幕間 わかるということ

「ぶっちゃけよ」


 ライブ当日、そして合宿最後の練習。

 セットリストをひと回し終え、部長が口を開く。


「控え目に言って最高じゃね」


 労うつもりか、鼓舞するつもりか、それとも純粋にそう思ったのか。 

 その言葉は一年生三人にとって、今一番嬉しい言葉だった。


「正直俺もなんか……自信あります」

「フッ、いい面してんじゃねぇか白井」


 椎名と林田も、確かな手ごたえを感じた表情で、静かに頷いた。

 そして男子勢の視線は八代先輩に集まり……


「……え、私も乗った方がいいの? その世界観」


 ……ですよね。

 謎のハイ状態から男子勢が引き戻される。


「アハハ。でもまぁ……ヒビキの言うことも結構わかるけどね。正直、こんなにいいバンドになるとは思ってなかったよ」


 八代先輩のそんな言葉に、一年一同本気の喜びが顔に出た。


 部長と八代先輩がいるとはいえ、実力者が固まったバンドではない。

 むしろ、一年ズの三人の実力は、到底保証されているものではなかった。

 他のバンドに見劣りしない為には、一年ズがどれだけ上達できるかが鍵だった。

 演奏順も一番目だし、最悪の場合前座に終わる可能性だってあった。


 自分達なりの全力の努力と、先輩二人への想いは、その言葉で報われた。


「……何でお前ら俺の時より嬉しそうなの」

「……いやそこは……なぁ白井」

「……林田、頼んだ」

「え……。ッス!」


 残酷な仕打ちであるがこれは様式美である。


「何で俺の扱い方完全にわかられちゃってんの」

「ごめんヒビキ、正直面白い」


 八代先輩が笑ってくれればそれでいいのだ。

 しかし発案してくれたのは部長だし、それがなければこのバンド自体なかった。

 特に椎名は、ギリギリまでバンドが決まらなかったことを、冗談めかしくも本当に気にしていた。


「でもヒビキさん言ってくれなかったら、俺部活やめてたかもしれないんで。マジで感謝してます」

「ハッハ、そうだろうそうだろう。俺は偉大なんだ」

「おだてても木には登れないのにね」

「誰が豚だ」


 そういったことも相まって、自分達には返しきれないほどの恩がある。

 それは勿論八代先輩にもだ。


「八代さんもバンドの話受けてくれただけでも感謝しきれないっす」

「え、何どうしたの。そういう感じ?」


 椎名に続いて一年一同、同意を示すと、八代先輩は少し照れ臭そうにした。

 何だか恥ずかしい空気ではあるが、合宿最後の練習だからか、少しセンチメンタルな気持ちが生じても仕方ないだろう。


「俺は八代は受けると最初から思ってたけどな」

「ん~。まぁそうだね」


 そう二人がやりとりするも、実は一年一同、前々から疑問に思うところがあった。


「前に白井と話してたんですけど、八代さんなんで最初掛け持ちする気なかったんですか?」

「あ、そうですそう、掛け持ちしてない上手い人、他にいたのになって」


 そう、他にもいいバンドを組む余地がまだあったのだ。


「巴さんとか掛け持ちじゃないッスよねー」


 特に同じく三女である巴先輩はその筆頭で、何故この二人が組まなかったのだろうと、後輩達では何度か話題になっていた。


「こいつ巴とウマ合わねーぞ」

「「え」」


 普段仲良さそうにしているのに意外な話だった。


「誤解招く言い方しないで」

「あぁスマン、バンドの話な」


 ほっと胸を撫でおろす。

 少なくとも、普段の仲の良さは本当のようだし、友達として好きなのは間違いない。


「まぁ巴って超実力主義だったからね。私はそういうのあんま気にしないからさ。部活への考え方が違うって感じかな」 


 言われてすぐに納得がいった。

 八代先輩自身は超ストイックだし実力も折り紙付きだけど、実力が全てではないという考えだ。

 もちろん、努力を怠ることを良しとはしないが、楽しむことに重きを置いている。


「ちょっとトゲもあったし、意見合わなそうだったからさ。私が勝手に納得いってないだけなんだけどさ」

「まぁ巴も間違ったこと言ってはいねぇかんな。実力で全部黙らせちまうし」


 実力と努力に対して、それなりに厳しい目線をしている人は多い。

 月無先輩だってそうだし、それは当然のことだ。

 ただ、巴先輩はその考えがよりシビアで実力寄りだったんだろう。


「なんとなく、巴先輩がそうでも不思議じゃないなって気はします」

「まぁあんたは仲良いから後輩目線でもわかるよね」


 多分、月無先輩達のような、実力を備えた後輩くらいとしか関わらなかったんだろう。

 それ以外との扱いの差が、冷淡に映ることもあったのかもしれない。


「でも巴のそういうのはOBのせいもあんな。下手な癖に先輩面されるの嫌とか言ってたし」

「それはうちらの代皆そうでしょ。というかOBの悪口だったら私の方が言ってる」


 ……この部活結構OB嫌われてんな。

 でも、上がそんな人達ばっかりだったら、実力主義な考えも助長されて当然だろう。

 自分たちがどれだけ先輩に恵まれているかが本当によくわかる。


「まぁ話戻すと、私とともが二年の時はそんな感じだったんだよね。仲良くても、バンド組むかは別の話って感じだったかなぁ」


 全部が全部上手くいくというわけではないと思うし、そういうこともあるだろう。 

 実力主義の部活という括りが二面性を孕んでいるのも事実だし、これだけ人と人の関りがあれば、少しの差が複雑な模様を作るんだと思う。

 立場や見方は人それぞれで、間違ったことをしていない限りどちらも正しい。


「俺は……何と言うんでしょう、正直どっちも部活としては、当然の考え方なんじゃないかなって思いますね……。お二人とも本当に他人想いな方だと思いますし」

「そうだよね。本当にいいヤツだと思うよ。ごめんごめん、悪く言うつもりは全然なかったんだけどね」

「あ、いや悪く言うつもりないのはわかってましたが……なんかすいません」

「フォローしたかったんでしょ?」


 むぅ……そうだったのだろうか。

 巴先輩の超実力主義っていうのも、「下手なのが嫌い」というだけじゃない気がした。

 そう感じたから無意識にそういう言い方になったんだろう。

 でも、フォローしたいというのであれば、それは巴先輩だけじゃなかった。


「八代先輩だって……あ、いやすいませんなんか偉そうに」

「アハハ、なんだよ。言ってみればいいのに。白井って自覚無いかもだけど結構首突っ込むよね」

「あ……自覚はあるんですけど……なんかすいません」

「フフ、別に短所って言ってるわけじゃないよ」


 先輩の考え方にあれこれ口出しする無礼に気づいて口をつぐんだが、それは今更だとのこと。

 

「八代先輩が一番理解してるんじゃないかなぁって。その、実力主義の世界。陸上でずっとトップだったって聞きました」

「んーまぁ実績的にはそうかもね」


 実力の世界に一番長く身を置いてきたのは事実だろう。

 そう、だからこそ。


「知った風な口の利き方になっちゃうんですけど……実力主義の世界も、実力以外の楽しみも、一番わかってるから、いいバンドが作れるんだろうなって」


 張りつめ過ぎずに、それでいて楽に逃げずに、笑顔で切磋琢磨できるような、そんな環境が出来たんだと思う。

 このバンドも児相も、春バンドもそう。

八代先輩のバンドは、ずっとそうやって最高のバンドになっていった。

 実力をつけることと、楽しむこと、それらが自然と混ざった理想の形だったと思う。


「だから巴さんにもって……」


 巴先輩に納得いってなかったと言ったのは、実力以外に目を向けない姿勢に思うところがあったから。

 部の仲間で、大切な友達だからこそ、巴先輩にはそう思ったんじゃないだろうか。


「ハッハ、八代も八代でわかられちゃってんな」


 ちょっと大袈裟だったろうか、それとも飛躍していただろうか。

 でも八代先輩の性格を思えば、そういう想いがきっとある。

 自分や月無先輩に、部活を楽しんで欲しいと言ってくれたし、巴先輩がその括りに入っていないわけがない。


「アハハ、大袈裟だよ白井は。でもまぁ……そういう気持ちがなかったわけじゃないよ。私は私、ともともだから、偉そうなこと口には出来ないけど」


 それもそうか……。

 無理にわかり合おうとすれば、巴先輩は拒んでしまいそうだ。


「実は夏前に巴とちょっと話したんだよね。私らで組むとか、そういう話はしなかったけど、白井誘うのどうかって聞かれて」


 巴先輩が、自分のことを他の人に聞いていたのは知っている。

 当時自分をバンドで見てくれていた八代先輩にも聞いて当然だろう。


「そん時に言っといた。ともの基準じゃ下手だけど多分楽しいよって」

「あ、ありがとうございます」

「アハハ、下手だって言われてるのにお礼言うのねあんた。ま、それしか言ってないよ。ちょっとでも伝わればいいなってくらいで。ともの方から聞いてきただけで嬉しかったし」


 下手だけど楽しいよ、ただそれだけ。

 それしか言わなかったのは、それで十分だったんだからだろう。

 同じように他人想いな巴先輩が、言葉に秘めた想いに気づかないわけがない。


 むしろ、冬川先輩の言っていたことからしても、巴先輩は八代先輩のスタンスを認めた上で、知りたいと思った……そんな気がする。

 実力主義の部活で、本気で楽しむための秘訣を。

 表には出さなくても、互いにわかり合う気持ちはきっとあったんだろう。


「実力主義っつっても結構簡単にイヤになるようなもんだからな。現役中ずっと貫いてたら疲れ切っちまうわな」

「……へ~、あんたもたまには良いこと言うね」

「……一応部長だからわかった感じ出しときたくてな」


 大切な友達に実力にとらわれない楽しみを見せて、自分達には楽しむために必要なものを教えてくれた。

 実力主義の部活の中で、八代先輩のバランス感覚は理想なんだと思う

 そしてそれを、関わる人の全てに嫌味なく教えてくれるのが、八代先輩が慕われる一番の理由だ。

 高い目標を目指せるように、折れないように導いていく、八代先輩はそんな人だ。


「八代さんってヒビキさんより部長っぽいっすよね」

「流石に失礼だろ椎名」


 仲良くなったからといって先輩にぶっ込みすぎだろう。


「ハッハ。ぶっちゃけ俺もそう思うし八代本人にも言ってる」

「何言ってんのよ。あんた素直じゃないから自分の考え言わないってだけ。一番部活のこと考えてるから部長なんでしょ」

「いい人みたいな言い方やめてくれぃ!」


 でも八代先輩の言う通り、部長も同じくそういう人だ。

 二人の部活への考え方……いや、愛と言ってもいいかもしれない。

 それはとても似通っていて、部の長としての資質なんだろう。


「ヒビキさんの場合アレっすよね、男は背中で語るものとか思ってそうですよね」

「ハッハ、まぁカッコつけてっからな。でもたかが部活とはいえバンドマンだぜ? ライブで語ってナンボだろ」

「「「カッケェ」」」


 三年生二人が自分達と組んでくれた理由。

 それは多分、二人の部活での在り方を部員全員に示すこと。

 実力者だけで固めずとも、全員が本気で楽しんで切磋琢磨することは、確かに実力に繋がるんだと。

 どちらか一方ではなく、どちらも全うする、部長と八代先輩の思う理想の形。

 もしかしたら、このバンドは二人の集大成となれるのかもしれない。


「ま、ちょっと最後の練習だからって変な空気になったな。お兄さんこういうの苦手なんだぜ」

「アハハ。でも私は合宿最後の練習がこのバンドでよかったなって思うよ」


 ……嬉しいがこれ以上に照れてしまう言葉はないだろう。


「何皆して照れてんだよキッモ」


 大学一年の純情をもてあそばないで欲しい。


「……でも私はあんたら大好きだよ」

「「「……え!?」」」

「ハイ、じゃぁ最後のひと回し行くぞー」


 とんでもない発言をして間髪入れずにドラムスティックでカウントを刻み……。

 一年一同グッダグダな曲の入りを見せる。


「アハハ、めっちゃ動揺してんじゃん童貞ズ。面白っ」

「今のでそのまま曲に入れるヤツいるわけないじゃないですか……」

「いきなり声裏返りましたわ」

「……ッス」

「ハッハッハ、まだまだだなお前ら」


 割り振られた練習の一コマに過ぎないハズなのに、感慨深いものがある。

 これまで過ごした夢の時間。

 その一部が終わりを迎える。


「はい、じゃぁ今度こそラスト。行くよ」


 気を取り直して鍵盤に指を置くと、一層こみ上げるものがあった。

 

「ちょっと待て八代、俺にはねぇのか」

「……?」


 何言ってんだコイツみたいな顔して何も言わずにカウント取り始めた……。


 この二人の最後のバンド、三年間の集大成。その一員となれたこと。

 嬉しさと楽しさと誇らしさ、そんな感情が混然一体となった響きが、スタジオに溢れた。

 最後の曲を迎える頃には、ほんの少しだけ視界が滲んだ。


 ――


 練習が終わり、その余韻に浸っていると、林田が大事なことを口にした。


「そういやバンド名どうするんスか? 飯ん時決めます?」


 そう、バンド名だ。

 後回しにしていたので候補らしいものもない。


「私立さくらんぼ大学」

「死ね」


 ほんと最低だなこの人……部長のゲスな提案は八代先輩がガチ目に拒否。


「摘みたてチェリーボー」

「摘まれてねぇだろ死ね」

「「「ブフッ」」」

 

 部長も挫けず挑むも食い気味に拒否。


「セクハラ系は色々損する気がするんでやめましょうよ……」

「俺も引かれる可能性ある系は嫌っすね……」

「ワイルドチェリーってバンドあるだろうが!」

「ダメだ話通じない」

「ただ最低だこの人」


 説得を試みるも会話不成立。


「わかったわかった、しもはやめるわ。じゃぁ……最初からずっとグー」

「あ?」

「すいませんした」


 昨日のバンド決めジャンケンのことをイジろうとするもこれも失敗。

 ……ってか多分今のマジでイラっとしてる。

 八代先輩、春バンドも児相もバンド名にされてるからなぁ……どんなのが良いだろ。


「まぁ実はちゃんと考えてあったんだけどな」

「どうせロクなのじゃないでしょ」

「ローマ字でZENZA BOYSっつーのはどうだ?」

「へぇ……あんたZAZEN好きだもんね」

「おうよ」


 ゼンザボーイズか……。

 トップバッターらしさがあるし、覚えやすくしっくりくる。


「俺それかなり好きです」

「俺も俺も。何か使命感ある気がする」

「それしかねーって気がするッス」


 一年一同がそう言うと、部長は満足そうな笑顔を見せ、


「ならこれに決めちまおうぜ。だがお前ら……わかってるよな」


 確かめるように全員に目を向ける。

 アーティストをもじりつつ、自分達らしいバンド名。

 しかしその実態は……


「アハハ、じゃぁ前座で全バンド食っちゃうかー」

「これから先全部オープニングアクト狙っていくかんじですよね?」

「あたぼうよ」

「俺と林田は春もそうでしたし、このバンドならむしろそれがいいっすね!」

「オレは逆に譲りたくねぇッス!」


 一番目にして最高潮に持っていき、部員全員を魅了するという気概。

 そして一度のライブでなく、これから先のライブ全てで一番目を取りに行くという覚悟。


「前座とは言わせねぇ前座バンド、それがZENZA BOYSってわけよ」

「上手く行ってもダメでも前座って呼ばれんのちょっと面白いね」

「ダメな方だと一生恥ずかしいっすね」

「ハッハッハ、自ら背水の陣を敷いてこそよ」


 そんなこんなで、バンド名は『ZENZA BOYS』に決まった。

 一番目に演奏するバンドは所詮本命の前座、このバンドでその常識を覆す。

 それこそが自分たちの本懐であり、成すべきこと。

 

「ま、今日のライブは第一歩ってとこだな。ここで躓くようじゃぁ……」

「ハハ、最強の前座にはなれないってことですね」

「そういうことよ! わからせてやんぞ、全員に」


 部員全員に、自分達こそが一番楽しんでるんだと。

 でも出来る出来ないに関わらず、出来てしまう気しかしなかった。


 ――


 練習が終わると、昼食の時に色々と通達事項があるとのことで部長は足早に食堂へ行った。

 椎名も席を取りに同行し、残った三人でゆっくりと片付け作業をする。


「思ったんだけどよー」


 林田がいつものバカっぽい切り出しをする。


「白井ってなんかアレだよな、事情通? 色々知ってんなーって」

「そうかぁ? ……まぁそうっちゃそうか」


 色々話を窺えている立場なのは確かにそうか。


「アハハ、白井って結構首突っ込むからね」

「あ……なんかすいません本当にいつもいつも」


 悪い癖ではあれ、ついつい気になってしまう。

 夏井のことどうこう言えないなぁなんて思う。


「いやだからさっきも言ったけど、ダメな部分じゃないって」

「えぇでも……なんかズケズケ聞かれるの嫌じゃないですか?」


 聞いてる立場だけど、そう思う。


「んー……私とかめぐる~……あとともか。あたりは気にしないよ。というかあんたのことわかってる奴は皆気にしないんじゃないかな」


 主にその三人だとは思うし、確かにその三人は気にしないとは思うけど。


「それにあんたの場合って、興味本位じゃないでしょ。そういう感じだったら嫌だよそりゃ。林田バカもそう思うっしょ?」

「難しい話わかんねーッスけど、なんとなくはそうッス」


 ……救われる言い方ではあるが。


「わかろうとして聞くって感じでしょ。めぐるが全部オープンなのも、ともがあんたのこと信用してるのも、そうだからだと思うけど」

「自分じゃなんとも……なんというか、本位じゃなくても興味があるのは事実だと思いますし……あと多分、納得したいからだと思います」


 誤解しない為とも言えるだろうか。


「人に言いふらしたりしねーっしょ白井」

「それは当たり前だろ」

「でも椎名達すんぞ」

「……身に覚えあんな」


 悪気ないのは知ってるし、一線は守るけど。


「相手のこと考えて聞いてるってのは事実だと思うよ。嫌なとこまでは踏み込まない奴だって知ってるし。それならいいんじゃない?」

「いいんですかねぇ」

「うん。あとあんた、わかったフリ絶対しないじゃない。そういうとこだと思うよ」


 わかったフリか……確かにそうしていたら、今みたいにはなっていなかっただろう。

 

「まぁわかってほしいって思ってる奴の方が多いもんだと思うしさ」

「……俺そういうのないかもです」

「……オレもッス」

「……普通はあると思うよ」


 皆少なからずそういう部分を持っているもの。

 他人をわかることの大切さ、それを誰よりも知っている八代先輩がそう言うなら、それは間違いなくそうなんだろう。


「でもヒビキさんとかまさにそれッスねー」

「わかってもらえなくてもいいってフリしてるだけだからね、あいつ」

「……それすごいわかる」

「まぁバレバレだからね。なんかカッコつかないんだよヒビキって」

「ハハ。でもだからこそ部長として愛されてる気がします」

「アハハ、そうかもね。愛嬌って感じね」


 でも、自分達だけでもそれをわかっていれば、バンドパフォーマンスを以て皆に伝えられる。


「ま、最後まで付き合ってやってよ。あいつ今超楽しんでるから」

「もちろんです! 俺もヒビキさんと八代先輩のおかげで最高に楽しんでますし」

「オレもッス!」


 先輩皆のおかげで自分達が最高に楽しめてるんだから、付き合うなんて気もなく、最後までついていく。

 それは一年全員の共通した想いだろう。


「アハハ、そっか。でも私が一番楽しんでるかなぁ。フフ、そこは譲らない」


 そう言って、八代先輩らしく快活に白い歯を見せた。

 本音で言っているとわかる表情に……自分と林田は照れて直視できなくなるのであった。


 巴☆すぺくたくるずとZENZA BOYS、自分以上にバンドに恵まれた人間は、中々いないだろう。

 そんなバンドの晴れ舞台、もう数時間先に迫っているライブ本番。

 最後の練習まで余すことなく、それへ向かう楽しみが募っていった。






 隠しトラック

 ――春の予感  ~合宿場廊下にて~


 ヒビキ、椎名、食堂へ移動中


「ヒビキさん、さっきの状況じゃ聞けなかったんすけど」

「何だ」

「八代さんがバンドの話受けるって思ってたのって……」

「あぁ、白井いっからな。あいつ八代のお気に入りだし」

「やっぱりそうっすよね。誘うの白井に任せたのもそうだからですし」

「まぁ八代は境遇似てっし、実際特別視してるようなこと自分で言ってたかんな」

「あ、公言してるんすね……でも境遇? っつーと……」

「ほぼ初心者ってとこと、同じパートにもっと上手いのがいるってとこ」

「あ~……確かに。でも八代さんって実際めっちゃ上手くないっすか」

「そうなんだが本人的には全然らしい。あぁは言ってるけど、実際実力に関して一番シビアなのはあいつだぜ」

「さすが高校三年間頂点にいた人……マジストイックすね」


「実際そこ割り切れるってすげぇよ。ずっとトップだったのに、どうあがいてもっていう壁がいるっての。まぁジャンル違うけどな」

「確かに……俺なら嫌んなりますわ」

「ま、解放された結果、本当の楽しみに気づいた的なアレだべ」

「なるほど」

「だから超えられん壁がいながら折れずに頑張ってる白井が可愛いんだろな。あれこれしてあげたくなるのもわかるわ」

「自分重ねてるって感じっすか?」

「まぁそういうことだろうな」

「あ~、なら確かに応援したくなるかもっすね」


「でもぶっちゃけ俺、ってか他の一年も割と思ってたんすけど、八代さんって白井のこと……」

「あ~そう見えるとこあるよな」

「ですよね。まぁさっきの話聞くと違うんかなって思いましたけど」

「月無のこと見る目と同じ感じするわな。愛弟子って感じだろうし、あの距離感がいいんだろ」

「やっぱそんな感じなんすかね。弟と妹みたいな。月無さんも継いでる感じありますもんね」

「どっちかっつーと月無は元々巴寄りだけどな」

「え、実力主義的な? でも確かにそんな話聞いたか……」

「結構厳しいぞ~アイツ。努力してる奴はしっかりそれ認めるけど」

「はぁ……でも麻痺してるのか、練習しない奴は人権無いみたいに俺も思っちゃってますわ」

「ハッハ、いい意味で皆毒されてんな」

「白井のせいって感じありますけどね。あいつ見てるとサボってらんないっつーか」

「ハッハ、おかげとは言ってやんないのな」

「そこはタメの見苦しい意地っすね」


「まー要するにアレだ、自分が面倒見た後輩が部活好きになってくれて、周りに良い影響与えて、しかも超慕ってくれてるってわけだ。そりゃ特別視するだろってな」

「そう言われたら納得っすね。俺もそういう後輩できたら多分めっちゃ可愛がるだろうなぁ」

「ハッハ、是非そうしろ」

「ヒビキさんも可愛がってますもんね」

「ハッハ、ZENZAは皆よくやるからな」

「いや、俺らだけじゃなくて」

「そりゃ俺は皆のお兄さんだからな」

「そういうことじゃなくて」

「……は?」

「……知ってんすよ俺」

「ハッハ、何をだっつの」

「……一昨日の深夜……Gスタジオ……そういや窓ないっすよね。あそこだけ」

「……何だァ? テメェ」


「さくらんぼ大学とか言ってたのになぁ……ちなみに俺しか知りません」

「……椎名、何か欲しい物あるか?」

「じゃぁ後で飲み物奢ってください」

「何本だ」

「いや冗談っすよ……ほんと太っ腹ですね」

「ハッハ。まぁ別に隠してるわけでもないし、夏からちょいちょい見てやってるだけでそういうアレでもねーぞ。あと八代達は知ってる」

「あ、そうなんすね。……で、いい感じなんすか?」

「……俺がタバコを止めない限り何も起きない」

「あ~……ちょっとの煙でもダメなんでしたっけ」

「前で吸わなきゃいいだけなんだがな。どうせなら止めるべきだは思ってる」

「絶対その方がいいっすよ。止めるいい機会かもしんないっすね」

「……でも多分めっちゃ辛いぉ」

「努力しない奴に人権は……」

「もうちょっとだけ豚でいさせてくれ」

「早めに人間になりましょうね」

「うん……頑張る」


 豚のお兄さんまさかの展開。

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