八代先輩が、いつか訪れる関係性の区切りを気にしていないわけがない。
「それだけなんだけどね、本当に。おせっかいでごめんね」
「……何かすいません……それに、八代先輩だからっていう気もします」
ずっと前、月無先輩のことで悩んでいた時もそうだった。
奥手な自分を後押ししてくれたし、今もこうして手を差し伸べてくれている。
「フフ、めぐるの時みたいになっちゃってるんじゃないかなって。あの時よりも複雑だと思うけどさ」
踏み外さずにいられるようにと、いつも気にかけてくれている。
おせっかいなんて思わないし、図星を突かれて反発するなんてこともない。
「……でも根拠ないけど、なんか良い方向に進むんじゃないかなって思ってるよ」
「そう……ですかね」
「そうじゃない? ま、巴が浮かばれないのはちょっと可哀想って思ってたからさ。さっきの奏の話聞いちゃったら、特にさ」
「俺もそれはイヤです……」
巴先輩は何も返さなくていいと思っているかもしれない。
でも、もし仮に、本当に個人的な感情を向けてくれているのだとしたら、自分も何かを返せればなんて思ってしまう。
「どうすればいいんでしょうね……」
「ん~……まぁわざわざ何かするっていうのも違うと思うけどね」
「そうです?」
「うん、あんたが積極的になる必要はないと思うし~……義務感? みたいなのがもしあったら、あんたの気持ちですらないでしょ」
確かに……必要性とか、そういう話ではない。
「あと巴って多分、積極的に来られたら逃げるよ」
「……すごいわかりますそれ。ネコ的な」
「私はネコだと思ってる」
……でも本当にそういうとこあるよなぁ。
自分のことを人畜無害と思ってて、月無先輩がいるからこそ、今の関係が成り立っているわけだし。
「というかそれ以前に、あんた積極的になるイコール浮気みたいに捉えてるでしょ」
「ぐ……その通り……かもです」
「普通なんだと思うけどね。やっぱりちょっと潔癖すぎると思うけど」
直接的な言葉で、すごく嫌な言葉だけど、八代先輩はこれ以上にわかりやすい言葉は他にないと思って口にしたんだと思う。
それに、そういう懸念をしていたら、むしろ使わない言葉だろう。
「そんなことには絶対ならないってわかってるから、私は心配してないんだけどね。他の奴らもそうだよ」
「はぁ……まぁめぐるさん裏切るくらいだったら腹切って死にますからね」
「だから覚悟重いって」
さっき根拠はないなんて言ったけど、多分これこそが根拠なんだろう。
自分の月無先輩への気持ちは、文字通り一生変わることがないという確信。
それさえあれば、悪い方向に進むことはないだろうと。
「ま、これ以上私が言うのも余計だよね。でも浮かばれないってことはなさそうでよかった」
「え、何も進んでない気が」
スッキリした表情を見せてくれたが、自分が悶々としていただけにも思う。
「私的には解決したかな。あんたがどう思ってるかって話」
「……言いましたっけ」
「アハハ、わかりやすいって。反応見てればわかるよ。本当に嘘つけないよね白井って」
まだハッキリとはわからないところもある。
でも八代先輩は、そういうことも込みで、前向きな気持ちと察してくれたんだと思う。
正直言えば、怖いと思うこともあった。
巴先輩の気持ちを直視することを。
純粋なものであると知るほどに、受け取ることに逡巡して、目を背けるような気持ちも……
「……あ。わかった気がします」
「そう? それならよかった」
……そうか、浮かばれないって、そういうことか。
何かを返すだとか、変に先を見据えて振る舞いを考えることより先に、まず自分がすべきこと。
「……というかめぐるさんに何度も言われてました」
「アハハ、やっぱりあの子が一番白井のことよくわかってるんだね」
好きになっても仕方ない。
許可のような言葉だけど、多分、それだけじゃない。
「浮気オッケーみたいに取られる言い方するは今でもどうかと思ってるけど」
「ハハ、そういう意味じゃないっていうのは何となく察していましたけど」
素直に受け取れないこと、それが誰のためにもならないと。
素直に受け取らないと、何も始まらないと。
巴先輩を想うからこそ、自分に向かってそう言ったんだ。
巴先輩を想う気持ちがあるなら……いや、あるからこそ、何よりもまずそうすべきだと。
「……はぁ。自分一人じゃ何もできてない気がします」
自分は胸のつっかえを自分で取るのが本当に下手だと思う。
「いや、皆そうだよ」
「……そうです?」
「アハハ、そうだって。めぐるも巴も、あんたいなかったら今ほど部活楽しくないって」
……そうか。
一人で何でもできそうな人達でも、皆何かに救われているのかもしれない。
「私もそうだし、あんた以外にこんなことしないけどね」
「……本当にいつも助かってます」
そして自分がその一端であるなら、自分をもっと信じていいんだと思う。
おのずと自分の心に素直になれる気がした。
「ふぅ。ま、巴まだ出番あるんだし……フフ、照れないでしっかり聴いてあげたら?」
「そうですね……本当に楽しみです」
お楽しみライブのトリは、月無先輩と巴先輩の二人。
心底楽しみで、ずっとずっと聴きたかった。
……でももちろんそれだけじゃない。
「ゲーム音楽バンド完遂してからですけどね!」
「アハハ、そうだね」
一番楽しみなことがまだ二つも残ってるなんて、自分はなんて幸せなんだろうか。
聴かせる側の幸せを全うしても、まだ聴く側の幸せが残っているなんて。
一番大切な人の、一番大切な夢。
それがもうすぐそこまで迫ってきている。
「……その前に今の話ができてよかったと思います」
「そっか。一番大切な出番の前にマズいことしたかなって思ったけど、それならよかった」
マズいことなんて全くない。
今しか言えなくて、今必要なことだったと思う。
「……楽しみだなぁ」
素直に全てを楽しむ準備は、もう出来た。
隠しトラック
――キュア○○ ~八代・白井 ホテルロビーにて~
「しかし三女企画本当に良すぎました……」
「アハハ、ありがと」
「あとプリキュアも」
「……それやめてよ」
「……マジで最高だったのに。最後のサビとか感動しましたし」
「あ~、アレいいよね。なんか元気出る」
「折れそうな時は思い出します」
「アハハ。まぁ私は私で楽しんでたよ」
「……『無』みたいな表情で叩いてましたよ?」
「そうした方が面白いって話になってね」
「ハハ、そうだったんですね。正解でしたね」
「一年の時は本当にイヤだったけど」
「あぁ……三年連続ですっけ。ベテランですね」
「うん。逆にもう誇るべきな気がしてる」
「……キュアフィジカル」
「バカにしてる?」
「してないです」
「ちょっと面白かったから許す」
「しかもそのあとさ~めっちゃ煽られたからね」
「あ、キュアヤンキー?」
「そ。紅も結構嫌がってた」
「あ~マジで不本意だったんですね」
「ヒビキとかもOBについて調子に乗ってたからなぁ」
「ハハ、まぁ男子のノリって感じですよねぇ」
「一番キレてたのが氷上っていうのが一番面白いけど」
「……何で」
「プリキュア知らん奴がプリキュアバカにしてるって」
「あ、そういう」
「まぁヒビキ腹パンしたら全員黙ったけど」
「……パンチ食らったことあるって言ってたのその時だったんですね」
「アハハ、まぁ冗談でだけどね」
「……実際は?」
「そこそこ強めに殴った」
「……キュアバイオレンス」
「……バカに」
「してないです」
「ハァ……フフッ。ちょっと面白かったから許す」
「優しい」
「でも思うんですけど」
「ん?」
「なんかもう皆、お楽しみライブ前半で満足しちゃってませんかね?」
「アハハ、何、不安になってるの?」
「いや不安というより……前半で超感動しちゃったので」
「それは嬉しいけど……」
「めっちゃフィナーレっぽかったですし」
「選曲のせいもあるかもね」
「はい。アレを超える感動っていうのも中々」
「ん~……」
「もう寝ちゃってたりしないよなぁ……」
「はぁ……白井、ちょっと立って」
「へ?」
「いいからほら、こっちおいで」
「な、なんでしょう」
「はい、じゃぁあっち向いて~」
「え、え……」
「フゥー……シャキっとしなさい!!」
「ア゛ッ!!! せ、背中バーン……」
「アハハ、目覚めた?」
「覚め……ありがとうございます!」
「な~に不安になってるのよ。めぐるに代わっておしおき、ね」
「……セーラームーンの方だった」
「……ってかごめん大丈夫?」
「あ、全然大丈夫ですよ大丈夫」
「加減したつもりだけど、ちょっと余計な分まで入っちゃった」
「ハハ、誰の分です?」
「プリキュアの分かな」
「根に持ってますやん」
*作中で登場した曲はタイトル等を記載します。
『プリキュア5、スマイル go! go!』―Yes!プリキュア5 OP曲
『プリキュア5、フル・スロットル go! go!』―Yes!プリキュア5GoGo! OP曲
『愛をこめて花束を』―Superfly
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