幕間 それぞれの役割

 児相のライブが終わって、夕飯を兼ねたインターバルが置かれる。

 ホテル従業員の方々がその準備を進める間に……目の前で起きている尋常じゃない状況に触れてみる。


「冬川先輩大丈夫ですか?」

「……お腹とほっぺ痛い」


 壁に背中を預けてぐったりして……若干ニヤけている。

 その姿にクールビューティーの面影はない。


「ふふ。奏がこんなになってるの私でも初めて見る~。ぱしゃり。ほら白井君も撮っておきな~」

「やめてあげましょうよ……」 

「奏の可愛い姿を残すのは私の義務~」

「……そうですか」


 児相のライブで清田先輩に腹筋を破壊され、可愛さに表情筋をゆるゆるにされてしまったようだ。

 完全なグロッキー状態で写真を撮られても無抵抗な程だ。


「ハハ、冬川先輩からしたら一番嬉しいライブだったかもですね」

「……幸せ……だったよ……」


 死ぬ間際みたいなセリフだな。


「ふふ、最前列で一番楽しんでたもんね~奏」


 両頬を押さえながらこくりと頷く……何だこの可愛いクールビューティー。

 でも開始前には一番楽しみだと言っていたし、日頃副部長として頑張っている冬川先輩には当然の権利だろう。

 そして、こうして代償を払うレベルで楽しんだ冬川先輩を見ていると、思うところもある。


「裏方やってくれてる人にちょっと申し訳ないって思うくらい最高でしたね。ヒビキさんとか、最前線にいたいでしょうに」


 PA(パブリック・アドレスの略:音量調節などをする、ライブに不可欠な存在)を担当しているヒビキ部長や、それを引き継ぎのために学んでいる正景先輩など、ライブを全力で楽しめない人もいる。

 専門的な知識が必要なため持ち回りにはできないし、そういう役割を担っている人はどうしてもかかり切りになってしまう。


「確かにね~。奏も児相の時以外は撮影係あったし~」


 そういう裏方がいるからこそライブを全力で楽しめると言うのは、本当に感謝するべきことだ。


「でもヒビキならさ~こういうこと言いそう~……『感謝するってぇなら~俺の代わりに全力で楽しめ~』とか~」

「ハハ、それこそが恩返しだって感じですね」


 部員の幸せこそが、長たる自身の幸せであると。

 そしてからこそ、ヒビキさんは部長なんだろう。

 

「ふふ、声かけて上げたら~。多分喜ぶよ~?」

「そう……ですかね? ちょっと行ってこようかな」


 ZENZAが終わった後もあまり話せてしなかったし、部長とだって色んな話をしたい。

 そうして巴先輩に見送られ、部長のところへ向かう。

 ライブは一区切りだが、後半に向けての段取りだろうか、正景先輩に色んな紙を見せて説明しているところだ。


「ヒビキさんお疲れさまです」

「おぉ白井か。どした」

「あ、どうしたってわけではないんですけど……」

「ハッハッハ、気でも遣ったのか?」


 部長はすぐに察してくれたようだ。


「じゃぁ俺らも一旦切り上げっか。お兄さんいい加減タバコ吸いたい」

「そうっすね。俺も大体大丈夫っす。付き合いますよ」


 ということで三人で喫煙所へ向かう。

 部長と言えば喫煙所……というほどヘビースモーカーではないが、定番の流れだ。

 道中は部長と正景先輩がPAのことで色々と話していたので、会話には参加できなかったが、ライブでの裏方に大切なものを色々と聞けた。


「ふーっ……とりあえず前半お疲れな。あとすまんな正景」

「いやまぁ俺らの代、やりたがるヤツいないし全然いいっすよ。結構楽しいし」


 こちらからの労いの言葉が遅れたので、ライブの屋台骨である二人に感謝を述べると、ポイントゲッターかなんて茶化されつつも、少し嬉しそうにしてくれた。


「まぁPAはPAで結構楽しいからお兄さん的には別に不満はねぇんだけどな」

「そうなんですね。……あ、でも確かに、ヒビキさんこういうやりがいある仕事完璧にこなしますもんね」

「ハッハ、嬉しいこと言ってくれんな。ま、そこは性分ってとこだな。やれるだけやらんと気がすまんのよ」


 部長の場合はその性分が全部に通じていそうだ。

 やりこむことや詰めることを楽しいと思うタイプで、月無先輩もそうだけど、極みに達する人の性質かもしれない。


「でもPAやりながら後ろでしっかり音聴くってのも、結構いい経験になりますね」

「思ったより下手なの丸わかりだろ?」

「ハハ、それも確かに」


 ……なんか怖い会話してる。

 自分の演奏も、勢いや熱気に助けられたところがあるし、冷静に聴いたら多分そうなんだろうなぁ。

 練習の時よりもミス自体は確かに多かった。


「いいライブってのは上手い下手だけじゃないってのもわかりますけどね」

「ハッハ、だとさ白井」

「え? あ、そう……ですよね。なんかありがとうございます」


 正景先輩がフォローのようにそう言ってくれた。

 でも、それが慰めではなく、もっと前向きな意味を持っているのもよくわかった。


「でもマジでいいな今年。一年頑張ってるし二年も心入れ替えてんな」

「去年俺らの代、結構悲惨でしたからね」


 話を聞くと、去年の様子は今日のライブのようではなかったとのこと。

 実力者とそれ以外で少なからず確執があったのは知っているし、想像できないこともない。


「演奏中なのに外出るとかも普通だったからな」

「え、そんな感じだったんですね」


 全バンドがいいバンドだなんて難しいとは思うけど、観客として盛り上げるという気すら起きないレベルのバンドもあったということか。

 今の三女の方も、全バンドを見ていたのは八代先輩くらいだそうだ。


「ま、そんだけ全体のレベルも高いし、今の軽音は良い代ってこった。最前列で騒ぎてぇのも山々だが、後ろでゆっくり後輩の成長を見てるってのも結構いいもんだぜ」


 部長からしたら感慨深いことだと思う。

 良い代だと、常々からそう言ってくれているが、今日のライブは予想以上なんだろう。


「だが上から目線で色々言っちゃぁいるが……」


 不穏な含みで部長が続けた。


「次のバンドは1ミス即死だからお兄さんも人のこと言ってられん」

「あぁ……インストとか誤魔化しきかないっすもんね。やろうとも思わんです」


 部長の次は、氷上先輩達とのフュージョンバンド。

 選曲の全容は知らねど、超絶技巧のオンパレードになるのは容易く想像がつく。

 となれば、一つのミスが否応なしに目立つ。


「ZENZAとそっちのバンドって対極みたいなバンドですよねぇ」


 勢いと熱量でもっていくZENZA、技術の粋を聴かせるフュージョンバンド。

 部長の二つのバンドは、全くと言っていい程共通項がない。

 双方を十全にやり切れる人なんて早々いないだろうし、どちらにも最高の適材である人も他にはいない。


「確かにそうだが、ま、やることは変わらんわな」

「「カッケェ」

「あとお兄さんちょっと火が点いちまってる」


 そして並々ならぬ気概を感じさせる言葉を続けた。

 後輩達の成長した姿を受けてか、部の長として最高の実力を示すことか、燃え上がるものがあるようだ。


「……清田っすね」

「あぁ……ありゃあやられた」


 ……そっちの方向性かよ。

 

「でもヒビキさん、また冬川先輩が腹筋崩壊したらライブどころじゃなくなる気が」

「問題はそこよ。アイツ次第でもある」

「冬川さんさっきぐったりしてたからなぁ」

「その場の流れ次第だな。求められてなさそうだったら何もしねぇな」


 面白MCは見たいけど冬川先輩のことも心配である。

 上手く収まることを願うしかない。


「冗談はともかく、期待しといてくれていいぜ。俺としては見せつける気でいっからな」


 大胆不敵に放ったその言葉は、最高のライブにすることへの自信の表れだ。

 ワンミス即死の絶対的実力者の世界。

 どれほど凄いかは観るまでわからないけど、約束された極上のステージなのは間違いない。

 そして多分、部長としては一、二年に発破をかけるつもりでもあるんだろう。

 自分も正景先輩も、それを受け止めるように「楽しみです」と返した。


「そういえばバンド名とかって決まってるんですか?」

「あ? あぁ決まってるぞ。めっちゃ中二なのにしようぜって方針決めたらすんなり決まった」

「すげぇ気になる」

「シンギュラリティな」

「すっげぇ中二」

「絶対めぐるさんですよねそれ言ったの」

「お察しの通り」


 ……好きそ~。

 でもそんな大仰で中二なバンド名は、軽音最高の実力であるという自負と、そうであろうという意気込みの表れだろう。

 実力と自信と覚悟、それらを一発で示すようなものだ。


「そろそろ戻るか。お兄さんお腹ペコっちまってる」


 もう夕食の準備も終わってるだろうと、会場へ戻った。


 ――


 会場に戻ると夕食の準備はすでに済んでいて、長テーブルとご座が並べられていた。

 バンド毎というよりは学年毎に分けられていて、川添達が自分の席を確保してくれていた。

 部長たちと別れ、一年ズと合流する。

 互いに労い、席に着くと、部長が号令のために注目を集めた。


「おし、いないヤツいないな~。恒例の一言と頂きますを誰かにしてもらおう。じゃぁ……」


 ぐるっと見まわし、ふと扉の方で目を止める。

 何かと思い皆でそっちを向くと……八代先輩。

 ライブの前半戦、そして自身の出番を全て終えて汗を洗い流してきた様子だ。

 なんとなく目のやり場に困るような色気を醸しているが、本人は気にしてすらいない模様。


「おいおいここにきてまだサービスとはお前も欲しがり屋さんだな八代ちゃんよ」


 部長が煽るが……まさかのガン無視ですたすたと三女の集まる席に着き、


「なんか気分悪いから後でもっかいシャワー浴びてこよ」


 一番効果的にダメージ与える言葉選びで、過去イチで辛辣な反撃カウンターをお見舞いした。

 三女VS部長は基本塩対応、様式美で冗談とはわかっていても、そこはかとないガチ感に皆笑いを堪えた。


「え~、今のは本当にすいませんでした。じゃぁ……はい、正景。頂きますやって。あとライブ前半の所感」

「……この流れでやるんですか」

「やれ」


 当たらなかった人達全員がほっと胸を撫でおろした。

 無茶ぶりをくらった正景先輩も、なんとか状況対応してみせ、夏合宿最後の晩餐会が幕を開けた。


 前半の感想戦が繰り広げられる中、話題をさらうのはやはり……


「どうあがいてもやっぱ三女だなってなるわ」

「いや、他の追い上げもすごい」


 女性陣について。

 ライブ中の姿はやはりとても魅力的で、話題が集中してしまうのも仕方のないことだ。

 どのテーブルも賑やかで、ここの会話が喧騒に埋もれることも好都合だ。


「ZENZA最高だったけど、あれ八代さんの人気あってのものだから」

「……ハイハイ。思い上がりはしませんよ」


 ライバル視してくれているという川添が冗談ともガチともとれるトーンでそんなことを言ってくる。


「うちのバンドが最高だったのも姐さんあってのものだから」

「……弁えてんのなちゃんと」


 周囲の会話に聞き耳を立てた限りでも、殺人狂時代(草野バンド)と児相(八代バンド)の話題が多い。

 ライブ前半は軽音二大姐さんが席巻したようなものだ。

 しかしわざとらしく自分にメンチを切る川添の姿に、同バンドの田淵は冷ややかな目線を浴びせている。


「何かごめんねこいつ面倒で。姐さんラブすぎて白井のこと勝手にライバル視してるから」

「あ~ハハ、まぁ俺も八代先輩の舎弟みたいなもんだから。気にしてない」

「よかったね川添、眼中にないってさ」

「白井、表出ろ。代理戦争だ」

「座って食え」

「はい」


 川添と自分がある程度比較されるような構図もある……のかもしれない。

 RPGだったら川添闇落ちフラグだが、互いのバンドを褒め合う中での冗談に過ぎなかったりもする。

 田淵にしても、同学年のホーンである夏井のことをある程度ライバル視しているそうだが、仲の良さは言うまでもない。


「でもまだ出てない神クラスが結構いるんだよな」


 小沢のそんな言葉に思い当たる面々を想像し、一同が確かにと頷く。

 一年ズの中で神クラスと称されているのは、主に春の代表バンドの面々。

 その中の半数はまだ演奏していないし、最有力バンドとされている巴☆すぺくたくるずとシンギュラリティはトリとトリ前だ。


「巴さんのとことー、あと氷上さんのとこかー。メンバー被ってて言い方わかりづれーなー」

「あ、フュージョンバンドの方、シンギュラリティってバンド名らしいよ」

「「「すっげぇ中二」」」


 やっぱ全員同じ反応するよね。


「バンド名は中二路線にしたかったんだってさ」


 一応わざとやってるってことはフォローを入れておこう。

 じゃないと月無先輩がイタい子扱いされる。


「でもなんかガチ感あってカッコいいわ。あのメンバーだからこそ許されるというか」


 椎名の言葉に再び一同が頷く。

 軽音学部内に収まらず、学生バンドでも頂点のレベルだろう。

 そんな会話をしていると、近くに座っていた古賀が会話に参加してきた。


「私その一個前なんだよね……出番」


 古賀のバンドはシンギュラリティの一つ前……次に大物が来るという状況は確かに極度のプレッシャーに成りうる。

 かける言葉が難しいところだが、あの人たちは特別、そんな慰めを口にするのも失礼な気がした。

 さっきの部長との会話の中で、感じたことを口にした。


「なんというか、その時演奏してるバンドがその時の主役って感じじゃないかな……前後がどうこうじゃなくって」


 纏まり切っていないけど、古賀はおぉと反応してくれた。

 自分がZENZAで感じたもの、主役になった感覚。

 そしてそれは、皆の反応あってのもの。


「ごめんなんかわかりづらくって……要するに……皆絶対古賀のバンドも全力で応援するよ」

「おぉ……なんか勇気出た」


 部長が良い代だと言ってくれているのは、皆が自然とそうしているのも理由だと思う。

 ……でもあんまりリーダーぶるようなことを言いたくはない。

 これくらいにしておこう。


「出た出た白井お得意の女子に良いこと言っちゃうヤツ。小沢さんどう思います?」

「無自覚に言って『俺、なんか言っちゃいました?』とか言うタイプだなコイツぁ」


 ウゼェ……。


「いや川添のバンドもマジで感動したし小沢のバンドもすげぇ楽しみにしてるぞ俺は」

「「お、おぉ」」

「自分の時にも盛り上げてくれたんだし、そりゃ全力で応援するだろ」

「「好き」」

「速攻発情してんじゃねぇか」


 異世界モノの女キャラ並みに即堕ちした川添と小沢だったが、そんなやりとりに古賀の緊張も少しはほぐれただろうか。


「俺らが最前列にいるから古賀ちゃん安心して歌ってくれな」

「ふふ、ありがとう!」


 椎名も続くと、一年ズの結束が強まるような気がして、全員で後半戦への想いを共有した。

 誰かが出番のときは、仲間がそれを盛り立てる。

 当たり前のようでも、そんな役割分担を全員が全うできることは、実は貴重なことなのかもしれない。


「しかしワンテンポ遅れてんだな椎名は。白井を見習え。なぁ小沢」

「全くだ。こいつの早押しの腕前は常々見てきただろうに」

「わざと送らせて目立つっつーアレかもしんねーぞ」

「なるほど……ディレイか。バカの言うことも一理ある」

「後の先を狙うとはやるな椎名」

「……白井、正直コイツらウザいと思ったことない?」

「ついさっきね」


 何だかなぁとも思うが、これが一年ズらしいやりとりか。

 結局こういうのが一番落ち着くし、ニュートラルな気持ちになれる。

 最高の仲間達だと思うし、こうして自分達が笑いあえるのも、最高の環境があるからこそだ。

 緊張気味だった古賀も「もう何も怖くない」とキッチリ死亡フラグを立て、夏合宿ライブは後半戦へ向かうのであった。


――


 ライブの後半戦が始まっても、夕食会でクールダウンするどころか、むしろエネルギーが全開になった軽音学部全員の熱気は収まることはなかった。

 そこには学年の差や上手い下手の差などなく、ステージ上のメンバーと観客が全力で呼応し合う、一体となる時間だけが続いた。


「一、二年がこんだけいい演奏してんだから俺も後ろで見てばっかりじゃいらんねぇってなぁ!」

 

 小沢のバンドの時には、部長もそんなことを言いながら最前列へ合流し、一年ズの結束だけでなく、先輩達も暖かく盛り上げてくれた。

 観客を沸かせて、自分自身が主役になるような感覚。

 それはきっと、今日このライブに参加した人皆が感じられただろう。

 

「軽音学部! 本当に楽しいです! では次の曲、聴いてください!」


 先程は緊張して、合宿中は自信のなさを伺わせた古賀も、そんな様子は微塵も見せないノリノリな姿で自身の出番を全うしていた。

 前のバンドがどれだけいい演奏をしようが、後のバンドにどれだけの実力者が控えていようが、「今歌っているのは自分だ」、そう伝わってくるようなライブだった。


 頑張っている奴は報われるべき、部長が以前言っていたその言葉は、今でも強く心に残っている。

 そして、今の軽音学部は間違いなくそういう環境だ。

 どのバンドのメンバーも、満足そうにそれを見る部長も、似たような表情をしていた。

 それぞれのことをやりきって、本懐を成し遂げたような表情だった。


――


 ついに次は月無先輩のもう一つのバンド、シンギュラリティの出番だ。


「ふふ、ネタバレ禁止~だよね?」

「ハハ、そこは徹底していますので」


 巴先輩も自分についてくる形で一緒に会場から出た。


「でも私もわかるよ~。何やるかは大体知ってるけど、本番まで聴かないようにしよ~って思う~」

「わかってくれますか……!」

「ふふ、奏のバンドだもん」


 境遇としては自分と同じようなところがあるだろう。

 最も信頼している人……一番大切な人。

 そんな冬川先輩のもう一つのバンドなんだから、楽しみで仕方がないのは共感できる。


「奏ってね~。結構私につきっきりでさ~」

「え? あ、そうですよね」

「うん。だからさ~」


 世話役……を通り越して母親みたいなところがある。

 

「私と一緒じゃないバンドっていうのもあんまりなくて」

「ん~……、実力的に二人とも図抜けているから自然と固まるのでは」

「いや~? ……私のせいかな~」


 冬川先輩がいないと嫌ということだろうか。

 でもそれは冬川先輩にしても同じだと思うし、バンドを組むに当たってセットになるのは当然のことなんだろう。


「苦労させちゃってるな~なんてたまに思うんだ~」

「……本人そうは思ってないと思いますよ?」

「そうかな~」


 というか見ている感じ、その苦労を被ってる時が一番幸せそうにも見える。

 巴先輩にしても、こうは言っているが、わかっていて敢えてやっている部分もあるだろう。

 だから客観的には共依存に見える。


「アレですアレ、めぐるさんが俺にワガママ言ってると思ってるのと同じですよ」

「あ~。白井君全然そうは思ってないもんね~」

「はい。だからむしろその方が安心するというか」

「ふふ、そうだといいな」

 

 いや確実にそうなんですけどね。

 勝手ながら冬川先輩のそういうとこは共感していたりする。


「……ちなみに今の話は何の話だったんです?」

「あ~、変な身の上話になっちゃってたね~」

「いや全然いいんですけども」


 何か言いたいことがあったようにも思えた。


「ふふ、その分私は奏がすっごく頑張ってるとこ見てるからさ~。今日のライブが本当に楽しみだってだけ~」

「ハハ、すごくわかります」


 個人として、バンド仲間として、副部長として、全ての冬川先輩を知っているからこそ。

 自分だって、月無先輩がどれだけ努力をしているかを一番知っているつもりだ。

 そんな人たちが報われる未来は、それを知っている人からすればこれ以上ない望みだ。


「だから白井君、最前列で見よ~ね!」

「ハハ、はい。誰にも譲る気はないです」

 

 わずか数分後に迫るそれを、最前列で見守ると結束した。


 ちなみに戻るまでに色々と二人のエピソードを聞いたが、実情は最早ノロけだった。

 腹筋崩壊して頬を押さえていた姿もからかってはいたが、裏を返せば冬川先輩が全力で楽しめている姿が嬉しかったのだろう。


 自分と巴先輩が一番楽しみにしていたもの。

 どこまで素晴らしいものかなんて予想もつかない、一番大切な人の晴れ舞台。

 過去最高の期待感を胸にして会場の前に着くと、少し覚悟を決めるようにして扉を開けた。




 



 隠しトラック

 ―― 一年ズ   ~合宿場ライブ会場にて~

 人数が多いので久方ぶりのト書きで


川添「女子って食べ方綺麗だよなぁ」

夏井「そうですかね?」

川添「小沢とか食い方ワイルドだぞ、ほら」

小沢「え、俺汚い?」

夏井「汚いとは思いませんけど……豪快ですね」

小沢「かっこむってのは確かかもしれん」

川添「ほら、コロッケ少しずつ皿からポロってる」

小沢「おぉ、いつのまに……」

バカ「いつの間にか~」

「「「タイプ・ワイルド!」」」

椎名「少しずつだけど~」

「「「タイプ・ワイルド!」」」

夏井「……何ですか今の」


白井「こいつらのノリは気にしちゃダメだよ」

夏井「はぁ……白井君も言ってましたよ?」

白井「……悔しいけど俺も体は一年男子なんだ」

古賀「体は正直なんだね……」

田淵「変な教育受けてるみたいだね」

川添「逃れられると思うな」

白井「別に逃れようとは思ってない」

田淵「思ってないんか」

白井「何だかんだバカやってるの楽しいし仲間だからね」

椎名・小沢「好き」

白井「ね。バカでしょ」


夏井「でもスー先輩とかも結構ワイルドですよね」

白井「あ~、アレね」

古賀「え!? あんなにおとなしそうなのに」

田淵「むしろそれ聞いちゃっていいの」

白井「いや、汚いとかじゃないよ。いっつも氷ごりごり噛んでる」

夏井「飴とかもすぐ噛み砕いてますね」

古賀「あ、そういうことか……それめっちゃ可愛いヤツ」

夏井「めっちゃ可愛いヤツです」

椎名「じゃぁ俺も氷ごりごり噛むわ」

川添「お前がそれやっても……」

田淵「横に座ってる人に顔しかめられるヤツじゃん」

小沢「落ち着きないクソガキにしか見えねぇ」

古賀「スー先輩だから許されるんだよ?」

バカ「ふつーにヒクわ」

椎名「扱いの差ひど過ぎねぇかな」

白井「まぁ人徳が比にならないから。ほら」

椎名「おぉサンキュ、いや噛まねぇよ!?」


田淵「というか川添って姐さん食べる時いっつも見てるよね」

川添「否定しないけど言いふらすのヤメテ」

田淵「いやバレバレだし」

川添「でも仕方なくね。なんか見ちゃう。なぁ?」

白井「俺も結構見ちゃうかも……」

田淵「結構嫌じゃない? 見られるの」

古賀「私ちょっと嫌かも」

夏井「私は別に……え、何で皆黙るんですか?」

田淵「迂闊なこと言って評価下げないようにしてるんだと思う」

夏井「え、そんな下げたりはしないですって」

田淵「もうこれ以上下がらないから気にしなくてもいいのにね」

白井「鬼かな?」

バカ「鬼じゃな~い?」

「「「イェス!!」」

田淵「なんだコイツら……」



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