酷評ミュージカル

注:本話にはクソゲーオブザイヤーを見事受賞した、

  スクエニ制作の『バランワンダーワールド』に対する批判が含まれます。

  愛情の裏返しと思ってどうかご容赦ください。

  ちなみにサントラは公式サイトで試聴できますので、

  聴きながらお楽しみ頂けると楽しさ倍増の可能性が……!



 九月中旬 合宿五日目 深夜 


 飛井先輩ら二年生の方達とのお楽しみライブの練習を終えて、時刻は午前一時過ぎ。

 今日の練習はこれですべてが終わり、後は八代先輩バンドの前半練、そしてライブ本番に備えて休息をとるのみとなった。

 しかしながらロビーへの階段を上る足取りは軽く、


「……なんか休む気しない」


 まだまだ体は元気。

 目も冴えていて、楽しみな遠足前日に寝られない子みたいになった気分だ。

 少し小腹がすいたので、ロビーのお菓子自販機で何かを買おう。


「あ、補充されてる」


 カップ麺の自販機が補充されているのに気づく。

 無性に食べたくなったのでコインを投入すると、


「わっ!」

「うぉ……めぐるさん」

「反応うっす」

「……いや話し声聞こえてきてましたし」


 月無先輩に後ろからわっとされる。


「冬川先輩もお疲れ様です」

「お疲れ、白井君。お楽しみ練習?」

「はい。飛井先輩達と今終わったところです」


 冬川先輩も一緒で、同じく練習を終えたようだ。


「フフ! じゃぁ今日はもう終わりか!」

「そうですね。で、今小腹空いたのでカップラーメンでも食べようかと……」

「あたしも食べる! 一緒に食べよ~ぜ~。せっかくだからテラスで食べよ!」

「ハハ、いいですね。楽しそう」


 僥倖も僥倖、すごく楽しそうな夜食会だ。


「カナ先輩も食べましょう!」

「え、私は~……」

「あ、カップラーメン食べないんでしたよね……しかも深夜でした」

「そうね。……でも、フフ。今日くらいはいっか。戻っても皆もう寝ちゃってるし」


 なんと食生活と生活バランスが完璧そうな冬川先輩も同席することに。

 付き合わせて悪い気もするが、付き合わされているつもりもなさそうな微笑みが印象的だ。


「どれがいいかな……」

「あたし的には~これです!」

「フフ、じゃぁそれにしよ」


 あまり食べないカップラーメンに、ちょっとわくわくして少女のような笑みを浮かべる冬川先輩……何だこの尊い光景は。


「フフ、ちょっと悪いことしてる気分ね」


 ……何だこの尊い光景は(二回目)。

 ポットからお湯を注いでいる時も嬉しそうな笑みを浮かべ、月無先輩と同じような無邪気さすら垣間見える。

 こっちが素なんだろうなと確信する表情。

 確かに普段とのギャップがあるからこそだと、巴先輩達の意見に全面同意せざるを得ない。


 こぼさぬ様にゆっくりとテラスに出て、丸テーブルに着く。

 気温も適度に涼しく、穏やかな風が心地いい。

 最低限の灯りに消灯されているのに、星空の近さで暗くもない。

 山の麓に見える控え目な街灯りは見事な夜景そのもので、都会のそれとはまた違う上品さをたたえている。

 コーディネートされた空間に思える程、それらは非日常を演出していた。


 月無先輩達もウッドデッキの手すりに身を乗り出し、思い思いの感想を口に景色を楽しんでいた。

 カップ麺を待つ三分間は、そんな煌びやかな光景の前に一瞬にして過ぎ去った。


 揃っていただきますをして、皆で静かに一啜ひとすすり。

 

「んー! ……背徳の味!」

「フフ、すっごくおいしく感じるね」


 こんな時間に皆で、そして星空と夜景を楽しみながら楽しむカップラーメンは、合宿でしか味わえない至上の味だ。


「めぐるさん、BGMはいいんです?」

「ん! ……いいこと気づいた! じゃぁ……」


 箸を一旦おいてスマホをいじり、


「こんな状況にぴったりなの!」


 煌びやかなサウンドが耳を引く、今を飾るに相応しい曲が流された。

 どれどれ曲名は……ヒッ。


「バランワンダーワールドってゲームの曲です! これはエンディングなんですけど~キラキラしてていいかなって!」


 いや、でも曲は素晴らしいし、確かにぴったり。

 ビッグバンド形式の爽やかな曲で、聞き流しても傾聴しても楽しめる。

 ゲームタイトルは気にせず今を楽しもう。

 

「合宿深夜に食べるカップラーメンが世界で一番美味しいって本当ですね!」

「フフ、本当だね」

「なんか非日常感ありますよね」


 そんな通説に笑みがこぼれる。

 食べながらで会話はそこそこであっても、過ごす時間の全てが美しく流れていった。


 食べ終わると、月無先輩がスマホをいじり、曲を替える。

 曲名は『ショータイムのはじまり』。

 今度は再びビッグバンド形式のノリのよい曲……ノリのよい曲。


「フフ、何でもあるんだね」

「何でもありますよー!」


 冬川先輩も逐一月無先輩に反応してあげて、面倒見のよさが溢れている。

 きっと「してあげよう」なんて気は一切なく、常日頃からそうするのが冬川先輩という人なんだと思わせるような姿だ。


 しかし一つだけ……どうでもいいっちゃいいことだが一つだけ……自分には引っかかっていることがあった。

 というかこの曲だよ……いやいかんいかん、水を差すわけには。


「どしたの白井君。さっきから全然喋ってないけど」

「……いや……めっちゃ楽しいのですが……」


 言うしかない感じになってしまった。


「……?」

「微妙な思い出が。特にこの曲」


 冬川先輩からすれば疑問符を浮かべることだが、月無先輩はすぐに察した。


「……ク〇ゲーだよね」

「それです」


 月無先輩が気に入っていたらとても言いづらかったので、月無先輩自身から言ってくれたことに胸を撫でおろす。


「つまらないってこと?」

「「はい」」


 そう、このゲーム、バランワンダーワールド、紛うことなきク〇ゲーである。

 何重苦かもわからないク〇要素を煮詰めたような仕上りで、その純度は非常に高い。

 世界観や音楽など魅力的な部分もある分、全くの駄作とは言い難い。

 しかしながら、遊ぶという観点での出来はとにかく前時代的で、間違いなく現代基準を満たしていない。

 

「曲いいからゲームも面白いんだと思った。そういうことあるんだね」

「ありますよ~。このゲームに関しては曲は完全に被害者です!」

「そ、そこまで言うと逆にちょっと気になるわね」


 一部分の良さではひっくりかえせないほどで、月無先輩が否定的な言葉を並べる程である。

 冬川先輩は月無先輩がそういったことを口にする姿が珍しいのか、内容に興味を持った模様。

 期待するような視線を受け、月無先輩がおもむろに語りだす。


予告トレーラー見た時に軽く、ん? とはなったけど世界観と音楽にはめっちゃ期待してたんです……」

「……全てのアクションはここにあるってヤツですね」

「実際にあったのはほぼ全てのク〇ゲー要素だけどね……」

「「ブフッ」」


 制作もスクエニで、期待させる要素は十分に揃っていた。

 ゲームの面白さとは別に、このゲームを良く評価する人もいてもおかしくないくらいには。

 というかその落差の激しさがより否定的ネガティブな印象を与えている気がする。


「じゃぁミュージカル風ゲームなんでミュージカル風でお願いします」

「任せて。……え、任せて? ……やってみる」


 すんげぇ無茶ぶりしたつもりなのにやってくれる模様。

 月無先輩がスマホをいじり、流した曲は……『見えていたもの』。 

 ミュージカル冒頭のモノローグでも始まるような雰囲気だ。

 もう冬川先輩が吹き出しそうになっている。


「このゲームが始まった時は……わくわくしてた」


 BGMのせいで茶番感が助長され、笑いがこみ上げる。


「……まさか全編通してよくわからない苦行を続けさせられるゲームだなんて、思ってもみなかった」


 悪夢の始まりを予感させる見事な引き……。

 そう、曲名の通り、やる前は本当に魅力的に見えていた。

 再びスマホをいじり……曲名は『消えていく悲しみ』だそう。

 そして大仰に手振りを挟みながら、本格的に酷評ミュージカルが始まった。


「自由度皆無なアクション! 無駄に多いだけのコスチューム! 丸腰で無人島に放り出されるかのような不親切設計!」


 悲劇のヒロインの心の叫びが、夜の静寂に響き渡る。


「それでもそれくらいなら全然耐えられる、そうあたしはゲーム女だから」


 昔のゲームも沢山やっているなら、確かにそれくらいならって感じかもしれない。

 ましてWikiなんてない世代からすれば、その程度まだまだ余裕だろう。


「でもね、バランチャレンジ……あなたはダメ」


 迫真の真顔がそのすべてを物語っている。

 そして疑問符を浮かべる冬川先輩に、応えるようにして月無先輩は続けた。


「ステージ途中で謎ムービーとともに始まるミニゲーム。タイミングを合わせてボタンを押して、高評価を数回取るだけ。なんだヌルゲーじゃんと最初は思った。曲もカッコいいしノリノリで楽しめる気がした」


 自分もそうだった……。


「でも現実は甘くなかった! 最高評価以外は全部0点扱い……一つでも取れなかったらチャレンジは失敗……スキップできない使いまわしのムービーを呆然と眺める虚無時間……そしてやり直し」


 それな……難易度がそれほど高くないとはいえ、単純に虚無なんだよ……。


「テネレスケ!!!」

「「ブフッ」」


 変なテンションでトラウマを語る月無先輩に、冬川先輩も自分も吹き出してしまう。

 バランチャレンジは、これさえなければまだク〇ゲーに片足突っ込むくらいで済んだと思える程の、伝説に残っても仕方ないくらいのク〇要素である。

 この酷評ミュージカルの発端となった曲『ショータイムのはじまり』こそが、悪名高いバランチャレンジの曲である。


「……白井君、勢いで笑っちゃったけどテネレスケって何?」

「……バランチャレンジ終了時にバランってキャラが喋る謎言語です」


 また月無先輩はスマホをいじり……ちょっと希望が感じられるような曲に。

 『くじけぬ心』……曲名からもう笑かしに来てんじゃん。

 冬川先輩イントロだけで口抑えてんだけど。


「それでも挫けなかったッ! 曲だけは本当によかったし、意地みたいなものもあった!」


 わなわなとこぶしを握り、その悲痛な思いを口にする。

 その名演は感涙するほどに真に迫るものがある。

 ……いや演技じゃないわ。ただの本人談だった。


「それに投げ出したくない理由もあった! ……このゲーム、フルプライスだった。」


 普通にガッツリ7000円する。

 高い勉強代にしても、やりきらないと損した気にしかならない。

 しかも社内でこじれてたらしく、制作側の人間が未完成と発言する始末だったりする。


「きっと最後までやれば何かあるはず……曲だけは本当にいいから最後までやればそれだけは体験できるし、終わった後はサントラ買って曲だけで楽しめる……」


 途中からもうゲームの面白さ諦めてんな。


「そしてあたしはやりきった」


 またスマホをいじり……あ、この曲で締めな感じする。

 曲名は……『これからも友達』。

 絶対嘘じゃん。

 冬川先輩にスマホに表示された曲名を見せたらそれだけで吹き出した。

 

「終わった時、思った」


 そう言って、わざとらしくスッキリしたような表情を作った。


「やっと、やっと解放されるんだなって。この例えようのない清々しい虚無感は他のゲームじゃ体験できなかったなって。これ、何の時間だったんだろうって」


 すんげぇ笑顔でめっちゃ酷評してるのほんと笑える。

 ミュージカル風ゲームへ対するミュージカル風茶番論評に、冬川先輩はKO寸前である。


「そして、あたし……気づいたんです。失ったものは沢山あったけど、一番大切なことに。なんで気づかなかったのかって」


 それは多分、月無先輩にとって一番重要なこと。

 気づけそうで気づけなかった、後になって気づくもの。


「このゲームのテーマ、『どんな時間も無駄ではなかった』。確かにそうだった」


 失ったもの……まぁ金と時間……と引き換えにわかったもの。


「サントラだけ買えばよかった」

「ですよね」

「ブフッ」


 締めは結局音楽に行き着いたが、なんとも悲しいオチが付いたのであった。

 大切なことは全てが終わった後に気づくものだったりする。

 そんな人生の教訓を得たところで、ク〇ゲー酷評ミュージカルの幕は下ろされた。


「め、めぐるって本当面白いね。クッ、フフフ。名演だったよ」

「いや~、あはは」


 舞台袖で主演を労うがごとく、冬川先輩が感想を漏らす。

 いや名演も何も、登場人物も役も本人なんですけどね。


「でも、めぐるだけじゃなくて白井君もやったんでしょ? やっぱり同じこと思ったの?」

「……いえ、俺は体験版で脱落しました」


 拷問が待ってる予感しかしなかったので、途中下車どころか乗車すらしなかった。


「それ正解だよ」

「やっぱ地獄への片道切符だったんですねアレ」


 間違ってなかったことを力強く肯定され、滑稽な状況に再び笑いの波が押し寄せる。


「そんなにつまらないんだ……」


 ふむ、と考えるように口元に手を当てて、冬川先輩がそう言う。

 ただのク〇ゲーの話なのに、やたら真摯に捉える生真面目さが仕草に出ている。


「体験版出しちゃダメじゃない?」

「「ブフッ」」


 余りにも残酷な正論に、自分も月無先輩も流石に堪えられなかった。


 そんな楽しい夜食会もそろそろ締めかと、会話が途切れた頃、ふと冬川先輩が呟いた。


「……ともも起こしてくればよかったな」


 何の気なしに、無意識のように出た言葉。

 全ての思い出を共有したいんだろう、それは本当に大切な人を想う言葉だった。


 ……でも自分も人のこと言えないけど、この人やっぱり巴先輩のことばっか考えてるんだな。

 

「カナ先輩って巴さんのこと好きすぎますよね」


 ……言っちゃうんだ。

 照れてるし。


「んー……この際だから言っちゃうけどね」


 こっちも言っちゃうのか……いや何を!?

 どんな爆弾発言が飛び出すんだろうと、自分も月無先輩も固唾を飲んで次を待つ。


「私も一応そうではあるんだけど……ともって、一年の冬からずっと代表バンドじゃない?」


 え、そうだったのか。

 しかしまぁ、実力を見れば当然だとは思う。

 OBの実力は知らないけど、巴先輩以上に上手い人なんて想像がつかない。


「そういうところ見せないけど、一番上手くなきゃってプレッシャーあったんだと思う」


 自分には到底及ばない世界の話だけど、トップ層ならそうなんだろう。

 それに多分、「パートの中で」じゃなくて、「軽音学部の中で」だと思う。

 実力者が多い中でも、巴先輩は傑出している存在だと実感している。


「それにほら……ともって、こう言われるのあの子嫌うんだけど、天才じゃない? 一生懸命練習しても、才能があるからって言われることもあって」


 ……月無先輩と同じだ。

 特にボーカルは才能の比重が大きいし、そう言われてしまいやすいんだと思う。

 それに「才能」という言葉は、非才にとってはある種自己防衛の手段にも思える。

 そうした言葉は悪意なく漏れ出てしまうものだ。


「でも最近はそういうのなくなって。本気で楽しそうにしてるのが嬉しくて」


 重圧や嫌な目線から解放されて、今は謳歌出来ている。

 そんな巴先輩が見れるのは、冬川先輩にとって一番嬉しいことなんだろう。


「……あたし思ったんですけど~」

「……?」


 それを受けて、月無先輩が何か察したようだ。


「夏バン、あたしじゃなくて白井君誘ったのって、多分そういう理由もありますよね」

「うん、そうだと思う。今の現役はそんな人いないとは思いたいけど、めぐると一緒だったら、少なからずまた同じ目で見られると思う」


 傑出している二人が組めば、どうあってもを期待される。

 素晴らしいバンドがいくらあっても、一強になることは容易に想像できる。

 そうなれば妬みの対象になったり、居心地の悪い目線に晒される可能性もある。

 夏バンドが始まった時、ただ楽しみたいと言っていたのはその証左にも見える。


「だから白井君って言うと、白井君にはすごい失礼な話なんだけどね。なんかごめんね?」

「え、いや文句なんかまったくないんですが……いやマジで」


 見方によっては、褒められたことではないかもしれない。

 でも、巴先輩の自由気ままな性格を思えば、責める言葉なんて見つかり様がない。

 本当に感謝の念しか持ち合わせていないし、それ以外は浮かびもしなかった。


「フフ、結局最高のバンドになっちゃったじゃないですか! 巴☆すぺくたくるず! 練習ちょっと覗くたびに、ライブで見れるのが楽しみでしょうがないんです!」

「そうだね。本当にいいバンドだと思う」

 

 どんな理由があれ、そこに自分が加われたのは、ただただ光栄なこと。

 同じ時間を共有できたことは、一生深く刻まれると思う。

 冬川先輩の大切な人が、心から楽しめる大切な場所。

 巴☆すぺくたくるずはそういう場所なんだ。


「流石にそろそろ寝ようかな。二人もちゃんと休まないとダメよ?」


 冬川先輩らしい言葉で、夜食会はお開きになった。


「お休みなさい! カナ先輩」

「フフ、二人ともお休み」


 冬川先輩と巴先輩、色々踏み込みづらい関係の二人ではあるけど……二人とも本当に大事に想いあっている素敵な関係なんだなと、そう思える出来事だった。


 部屋に戻る途中、ふと先ほどの話で思ったことを月無先輩に振ってみる。

 今更やっとわかった、月無先輩が巴先輩のことを大好きな理由。

 

「以前に巴さんがメガネ選んでくれたって話あったじゃないですか」

「うん。相談乗ってもらったのもその時だよ」


 ……何が言いたいかすぐにわかったようだ。


「やっぱりそれって、同じこと言われたことあるからですよね」

「……ふふ、そうだよ。メガネ選ぶ方はついでだったんだと思う」


 月無先輩が傷ついた出来事があった時、相談に乗ってくれたのは、相談役を買って出たんだろう。

 才能があるからと、努力の一切を無視したような言葉を言われた共通体験。

 何も言ってあげられない人がほとんどの中で、共感を示してくれる味方として。


「だからすっごく感謝してて……巴さんのおかげですぐ立ち直れたんだよね」

「ハハ、どうりで巴さんのこと大好きなわけです」

「フフ、特別な先輩だよ」


 正直に言えば、あんまり腑に落ちていなかった。

 一緒に過ごしている時間が遥かに多いハズの、八代先輩や秋風先輩と同じくらいに信頼していることが。

 憧れの三女という括りだと思っていたし、ただ気が合う仲良しくらいに思っていた。


「実は誰よりも他人想いだからね。巴さんって」


 でもそんなことはなく、月無先輩はしっかりと理由があって大好きなんだ。

 その理由は今よくわかったし、以前巴先輩に妬いていたのも、どれだけ素敵な人かを月無先輩自身が一番理解していたからだろう。


「ハハ、ですね。俺も救われたようなもんだしなぁ」


 昨日巴先輩がかけてくれた言葉を思い出す。

 もっともらしい名目をつけながらも、一番大事なことはしっかり伝える。

 月無先輩を誘ったときも、「可愛い子にはメガネをさせよ」なんて言って呼び出したらしい。

 月無先輩も自分も、そんな巴先輩に同じく救われていたのだ。

 

「だから言ったでしょ? 好きになっちゃってもしょうがないって」

「……それとこれとは話が別」

「ふっ、その余裕がいつまで持つかな」

「いやよくそういうこと……あなたも本当に巴さん大好きですね」

「フフッ! まぁね!」


 まったくこの人は……なんて思ったけど、月無先輩がいつもそう言う理由がよくわかってしまったからか、不思議と肯定的な受け入れ方が出来た。

 それに、月無先輩を想ってくれた巴先輩の優しさ、それを知れたことが何よりも嬉しかった。

 




 隠しトラック

 ――希少種 ~合宿場廊下にて~

 

「そうだ、さっきのミュージカル、無茶ぶり応じてもらってありがとうございました」

「フフ、どういたしまして! ……と言ってもただの感想だけどねアレ」

「ハハ。クソゲーオブザイヤー取るだけはありますよね」

「うん。悪いことあんま言うのよくないけどね。なんかスラスラ出てきた」

「……ネガティブ意見ほどよく出てくるものです」

「……卑しい人間のさがね」

「ハハ、それそれ。でもああいう感じならネタに出来て面白いと思いますけど」

「フフ、さっきの、お兄ちゃんがクソゲー掴んだ時よくやってた感じのなんだよね」

「お兄さんめっちゃ愉快じゃん」


「お兄ちゃんはクソゲーでも愛せるタイプだけどね」

「クソゲーハンターですか」

「汝クソゲーを愛せ、だって」

「クソゲーの教え」

「生まれてきたクソゲーに罪は無いとも言ってた」

「めっちゃ人格者じゃん」

「開発を憎んでクソゲーを憎まずってことなんじゃない?」

「最早クソゲー保護団体じゃないですか」

「プッ。まぁやってる時そこそこ舌打ちとかするけどね」

「それはしゃあないです」

「あとボソッっと、こう、クソゲ~……とか言う」

「いやそれは俺も言う。ってかバランチャレンジの時まさに言いました」

「……あたしも。最終的にチャレンジのアイコン見かけるたびに言ってた」

「もう条件反射になってる」


「ちなみにお兄ちゃん曰く、バランはまだレジェンドには及ばないって」

「クソゲーマエストロかな」

「でもバグ無しで純粋にクソなストロングスタイルは評価できるって言ってた」

「すげぇパワーワード出た」

「……ほらこれ。選評」

「……ブフッ」

「新作やるたびに色々教えてくれる」

「へぇ~。なんか助かりますねそれ」

「うん。ちなみに買うの微妙だと思ったらちょうだいって言うと郵送してくれる」

「……溺愛されてますねほんと」

「ありがたいとは思いつつぶっちゃけ利用してる」

「悪女」


「お兄さん本当にヤバいレベルのゲーマーなんですね」

「本当にあたしよりなんでもやるからねー。アレは凄すぎ」

「前々から思ってたんですけど」

「なぁに?」

「こんなにゲームしてる人、俺めぐるさん以外にも会ったことないですからね?」

「あ~……それ前にも言われたことある」

「あるんだ」

「でも思ったんだけどさ」

「何です?」

「会ったことないの当然じゃない?」

「え、何で」

「あたしとかお兄ちゃんぐらいゲームしてる人って」

「はい」

「普通家から出てこないでしょ」

「……確かに」


 アクティブなオタク一家。

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