ライブ③ ゆずれない望み


 草野先輩のバンドから得たものはすごく大きかった。

 圧倒されたし、自分が身を置く軽音学部という部活がどれほどのものかを改めて思い知った。

 それぞれが持つ目標と、それに対する気概、犇々ひしひしと伝わるそれは、自分以外の多くの人にも影響を与えただろう。

 でもだからとって怖気づきはしないし、ライバルのように思ってくれる人にも、負ける気はない。


 それに、この夏最も期待したものの一つ……そう、月無先輩のいるバンド、ヤッシー児童相談所のライブが今から始まる。

 この瞬間は何よりこれを全力で楽しまないといけない。

 暗転したステージに灯が燈る瞬間が、いつになく待ち遠しい。


「あ、冬川先輩も前来たんですね」

「うん。児相はここで観なきゃって思って」

「あはは、奏ってば録画係放棄してまで見たかったんだね~」

「あ、あっちの方はちゃんと椎名君に頼んできたわよ」


 撮影担当の冬川先輩も、めくるめく『可愛い』の予感には、いてもたってもいられなかったようだ。

 ビデオカメラをチェックしたり、デジカメでステージを撮ったり、動画も静止画も撮るために会場を奔走していたが、児相に限っては最前列固定だ。


「ふふ、でも児相は前で観なきゃ損だよね~」

「うん。一番楽しみだったから」


 次は一端食事休憩を挟むので、児相はいわば前半戦のトリ。

 ライブ全体を通しても重要な立ち位置に、最も注目を集めるバンドの一つである児相は適任だ。


 高鳴りっぱなしの胸の鼓動へ応えるかのように、ドラムスティックのカウントが聞こえる。

 期待のこもった騒めきを掻き消すように、ストリングスの音がエンターテインメントの始まりを告げた。


 待ちに待った児相の一曲目はPUFFYの『渚にまつわるエトセトラ』。

 夏合宿という機会にも、バンドメンバー的にも、いきなり納得しかない最高の選曲だ。


「……いやマジかし」


 月無先輩、右手で結構難しいストリングスフレーズ弾きながら、左手でパーカッションの音もやってる。

 音が馴染み過ぎてどんだけすごいことやってるか気づいている人は少なそうだ。


 イントロから驚愕したが歌が入ると、


「マジか~……」


 再び思わず声に出してしまった。

 まさかの清田先輩と月無先輩のツインボーカル。

 初っ端から全員のハートを鷲掴みにする大誤算に、男子も女子も大歓声を上げる。

 

 目も耳も最高の満足度で曲の一週目を終え、二番に入ると、今度は春原先輩と夏井のちびっ子コンビが交互に歌う。


「あはは、可愛すぎ~!」


 うん、ダメだこれは可愛すぎる。

 巴先輩も大喜び、冬川先輩も口を押さえっぱなしだ。

 誰もが知る懐メロとあざとすぎるほどのパフォーマンスに、男子も女子も恋するモードである。

 一曲目から出し惜しみのないスタイルは、観る人全員に元気を与えて幸せにしてくれた。


 大ウケのまま、ほぼシームレスに次の曲へ。

 全然知らない曲だったけど、キャッチーなメロディラインと甘酸っぱい恋を思わせる歌詞が、児相の魅力を十分に引き出していた。

 選曲はという観点もあるが、ある種迎合のようなそれに頼る必要もない。

 そう感じる程にバンド性が完成しきっていた。


 二曲続いて可愛さフルスロットルな曲が続き、会場の至る所でハートマークが浮かび上がるようだった。


「皆恋してますかー!」


 三曲目に入る前に清田先輩のMCが入る。


「「「してるーー!!!」」」


 恋のメロディからの見事な流れに、熱気も興奮も留まることを知らない。

 間違いなく今ライブいちの歓声が上がった。


「まぁこんだけ可愛いと皆メロメロになっちゃいますよね。この私に」

「お前じゃねぇー!」

「そいつに喋らせんなー!」


 ……ブーイングすごいな。

 まさに千年の恋すら冷める暴挙である。


「はいはい、わかってるわかってる。好きの裏返しってな。素直になればいいのに」

「うるせぇぞメスガキー!」

「誰かわからせてくれよ! 頼む!」


 ライブMCの中で聴衆に対するは不可欠だし、野次も様式美だとは思う。

 でもこの人に限っては意味が違う気もする。


「そうそう、皆さん今の二曲どう思います?」

「可愛いー!」

「そうですよね、可愛すぎますよね。ま~確かに天使みたいに可愛い子何人かいるから、こういうので攻めるしかないですよね!」


 納得せざるを得ないし、冬川先輩なんてライブ前半なのに既に悶絶していた。


「今の二曲ははじめと舞が選んだ曲だったんですよ。このメンバーならこれがいいって」


 水木先輩、小寺先輩、ナイスです。

 眼福極まりないガールズバンドだし、そういう方向には意識せずとも向くだろうし、それが正解と確信できる。


「笑っちゃいますよね。この私にこういうの歌わせんのかよって」


 何故崖を飛び下りるようなマネをするのか。


「アハハハ、皆もそう思いますよね! でも今確かにって言ったヤツ顔覚えたからな」


 怖すぎんだろ……。

 笑いの量も今ライブいちだが、ボーカルという立場をいいことにMCをここまで私物化するのは清田先輩くらいだろう。

 ステージ上の他のメンバーは楽しそうに笑っているし、多分予定通りなんだろうけど。


「あ、ヒビキさん、録音、ここの部分カットしといてください。後で聴くとき邪魔だと思いますので」


 ……変なとこ弁えてる。 


 そして次の曲と続き、ノリの良いポップなセットリストで、児相の面々は観客を完全に虜にしていった。

 可愛く楽しいだけでなく、演奏陣の上手さも確かなもの。

 元々上手い人だけでなく、清水寺トリオも遥かにレベルアップしていた。

 以前組んだ人が上達するのを見るのは、その頑張りに共感できるからこそ、自分のことのように嬉しいものだった。


 何より、本人たちが誰よりも笑顔で演奏しているのが最高に良い。

 を怠らなかった人達の演奏だからこそ、観る側も心置きなく楽しめる。

 三曲目の終わりには、この夏合宿ライブがまるで児相のものであるかと思う程に、全員が全員、そのパフォーマンスに熱中していた。

 次はまたMCが入るようで、清田先輩がスッと手を挙げた。


「あの、自分、喋っても良いですか?」


 ……まだ弁えてる。

 男子勢も一斉に「いいよー!」とノリノリで答える。

 さっきは罵声が飛び交ったが、清田先輩もその元気な歌声をもって、すっかりライブの中心として皆を魅了していた。


「残り二曲は続けてになっちゃうんですけどその前に……」

「やだーー!!!」

「あと五曲くらいやってーー!!!」


 自分もまだ終わってほしくないと本気で思う。

 児相のライブはそれだけ幸せを振りまいたし、いつまでも見ていたいと思う光景だった。

 そんな一同の切なる願いに、清田先輩は宥めるような仕草で……


「オーケィオーケィ。コームダウンファ〇キンガイズ」


 おい今クソ野郎共って言ったぞあのアホ。

 そして再びMC……もとい清田劇場が始まった。


「最近ねー、わたくし藍ちゃん、思うんですよー」


 女性ソロシンガーのMCっぽい入りだが、いい予感はもちろんしない。


「最近何か浮かれてるヤツ増えてきてやがんなって」


 恋を題材にした曲を続けた上でのこれである。


はじめなんてほんと酷いんですよー。自分が幸せなのをいいことに私のこと事故物件とか言いやがるんです」

「今も同じこと思ってる」

「ハッ」


 それは水木先輩間違ってないと思う。


「……私も今は同意見」


 そして無慈悲に小寺先輩にも突き放される。

 八人が居並ぶステージ上においてこの孤立である。


「冗談キツいぜ舞さんよ~……でも忘れてないよなお前ら」

「「……?」」

「私とトリオ扱いされてること」

「「不服」」


 さすがトリオ、息ぴったりだな。


「どう思う? 裏切りとも取れるこの反応。めぐるちゃん」

「え?」


 慮外りょがいの無茶ぶりに月無先輩は目を見開いて、鍵盤のパネルを操作していた手を止めて固まる。

 ゆっくりと清田先輩の方に顔を向けて、


「……不服なの?」

「不服だよ!!」


 見事な切り替えしでドッと笑いが起きる。


「はぁ。まぁいいや、可愛さ限界突破しちゃってるからな私。素直に認められないのも仕方ないな」

「あ、255超えると1に戻るもんね」

「貴様ァーー!!」


 ここも息ぴったりだな……でもMCは漫才をする場じゃない。

 事故こそMCの醍醐味といった感はあるしメッチャウケてはいるが、ここまで自由な人は他にいないだろう。


「まぁ冗談はこれくらいにして、最後の二曲に行く前に、どうして言いたいことがあってな!」


 悪ふざけはここまでと、清田先輩が珍しく真面目なことを話すようだ。


「このバンドに誘ってくれた三年生の二人に、私達後輩一同本当に感謝してます」


 不意打ちのようではあったが、清田先輩のそんな言葉に、メンバーも聴衆も秋風先輩と八代先輩に視線を集めた。

 予定していた流れではなかったのか、嬉しさを滲ませつつも少し驚いた様子だ。


「ということで……どうぞ、吹先輩から。ありがてぇお言葉を一言」


 かなり無茶な流れだが、三年生にとって最後の夏合宿に、花を持たせたいという気持ちからだろう。

 清田先輩がマイクを持って秋風先輩の元へ行き、


「そうね~。じゃぁちょっとだけ~」


 メンバーそれぞれを、そして次は聴衆をぐるっと見渡し、


「ふふ、今日のライブは一生の宝物ね~」


 シンプルながらも部活愛に溢れた、穏やかに心に響く言葉だった。


「皆大好きだよ~」


 ありがてぇと呟きながら膝から崩れ落ちる人が出てしまう程である。

 

「うわ~ほら見てよ奏~。あの辺何人かありがた死してる~。ぱしゃり」

「クフッ……あ、ありがた死って……も、もうこれ以上笑わせないで」


 ちなみに冬川先輩は、MCが始まって以降お腹と口を押えるのに必死で、両手がふさがり身をよじるほかなく、カメラは巴先輩に託している。

 可愛いもの好き×笑い上戸の冬川先輩には、児相のライブはまさに天国と地獄だ。

 

 清田先輩がお礼を述べて、次は八代先輩へ。


「では所長……」

「……私もやんなきゃダメ?」

「バンマスなんですから!」


 意外とシャイな一面を悟られないようにそう言うも……。


「ふふ、やっちゃん逃げちゃダメよ~」


 女神が流れを援護した。

 観念したかのように、向けられたマイクに応えた。


「あー……そうだね。まずごめん皆。藍については責任感じてる」


 監督責任からは逃げない姿勢である。

 まさかの謝罪会見に笑いが起きるが、冗談と八代先輩は仕切り直した。


「そうだなぁ……皆楽しい?」


 皆で「楽しい」と一斉に答えを返す。

 それは部員全員の心からの言葉で、空気がビリビリ鳴るようなほどの大反響だった。

 一切裏表のないプラスの感情を一身に受けて、八代先輩は一点の曇りのない笑顔を見せた。


「そっか。私はそれが一番嬉しいかな!」


 そしてそれは間違いなく、ここまでのライブで最大級の輝きを放った。


「や・し・ろ! や・し・ろ!」


 ……まさかの八代コールを引き起こす程だった。 


 カリスマと呼ぶにふさわしい八代先輩にも、ここまでは流石に予想外だったんだろう。

 少し照れるようにぽりぽりと頬をかき、


「……アハハ、本当に嬉しいな」


 ……マイクが拾ってるのに気づいてなかったのか、漏れ出た本音が会場に聞こえる。

一同に衝撃が走り、狂乱していた全員が目を丸くした。

 注目を一身に受け、八代先輩も目を丸くして、すぐさま照れ隠しに顔を背ける。


「……聞かなかったことにして。はい、藍。あとよろしく」

「……え? あ、ハイ、合点」


 ヤバい、過去最高の八代ムーヴメントが起きる予感しかない。

 

「え~、わたくし藍ちゃん、非常にビックリしております……まさか一番可愛いのがヤッシーさんだなんて!」


 清田先輩がそう言うと、堰を切ったように再び八代コールが起きる。


「ヤッシーさん全部持って行っちゃったな! ではこのままのテンションで行っちゃいましょう!!」


 清田先輩がMCを閉め、八代先輩が恥ずかしさを滲ませながらもメンバーに合図をかける。

 バンジョーを模したギターの音が鳴ると、観衆の熱を過熱させた。

 八代コールが続く中始まったの曲は、aikoの『ボーイフレンド』。

 ここにきてこれが聴けるなんて、最高過ぎて言葉が見つからない。


 イントロの間に、再び清田先輩が八代先輩の元へマイクを持っていく。


「やっぱり最後はヤッシーさん! 皆にもう一言どうぞ!」

「アハハ! 皆! 児相は後二曲で終わりだけど、軽音学部夏合宿ライブ、最後まで盛り上がっていこうね!」


 八代先輩自ら添えた最高の華に、皆全身全霊を持って応えた。

 Aメロから大合唱、Bメロには手拍子が響き、サビは正に宴と言える大騒ぎ。

 演奏の上手い下手だとか、そんなものは最早どうでもよく、ただ全力で熱狂するほかなかった。

 完全に一体となった会場に、児相の面々は笑顔の中に感慨深さを覗かせていた。


 『ボーイフレンド』が終わってしまうと、次で本当に終わりかと、最後の曲へ向かう時には少し寂しさがあった。

 可愛さ爆発な序盤の選曲に、清田先輩の茶番MC、そして三年生二人の部活動への愛。

 夢のようなひと時は、ここにいる全員の心に深く刻み込まれた。


 ステージ上の静寂に応えるように観衆が少し落ち着くと、歌声のソロから曲は始まった。

 

 感動的なフィナーレをアツく彩る最後の曲は……このライブを誰よりも謳歌している児相に相応しい曲『ゆずれない願い』。

 知名度もそれなりなアニソンの枠を超えた名曲だが……ヒカミン泣いてるよ。

 しかし情緒ぶっ壊れ系アニヲタはさておき、華々しいホーンアレンジを施された名曲に、すぐさま一同のテンションは最高まで引き上げられた。


 実はこの曲を児相が演奏することは知っていた。

 月無先輩が選んだ曲で、アレンジの手間を引き受けてでもやりたかったんだそう。

 三年生の二人も、月無先輩がそれまであまり曲決めで曲を出さなかったのもあってか、喜んでオーケーしてくれたそうだ。


 月無先輩もこのライブ中はずっと、ありのままで青春を過ごす少女のような笑顔を見せていた。

 この曲を、このメンバーで出来ることが、この上なく幸せだと言っているようだ。

 ゲームでも使われていて物凄く好きな曲だそうだけど、児相でなければきっと演奏することは叶わなかっただろう。


 目が合うと一つニコッと笑ってくれたが、繋がった視線を切るタイミングが上手く計れず、月無先輩は照れを隠すように顔を逸らした。

 でもすぐにもう一度チラっと見てくるのは可愛すぎるからダメです。


 最後のサビが終わり、アウトロに名残惜しさを感じる中、八代先輩が言っていた言葉を思い出す。


 ――私が一番楽しんでるかな。そこは譲らない。


 児相のメンバーが紡ぐ音は、まさにその体現だった。

 三年生として後輩を導き、誰よりも部のことを考えて、誰よりも一番楽しんでいる人。

 自身も含めて、全員が部活動を謳歌できることを望んだ人。

 そんな八代先輩だからこそ、一緒にいる人も、それを見る人も、全員が100%素直な気持ちでいられる。


 ステージ上の八代先輩の方からは、こちら側はどう見えているんだろうか。

 それが八代先輩の願いが成就した光景であればいいと、心から思った。


――


 児相のライブが終わり、月無先輩の片付けを手伝い、廊下に出た。

 と言っても、月無先輩が他の人達に捕まってしまったので、自分ひとりである。

 若干不完全燃焼だが、人気者の月無先輩を独り占めするのもよくないかと、他の方々に機会を譲った。


 後でいっぱいお話しよ、なんて言ってくれたし、後々いくらでも時間は作れる。

 それにライブが良すぎて、今は感想を言語化できないくらいに語彙を失っている。

 どんな言葉に換えていこうかと整理する時間が取れたと思えば、これはこれでいいかもしれない。


 自販機で何か買うかと、ロビーの方まで歩いて来ると、ソファーに並んだ三つの後ろ姿。

 清水寺トリオが肩を並べている。

 すぐに片付け終わって三人で出て行ったのは見えたけど、こんなところにいたのか。

 労いの言葉の一つくらいはかけたいとそっちに向かうと、


「え」

「あ、白井お疲れー」


 水木先輩は普通にしているが、清田先輩は涙を流して、小寺先輩がそれを慰めるようにしていた。

 邪魔しちゃっただろうか。


「気にしないで大丈夫だから」

「あ、はい……」


 ひとまず視界から消えた方がいいかと思って、ロビーではなく地下スタジオ階の自販機へ向かう。


 一体どうしたんだろう。

 ライブの出来に悔し涙を流す人は、実はさっきも見かけたりしたが、あれだけ素晴らしいライブをやった後の涙にどんな意味があるのか。

 ……MCは見方によっては反省点かもだが、アレはアレで個人的には大成功に見えた。


「そういえば清田先輩ココア好きだったな。皆の分も買って行こう」


 言葉はかけづらいけど、パッと差し入れして労うくらいはいいか。

 ロビー階に戻ると、少し落ち着いた様子の三人がいた。


「あれ、白井それ」

「差し入れというか。お疲れ様でした」

「ありがとう。気が利くね~あんた」

「ハハ、八代先輩に倣いまして」


 しかし先程まで泣いていた女性に、不躾に視線をやるのも悪い。

 水木先輩にそれを渡し、退散しようとすると。


「白井君ありがとうな」


 清田先輩がそう言った。


「あ、いえ。ライブ本当に素晴らしかったのでこれくらいはさせてください」

「アハハ、そうじゃなくって、春バンが上手く行ってなかったら、児相もなかったからな!」


 清田先輩は少し腫れた目で笑顔を作った。

 春バンドの『清水の社』は、いわば児相の前身、というかほぼ同じメンバーである。

 あのバンドだって、新入生を入れた一発目のバンドなのに本当にいいバンドだったし、清田先輩の言葉に確かにと思う部分はあるが……


「俺が礼を言われることは……」

「……白井君も結構素直じゃない」

「ハハ、折角藍が珍しく素直になってるのにね」

「むぅ……後輩って立場だと何かと認めづらいんですよ……こちらこそありがとうございます。本当に」

 

 自分の影響を受けて、トリオはバンドに熱心になった、そんな話は聞いた。

 春バンドの途中から、自分もそれは目の当たりにした。

 練習量だけでなく、人に教わったり試行錯誤したりと、改善するために尽力していたのもよく知っている。


「ウチら、あんまり練習してなかったからねぇ」


 そこまで熱心に頑張らなくても、最低限やっていれば、八代先輩はそれでいいと考えたと思う。

 それでも楽しい部活動生活にはなったと思う。


「……ヤッシーさんに甘えてた」


 ……そしてで終わるんだと思う。

 多分、人を引き付ける魅力なんかとは無縁の過ごし方だ。

 だからこそ、上から目線のようで失礼かとも思うが、トリオの変わり様が眩しく映った。


 自分は実際に三人に対して何かをしたわけじゃないし、今日のライブは紛れもなく本人たちの努力の結果だったけど、そのきっかけの一つには慣れていたんだろう。

 

「でも何より八代先輩に感謝ですよね。俺も今のバンド二つとも、八代先輩の春バンなかったら絶対組めてなかったですし」


 やっぱりむず痒いので感謝の方向を少し逸らそう。

 トリオにとってはこっちの方が大事だろうし、自分にしても同じだ。

 全てのきっかけは月無先輩でも、八代先輩が導いてくれたからこそ今がある。


「当たり前だろ自惚れんな」

「何だコイツ」

「おぉ? 先輩だぞ!」


 いつもの暴君に戻ったが、この人はこっちの方が安心するにはする。

 もしかしたら気を遣ってわざとこうしてくれたのかもしれない。

 その証拠に、話しかけづらい空気もすっかりなくなっていた。


「アハハ、藍はヤッシーさん本当に大好きだから。さっき泣いてたのもそうだし」

「あ、そういうことか。こっちも感動するくらい最高でしたよほんと」


 トリオからすれば、八代先輩は救ってくれた恩人のようなもの。

 しっかり報いることができたのは、ライブでの反響が証明した。

 きっとそれが嬉しくて、あるいはそれに安心して、涙が流れてしまったんだろう。


「そっかー感動しちゃったかー。でも惚れてもいいけど私は相手にしないからヨロシク」

「俺も事故物件は遠慮したいんでヨロシク」


 誰が惚れるかこのアホ。


「ぐぬぬ……返しがどんどんうまくなってやがる。褒めてやる」

「白井、完全に藍の扱い方マスターしたね」

「反射神経が重要だなって気づきました」

「……A-スポーツ?」

「アハハ、藍ちゃんスポーツだな!」

「アホのAだろ」

はじめ貴様ァーーー!」

 

 八代先輩がいなかったら、トリオとこんな風に楽しく話せることもなかったと思う。

 月無先輩も、トリオと音楽仲間としてわだかまりなく過ごすことは出来なかったかもしれない。

 軽音学部という輪の至る所で、八代先輩の想いが上手く作用している証だ。


「でも本当に児相に加担できてよかった~」

「闇組織みたいな言い方やめろ」

「……ふふ、末端構成員だけどね私達」


 三人が今の環境にどれだけ感謝しているのかはよくわかる。

 でも、小寺先輩はそんなつもりで言ったんじゃないだろうけど、それは違う。


「聴いてた人全員、トリオがいるからこその児相だったと思ってますよ。MCもめっちゃ面白かったですし」


 決して末端やオマケのようなものではなく、全員が中心だからこその児相だ。

 他の人だったとしても素晴らしいバンドになったのは間違いないけど、今日最高の演奏をした児相には絶対になれない。

 誰の目から見ても、軽音学部において児相が一つの理想のバンドであることは明白だった。


「ハッ、出たよ天然たらし発言。くっさ」


 コイツ……。


「あんた褒められなれてなさすぎでしょ」

「……ツンが全力すぎる」


 とはいえ、清田先輩の反撃ツンは友好の証のようなもの……な気もする。

 デレを見たことは未だかつてないが。


「後ははしゃぐだけだな! 気が楽だ!」


 やり切った清々しい表情で清田先輩がそう言うと、水木先輩達も同じ気持ちが顔に浮かんだ。

 笑顔は三者三様でも、心は供にあるように見えた。

 ライブMCでは不服だなんて言っていたけど、結局のところ清水寺は以心伝心か。


「まー白井君、ZENZAもすっごいよかったけどトリのバンド頑張りたまえよ」

「何で上からなのあんた」

「……傲岸不遜」

「ハハ、ぜひ楽しんでください。最前列で。……あ、やっぱ清田先輩は最前列以外で」

「ゼロ距離で見てやるから覚悟しとけよ」


 全力で楽しませてもらった何よりのお返しは、全力で楽しんでもらうこと。

 そして何より、自分自身が一番楽しむこと。

 自分だって、ZENZAでそれがどれほど素晴らしいことかは身をもって知った。

 だからこそ、トリオの気持ちがよくわかるし、こうして仲間として対等に話が出来る。


 期待してくれる人達全員に応えて、最後にはやりきったと心から思える未来。

 それが待っているのかと思えば、トリの巴☆すぺくたくるずで演奏することに不安や懸念などはまるでなく、今はただひたすらに楽しみでしかたがなかった。






 隠しトラック

 ――幸せの代償 ~冬川、巴、ライブ会場にて~


「……奏立てる?」

「……腹筋痛い」

「そこまでか~」

「……本当に痛い」

「ま~藍ちゃん面白過ぎたもんね~」

「あれはMCじゃない……」

「完全にコントだったね~。私的にはアリだけど~」

「……アリだけどお腹痛い」

「クールな奏をここまで追い込むとは~」

「もうクール辞める……」

「そこまでか~」


 八代登場


「え、奏どうしたの。大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ~。こーむだうんふぁ〇きんが~いず」

「ブフッ」

「あ、笑い過ぎただけか。安心した」

「うん……フッ……ククッ……立てないだけ」

「藍ちゃんに完全に腹筋ぶっ壊された~」

「あ~私が好きにしていいよって言ったから。なんかゴメン」

「……ブフッ……面白かった」

「これ一応大喜びだから~」

「あ、そうなの……こんなになるんだね」

「うん。ここまでは久しぶり~」

「本当に立てなくなるんだね……担架持ってこようか?」

「ブフッ」


「あ、ヤッシーまじ可愛かったよ~」

「……ほんとやめて」

「い、本当に……ハァ……ハァ……可愛かった」

「ほら奏もお腹痛いのに頑張って言ってる~」

「変態みたいなんだけど」

「ブフッ」

「……もう何言っても吹き出すじゃん」

「こうなった奏はもうダメ~」

「箸が転んでもってヤツか」

「そんでこういう時にこういう写真見せると~……」

「あ、スーとなっちゃん。これ可愛かったでしょ」

「最高だった~。……はい奏これ」

「はーーー!!!!」

「……あ、両手ふさがるからともがカメラ持ってたのね」


「……しかし本当に帰ってこないね」

「しばらく思い出し笑いの波と戦ってると思う~」

「私としては奏が一番面白いんだけど」

「しっ、それは言っちゃだめ~」

「あ、ごめんクールキャラだもんね」

「そうそう~」

「二人とも他人事だと思って……」

「お~戻って来たか~。あっち行って楽な体勢になろ~」

「……うん。よりかかりたい」

「藍のライブ見続けたら引退するころには腹筋ムキムキになってるんじゃない?」

「それはヤダ……」

「お~。クールキャラ辞めて筋肉キャラになるか~」

「それはヤダ!」

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