ライブ① バンドマンへ

 九月中旬 軽音学部合宿場 ライブ会場。


 設営とリハーサルが終り、時刻は午後5時前。

 合宿場の宴会場、もといライブ会場には部員の一同が会している。

 緊張を口にする人、期待を口にする人、雑談に興じる人、部屋の隅で楽器を弾く人。

 時間の過ごし方はそれぞれだけど、そのどれもが、これから始まる宴に対する気持ちを露わにしている。


「今ここにあるものの総額考えると震えるね」

「……めぐるさん結構どうでもいいこと考えてますね」


 部屋の脇には各部員の楽器が並び、PA卓やステージセットも高価なものばかり。

 確かにそれはそうである。

 二人でステージに目を向けて、始まるまでの時間を過ごす。


「フフ、リハどうだった?」

「そうですね……これ通りにできればってくらいには上手くいったと思います」

「そっか。なら大丈夫だね!」


 自分も月無先輩もリハーサルのあるバンドだったが、ネタバレ防止のため、双方見ないようにしていた。

 

「でも藍ちゃんが白井君のとこめっちゃいいって言ってたよ。ZENZA!」

「あ、そりゃ嬉しいですね……」


 リハの様子を見ている人も多く、清水寺はリハの時点で楽しんでいた。

 野次なのか声援なのかわからなかったけど、清田先輩がちょくちょくイジってくれてリラックスできたのも事実だ。


「曲のこと言いそうになったから耳塞いでアッーって叫んじゃったけど」

「ヤバい子じゃん」


 互いの演奏する曲は何曲か知っていても、全ては知らない。

 ちょくちょく練習を覗くことはあっても、それは防音扉の前までで、楽しみは本番までとっておいた。

 自分も月無先輩も、その分ライブへの期待は高まっている。

 それにZENZAの方では、きっと月無先輩が驚く隠し玉もある。


「でもアレですね……」

「ん?」


 全員の前で、自分の演奏を聴かせる。

 居並ぶ部員に目を向けると、改めてそれが大層なことのようにも思えた。


「ハハ、今になってちょっとだけ緊張して来ました」


 毎日欠かさず目的を持って練習し、出来ることは多分全てした。

 自分はどれだけやれるのだろうか。


「フフ、まだライブ二回目だもんね」

「めぐるさんはどうでした? 去年の時」


 去年の時点で実力はトップクラス、そんな人はこの時間をどう過ごしていたのだろう。


「そりゃあ緊張したよ~。上手くやらなきゃとか思ったし」

「めぐるさんでもそうなんですね」

「うん。でも吹先輩がほぐしてくれたかなぁ。全然大丈夫だった!」

「ハハ、ぬいぐるみモードですか?」


 癒しの極致たる秋風先輩がいれば、緊張も否応なしにけてしまいそうなものだ。

 そしてライブの宴の開始を告げるように、ステージ照明が一度落とされる。


「白井君にもやったげよっか」

「……え!? いやいや」

「フフ、ぬいぐるみモードじゃないって。手出して」

「手? はい」

「こうしてくれた」


 自分の両手を合わさせて、それを包むようにしてくれた。

 

「フフ、頑張ってね!」


 暗くなったとはいえ周りの目があったので一瞬だったが、それでも心は落ち着いた。

 頑張って、ただそれだけの言葉。

 でも、自分のことをしっかりと見てくれていたからこその言葉。

 自分は月無先輩がかけてくれるこの言葉が好きだ。


「……見ていてください」


 こっぱずかしくてそれしか言えなかったけど、それこそが本気の想いだった。


「熱いね~あんたら」

「や、ヤッシー先輩おつです!」


 他の人の目にはあまり留まっていなかったようだが、八代先輩にはロックオンされていた模様。

 ほんとわかりやすく動揺するな月無先輩。こっちはもう慣れたぞ。


「アハハ。ステージ行くよ~って呼びに来たらいいもん見ちゃった」

「さ、最後に師匠からの助言をですね! ほらほら白井君もう行かなきゃ!」

「ハハ、はいはい。イッ!」


 恥ずかしまぎれ背中バーンに見送られ、ステージへと向かった。

 締まり切らないいつものやりとりだったけど、緊張はすっかりなくなっていた。


 ステージに上がり鍵盤の前に行く。

 たかだか数10センチの高さの舞台が、演奏者と聴衆という立場を分けた。

 月無先輩と目が合うと、頑張ってともう一度言ってくれた。

 暗くても距離があっても、音としては聞こえなくても、そう言ってくれたのはハッキリとわかった。

 

 始まるのだ。

 様々な想いが交差する、軽音学部最大のイベント。その一つが。

 舞台上にバンドメンバーが揃うと、ヒビキ部長がマイクを取る。


「いねぇヤツいねぇな!? ……いよいよ始めるぞ……軽音学部夏合宿ライブ!!」


 開催を告げると、部員全員が負けじと声を張った。

 このイベントへの期待が怒号のように噴火した。


「フッ。まぁ俺が出張っても面白くねぇわな。一発目のうちのバンドのボーカルに任せるとしよう」

「……え、俺すか?」


 ……打ち合わせになかったぞこの流れ。

 めっちゃ面食らってんじゃん。

 何があっても即座に曲に入れるようにしとけとは言われていたが。

 

「じゃぁそうっすね……長く喋ってもしょうがないんで……というか……待ちきれないよなぁ!」


 椎名の煽りに呼応して、大歓声が巻き起こる。


「早く聴き狂いたいよなぁ!」


 おぉ……やっぱこいつフロントマンのセンスあるかもしれん。


「全バンド喰わせてもらうんで、よろしく!!」


 騒ぎ立てる聴衆に背中を向け、八代先輩に合図を送り、カウントが入り曲に入る。

 間髪入れない流れでも、まるで最初から決まっていたかのように完璧に音が合致した。

 

 収まりきらぬ熱気の中、始めた曲は『Gold finger 99』。

 誰もが知っていて、誰もが盛り上がってしまう、あざとい程に夏の暑さを加速させる曲。

 初っ端からブチ上げるという目論見は大成功で、シンセサイザーで作ったブラスの音に、すぐさま大歓声があがった。


 前座と言わせず、夏合宿ライブを最初から最高のモノに持っていく。

 サビのコーラスに練習以上の熱がこもったのは、その想いが溢れたからだろう。

 部員全員が斉唱を以てそれに応えてくれたし、最前列の男衆の熱気は凄まじいものがある。

 手振りも合わせ、本当に会場全体が一体になったような気がした。


 曲が終わると色んな声が飛び交ったけど、そのどれもが喜ばしいものに違いなかった。

 密かにミスりまくったけど、そんなことはどうでもよくなる最高の出だしだった。


 感想を抱く時間は刹那に過ぎ去り、二曲目のイントロに入る。

 ここは自分のシンセサウンドからだ。

 シンフォニックな響きに、曲がわかった人から声が上がった。

 いつの間にか最前列に来ていた月無先輩と清田先輩もはしゃいでいる。


「ポォォーーーウ!!! ……で、めぐるちゃん、これ何の曲?」

「……ボンジョヴィだよ藍ちゃん。『Livin’ on a prayer』」


 ……イントロ静かだからって漫才始めないでください。

 ってか知らないのにあんだけ全力で声上げてたのかよ。


 でもそんな茶番がまたいい空気を作り、誰もが曲に没入し、サビのコーラスは再びの大斉唱となった。

 誰もが歌える、ある種参加型の選曲はこれ以上ない程に功を奏した。


「盛り上がってますかーーー!!」


 三曲目に入る前に、椎名がMCを入れる。

 言葉にならずとも、肯定の証として大歓声が返ってくる。


 さぁ好きに喋れと指示を受けている椎名はどんなMCをするのか。

 次の言葉を待つ聴衆をぐるりと見渡し……


「……ってか氷上さん怖いんすけど……最前列」

「……楽しんでいるぞ。最前列でな」


 すげぇとこイジるなお前。

 いや確かにあんだけ熱気に包まれた中でも、氷上先輩独りだけ吟味するような仕草で棒立ちだったけど。

 絵面が面白くて視界に入れないように必死だったけど。


「お前やはり歌上手いな」

「あ、あざす……一応ボーカルなんで」


 絶対ライブ中にあってはいけないやりとりだろこれ。

 めっちゃウケてるけど。


「椎名、氷上はライブ中でもこんなんだから慣れろ」

「あ~……了解っすヒビキさん。氷上の洗礼ってライブバージョンもあったんすね」


 機転を利かせた椎名の返しに爆笑が沸き起こった。

 まさかの後輩からのイジりだったが、氷上先輩はフッと満足そうな笑みを浮かべた。

 今日は無礼講、そんな場を上手いこと作り出した。


「アハハ、逆に言えば氷上動かしたらこっちの勝ちだね」

「なるほど……まぁ次の曲で一発っすね」

「……ほう」


 この感じで行くのか……!

 確かに次アニソンだしヒカミン演奏する曲知ってるけど!

 

「あんたの趣味は知ってんすよ! いつまで地蔵でいられるかな!」

「フハハ、動かして見せろ」

「来いよアニオタ!!!」


 すぐさまカウントが入り、クラッシュシンバルと弦楽器隊の音が……


「フォォォーーーーーー!!!!!」


 イントロ聞こえた瞬間ヒカミン即堕ちしててマジ笑う。


 ヒカミンが即堕ちした曲はペルソナ3のアニメ版OP曲『Breakin’ through』。

 図らずも氷上先輩アニオタを釣ったような形になったが、


「キャーーーー!!!」


 ペルソナ大好きな月無先輩も知っているに決まっている。

 感情に抗わず、その足は止められないと、歌詞を体現するように全力で楽しんでくれている。


 アップテンポな曲がもう一つ、そしてメジャーすぎない曲が一曲は欲しいと決めた曲。

 唯一、自分が曲決めで出した曲。

 曲が合致していると同時に、きっと喜んでもらえるだろうと。

 そんな選曲理由には色々と思うところはあったけど、バンドメンバーはすぐさま払拭してくれた。

 部長は「アニソンだろうが下心があろうがライブで成功しちまえば関係ねぇ」なんて言ってくれた。


 そしてそれを証明するように、氷上先輩や月無先輩以外も、感化されて熱狂の渦を作っていた。


「お前の……勝ちだ」


 曲が終わると全力を出し尽くした氷上先輩が、土橋先輩の肩を借りながらそう言った。

 ハイトーンで消耗した椎名も同じく息を整えている。


「ハァ……ハァ……アレっすね氷上さん……ざっこw」


 大先輩に草生やすな。

 しかし曲間のMCは大成功と言っていいウケ具合で、氷上先輩には感謝しかない。


「出番前に体力使い果たすなよお前」

「すまんな土橋……体は正直だった」


 ブラジリアン釘刺しでまたひと笑い起きて、次の曲。

 自分のピアノから始まる曲だ。

 

「じゃぁ氷上さん休ませてあげるためにも、次は少し落とし目の曲行きますか!」


 椎名が巧みに導線を作り、こちらに注目を集める。

 すかさず鍵盤に目をやり、誰とも目を合わせずに手を置く。

 ……没入してるフリでもしないと余計に緊張しちゃうからね。


 多少上がりそうになった息を整え、和音を奏でる。

 水を打ったように静まった会場に、ピアノの音色ねいろが響き渡ると、それに合わせて皆が揺らいでいるのが見えた。

 イントロの数秒間ではあっても、今この場で自分が主役になっている気がした。

 これこそがバンドの醍醐味かと、得難い感覚に酔い知れそうになる。


 サビの盛り上がりではテンションが上がって体全体が動いた。

 合図の必要のない曲なのにバンドメンバーとも目が合って一体感を共にした。

 本気で楽しんでいる人達の表情に、いつになく気持ちが高揚した。

 何か一つ、すごく大切なことがわかった気がした。


 そして名残惜しくも、最後の曲を迎えてしまう。


「皆さん最後の最後まで! このまま盛り上がっていきましょう!」


 ZENZA BOYS最後の曲、『日曜日よりの使者』。

 全員が一斉に音をかき鳴らし、会場内を一体にする。

 笑顔で迎える大団円といった具合に、知っている人も知らない人も、コーラスを合わせて全員で楽しんだ。


 終わった時の歓声や、バンドメンバーにかけられた幾重にも重なる声は、ZENZAが一つのバンドとしてやりきったことへの賞賛に聞こえた。

 身内ライブだからこその暖かさもあるだろうけど、トップバッターの重責は最高の形で全うできたと思う。


 そして一つだけ、大きく確信を持てたことがある。

 春バンドの時は、まだそこまで至っていなかったと思う。

 この醍醐味を味わい切れていなかった、そんな気さえする。


 自分の演奏が人を動かし、笑顔を作る、そんな演者としての喜び。 

 今日この日まで気づけなかった、予想を超えた最高の楽しみ。

 軽音学部夏合宿ライブ、自分はここで初めてライブのそれを実感した。

 まだ熱を持って少し震える両の手は、自分がバンドマンになれた証なのかもしれない。


 ――

 

 出番が終わるとバンドの転換作業に入り、休憩タイムでもある。

 ステージ前で立ち話をしている人もいれば、長テーブルでくつろいでいる人もいる。

 聞こえてくる声はZENZAのライブへの思い思いの感想が多く、会場の熱気は収まっても、皆のテンションは上がったままなのが嬉しい。


 本当にあっと言う間にZENZAの出番は終わってしまった。

 それでも、30分にも満たない演奏時間の中で得たものはどれだけ大きかっただろうか。

 部活、音楽、バンド、仲間達と共有する時間、その全ての醍醐味を一挙に味わってしまったのだ。


「フフ、放心してるー。バンド転換しないとだよ白井君。片付け片付け」

「あ、あぁめぐるさん。ハハ、なんかちょっと酔っちゃって」

 

 ステージ上の自分に、ライブの最後まで最前列にいてくれた月無先輩がそう促した。


「手伝おうか? 手伝うよ!?」

「あ、これくらいなら全然一人で~……あ、やっぱり手伝ってもらえます?」

「フフ! おっけー! じゃぁあたしトライトン(楽器の名前)の方片づけるね」


 遠慮しようとしたけど、月無先輩の心根に気づいてしまってはそうもいかない。


「あはは、めぐるすぐにでも白井君のとこ行きたかったんだね~。ぱしゃり」


 同じく横にいた巴先輩が写真を取りながらからかった。

 バレバレなのはしょうがないだろう。

 すぐにでも語らいたくてウズウズしてる様子は、演奏中からずっとそうだった。


「そ、そんなんじゃ」

「ふふ、そんなんでいいんだよ~。あ、ヤッシー外行く~?」

「あ、うん行こうかな。暑くて仕方ないしシャツ換えたい」


 そんなことを言いながら巴先輩達は行ってしまった。

 

「あ、行っちゃった」

「……気遣ってくれたんだと思いますよ」


 二人になれる時間を作ってくれたんだろうと思う。

 部長は早々に片付けを済ませてPA卓に行ってしまったし、椎名と林田はあっちで氷上先輩と喋っているので、壇上には自分と月無先輩だけだ。


「フフ、でもまさかペルソナで来るとは!」

「ハハ、選曲的に丁度良かったので」


 この二人の時間を待ちわびていたかのように、すぐさま話題を切り出す。


「いや~本当にぴったりだったよ! 何この神セットリストって思わず嬉しくなって叫んじゃった!」


 ……もう愛おしすぎてヤバいんだが。


「しかも音作り悩んでたのってあの曲でしょ?」

「そうですそう」


 月無先輩が喜ぶであろう選曲だからこそ、とことんまで良くしようとした。


「ハハ、めぐるさんの前でやるからには妥協したら赦されないなって」

「フフ! 100点満点あげちゃうね! ちょーテンションあがっちゃった!」


 それをしっかりと理解して労ってくれる。

 気づいて欲しいなんて思わなくても、全部わかって言葉をかけてくれる。


「でも私を差し置いてペルソナやるとは! とか言われるかもなんて思ったりしましたけど、喜んでもらえて本当によかったです」


 いわばアレだ、アニメ版とはいえ、無断ゲーム音楽という形だったりもする。

 ただただ楽しんでくれたのは表情でよくわかるけど。

 冗談交じりにそんなことを言ってみると、


「フフ、白井君がやってくれたってだけであたしは嬉しいよ」


 笑顔でそう返してくれた。

 いらぬ杞憂なのはわかってたけど、これ以上なく嬉しかった。


「まぁ白井君以外だったら~……は? ってなってたかな」

「怖い怖い」


 でも下手にやれば自分でもそうだったろうし、必死に頑張った甲斐があった。


「フフ、でも本当に、トップバッターでここまでってすごいよ! 皆本気でブチ上がってたし!」

「いや俺もあんなに上がってくれるとは思わ……」


 話題の転換に、話題となった聴衆一同、会場の部員の方々に目をやると……


「……ちょっと外出ない?」

「ですね」


 ……めっちゃ注目集めてニヤニヤされてた。

 次のバンドまではまだ時間があるので、二人でそそくさと宴会場を出ようとすると、


「白井さんご休憩入りまーす」


 もう絶対部長許さない。


――


 会場を出て、歩きながら二人で喋る。

 どこへ向かうというわけでもないが、火照った体を休ませながら、憩いのひと時を送る。


「でも本番まであんまり見ないようにしてて本当によかったなぁ。あんなサプライズもあったし!」


 自分にとっての本懐、それを成し遂げたようで本気で嬉しい。


「まーあんだけ頑張ってたんだから、最高に決まってたけどね!」

「ハハ、頑張りました」


 胸を張ってそう言える。それくらいの反響だったと思う。

 でも、頑張ることの意味、熱意が報われる想い、それを体感できたのは月無先輩の存在がなければ決して叶わないことだった。


「……こんな風になれるなんて全く思わなかったです」

「フフ、入部した時とは大違いだね」


 惰性や妥協で無難に身を任せていた過去の自分は、今は無縁なようにも思える。


「全部月無先輩のおかげです」


 改めて、感謝を述べた。

 月無先輩に会えなかったら、今の自分はいなかった。

 本当に、自分の人生すらも変えてしまった人なんだ。


「……それはお互い様だよ」


 穏やかに、月無先輩はそう言った。

 言葉のやり取り以上に、内心を見透かされたかのような感情がこもっていた。


「だから白井君も、あたしの出番、本気で楽しみにしててね」

「ハハ、言われなくてもですよ。夏の間ずっと楽しみだったんですから」

「フフ、そーだと思った!」


 敢えて言葉にすることで、互いの気持ちを確かめ合った。

 そうして二人で踵を返し、会場に戻ろうとすると、


「あ、戻る前に一個だけ」

「なんでしょう?」


 こちらに向き直し、


「カッコよかったぞ! バンドマン!」


 そう言って、恥ずかしまぎれか背を向けて歩き始めた。


 目頭が思わず熱くなった。

 でも、全部がまだ報われたわけじゃない。

 ライブはまだ始まったばかりだ。

 自分はこの人に肩を並べられるような男になれたのだろうか……それがわかるのはこのライブが全て終わった後だろう。

 自分よりも小さな背中、追いつきたいと思ったそんな背中に、そんなことを思った。






 隠しトラック

 ――ウマが合う二人 ~合宿場にて~


「ふー。あっつぅ……」

「あはは、ヤッシーいつも汗だくだね~」

「代謝良すぎるんだよね。ともが羨ましいかなちょっと」

「代謝悪すぎるんだよね~」

「アハハ、あんた運動しないから」

「しようとも思わない~」

「……あ~ハンデあるもんね」

「……うん」

「寄せるな寄せるな。私部屋一回戻るね」

「私も行く~」

「……あらそう?」


「ヤッシーのバンド~、めっちゃよかった~」

「アハハ、どうしたの急に」

「ふふ、急かなぁ」

「……そっか、ありがと。巴が言ってくれるんなら本当にそうなのかもね」

「私が保証します!」

「……でもめっちゃミスってたよ? 一年ズ」

「知ってる~」

「私だって勢いでごまかしてたよ?」

「そうだね~」

「アハハ、でもすっごい楽しかったな」

「皆そうだと思う~」

「これでよかったなって思う」

「ふふ、私はヤッシーはこれがいいなって思った~」


「それ言いに部屋までついてきてくれたの?」

「ん~……なんか恥ずかしいけどね~」

「アハハ、嬉しいよ、本当に」

「そっか~」

「……フフ、私、巴のこと好きだよ」

「……え、いやどうしたん急に」

「あ、いや何か。言っておきたくて。友達としてね」

「あはは、わかるけど」

「あとそうだね……部の仲間としてかな」

「そっか~……」

「アハハ、今更かな」

「今更だな~。……私もだよ」


「……アレだね、ちょっと変な空気になっちゃったね」

「あはは、突然キャラじゃないこと言うから~」

「それはあんたも一緒じゃない? というか巴からでしょ」

「それもそうか~。ま、言える時にってね」

「アハハ、そうだね、私もそう思ったから言ったよ」

「おあいこ~」

「……で、言うの?」

「何を~?」

「何を~って、まぁそりゃアレだよ」

「アレって~?」

「……あんた全く動じないね」

「あはは、私ら同士でイジっても意味ないでしょ~」

「アハハ、そうだね。イジる側だもんねあんたは」

「ふふ。まぁでもそうだなぁ……」

「お?」

「カッコよかったよってくらいは言ってあげよ~かな」

「……フフ、そっか」

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