ライブ② 秘めたるもの

 自分の出番が終わり、一つ、また一つと演奏が続いていく。

 ZENZA BOYSで醍醐味に浸った至福の時間、そしてバンドマンになれたような実感。

 そんな余韻に耽るばかりではなく、今度は聴衆の輪で熱狂する。


 躍らせる側として全うしたという自信のおかげか、踊らされる側として遠慮なく楽しめる。

 中途半端に悔いが残れば、こんな思いは出来なかっただろう。

 

 四つ目のバンドが終わり、バンド転換の際に会場を出る。

 ライブ中の最前列は男衆で溢れかえっていて、熱気も比喩じゃなく半端じゃないのでクールダウンが必要だ。

 すると、秋風先輩と春原先輩の姿が見えた。

 二人はのんびりぬいぐるみモード、なんとも癒される光景である。

 演奏直後のバンド転換休憩は廊下に一旦出る人も多く、そんな人たちから写真を撮られまくっているが、二人は慣れた模様だ。


「しろちゃんお疲れ~」


 声をかけてくれたので、自分も立ったまま会話に参加する。


「ふふ、しろちゃんのバンドとってもよかったわよ~」

「あ、ありがとうございます」

 

 労いの言葉を受け、喜びがこみ上げる。

 春原先輩もうんうんと頷いて、秋風先輩に同意してくれた。


「でも軽音って本当にレベル高いですよね。皆上手い……」

 

 少し気恥しく、そう話を逸らすと、春原先輩がそれに乗ってくれた。


「一年生も皆すごく上達してたね」

「ふふ、いいバンドばっかりね~」


 この二人が言うのであれば、本当にそうなんだろう。

 お褒めの言葉は一年ズへの土産話になりそうだ。


「あれ、そういえば夏井はどこ行ったんです?」

「なっちゃんは転換見てくって」

「あぁ、勉強ってことですね」

 

 次のバンドは草野先輩のバンドで、桜井先輩率いるホーン隊がいる。

 今ライブで初のホーンバンドなので、バンド転換の段取りなどを見て学んでいるのだろう。


「ふふ、次は一番前に行って応援しようね~」

「はい。……ふふ、ヨミ先輩のバンド楽しみ」


 女性陣は大抵後ろの方で観ているが、ホーン仲間の桜井先輩達は間近で応援しようということか。

 投票の上位候補でもあるし、自分も楽しむだけでなくしっかりと見て勉強せねば。


「噂をすれば……」


 春原先輩の視線の先には、桜井さくらいこよみ先輩。

 のんびりとした歩き方でこちらに向かってきた。


「お疲れ皆~」

「ふふ、よみちゃんお疲れ~」


 のんびり屋さんなオーラが秋風先輩達と同調し、ぽわぽわ空間が展開される。

 物静かで暢気な印象だったけど、本当に印象通りの方だ。

 秋風先輩とはバンドは違えどやはり仲が良く、春原先輩もとても懐いてる様子で、ぬいぐるみモード(桜井ver.)も見られた。


 ……でもいいのだろうか。


「あの、桜井先輩」

「ん~? あ、白井君! すっごいよかったよ」

「あ、ありがとうございます」


 話しかけるも、話を逸らされてしまう。

 折角褒めてもらえているところに、そんなことより、とは言いだしづらい。


「一バンド目からあんなによかったのって初めて。こう達も褒めてたよ」

「う、嬉しいですめっちゃ」


 この部活マイペースな人多いな……と思ったところでこちらの意図に春原先輩が気づいてくれたようだ。


「ヨミ先輩、転換まだですよね?」

「うん、まだだよ?」


 そう、この人、出順でじゅん次だからステージ準備が必要……つまりここにいるハズがないのである。


「……もう始まってません?」

「……?」

 

 何のことだろうと疑問符を浮かべる桜井先輩……話かみ合ってないなこれ。


「……次ですよ? ヨミ先輩のバンド」

「え、次の次だよ?」


 春原先輩が部員に送られてきた出順表を画面に表示し、見せると


「やっちゃった……」

「ふふ、行ってらっしゃい~」

「行ってきます」


 焦った様子の桜井先輩はたたっと会場に駆けて行った。


「草野先輩がドジっ子って言ってましたけど、本当にそうなんですね……」

「うん。だいぶ天然入ってるよ」

「これでずっこけたりしたら完璧ですね」

「うふふ、完璧ね~」


 そんな会話をしつつその背中を見守っていると、ずっこけはしなかったが、


「……もっと高度なことしてるわね~」


 ……防音扉が開かずにガッガッてなってる。


「……もともと開いてたのに閉めてますよねアレ」

「まだ。ヨミ先輩はこんなもんじゃない」


 手を放して不思議そうにして……


「何か閃いたみたいね~」


 ……今度は全体重をかけて押したり引いたり。

 違う違う、そうじゃない。


 そして内側から扉が開いて、出てきた細野先輩に体勢を崩しながらそのまま突っ込み、


「間一髪ね~」

「細野さんぐっじょぶ」


 あわや大転倒というところで両脇を細野先輩がなんとか支え……そのままずるずると引きずられていった。

 ものすごく悲壮な目で「見ないで」って訴えかけてきたが……会場前の廊下には、一部始終を見ていた人の爆笑が巻き起こるのだった。


「……もしかしなくても桜井先輩ってめっちゃ面白い人です?」

「喜劇王って言われてるよ」


 ――


 喜劇王の一幕でなんとも気が抜けたが、上位候補の実力をしっかり見ねばと最前列に繰り出す。

 このバンドは草野先輩が弾き語りで鍵盤とボーカルを兼任するので、鍵盤はステージ中央だ。

 そしてその目の前には既に月無先輩と巴先輩が陣取っていた。


「お、白井君も来たな~。本職の鍵盤二人でこうにぷれっしゃーかけてやれ~」

「皆でガン見しようガン見!」

「タチ悪すぎでしょう……」


 自分はともかく、鍵盤とボーカルのトップ二人にそうされたら重圧もすごそうだ。

 とはいえ、実際二人にそんな気は全然なく、草野先輩のライブを間近で見たいというだけだろう。

 月無先輩は再び仲良くなれた大好きな先輩として、巴先輩は認め合う仲間として、二人の笑顔がその気持ちを物語っている。

 

 ステージ上の草野先輩はそんなお茶目な二人のプレッシャーなど意にも……


「本当に緊張するからアンタら後ろ行ってよ……」


 介しまくっていた。


「え~やだやだ~」

「やだやだー!」


 テンション高いなぁ……。

 でも草野先輩も、そんな様子にクスッと笑って、むしろリラックスできたようだ。

 ある種激励のようなもので、ただ楽しみで仕方がない、そんな気持ちが溢れた視線は、緊張を誘うようなものではなかった。

 

 いよいよと一旦ステージ証明が落ち……草野先輩にスポットライトが当たり、ピアノのフレーズから曲は始まった。

 超有名なAlicia Keysの曲なので自分でもわかった。

 一曲目からしっとり系なんて、ライブのセットリスト的にはある意味大胆だ。

 絶対に聴かせるという前提と自負の元に成り立つ、実力者にしか許されない選曲だろう。

 そしてそれは早々に証明され、大人な雰囲気とステージ演出、何よりその演奏に一気に惹かれてしまった。


 ここまで見たバンドよりも一次元上の上手さなのは明白だった。

 ゆったりとしたリズムの中でそれぞれの音が完璧に調和して、弾き語りスタイルの歌声が会場に響き渡った。

 曲の終わりの静寂は、万雷ばんらいの拍手と歓声ですぐに打ち破られた。

 

 そして二曲、三曲と続き、酔いしれるような感覚で時間が過ぎて行った。

 全力で踊って楽しんださっきまでとは打って変わって、否応なしに

 一つのミスも許されないような、張り詰めた本気の気迫、それをまざまざと見せつけられた。

 本当にすごい。自分にここまでのことができるだろうか。

 

「あぁー緊張する」


 曲間のMCで草野先輩が思いっきり気の抜ける言葉を発すると、笑いが起きた。


ねぇさんカッケェっす!」

「あ? あ、ありがと」


 男子勢からの賞賛にもがっつり素の対応である。

 ここまでを見る感じ、MCは笑いが取れればいいという感じなのでこれはこれでアリの模様。


「いやなんか気の利いたこと喋れよ……」


 ギターの細野先輩がたまらず釘を刺すも……


「えーじゃぁアンタがやってよ」

「俺かよ!?」


 まさかのMC放棄である。

 やれやれと細野先輩がステージ中央に歩を進めると、


「ひっこめー!」

「姐さんに喋らせろー!」


 ブーイングエグい。


「敗北者―!」


 あだ名ひど過ぎて笑う。

 ……まぁウケ自体はめっちゃとれてるからある意味大成功だなこのMC。

 

 そんなこんなで、先ほどまでの演奏が嘘かと思うようなグダグダMCを閉じて、次の曲へ。

 今度は軽快なノリのナンバーで、待ってましたと言わんばかりに皆も体を動かして応えた。

 ブラック音楽の、早すぎず遅すぎずな心地よいリズムに身を委ね、鳴る音の全てを堪能していく。

 

 そして盛り上がりの醒めないうちに最後の曲と、段階的に上げていくように、草野先輩のバンドは見事にライブを作り切った。

 喜劇王の一幕やMCのグダグダ感とは全く違う、真剣そのものと言える演奏中の姿は、音楽に真摯な姿に違いなく、上位を目指す人たちの思いが十全に伝わるような素晴らしいものだった。

 春の代表バンドの方々が図抜け過ぎていて麻痺していたが、軽音学部が元々ハイレベルで実力者の多い部活であることを思い出させられた。


 ――


 次のバンドへの転換作業中、土橋先輩とともに会場外の廊下で立ち話。


「なんか追い出されてたなお前」

「……すいません何か巻き込んで」

「ハハ、徹底してるんだろ?」


 何と言っても次のバンドは月無先輩のバンド、ヤッシー児童相談所。

 「ネタバレ防止! じゃ~、あ、土橋さん! 白井君と時間潰しお願いします!」とのこと。

 本番が始まるまで鉄壁のガードだ。

 自分の隣にいたからといって土橋先輩を使うあたり、大物というかなんというか。


「本当にすごかったですね草野先輩のバンド」

「……そうだな。ハハ、プレッシャーでも感じてるのか?」


 感想戦を話題に振ると、土橋先輩がそう返した。


「俺にここまで出来るのかとは思いましたけど……プレッシャーというよりは、何と言うんでしょう、気概が違うのかなって」

「……?」


 伝わりづらい言い方になってしまったので、少し自分でも整理してみる。


「目指してるものが違うというか、あ、やりたいことが違うって感じでしょうか」

「……そうかもな」


 なんとなく感じたスタンスの違い。

 グラフェスを意識したブラック音楽主軸の選曲に、という姿勢、草野先輩達三年生の真剣な眼差しに垣間見えたもの。

 ZENZAにしても、巴☆すぺくたくるずにしても、重きを置いている部分は違うと思う。


「草野達は自分の力でグラフェス出たいって思ってるからな」

「あ、やっぱり……そうなんですね」


 察してくれたようで、回答を示してくれた。

 一位を目指すという目標は同じかもしれないが、そこは決定的に違う。

 合宿ライブ一位が代表バンドになるというのは流れとしては当然だけど、少なくとも巴☆すぺくたくるずでグラフェスが話題に上がったことはない。


「草野と桜井が春のグラフェス辞退してるのは知ってるか?」

「あ、聞いたことあります。ちょっとですけど」


 草野先輩、桜井先輩、の二人は、春の代表バンド選出にあたって候補を自ら辞退したとのこと。

 ツインボーカルという選択もあったし、ホーンだって四人でやればいいし、実際に出ようと思えば出られる立場にあった。

 ストイックな人が多い部活だし、実力不足とでも考えたんだろうか。


「自分に納得できなかったみたいな感じですか?」

「多分そうだろう、特に草野は。夏バン決める時も、春の代表バンドの誰にも声かけてないからな。自分達の力でって思ってるんだと思うぞ」

「はぁ……理由は前に少し聞いたことがあったんですけど、正直、辞退するほどなのかなって思ってました。そういうことだったんですね」


 そのころから決めていたんだろう。

 皆に納得させ、そして何より自分達が納得できる形でグラフェスに出る、と。

 軽音学部は春の代表バンドだけじゃない、そう言わしめると。


「じゃぁめぐるさんに声かけておけばよかったってこの前言ってましたけど、それも……」

「言ってるだけだぞ思うぞ。本当に組みたかったら声かけくらいはするだろ」

「確かに……というか妥協で出来るもんじゃないですしね、弾き語りとか」


 鍵盤のアテがないから仕方なくやった、草野先輩本人はそんな言い方だったけど、そんなモチベーションじゃあのクオリティに達するわけがない。

 なんだかんだ言いつつも、最初から弾き語りでやることは決まってたんだろう。

 部内トップクラスの実力者がいれば一位は取りやすいが、草野先輩にはそれに頼るような考えはなかったということだ。


「そういえば細野先輩も辞退したんですか? そこだけ聞いたことないです」

「それは……俺の口からは言えん」

「ほぼ答え言ってますよねそれ」

「……ブラックやるなら氷上の方が普通に上手い」

「言っちゃうんですね」


 とはいえ、ギターの技量そのものに明確な優劣があるとは思えない。

 今日は正にそのブラック音楽を演奏していたけど、遜色などまるで感じないほどに上手かった。


「……今の話聞いてなおさら思ったんですけど、あだ名めっちゃひどくないです?」

「あぁ、あれ自分から言ってるからな。そういう奴なんだよ」

「何か俺の中で細野先輩像がどんどん悲しい方向に向かってるんですが」

「それで合ってる」


 合ってるそう。

 でも、自ら発信するのは、周りの人に気を遣わせないためだったりするんだろう。

 同バンドの後輩にイジられてはいるが、ナメられているわけではなくしっかりと尊敬と信頼がある。

 あれはあれで理想の先輩像に違いなくて、本気でついていこうと思えるような人だからこそ、バンドもあそこまで仕上がったんだろう。


「でもなんというか、今の話聞いて余計に……すごい人達だなって思いました」

「そうだな……俺もそう思った」


 本気で一位を目指す人たちが心血を注ぎこんだその先、そんなライブだった。

 代表バンドであった土橋先輩でもそう思うんだから、草野先輩達の思いの丈と死に物狂いの努力は、見ていた全員が受け取ったと思う。

 

 しかしだからといって……


「気持ちで負けるつもりはないです」

「ほう」


 こちらにも同じように強く思うものがある。

 圧倒されてたじろいでなんかいられない、そう思ったからこそ、緊張するというよりもむしろ燃えるものがあった。


「だそうだぞ、草野」

「あ?」

「白井がお前らに負けるつもりはないだと」

「……へぇ?」

「……お、オツカレサマデス草野先輩」

 

 片付けが終わった草野先輩が自分の背後を通りかかったようだ。

 既にこぶしの届く距離である。


「ちゃんとこっち向きな」


 死にたくねぇです。


「ハハ、本気でビビってるぞ」

「乗った方が面白そうだった」

「あ、冗談だったんですね……よかった」

「いい度胸してんなとは思ったけど」


 冗談じゃないじゃん。


「でもその方が張り合いあっていいけどね。アンタ川添に勝手にライバル認定されてるし」

「え、そうなんです?」

「うん。白井にだけは負けたくないってさ」


 どう受け取ればいいのだろうかとも思ったが、自分も今回のライブを見て負けられないとは思った。

 同じ一年同士で競い合うなんて考えもしなかったが……先輩達に報いるという共通意識が、それに繋がるのも自然なことか。


「俺もたまにあいつに教えてるが、いつも言ってるぞ」

「あ、そうなんですね……なんて言ってるんです?」

「白井だけは絶対潰す」

「それ確実に違う理由ですね」


 でも、自分をライバル関係に見てくれるというのは、それだけ認めてくれているということだし、ある種光栄なことかもしれない。


「でもま~アレっしょ、白井は同学年眼中にないでしょ」

「え? いやそんなことはないですが」

「めぐるしか見てないじゃん」

「ぐ……そうかもですけど、今日は本当に負けられないって思いましたよ。川添あんなに上手いのかって思いましたし」


 確かに目標の人は常に月無先輩で、同輩同士のライバル関係は思いもしなかったのは事実ではあるが。


「アハハ、言っておくよ。喜ぶんじゃないかな」

「喜ぶだろうな。白井のこと絶対振り向かせてやるとか言ってたぞ」

「恋かな」


 草野先輩は少し嬉しそうに続けた。


田淵たぶっちゃんもそうだけど、な~んかうちのバンド、皆そんな感じなんだよね。その分頑張ってくれるのは助かるけど」


 田淵は桜井先輩を部内一位のホーンリーダーにしたいし、細野先輩は真っ向勝負で氷上先輩に勝ちたい、それぞれ打倒目標を明確にもっているんだろう。


 でも、飄々とした様子の草野先輩こそが、


「一番そう思ってるくせにな」

「あ? あ~……どうだろうね」


 巴先輩に勝ちたいと、本気で思っているに違いない。

 そのために、普通の何倍も練習が必要になる弾き語りスタイルを磨き上げたんだろうと思う。


「まぁ巴もそういうタイプじゃないしね」


 ……巴先輩の名前を自ら出した時点で認めているようなもんだと思うが。


 でも巴先輩ってそうなんだろうか。

 順位や勝ち負けに拘るタイプではないと思っていたけど、特に合宿に来てからはそうでもない気がする。

 ただ楽しみたいと言っていたけど、一位を取りたいとも言った。

 理由はどうあれ、その思いの強さと秘めた熱さは本物だと思う。


「ハハ、意外とそうでもないかもしれないぞ」

「ほーそれは楽しみだ」


 それじゃ、と草野先輩は去っていった。

 去り際に見せた笑顔は、そうじゃないと張り合いがないと言っているようだった。

 

「思うんですけど、俺の知ってる巴さんと、皆が知ってる巴さんって結構違うんです?」


 変わったなんて話をよく耳にするし、どんな人だったかもある程度知ってはいるが実際に見たわけじゃない。

 巴先輩を良く知る人とそれ以外では結構印象が違う気がする。

 二年男子の岸田先輩もよくわからんとか言っていたし、巴先輩ってどういう人として認識されているんだろう。


「まぁ結構違うと思うぞ。関わりない奴は以前の印象のままだろ」

「実力主義的なアレですか? 冬川先輩言ってました」

「まぁそうだな……というかほぼ全員眼中にない感じだな」

「……えぇ?」


 そんなに極端な感じだったのか。

 草野先輩の実力は認めているし、古賀や椎名を褒めてくれたのを見れば、他人を見下すような人じゃないのはわかるが。


「一位取るのは当たり前みたいな感じだったからな。それでサボりもしないからずっとトップなんだが」

「あそっか……ずっと代表バンドらしいですもんね」

「プライドだけでやってる感じもしたな」


 要するに、トップが確定しているから誰かと張り合うも何もない、と。

 完璧な実力者としての自身だけを目指していたんだろう。

 切磋琢磨ではなく自己研鑽に没頭し、軽音学部の歌姫たる者として。


「だからかは知らんが熱量みたいなものは……なかったわけじゃないが少し違うな」

「あ、ハングリー精神的な奴がないって感じですか?」

「そうそれだ。……まぁ俺も人のことは全く言えないが」

「土橋先輩もなんです?」

「一個上の代が下手だったから状況は同じだな。八代は上手いが」


 贔屓目無しに見れば、土橋先輩に比肩するドラムはいないわけだし、境遇は似ているか……。

 一位になりたいと思わなくても一位になれてしまう人、そういう人達だ。

 ハングリー精神とは無縁なのも仕方がないことだろう。


「今は違うっていうのも同じだけどな」


 そんな人たちが一位を取りたいと思って全力を出す、それがどれほどのことか。


「実際に巴、めちゃくちゃ上手くなってるしな」

「あ、やっぱりそうですよね……なんか練習のたびに驚かされる」


 そして日頃からそれを目の当たりにしているのも事実だ。

 夏前の巴先輩しか知らない人からしたら、あれ以上に上手くなるのかと驚くに違いない。


「あ、ふと思ったんですけど」

「どうした?」

「月無先輩じゃなくて俺のこと誘ったのって、確定一位じゃなくなるって理由もあったりしますかね?」


 二人が組んでしまえば、最強のバンドが出来上がってしまう。

 まさに、張り合いのない一位確定のバンドだ。

 それじゃ面白くないと思ったんじゃないだろうか。

 少々自虐的な考えだが、土橋先輩はフッと笑った。


「そんな理由じゃないってのは断言できるな」


 全然違ったようだ。


「自分をハンデみたいに思うのはやめておけ。巴が聞いたら多分怒るぞ」

「あ……確かにそう聞こえましたよね。すいません」


 期待に裏切るような考えを反省した。

 安心するような気持ちもあったが、やはり理由も気になるところである……。

 でも先程の話がそれを解き明かす一つでもあるような気もした。


 でも今は何にせよ、


「絶対一位取ろうって思いました」

「ハハ、俺もだ」


 夏合宿ライブの頂点に立つ、それこそが今の自分達が目指すもの。

 色んな人が内に秘めたもの、それが見えると自分の中でも熱くなるものを感じる。


 考えもしなかったライバルという存在。

 自分にだって川添のようにそう思ってくれる人がいるなら、全力をもってそれに応えて、そして勝ちたい。

 そんな風に思う出来事だった。




 隠しトラック

 ――令和の喜劇王 ~合宿場廊下にて~


「そういえばさっき桜井先輩がめっちゃ面白かったんですけど」

「あぁ喜劇王だからな」

「……部内認識なんですね」

「不思議なことじゃない。何があったんだ?」

「あの防音扉で~かくかくしかじかで~」

「ハハ、何でも小道具にするなあいつ」

「めっちゃ見ないでって目で訴えかけてきました」

「あー本人そんなつもりじゃ一切ないからな」

「本人からしたら喜劇っていうか悲劇ですよね」

「まぁだからこそそのギャップが面白いんだけどな。申し訳ないが面白い」

「笑っちゃいけないけどってのが一番面白いですからね」

「見てる側からしたらな」


「去年学園祭ライブの投票で面白い人一位とってるぞ桜井」

「マジか……アレですよね、『○○な人』みたいに飲み会で発表するヤツ」

「あぁ」

「すげぇ……面白いことしようとしてないのに一位って」

「ある意味巴とかよりすごいかもしれん」

「……努力ゼロで最強ってことですもんね」

「天才と天然は紙一重とか誰かが言ってたぞ」

「究極の才能ですね……自分も目の当たりにしたわけですが」

「一発で理解したろ」

「圧倒的ポテンシャルでした」


「一番惨めなのはヒビキだったな」

「……もう一人の敗北者」

「ハハ、いつも体張ってネタやってるのにな」

「血のにじむ努力が才能の前にひれ伏す場面ですね」

「勝とうとしなくても勝ててしまうからな。ああいうのを天才って言うんだとか言ってたぞ」

「転生者か何かですかね」

「ハハ。清田ですら勝てる気がしないらしいからな。あいつも相当なのに」

「マジか……でも清田先輩は何を目指してるんだ」

「それは誰にもわからん」

「あの人ハングリー精神ハンパなさそうですけど絶対変な方向向いてますよね」

「ただ飢えてるだけだからな」

「獣かな」


「MCも桜井に任せればよかったのにな」

「確かにそうですね。アレはアレで面白かったですけど」

「草野は草野で自分のことわかってるからな」

「曲がガチな分むしろ丁度よかった感じしますね」

「ハハ、そうだな。喜劇王のMCも見てみたいっちゃ見てみたいが」

「でも喜劇王ってチャップリンでしたっけ? 見たことないですけど、あんな感じなんですかね」

「俺も見たことないがそうなんじゃないか? 草野バンド皆で見て桜井がショック受けてたらしい」

「……身に覚えがある光景が広がってたんでしょうね」

「ちょっと調べてみるか……お、ハハ、これあいつらのバンド名だな」

「あ……『殺人狂時代』。これ見たんでしょうね」

「名言……深いな」

「……カッコいい」

「ハハ、まさに桜井この通りだな」

「どれです? えっと……ブフッ」


――人生はクローズアップで見ると悲劇だが、ワイドショットで見ると喜劇である。

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