幕間 エンターテイナーの素質

 ライブ前日の昼下がり。

 八代バンド練習中……であるが、八代先輩と一年ズ三人、プールサイドに集まり、足を浸からせて皆で休憩中。

 部長はもう一つのバンド練習で不在なので、四人で出来ることを詰めた。

 八代バンドは明日の午前、本番前にもコマがあるので、今日は息抜きにしてしまおうということだ。


「あ、ヒビキさん来たっすね」

「うーす。あっち切り上げたわー」


 部長がこちらに合流した。 

 五人が揃って……スタジオには戻らずのんびりタイム続行。

 会話の切れ目に、ふと八代先輩が思い出したように言った。


「あ、そうだヒビキアレやってよ。ASIM〇」


 伏字意味ねぇな。

 しかし懐かしいなあのロボット。


「おぅ。行きます。『歩行実験』」


 そしてスッと部長が立ち上がり……


「しゃららーら しゃらららーら」


 そういやCMでこの曲だったな……

 『日曜日よりの使者』の冒頭を歌いつつ、妙に再現度の高いロボット歩行を見せ……


「「「クッ」」」


 熟練したバランスの崩し方でプールにドボン。

 歩行実験は見事失敗に終わった。

 無駄に見せ方が上手いので、一年一同笑いを堪えられなかった。


「ほんと体張りますよねヒビキさん」

「部の長としてな。体張ってナンボよ」

「まぁヒビキ汚れてナンボってとこあるよね」

「実質お前が落としたんだが」


 ネタ振ったのに辛辣すぎてまた笑ってしまう。

 そんな折、スタジオの方から声がした。


「希―。あ、休憩中? ヒビキいる?」


 冬川先輩がそう声をかけながらこちらに来た。


「いるよー。ここに」


 八代先輩がプールの部長を指さすと、


「……あなたバカなのかしら?」

「お前ら何で俺にそんな厳しいの」


 あきれた様子の冬川先輩。


「どうせなんかまた変なことして」

「奏、アレよアレ、AS〇MO」

「……ブフッ」


 見たことあったんだな……めっちゃ思い出し笑いしてる。


「と、とにかく、……クッ。じゅ、準備して」

「おう、そろそろやっか。まず着替えてくっかな」


 冬川先輩の言葉を受け、部長もプールから上がり、


「しゃららーら」


 駆け足のASIMOで戻っていった。

 呼び出しに来たはずの冬川先輩はお腹を押さえてうずくまってしまった。


「走行もできるんスねー」

「ブフッ」


 やめろ林田追い打ちかけるんじゃあない。


「よし、じゃぁ準備私も手伝……いや笑いすぎでしょ奏」

「だって……ブフッ。走るんだもん……」

「アップデートされてたね」


 八代先輩は冬川先輩に肩を貸し、それじゃ、と言ってスタジオに戻っていった。

 何の準備かと気になったが、ロビーで時間でも潰していて、とのことだった。


「しかし冬川さんクールさ欠片もねぇな」

「うん、ただの笑い上戸だよ」


――


 ロビーで待つこと十数分、軽音のグループラインに部長からメッセージが入る。


 ヒビキ 『中庭集合、冗談抜き』


 微妙にギリギリ感のあるそれを受け、ウッドデッキを降りると、


「え、マジ!?」


 椎名がそう声を……いや、自分も上げていた。

 中庭に待っていたのは、ドラムセット、スピーカー、キーボードにアンプ……そして軽音部員として憧れた人たち。

 

「「「代表バンド!」」」


 春の代表バンドの面々だった。

 無心で駆け足で正面を位置取ると、巴先輩が嬉しそうに声をかけてくれた。


「ふふーいらっしゃい~。君らが一番乗りだね~」

「何が! 何が起こるんですか一体!」

「いや落ち着きなよ~」


 これが落ち着いていられるものか……!

 っと言われてみれば変なテンションではあった。


「フフ、ちょっとしたサプライズ! バレないよ~に速攻で準備したんだ!」


 月無先輩がエヘンとドヤ顔でそう言った。

 月無先輩自身も、この時が待ち遠しかったと言わんばかりの様子だ。


 察する要因が他の人よりも揃っていた自分でもこの驚きと興奮だ。

 それに、それも全く大袈裟なことではない。

 その証拠に、一年宿舎の方から出てきた夏井達一年女子勢が、状況に気づいた瞬間に喜びを露わにして駆け寄ってきた。

 一年生からすれば、それほどまでに羨望の的なのだ。


 いち早く最前列に並ぶ一年ズに続き、他の部員たちもぞろぞろとやってくる。

 知っていた人もそうでない人も、反応は様々だが、この野外での催しに期待を向けているのは間違いない。


「お~そろってきたな! いよいよ明日は軽音夏合宿ライブ! ってことでな、景気付けにお兄さんが野外で催しちまおうと思ってな!」


 なんか下品。あとブーイングすごい。


「MC私やるからヒビキ黙ってていいよ~」

「……はい」


 やっぱりこういう扱い受けるのね。

 なんでも、秋のグラフェスで特別枠として再びこのバンドで演奏することが現実になったらしく、その予行も兼ねてとのこと。

 圧倒的実力のバンドだし、これから始まる演奏を見て明日のライブへ響く人もいるかと少しは思ったが、巴先輩の「楽しんでね」という一言がそれを払拭した。

 

 その言葉とともに巴先輩が後ろを向き、それが静寂の合図となった。

 そして胸の高鳴る沈黙は、不意打ちのように月無先輩のオーケストラヒットの音で破られた。

 聴いたことがあれば誰しも一発でわかる。

 そんな曲に一同が声を上げる。

「ポーーウ!!」


 いつの間にか最前列に来ていた清田先輩、もといマイケルが歓喜の声を上げたその曲はマイケル・ジャクソンの『Bad』。

 グルーヴィーなベースラインが聞こえれば体は勝手に動き出し、16ビートのドラムがそれに統制を刻む。

 歌が入れば耳も目も引っ張られ、手振りで聴衆を挑発する。

 始まるや否や中庭に揃った軽音学部のメンバーは虜にされてしまった。


 Bメロでは月無先輩のシンセサウンドが雰囲気を一新し、その絢爛な響きに声が上がる。

 サビへの盛り上がりは限界まで引き上げられ、ホーンのキメで一気に爆発した。

 気づけば他の部員同様に自分も声をあげ、その奔流の一部となった。


 どこを切り取っても見どころしかない代表バンドの演奏には、改めてライブの凄さを思い知らされる。

 部長に土橋先輩、そして氷上先輩の男子三人が完璧な土台を作り、月無先輩が華やかに彩りを加える。

 ホーン隊も味付けやキメだけでなく流麗なコーラスで更に耳を奪う。

 低いところから高いところまで、うねるように、そしてまっすぐ突き抜けるように、変幻自在に歌いこなす巴先輩の歌声も圧巻だ。


 しかしその中でも、やはり月無先輩の、自信に満ちた主役以外の何もでもない鍵盤ソロは、これを見せるためにこの選曲をしたのだろうと思わせる。

 ……いや、見せるものというより、ものだろう。

 自分が弾くソロとは性質が違う、そう感じさせられてしまう程に素晴らしい。

  

 中庭での野外ライブはステージで見る演奏とはまた違い、そこで得られた解放感と一体感は、まるで今この場所が世界の中心であるかと錯覚する程のものだ。

 自分達こそが今世界で一番音楽を楽しんでいるのだとさえ思えた。


 そして二曲目に入ると……

 

「明日の本番! 皆今以上に盛り上がっていこうね~!」


 巴先輩が餞別のようにそう煽り、シンセサイザーのイントロが入る。

 それが合図となり声が上がったのは、ABBAの『Gimme! Gimme! Gimme』。

 二曲続いて超有名な曲なこともあって、熱気は収まることなく膨張した。

 ノリノリなアレンジだけでなく、一曲目に引き続き女子勢のコーラスパートも加わり、見目鮮やかに奏でられた。


 次元の違うクオリティは改めて驚嘆し切れないほどだったが、何より思うのが、演奏中のその有りようだ。

 とても同じ大学生とは思えないパフォーマンスで、演奏技術や才能以上に、見せ方の上手さが違う。

 音符を追うような感覚のままでは至れない境地、それが眼前に広がっていた。


 最初から最後まで、代表バンドの演奏は全てを魅了し、夢中にならざるを得なかった。


 でも、演奏が終わって徐々に熱が引いていくと、自分の中で確かに気づくものがあった。

 聴けて嬉しいし、楽しいし、憧れる。

 それは前に見た時も同じだ。

 上手く言い表せないけど、憧れと表裏一体のそれは……悔しいと思う気持ち。

 あるいはこれは、自分が成長したことの証なのかもしれない。

 不思議と落胆とは程遠い、前向きな清々しい悔しさだった。


「やっぱ月無さんカッケェなぁ」


 撤収の際、椎名がそう漏らした。

 二年生ながらにして演奏陣で最も目立つ月無先輩は、選曲の段階で最高戦力として扱われている。

 目標とするには余りにも高いのはよくわかる。

 それにその壁は、自分の乗り越える力の成長、それ以上の速度で高くなり続ける。


「ここなら勝てるとかそういう隙全く見当たらないな~。……マジで」

「ハハ、完全上位互換だもんな」


 凹むようなことはないし、やる気はむしろ満ち溢れているのだが、むぅと唸って腕を組む。

 すると、その会話を聞いていたか、八代先輩が声をかけてきた。


「そぉ? 私はそうは思わないかな」

「……え? 何か勝ってるとこあります?」


 演奏技術にしても音作りにしても、月無先輩は鍵盤奏者としては完璧に近い。

 思い当たるようなことは……ないないってジェスチャーやめろ椎名。


「フフ、まぁ本人にはわからないかもね~。あんたの場合下手に褒めても『そ、そんなことないですよぉ』とか言うし、言わないでおこ」

「ぐぬぬ……最近は割とすっと受け止めてる気が」

「アハハ、そうだね。まぁいいんじゃない? バンドが良ければ。ほら、撤収作業手伝うぞ。私らまだ練習時間残ってるから、あと一回通しで合わせるよ」


 そうして皆で撤収作業を手伝い、中半練習の残りの時間はキッチリ練習した。

 八代バンドにしても、巴バンドにしても文句ないクオリティに達している。

 そう思えるくらいは自分自身も上手くやれている。

 自分の良さがどこかにあるとすれば、そのどこかでは役立てているんだろう。

バンドが良ければ、八代先輩の何気ないその一言がより前向きにさせてくれた。


 ――


 後半練習の時間になり、巴バンドの面々でAスタジオに向かう途中。

 巴先輩が含みのある笑みを浮かべて話しかけてくる。


「ふふー、白井君、これは真価が問われるね~」

「最初と最後なんですよね。気を抜く暇一切ないですね」


 そう、夕飯の後には明日のライブの演奏順を決めるジャンケン大会が行われ、自分の出番はオープニングアクトとトリになったのだ。

 とはいえ不服ではなくむしろ僥倖な結果と言え、巴バンドはもちろんトリを狙うつもりでいた。

 八代バンドの方も、コンセプト上エンジンをかける役割は光栄な話である。


「ヤッシー、グーばっかだったね~」

「途中で言われるまで無自覚でしたよねアレ……めっちゃ面白かった」


 うちのバンド代表としてジャンケンに出た八代先輩が、最後に二人になるまで負け続けるというまさかの誤算があったが、結局最後に勝って自らオープニングアクトを取りに行った。


「ぷれっしゃ~?」

「ハハ、確かにそうですね」


 でもその重圧には覚悟を決めた。

 そんな気持ちがあるから、前向きな捉え方をしている。


「想像よりも大変なことかもしれんぞ」


 と、氷上先輩が乗ってきた。


「場の空気を最初に作り、最後は自分が閉める。ライブ全体の成功はお前次第かもな」

「も~、ヒカミンはそうやって脅かす~」


 ……そう言われるとめっちゃ役割重い気がしてきたんですが。


「フッ。事実を言ったまでだ」

「現実でそのセリフ言う人初めて見た~」

「……語彙の偏重は自覚している」


 これは氷上先輩なりの激励だと思うし、無駄に重圧をかける意図はないと思う。

 それに、代表バンドの面々なら、きっと完璧にこなすんだろうとも思う。

 今は届かない高みから、こっちまで来いと、そう言っているようにも思えた。


「まぁこれまで通りにやれば問題ない。期待している」

「素直じゃね~な~ヒカミンは~。最初からそう言えよ~」


回りくどさはツンデレ気質のせいで、励ます意図はわかりやすい。


「ふふ、でも私も、ヤッシーと白井君のバンドかなり楽しみだったりする~。頑張ってね」


 コンセプト的には前座のようなバンドでも、期待してくれている言葉は嬉しいし、裏切れない。

 巴先輩が掛け値なくそう言っているのは目でわかったし、少し照れつつ返事をした。


「ハハ、氷上励ますつもりだったのに巴に持っていかれたな」

「別にそういうのではない」


 ……この人ツンデレ発言は絶対自覚なしにやってるよな。

 

「あはは、ヒカミンこんなだからアレだけど~本当に期待してるんだよ~」

「あ、それはわかってるんで大丈夫です。頑張ります」


 というか氷上先輩、暇な時よく八代バンドの練習覗きにくるし。

 ヒカミンチェックとか言われてるし、練習後に自分だけでなく林田にも影でアドバイスくれたりするし、そういうのはバレバレだったりする。


「あはは、まぁわかりやすいよね~」

「……わかった気になるなよ」


 ツンデレ×威圧という謎の乗算だったが、気持ちはよく伝わるものだった。


 八代先輩とのバンドは、八代先輩とヒビキ部長がいるからそれなりに期待されているのは知っている。

 二人に引っ張られながらも、一年ズ三人も後輩なりに全力で努力した。

 それでも、その言葉を一年生である自分に向けてくれたのは、これ以上なく光栄で嬉しいこと。

 後で椎名たちにも伝えてあげよう。

 多分今以上に気合が入るし、もっと気持ちが一つになる気がする。


「椎名達にも伝えておきますね。多分めっちゃ喜びますよ」

「お~、言っとけ言っとけ~」

「フッ、お前がその方がいいと思うならそうしろ」


 重要な役割を担うこととなったが、全うした先に待っているものはきっと素晴らしい。

 期待と責任は重圧でもあるが、それ以上に前向きなモチベーションになった。

 見せるのではなくエンターテイナーとしての素質、自分の鍵盤奏者としての価値。

 軽音学部夏合宿ライブは、それが試される機会であることは間違いないだろう。


「ちなみに白井君がヤッシーバンドの方でやらかすと~、こっちの演奏の時もそういう目で見られるからね」

「ぐ……」

「このバンド鍵盤白井なんだよなぁ……みたいな目で見ら」

「やめて!」

「俺より脅かしてるじゃないか」








 隠しトラック 

 ――にぎりこぶし ~合宿場、ロビーにて~


「八代先輩、ご武運を……」

「はいはい、ま~うちは出順でじゅんそんなに気にしなくていいっしょ」


 八代先輩に祈りを捧げ、いざジャンケン大会開始。

 中央のテーブルを囲むようにバンド代表が揃い、他のメンバーも緊張と期待を向ける。

 まぁどうせ多い勝ちにでもしないかぎり最初は延々とあいこが続く……


「あら~、勝っちゃったわ~」


 わけねぇか。最早驚かないわ。

 というわけで一回目で女神秋風が奇跡の単独勝利。


「さすが吹先輩! ありがてぇ……」

「「「ありがてぇ……」」」

 

 ヤッシー児童相談所の面々がこうべを垂れて祈りをささげる。

 そして次は……


「お? お~、勝ち~いぇ~い」


 巴先輩グッジョブ!

 出したチョキでそのままバンドメンバーに向けてピースサイン。


「見てよ白井君、カナ先輩一番嬉しそう」


 月無先輩がそう言ったのでちらっと見ると、


「素で嬉しそうな表情……あ、こっち気づい……目反らしましたね」

「明らか緩んでたもんね。照れ隠ししてるの超かわいい……ぱしゃり」


 これはファンが増えたな。

 続々と演奏順が決まっていき……


「白井君、多分アレ、本人気づいてないよね」

「……めぐるさんも気づきましたか。見てる側でもわかるんだから参加者にはほぼ見抜かれてますよねアレ」

「あたしは全員がパー出すと一人負けして可哀想だから引き延ばしてるだけ説を提唱します」


 八代先輩、ほぼグーしか出してない。

 普段理知的なのに今日は脳筋感すごい。


「あ、吹先輩耳打ちした」

「……マジで無自覚だったんですね。すっげぇ恥ずかしそう」

「これ超貴重な場面だね。超かわいい……ぱしゃり」


 ……これもファンが増えたな。

 あとさっきから写真で羞恥顔コレクション集めるのやめなさい。


 そして最終戦……細野先輩VS八代先輩


「細野は予想できたけど八代お前ジャンケン素で弱いのな」

「む……」


 部長それは言わんといてあげて……

 八代先輩の羞恥心も結構上限ギリギリに至っている。

 一方細野先輩はバンドメンバーからボロクソ言われている。


「ハハハ、八代、どうだ。俺と同じところまで堕ちてきた感想は。これが底辺の景色だ」

「いやあんたそれでいいの?」


 細野先輩こういう方向でキャラ固まってんのか。


「ほら八代、グー出せよグー。好きだろ? グー」


 細野先輩も大分ヤケだな。

 最後……! 最後に勝てばいいんですよ八代せんぱ……


「じゃぁ何か煽られてるし最後は殴り合いにすっか」

「あ、それならグーだけで勝てる」


 細野先輩終了のお知らせ。

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